2010/12/31

Post #43 Farewell 2010

Paris
今年も残すところあと僅かだ。
ついさっきまで忙しく走り回って今年最後の男の仕事をやっつけた。
今年も俺にはいろいろあったけど、365日生きてりゃ、誰にだっていろいろあるよな。そりゃそうだろ、当たり前さ。けれど、毎年が厄年みたいな俺の人生のなかでも、今年は本当に本厄だって痛感したんだ。
しかし、過ぎてみりゃこんなもんかってカンジだぜ。
そう、それが人生さ、ロックンロールさ。
Barcelona
遠くで、電車の走る音が聞こえるぜ。静かな夜だ。
あぁ、今年も、こんなカンジで暮れていくのさ。
来年が、君にとっても、俺にとっても 、素敵な一年でありますように。
来年もよろしく頼むぜ。頑張ってイカしたイカれた写真をお送りするさ。
では、親愛なる読者諸君、そして、その他大勢の地球の皆さん、良いお年を。
新しい年を迎えた地球で、また逢おう。

2010/12/30

Post #42 Eyes Of Squid

今日も男の仕事一発目を片付けてきたんだが、今夜また仕事のオファーが入ったんだ。やれやれ、年の瀬だというのに、我ながらご苦労なこったぜ。しかし、俺は生憎サラリーマンじゃないんでね。猟師みたいに獲物を捕まえなきゃ、たちまちセーカツが困窮を窮めてしまうのさ。そういえば、以前久しぶりに行った飲み屋で、嬢に『仕事が暇で暇で、引きこもっていた』って言ったら、羨ましがられたぜ。金の苦労を知らない奴は呑気でいいもんだ。俺は悲しくなったよ。
まぁ、そんなわけで昼日中から、寸暇を惜しんでブログの更新をするに至った訳だ。よろしく頼むぜ!
HongKong
そんなCool な写真が撮れたら、楽しいでしょうねと、最近言われたんだ。それを言ってくれた人に、反発するわけでも、批判するわけでもないんで、誤解しないでいただきたいんだが、楽しくないわけじゃないが、でも、楽しいばかりでもないんだな。
あくまで、舞台裏を晒すように言えば、けっしてCOOLかつSMARTに写真を撮っているわけじゃーないんだな、これが。
写真自体は、COOLに見えるかもしれないけれど、それは多分にハイコントラストなプリントや、撮影方法が街頭スナップ(それも夜多し)故の、ブレ、ボケ多発といった技術的な問題、あるいはノーファインダーによるほぼ隠し撮りという邪道な撮影方法によって醸される、被写体との間に流れるよそよそしさの結果だと思うんだ。
しかし、ある友人に言われたことがある。曰く『SPARKSさんは、欲望のおもりをたくさんぶら下げて、全力疾走しているような人だよね』だとさ。そういわれた時は、今一つ腑に落ちなかったんだが、うむ、今思えばなかなかに上手いこと言ったもんだ。彼は、写真を通じて交友を深めた友人なので、彼の言うことは、俺の写真そのものにもあてはまるだろう。
つまり、一見COOLに決めて写真を撮っているように思われるかもしれないけれど、獲物を探し回るケモノのように目をギラギラさせて、欲望に身悶えしながら撮っているのさ。
だから、写真を撮るのは、自分にとって難行苦行に感じる時もあるし、社会との軋轢に苦しんでいたりもするんだ。

数日前の朝日新聞(そう、俺んちはガキの頃から試験に出る朝日新聞だ)に写真評論家の飯沢耕太郎が、近年の肖像権意識などの高まりによって、ここ10年ほど、スナップ写真が衰退していることを嘆き、かつ憂いていた。実際にそれで不利益を蒙ることは無に等しいのに、写真におさまることを忌避する人が多いということだ。そして、後世、今の時代を振り返った時に、時代の風俗習慣を知る手掛かりが極端に少なくなってしまうだろうと憂慮していたぜ。

少し前のニュースで、女性の太ももを撮影した男が、迷惑防止条例違反だかで逮捕されていたぜ。太ももだぜ、パンツじゃないんだぜ。その事件を伝える新聞記事では、彼が撮影した動機は『自らの欲望を満たすため』とあった。俺は悲しくなったぜ。まいったなぁ~。こんなんじゃ、俺、いつか捕まって、訴えられちまうぜ。
しかし、俺は君たちに訊いてみたいんだ。
どんな写真も、その瞬間を固定して、その被写体を何らかの形で所有したいっていう、切実な欲望のもとに撮られているのではないのかい?
それが、女の太ももだろうが、子猫だろうが、富士山だろうが、熱い欲望に唆されてシャッターをきっているのではないのかい?

そんな欲望のこもっていないような写真なんて、写真の抜け殻にすぎないんだぜ!

俺はいつもそんな風に思っているのさ。
だから、いつ何時、俺自身が写真を撮ってて逮捕されるのか、気が気じゃないんだ。
ちょっと待ってくれ!これは黒い金属の塊だけれど、決して拳銃じゃないんだぜ、カメラなんだ!って言いたいよ。
こんなんじゃ、写真を撮るのもなかなか骨が折れるし、純粋に楽しめないよな。
もちろん、実際にやむにやまれぬ欲望煩悩に焼かれる思いでシュートするときも多々ある。
そんな写真じゃなけりゃ、撮っても見ても面白くないだろう。
反面、憤りを込めて、社会に対する異議申し立てを込めて、写真を撮るときもある。
目を背けてしまいたいものだからこそ、あえて写真を撮ることもある。
自分の中の倫理と欲望がせめぎ合っている写真もある。
その写真を見ると、撮った時のエモーションがフラッシュバックして、どうにも平静を保てなくなるような写真もある。

しかし、幸か不幸か、写真にはそんな俺の想いは写り込まない。

あくまで、写真として見えるのは、撮影者によって切り取られた、ある瞬間のある場所の光景にすぎないんだ。そう、まさに世界のFRAGMENTにすぎないんだ。
カメラというマシーンは、何時だって客観的に、冷徹に、そして忠実にその職務を実行するんだ。俺の気持ちなんて、奴にはお構いなしなんだ。カメラにはハートはない。ハートがあるのは人間のほうだ。

そういう意味では、写真はどことなくイカの目玉のようなものだ。
Tokyo
イカの目玉は人間を含む脊椎動物の眼球組織とは異なる系統で生じたものらしいが、その構造は極めて精巧にできているんだ。人間の目なんかに比べても遜色がないほどだという人もいる。
しかし、残念ながら、イカにはその光学的情報を処理するだけのノーミソがないんだ。まったく貧弱な脳しか持ってない。それに見合うだけの脳みそを持っていたら、きっと今頃海底には、イカ文明やイカ帝国が存在していることだろう。中国の領土的野心よりも警戒が必要だろう。
じゃぁ、イカの目は何のためにあるのかということが、時折語られるが、よくある話はイカの目を通じて、この世界そのものが世界を見ているというものだ。この話の元ネタは、どうやら『百匹目のサル』なんかの疑似科学でおなじみのライアル・ワトソンらしいから、どうも胡散臭い。俺自身は単なるオーバースペックだと思っているんだ。昔のカメラによくあるだろう。開発者の意欲が当時の技術や市場の要求をはるかにぶっちぎってしまったようなのが。そんなカンジだ。
充分に脳が発達している人間の視覚は、自分の意識によって、情報を瞬時に取捨選択してかかるけれど、我らがイカの目(解剖学的にはカメラ眼というらしい)たるカメラは、なんら判断することなく、また遠慮会釈なく、シャッターさえ押せば、人間が無意識にオミットしてしまう細部まで写し取る。
しかし、写真というメディアを通じては、その写真を撮影した人間の意識や、撮影時の状況などまで知ることはできない。視覚情報を解析するだけのノーミソがないイカに似ていると、俺が感じるのはそういうところだ。
だから、泥臭く這い回るようにして撮った写真を、見る側はCOOLに感じたりも出来るわけだ。
そしてまた一方で、写真が文章の“挿絵”のように扱われたりすることになるわけだ。
しかしですねぇ、俺は写真は写真として、見てもらいたいと思っているんだ。
そう、まだ見ぬ世界の、あるいは無意識に見落としている世界の断片としてね。

そもそも写真は、現実のコピーにすぎない。
一旦暗室で撮影者のイメージに応じて変容させられたにしても、それは単に現実のコピーにすぎない。
そして、第三者、つまり俺の写真を見てくれている君たちに、開示された瞬間から、その写真に託された、俺の意識や意味は剥ぎ取られ、君の内なるイメージと響きあい、新たな意味を生みだしていく。
その時、俺の写真には、俺の想いなどが入り込む余地はない。写真は俺のもとを離れ、俺の想いから自由になり、写真を見る君たちのものになる。
だから、写真に解説はつけたくない。要らない解説で、君たちの内なるイメージとの響きあいをぶち壊したくないんだ、Yheah!
ただ、四角く切り取られた世界の断片が、まな板に載せられた一片の肉塊のように、君たちの前に投げ出されればそれでいい。どう解釈するか、どう理解するかは君たち次第ってわけだ。どんな料理法でもあなた任せなのさ。
時折これに矛盾することもやっているけれど、それは俺の中の写真とは別の表現領域から滲みだしていることなんで、お前、矛盾してるじゃねーか!って糾弾するのは、頼むからやめてほしいぜ。

イカの目を通して世界が世界自体を見てることは、多分ないだろう。だけれど、俺のイカの目=カメラを通じて、君たちが自分の見ている世界(の断片)とは、異なる別の世界の断片を見て、君たちのノーミソをフル回転させて、何かを想ってくれるのなら、俺はうれしーぜ。
今日はなんだか熱く語り過ぎちまった。言いたいことが山ほどあるんだ。勘弁しておくれ。君に直接会う機会があったなら、こんな面倒なことを言って、君を困らせたりはしないさ。

2010/12/29

Post #41 Fragment Of Fragments #5

Paris
まだまだ男の仕事は続く。明日も朝から仕事だぜ。俺のショーバイには盆暮れ正月カンケー無しさ。有難い…事だぜ。ビミョーにね。
そんな訳で、今日もイカした写真をお送りするだけにしておこう。毎度毎度長い文章じゃ、俺も君も疲れちまうぜ。大菩薩峠じゃないんだからな。
何せ俺は老眼+1って診断されているんだ。疲れ目に祟り目ってヤツだ。
それよりなにより、今日は仕事で行ったショッピングモールに入っているタワーレコードで、フランク・ザッパの“HOT RATS” と、ザッパの盟友キャプテン・ビーフハートの“TROUT MASK REPLICA”を買ってきたから、ゆっくり聴きたいんだ。ザッパは今朝の朝日新聞に、小さなコラムが載っていたからつい買ってしまったし、キャプテン・ビーフハートは、キャプテン・ビーフハートことドン・ヴァン・ヴリートが12月17日に死んでしまったことを店頭で知って、追悼のために買ったんだ。俺の友人のケンちゃんは、『この“TROUT MASK REPLICA”は、たまに聴きたくなって聴くけど、そのたびにもういいわってうんざりする』と評していたけれどね。
しかし、どちらも名盤、傑作。ただし、聴く人を選ぶアルバムだ。俺の写真と同じだぜ。
読者諸君、また会おう。
HongKong

Post #40 Fragment Of Fragments #4

あれは、もう6年程前の冬だった。俺は仕事で日本海側の寂れた町に行っていた。一晩で湿った雪が膝まで積もるようなところだった。
車で現場に行くと、先ずは30分くらい雪かきをしなけりゃならないようなところだった。毎日、Tシャツ一枚になって雪かきしたもんだ。
国道のトンネルの通信設備の点検をしていたんだ。雪かきが終わると作業服の上からカッバを着こみ、さらに反射ベストまで身に着け、ヘルメットにゴーグル、防塵マスクに長靴といった完全装備で、1キロ以上もあるトンネルの中を何時間も歩いて点検していたんだ。どうしてカッパに長靴かって?外は雪だから、車が泥をはね上げてゆくからさ。それにトンネルは岩盤を穿っているだろう。水脈があったところからはコンクリートのひび割れから、水がしみだしてびちょびちょしているのさ。それに車の排気ガス。ゴーグルとマスクは必須だ。死んでしまう。Very very Hard Workだったぜ。
それが終わると、トンネルのそばに設けられた機器室に行って、装置の動作試験をするわけだ。これをやっておかないと、トンネルの中で火災事故が起こった時、天井にぶら下がっているジェットファン(君も見たことがあるだろう。直径2メートル、長さ5メートルくらいの円筒型の巨大なファンがトンネルの天井でゆっくりと回っているのを)が止まらず、なかなか火が消えなくなってしまうからね。
機器室はトンネルのすぐ横に設けられている場合もあるが、なかにはトンネルの真上、つまりトンネルが貫いている山の上の方に設けられている場合もあるんだ。
俺はその日、そんな山の上に建てられた機器室に行くために、元請けさんが運転する四駆のハイエースの助手席に座っていた。
周囲は雪景色。人も通わぬ林道に刻みつけられた車の轍だけが、茶色いぬかるみになって、地面の土のを晒していた。無論、人影はない。まぁ、こんな雪の積もった林道に用事のあるような奴はなかなかいないだろう、俺たち以外はね。
それどころか、獣の気配すらない。
静かだ。
見渡す限り雪化粧した山はひっそりとしていた。車のエンジンの音だけが、聞こえて来るような静けさだった。あまりの静けさ故に、俺も元請けさんもただ黙って、林道の行く手を見つめていたのさ。
ゆったりと右に曲がった山道のカーブの向こう、木々に遮られて見えなくなったあたりから、大きな黒い鳥が飛び上がるのが見えた。
あれはカラスだろうか?それとも鷲や鷹なんかの猛禽類だったかもしれない。
俺は何かあるんじゃないかって予感がした。
そして、車がゆっくりとカーブを曲がった時、それは見えた。

一頭のイノシシが死んでいた。
On The Road
俺は、車を止めてくれるように頼むと、シャーベットのようになった雪を踏みしめて、死骸のもとに向かった。

それは、不思議と嫌悪感や不快感をもよおすようなものではなかった。

むしろ、俺には美しく感じられた。

人間はこんなに美しく死ねるだろうか。力尽き、ふと座り込んで動かなくなる。獣に肉を喰われ、鳥に臓腑を食らわれる。

後にはきっと、白い骨が残るだけだろう。

それは自然なことに思える。

ああ、俺にはすごく自然で美しいことに思えるんだ。そんな死に様も悪くはないんじゃないかって?

俺は、カメラを取り出し、シャッターをきった。それが、この写真だ。

裸の目には、全ては美しく見える。

けれど、現実は、そうはいかないんだ。

2010/12/28

Post #39 I Rested At Chai Shop Everyday

トルコの夏は暑かった。暑いんだけれど、日本のようにジメッとしていないから意外と快適だ。地中海気候という奴か。ふむ、これは初めてのカンジだな。おかげで、のどが渇いても、熱々のチャイが飲める。
これが日本なら、とてもそんな気にはならなかったろう。しかし、俺の友人には、真夏に名古屋名物味噌煮込みうどんを食うのがイイという奴もいる。人間はわからんものだ。

Turk
トルコでは、何をするにもまずチャイだ。街角の茶屋ならぬチャイ屋には、オープンテラスというか、道端に小さな椅子と机が並べられ、おっさんやアンちゃんが昼間っからチャイをゆっくりゆったりすすりながら、新聞を読んだり、バックギャモンをやったり、サッカーの試合を見ながらのんびりしている。要はダラダラしているようにみえるんだ。
それだけじゃない、働いている男たちも、何かというとチャイ屋に出前を頼む。電話をする必要もなさそうだ。何故って、必ずチャイ屋は銀色の盆を吊り下げて、チャイを運んでいたりするから。親父たちは、その辺を歩いているチャイ屋のおっさんやアンちゃんに声をかけて注文する。するとチャイ屋はうなずいて、すぐに銀色の金属製の吊り下げ盆にチャイを載せて現れるって訳だ。

チャイとは、煮出した紅茶だ。インドあたりからトルコあたりまで、広範囲に飲まれている。インドのチャイは、ミルク紅茶だが、ここトルコでは、別名ターキシュ・ブラック・ティーというだけあって、ストレートティーだ。小さくて薄いガラスのグラスに注がれている。煮出しているので、かなり渋い。だから、これに角砂糖を2、3個入れて飲むのだ。一杯日本円で30円から60円くらいで飲める。
このチャイ、値段も安いんだが、一杯が普通のティーカップの3分の1くらいの量なので、気軽に飲める。不思議と喉の渇きも癒される。俺も写真を撮り歩く小休止に必ずチャイを飲むようになった。一日に5、6回はチャイ屋で休憩したことだろう。自分が座っている机を譲ってくれる人もいた。見も知らぬ旅行者の俺に話しかけ、日本から来たと知ると、皆決まって『ジャポンヤ!』とうれしげにうなずいて、顔をほころばせた。
すぐにタバコを交換したがり、俺が吸っていたジタンを手にすると、これまた『ジタンヤ』と唸っては、嬉しそうにうまそうに吸うんだった。俺がカタコトのトルコ語で、親父を呼んで金を払おうとすると、見も知らぬ隣の席の男から、『俺が奢ってやるから』と金をしまうように言われたことすらあった。う~む、日本人が好きなのか、それとも旅人に好意的な国民性なのか?いずれにせよありがとう。
俺はそんな市井の男たちが集うチャイ屋がいたく気に入った。俺ももしトルコに住んでいたら、きっと昼間っからチャイ屋にたむろし、近所の男たちとバックギャモンをしたり、世間話や噂話で笑い転げたりしただろう。そうだ、昔の日本の路地裏の縁側のような感覚だ。

どこに行っても、男たちはチャイを飲んでいる。一体いつ働いて、稼いでいるんだろうか?他人事ながら心配になってくるぜ。不思議なことに、女性がチャイ屋でチャイを飲んでいるのはあまり見かけない。どこのチャイ屋も店先は男だらけといった有様だ。

Izmir,Turk
トルコで写真を撮っていると、不思議と男たちを撮った写真が多いことに気が付いた。日本では、俺はほとんど男を写真に撮ろうとは、思わない。というかむしろ、身体が反応しない。さすがは自称ネーチャン・フォトグラファーだ。しかし、トルコでは、暇そうにのんびりのびのびしている男たちが、すごくいい顔をしているんだ。暇そうで、金はあまり持ってなさそうだけれど、朗らかで社交的で、そう、人生を楽しんでいるようにみえるんだ。
空港で知り合った、日本語の堪能なトルコ男性は、失業率が高く、物価も高いうえ、みな借金をして暮らしているんだと、トルコの生活の厳しさを語っていた。しかし、俺が見たところ、男たちはそれでものんびり悠々と、チャイをすすっているようだ。楽天的なのか?それとも、開き直っているのか?きっと自殺率も低いんだろう。

ここまで書いたところで俺は、死んだおじいさんを思い出した。俺の死んだおじいさん(今日あたり命日だったはずだ。墓参りに行かなけりゃ…)は生前、あまり仕事に恵まれなかった。おばあさんの行商や内職で生活が成り立っていた。しかし、毎日きちんと着物を着こなし、子供たちに習字を教えたり、工作を作ってやったりしていたそうだ。そんなおじいさんに、おばあさんはある日キレた。そして、『いい加減にしてください!今日食べるお米だってないんですよ!』と言ったそうだ。するとおじいさん大したもので『そうはいっても、今まで食べられなかったことはないでしょう。大丈夫ですよ、きっと』と鷹揚に答えたそうだ。さすが、俺のジーさんだ。今まで食べれてこられたのは、おばあさんの必死の努力の賜物だというのに…。この厚かましいほどのおおらかさ、見習いたい。
ちなみに、このおじいさんは俺が生まれる少し前、年末の忙しい時期に、よせばいいのに大掃除をして風邪をひき、暖を取ろうと練炭に火をつけたところ、その練炭を床に落っことしてしまったんだ。で、そのショックで心臓が止まって死んでしまったという、ジョークみたいな死に様のグレートなおじいさんだ。さらに言うと、俺はそのおじいさんの生まれ変わりとして、一族から歓迎されて生まれてきた。俺の親父は軍艦マーチをかけて喜んだそうだ。おかげさんで、こんなお目出度いファンキーな男になっちまったって訳だ。

きっと、トルコの男たちもそんなノリで暮らしているんだろう。その裏では、かみさんが一生懸命働いたり内職したりしているんだろう。しかし、そんな彼らが、満員電車に詰め込まれて会社にはこばれ、制服のようなスーツを着て、分刻みで追い立てられるように働く、豊かな日本の男たちよりも、はるかにカッコいいし、人生を楽しんでいるように見えるのはなぜだろう。
トルコは決して豊かな国ではないだろう。日本ほど豊かな国はそうはないはずだ。しかし、トルコの男たちは、日本の男達より、豊かな人生を送っているように見える。師走だなんだって大忙しの俺たちだが、忙しいとは、心を亡くす、と書くじゃないか。HEY! HEY! HEY! 俺たちも、もっと肩の力を抜いて、人生をゆったり歩いてみてもいいんじゃないのか?自分自身の人生だぜ。俺たちは銀河鉄道999に出てきた機械の星のネジや歯車じゃないんだ。血の通った人間なんだ。
所詮、上っ面のパッセンジャーにすぎない俺には、本当はどうだかわからないが、俺の写真はトルコの男たちが、日本の男たちよりもはるかに活々していることを物語っているんだ。
君にはどう見えるだろう。

2010/12/27

Post #38 Midnight Run

Barcelona
俺は今、深夜の国道をひた走ってる。世間はクリスマスだ年末だと浮かれているが、俺にはカンケーないぜ。金を稼がないとな、年も越せないぜ。
夜道は暗い。通り魔殺人の犯人の心の闇のように暗い。他の車の姿はない。ときおり、しけたラブホテルのネオンが見えるくらいだ。俺はまるで、ロケットで宇宙を飛んでいるような錯覚に陥るぜ。
俺のケータイには3,000曲もいれてあるから、シャッフルでいろんな曲を聴きながら車を転がすのさ。ストーンズ、ツェッペリン、フー、スティービー・ワンダー、キンクス、ジェイムス・ブラウンetc. きりがないぜ。これはこれで楽しいものさ。君が隣に乗っていたら、どんなに楽しい夜になるだろう。退屈しのぎにいろんな話しをして、帰り着いた頃にはすっかり分かりあったような充実した気分になるのさ。
けれど、俺は今、たった独りで真っ暗な夜道を走るのさ。まるで人生そのものだぜ。
真っ暗な夜道に車を走らせていると、いろんな思いが頭をよぎるんだ。
この道は、遥か24年前、友人から5万で買ったポンコツのビートルに女の子を乗せて、日本海に泳ぎに行った道だとか、想いを伝えきれなかったあの娘の事とかね。さみしー気分が、深夜の国道を走る車のなかに漂うから、さみしー思い出が頭の中を駆け回る。
バカなジョーダンを言い合える相棒が助手席に乗っていたなら、深夜のドライブも楽しめるんだがな。そう、昔見たデ・ニーロの映画みたいにな。なんて言ったっけ、あの映画…。そうだ、Midnight Run だ!

2010/12/25

Post #37 Merry X'mas


Paris

俺はこう見えて、ガキの頃カトリック系の幼稚園に通っていた。クリスマスには発表会で、♪わたしはちいさな羊飼い~♪なんて歌を唄っていた。マジだぜ。
その頃は、もちろんこんなおっさんになるなんて思っていなかったさ。しかし、聖書のエピソードの主要なものは、しっかりと心に刻まれ、人格形成に大きく寄与している、と思っている。
俺はキリスト教徒ではないんだが、もし、イエス様が俺たちの前に顕れた時、イエス様に自らの在り様を恥じることのないように生きていたいと、いつも思っている。ホントだぜ。

日本では、クリスマスはなんだか曲解されている、と思う。特にバブル期に少年時代を送った俺には、そんなイメージが強い。クリスマスは、恋人のためのイベントでは、断じてない。
もちろん、子供にプレゼントをくれてやる日でもない。なぜ、クリスマスにプレゼントを子供に与えるか知っているかい。イエス様がお生まれになった時、東方からやってきたメルキオール、バルタザール、カスパールという3人の博士がやってきて、それぞれが王権を象徴する黄金、神性を象徴する乳香、死と受難を象徴する没薬をささげたことに由来しているんだぜ。お宅のお子さんがそんなに凄いタマとは、思えないけどね。
そう、そもそもクリスマスは、俺たち人間の犯した罪を許し、贖うために生まてきたイエス様の誕生を、主に感謝する日ではないのかい?


Barcelona
何時だったか、新聞で読んだ言葉に、『世の中に悪い人はいません。ただ悲しい人がいるだけです。』というものがあった。イエス様も、きっとそう思ったことだろいう。
人を欺き、傷つけ、自らを偽って、あるいは自らを貶めたり、他を蔑んだりして生きるしかない俺たち弱い人間が、心の中に隠した弱さを、苦しみを、悩みを、悲しみを、怒りを、イエス様は、知っておいでになるだろう。
人ははかなく、悲しい在り様なのだと、イエス様はご存じだったのだろう。

Paris
心に、悲しみを苦しみを、ブルースを持たない人はいない。
誰も知らないその苦しみを、もしイエス様が知っていてくれたなら…。
そして、そっと後ろからイエス様にふれ、癒され、許されることができたなら…。
そして、せめて、人の罪や苦しみを、許し癒すことがかなわなくとも、それを知り、思いやり、苦しみを和らげ、悲しみを分かち持つことができる人間に、義ある人になれたなら…。

クリスマスだ。俺や君の狭い心の中にも、イエス様がお生まれになることを祈るぜ。

また会おう。

Post #36 Fragment Of Fragments #3

Paris

本日、諸般の事情につき、本文割愛させていただきます。
申し訳ござらぬ。
メリー・クリスマス
Paris

2010/12/24

Post #35 Dead Man

Paris  俺の好きなJaguar XJ-Sだ!
先日、電気屋のさっさんととある現場で休憩していた時のことだ。
黒い服に身を包んだ、女性が2人、こちらにやってくる。

俺は施主さんの関係者かと思って、『そこネコの糞が落ちていますから気を付けてください』なんて、愛想よくしていたんだが、その女性たちは保険屋だった。

彼女たちはチラシを俺に渡して、『男性の方が生涯に癌に罹る確率は、なんと54.5%もあるんです、保険などどちらにお入りですか』っていうんだ。

俺はとっさに答えたぜ。『癌に罹ろうが罹るまいが、男性も女性も、俺もあんたも含めて、死ぬ確率は100%だぜ!』ってね。

そう、俺たちは不完全な死体として生まれて、毎日毎日、完全な死体へと成長しているのさ。
そう、俺たちはある意味、生まれながらにしてDEAD MANなのかもしれない。

Paris
明日は5時に起きて男の仕事に出撃しなけりゃならないから、今日はあっさりこんなところで。

読者諸君、また会おう。

君たちにとって、素敵なクリスマスがやってくることを祈ってるぜ。

2010/12/23

Post #34 たまには写真やカメラについて話そうかな#3

Paris
今日はまた、新幹線に乗って、日帰りで仕事を片付けてきた。ちょろいもんだ。しかし、明日も男の仕事が詰まっているから、のんびり写真を撮ってブラブラなんてしちゃいられないぜ。第一、荷物もしこたまあったからな。俺の背骨が悲鳴をあげてるぜ。
俺はプライベートではほとんど荷物を持たないようにしてるんだ。何と言っても、写真を撮るのに機動性がないと困るからね。とはいえ以前海外に行ったときには、気合を入れ過ぎて、コンタックスのG2をモノクロ・リバーサルで各一台ぶら下げ、腰にはコンタックスのT3を、これまたモノクロ・リバーサルで各一台、合計4台なんて恐ろしいことになってたこともあった。見かねた現地の人の良さそうなおばちゃんが、ひったくられるといけないから何とかしろって忠告してくれたもんだ。まぁ、いまどきフィルムカメラなんて盗む奴はいないさ。時代はデジタルだ。うむ、俺はあくまで、時代に逆行させてもらうぜ。以来、無茶は極力慎むようにしている。ひったくられた訳じゃなく、単に重くて肝心の写真が撮りにくくて仕方なかったからだ。

しかし、仕事となると話は別だ。道楽は命は賭けるが、仕事にはお金がかかってるんだ。不測の事態に備えないとな。あくまでプロとして働いて、金をもらってるんだから。しかしまぁ、単価は安いぜ。俺はいつも自分の稼ぎを時給換算して、キャバ嬢に負けたとか言って落ち込んでいたりするのさ。
悲しいぜ、まったく。

何故、そんなに重くて疲れるのかと言えば、当然フィルムの量も増えるし、ズームレンズがカッコ悪く感じられて好きになれないゼータク者の俺は、単焦点の交換レンズを持っていかないと落ち着かないわけだ。持っていかなきゃいいだろうって思うかもしれないが、レンズそれぞれの焦点距離に応じた画角とそれぞれのレンズの持っている描写の違いが、重要に感じられるから持っていきたくなるのが人情ってもんだろう。第一、被写体に応じてレンズを使い分けたくなるじゃない?すると、かなり体に負担がおおきくなるんだな。特に夏はキビシーね。
もしそれがかなわないのなら、あるいは一本だけ選べと言われたら、文句なしに35ミリを選ぶ。
はっきり言って、俺にとっては35ミリのレンズは万能のレンズだ。その距離感が体に染み込んでいる。時折、思ったように撮れないと、28ミリを使ってみたくなったり、21ミリがいいかな?とか浮気な思いが頭をよぎるが、何だかんだでいつも35ミリを使っている。大きくとりたきゃ、寄ればいい。小さく撮りたきゃ、とりあえずバックだ、バック。これは天才アラーキーも『気持ちのズーム』と呼んでいる由緒正しい撮影方法なんだぜ。

俺は今日は、ブロニカに続いて手に入れたスーパーイコンタの話をするつもりだったのに、風呂に入るように勧告されてしまった。今日は冬至らしい。ゆず湯か。乙なもんだぜ。ちょいと中断だ。

すっかり長湯をしてしまった。日本人は風呂に限るぜ。意識が飛びそうだ。
SuperIkonta 530/2
さて、イコンタだ。それも、ピント調整機能が付いたスーパーイコンタだ。
イコンタの最大の特徴は、ボタンを押すと、ばね仕掛けで、レンズやシャッターのついた蛇腹が自動的に立ち上がり、撮影態勢にトランスフォームするところだろう。だからスプリング・カメラとも称されるぜ。蛇腹だぜ、蛇腹。カメラはケータイについているこの時代からすると、どんな大昔なんだよって感じだ。しかし、かの天才アラーキーも父親の遺品のスーパーイコンタをつかっているぞ。あちらは6×6判のスーパーシックスだけどな。フィルムは中判の120フィルム。手動巻き上げで赤窓式、つまりフィルムの裏紙に書いてある番号を赤いプラスチックの小窓でのぞきながらフィルムを次のコマまで送るという原始的なシステムだ。だから裏紙が付いた120しか使えない。画面は6㎝×9㎝。大画面だ。痺れるぜ。いまどき、こんな69カメラで、ポケットに入るようなのはないんだぜ。ホントに。観光地の記念写真屋さんが使っているような、FUJIのデカい奴しかない。あれはあれで欲しいと思わないでもないのだが、今はほおっておこう。そう、スーパーイコンタだ。
このスーパーイコンタは、ツァイスイコンのヒット商品イコンタに、ピント調整機能を搭載した、大昔の高級カメラだ。どれくらい昔かっていうと、スーパーイコンタは1937年製造開始だ。昭和9年だぜ。戦前だ。昭和一桁だ。俺のスーパーイコンタは初期型なので、バリバリ戦前派だろう。
レンズもCarl Zeiss Jena のTesser F=4.5 f=10.5cmがついているから、バリバリ戦前だ。戦後はツァイスは東西ドイツに分断され、イコンタを作っていた西ドイツでは、Zeiss Opton表記になるからだ。
F=4.5 とは、このレンズは暗い。しかし、いまだに評価の高いテッサーだ。テッサーはパウル・ルドルフ博士によって1902年に開発されたカール・ツァイスの傑作レンズで、たった3群4枚というシンプルな構成ながら、高い解像度を持っている。当時はその解像度の高さゆえに、『鷹の目』と称されていたそうだ。おそらく、100年以上にわたって、世界で最も多く製造されたレンズの銘柄だろう。もちろん、各時代によって、設計は見直され、開放絞り値は改善されていくのだが歴史に残る銘玉という評価は揺るがないだろう。
もちろん、このイコンタについているテッサーは、戦前のNonT、つまりツァイスのレンズコーティング(Tは透過性を意味する)なんで、逆光には弱いし、色再現性も現在のレンズには劣るけれど、やはり解像度の高さには、う~むと唸るものがあるぜ。
このスーパーイコンタは、レンズの横に出たアームの中に2枚のレンズが仕込んである。ピント調整リングを回すと、このアームの中に仕込まれた断面が楔形になった2枚のレンズがそれぞれ異なる方向に回転して、ピントを合わせる訳だ。これがレンズの前玉と連動していてレンズ本体のピントを合わせるって仕組みだ。つまり、これはレンジファインダーカメラなんだぜ。
シャッターは驚くなかれ、最高速度が250分の1秒のコンパ―だ。
俺は、このカメラを百貨店で行われていた中古カメラショーで、購入した。中古カメラショーちゅうのは、百貨店の催事スペースに、何店もの中古カメラ店が出店し、持ち寄ったカメラを展示販売するイベントだ。俺が買った当時は、中古カメラバブルと呼ばれる世紀末の一時期で、写真好きというかカメラマニアのおじいたちで、会場は熱気むんむんだった。今じゃ考えられないような強気な値段でレンズやカメラが売られ、今じゃとんとお目にかかれないようなレアなカメラが店頭に並んだ。
ブロニカにいささか限界を感じていた俺は、中古カメラショーに出向き、Hカメラの臨時店員の都築君から勧められるままに、このイコンタを買ったのだ。
都築君は、強烈なツァイス信者だった。このイコンタを勧めたのも、ツァイスのカメラだからだろう。さまざまなポイントを指摘して、このカメラがお買い得なことをアピールしていたぜ。俺は納得してこのイコンタを買った。やはりマニアから勧められるのは説得力がある。いまどきはマニアックなカメラ店員が少なくなった気がする。まぁ、デジカメじゃマニアを引き付ける磁力が弱いのかもしれないな。俺が強烈なツァイス信者になったのは、この都築君との出会い、そしてこのイコンタとの出会いがあったからに違いない。人生には時折、ささやかで目立たないが、その後の人生の方向を決定づける出会いがあるもんだ。そう、それこそが人生だ。ロックンロールだ。
俺はこのカメラが気に入って、セコニックの露出計で露出を測ってよく撮影したぜ。気に入ったついでに6×6判のスーパーシックスや6×4.5判のスーパーセミイコンタも買ってしまった。しかし、やはり使うのはこのスーパーイコンタだった。当時は三脚を立てて、人がいなくなるのを待ってからレリーズでシャッターをきっていた。カメラ自体が軽いので、三脚を持って移動するのもさほど苦にならないと思っていたんだ。これで滝だの古い町並みだのを、ぎりぎり絞ってパンフォーカスにして、スローシャッターにして撮影していると、なんだかプロっぽいという無用なはったりを、周囲にかませたものだった。
しかし(おっと出た、この“しかし”が俺を次のカメラに誘うんだな。)、何時しか俺は無謀にもこのイコンタを使って、路上撮影を始めるようになった。路上の物撮りが、次第に路上の人間模様に移行してゆくのにさほど時間はかからなかった。この時、最も問題になったのは、露出とレンズの暗さ。あるいはシャッタースピードの遅さだ。露出がオートでないので、手間だというのが一点。レンズが暗いので、日が傾きだすともう写真を撮るのは三脚なしでは不可能になる。それを補うために高感度のフィルムを入れると、今度は明るい日中ではシャッタースピードが遅いので、露出がオーバーになってしまう。つまり、撮影するシチュエーションに制約が多いカメラだったのだ。
こうして、俺はシオンの地を探して荒野をさまようユダヤ人のように、また次のカメラを求めていくことになったのだ。

2010/12/21

Post #33 Fragment Of Fragments #2

HomeTown
只今、男の仕事中につき、本日も写真のみで。
関係者の皆さん、ご迷惑おかけします。
Barcelona

2010/12/20

Post #32 Fragment Of Fragments #1

HomeTown
そうそう毎日大変なことが起こる訳ないぜ。人生はマンガじゃないのさ。けど、似たようなもんだけどね。
HomeTown
明日は男の仕事ダブルブッキング。たまにはそんな日もないとね。
てことで、今日は写真をお届けするだけにしておこう。
その代り、一挙に3枚UPだ。これで勘弁してくれ。

HongKong

親愛なる読者諸君、また会おう。

Post #31 The Clockwork Orange

Paris
昨日はなんだか疲れたぜ。どこまで話したっけか?
そうそう、俺はある意味、ピンチを迎えていた。例の電気屋のさっさんが『スパークスさんだけは、絶対俺にキスさせてくれない!』とか吠えていた。俺はまるで時代劇の用心棒が、刀を抱え込むようにして愛用の髑髏の杖を抱え込んで、海鮮鍋をつつくことになったんだ。こんなことなら、白のつなぎにDr.Marten'sの14ホールのブーツを履いて、股間を防御するためにコッドピースを付けてくれば良かった。杖もあるし、あとは山高帽をかぶれば、『時計仕掛けのオレンジ』に出てきたアレックスのコスプレができただろう。
そもそも、俺の方針としては、そういう性癖の方のことは理解はして温かく見守るつもりだが、あくまで同好の志でやってほしいもんだ。
さすがのさっさんも、若いころパンクスだった俺の放つ、『時計仕掛けのオレンジ』の主人公アレックスみたいなウルトラバイオレンス準備OK!てな雰囲気に、強行突破は無理と思ったのか、自分がホモに転向したいきさつを語りだした。曰く、3年ほど前にストリートガールをゲットしたんだが、いざその時になったら相手は実はオカマだった。仕方ないから、そいつのケツにぶち込んだら、以来病み付きになったんだそうな。OK! そりゃロックンロールだな。だからって、俺の尻に執着するのはやめろ!
だいたい、さっさんはいつも仕事の折に、俺のケツなんか触ってきやがって、その度に『気安く触んじゃない!』って俺に一喝されていたんだ。俺の尋常じゃない怒りぶりを周囲はいぶかしんでいたらしーんだが、事情を知った今となっては彼らも納得してくれたことだろう。ちなみに、さっさんは俺の小ぶりで筋肉質な尻が好きらしい。ジョーダンじゃ無い。
俺はいつも、仕事でトラブったりはまったりするとき、『終わらない仕事はない』って思うことにしてるんだが、俺はこの夜もそう思うことにした。そうこうして、じっと嵐の過ぎ去るのを待つうちに、さっさんと大騒ぎしてた連中が酔いつぶれてトイレにこもったりし始めた。これはいい。どんな台風も陸地に上がって水蒸気の供給が断たれると、急速に勢力が縮小してゆく。いつの間にか、さっさんは、俺たちのもとを離れ、元の席に戻っていった。しかし、ほっと一安心していると、向こうのほうからさっさんが、『あいつら変態でどーしょうもならん』とか言っているのが聞こえてきた。俺は飲んでいたウーロン茶をまたまた吹き出し、『エー加減にせいや!』って怒鳴ってから、呆れたように笑ってたのさ。
そんなこんなで怖ろしい第一ラウンドが終了した。お店の皆さん、他のお客さん、ご迷惑をおかけしました。
Paris
で、舞台は2次会のニューハーフクラブに移るんだ。俺は、その手の店は初めてだったから、どんなんかと思って少し楽しみにしてたんだ。何しろ今まで会計監査のように真面目一筋に生きてきたからな。でも、それだけじゃ人生の半分しか分かんないだろう。お釈迦様だって、出家する前は王子様で好き放題やっていたんだぜ。俺は先頭切って乗り込んでいったぜ。WAO!並みの女なんかより、よっぽど綺麗だし、そこいらのキャバ嬢なんかよりよっぽど客へのサービスが丁寧そうだぜ!やっぱり、物はなくても元男、男のツボをよくわかってるぜ。
しかし、さすがに一挙に25人も乗り込むと、おねーさん?の数が不足して、10対2くらいの席もあった。俺の席だ。しかも、おねーさん?が座っているのは、俺からかなり遠い。おねーさん?が『オカマが足らなーい!』ってしゃがれた声で叫んでいたぜ。これはつまらん、急激に冷めてきた。こんなところ初めてで、ドン引きしてるやつも結構いる。中には眠ってるやつまでいる始末だ。ヤバイ、他の席に移ろう。
他のBOX席に移ると、そこは例のさっさんの席だった。まぁ、ここでいいか。
最初はそこには店のNo1ママ(上品なカンジで、俺的にはタイプなんだが、オカマなんだよね)ともう一人がいたんだ。ラッキー! だが、しばらくすると店の主みたいな、ああ、まさにオカマみたいなおっさんおばはんがやってきた。しかも毒舌だ。俺のこと捕まえて、『あんた葉加瀬太郎みたいな頭ね。この間、葉加瀬太郎来てたのよ。あたし浮浪者が座ってるのかと思ちゃったわ』だってよ。俺は死んだ親戚にはガジローって呼ばれていたぜ。寅さんに出てくるあの佐藤蛾次郎だよ!それが今度は葉加瀬太郎かよ?くせ毛なんだからほっといてくれよな。
よせばいいのに、さっさんは『俺はホモなんだ』とここでもカミングアウトしてたが、嗄れ声で『あんた、オカマとホモは違うのよ、一緒にしないでくれる!』とか軽くあしらわれていたぜ。この毒舌おばはんがやたら人気者で、なかなかこの席から動きそうにないんで、仕方ない。またよそに行くか。俺は綺麗どころが好きなのさ。
そうこうするうちに、オカマのおねーさん?に股間を触られて、『結構なものお持ちね』なんて言われたりしてた。相手が見た目きれーなおねーさんだから悪い気はしないが…、俺はそういうのじゃないって言ってるだろう!
俺の髑髏の杖はここでもオカマちゃんたちに好評だった。しかし、お前ら俺の杖にしか興味ないのかよ。とはいえ、さっきみたいに股間とかに興味を持たれても困るけどね。俺はいつものように君たちのパンツの中より、心の中に興味津々なんだがね。
ショータイムのコントでは、俺だけが例のおばはんとかのコントに、笑い袋のように爆笑していたぜ。
まるでトムとジェリーみたいにげたげた笑っちゃうのさ。さっさんは一万円を崩して、誰彼かまわずチップをくれてやってたぜ。景気のいい奴は違うな。よせばいいのに、俺もつられてチップをオカマちゃんの胸の谷間に挟んだりしてた。
ラッキーなことに、何人かのオカマちゃんの写真を撮らせてもらったりしたぜ。その写真はいずれ皆さんにお届けすることができるだろう。楽しみにしていておくれよ。あるオカマちゃんには、今度自分のヌードを撮ってほしいなんて言われたりもしたぜ。俺にはそのケはないんだけど、いざその機会があったなら、写真のためだ、俺はやるぜ。普段使ってない中判カメラとか出動させて、ガンガン行くぜ。
そう、天才アラーキーみたいに『イイねぇ、バシャ!もう一枚行ってみよう、バシャ!最高、バシャ!股開いてみて、バシャ!』なんてノリでね。
Ok、楽しみになってきたぞ。それこそまさに写真人生だ。ロックンロールだ。
こうして、忘年会は終わったのさ。

2010/12/19

Post #30 The Idiot

Osaka
昨日の夜は、忘年会に行ってきたんだ。
ちっとも儲かってないから、正直言って気が進まなかったんだけど、仕方あるまい、これも男の義理だ人情だ、ロックンロールだ。けど、野郎ばっかり25人だろう…。たまらんな。
夜8時からなんて、絶対終電に間に合わねぇなぁと思いつつも、会費は2次会までのパック料金になってたからな、仕方ない、なるようになるさと腹をくくって出かけたのさ。

どうしても行かなけりゃならない理由があったんだ。この忘年会、例の電気屋のさっさん(Don't Forget to bring your wallet! 参照)の会社の忘年会だったんだが、さっさんと先日一緒に引いた電気のケーブルが、2、3日してもう一度現場に行ったら、全部盗まれていたんだって!数日前、プリントをしていたら、消え入りそうな声で『おれ、もう駄目ですわ…。』って電話があったんだ、実は。
で、さっさんかなり落ち込んでいたから盛り上げてやらないといかんなってね、俺なりに思ったわけだ。そう、俺はこう見えても優しい男なんだぜ。とはいえ、自分でそういうこと言う奴は怪しい。事実、俺が微笑んでいると、大抵の奴は俺がなんか悪だくみを思いついたって感じるらしいんだ。誤解だろう、それは。

それはそうと、俺の108の秘密の一つをここで明かすと、俺、実は痛風もちなんだ。女の人はまず発症しないこの病気は、ビールやあんきも、ホルモンなどに含まれるプリン体なるおいしそうな名前の物質を体内で分解するときに出来る尿酸が、身体の中で、ある一定以上の濃度に達すると、飽和状態になって結晶化することで起きる。つまり、その結晶が神経細胞に突き刺さるという、考えただけでも痛そうな病気だ。風が吹くだけでも痛いから痛風というのさ。
昔の日本じゃ、なかなかそんなもんにありつけなかったから、痛風は贅沢病って呼ばれていたんだけど、食べ物が肉食中心になってきた昨今では、結構若いうちから発作の起こるようになる奴も多いらしい、俺みたいにな。まぁ、俺の場合は尿酸を排出する機能が遺伝的に弱いらしい。まいったなぁ。
この発作は主に、足の指やくるぶしなんかによく発症する。骨折に匹敵すると言われる強烈な痛みとともに、みるみる足が腫れ上がってくるんだ。思い出しただけでも痛くなりそうだ。だから俺は酒を飲みに行くときは、必ず杖を持っていく。そう、殺傷力十分なクロームの髑髏の握りのついた杖だ。内田裕也かメープルソープみたいでカッコEぜ。これさえあれば、発作が出ても何とか帰ってこれるし、何かトラブルになっても、実力行使が可能だ。いい年こいて、そんな実力行使はしたくないのだが、人生には、望むと望まざるとに関わらず、災難は襲ってくるものだ。心構えだけはしておいたほうがいい。牙を抜かれた狼は死ぬしかないのだ。

Osaka
店に行ってみると、いたいた、あくの強うそうな男たちばかりだ。飲み会は初めのうちこそ、仕事の話をしたり、初対面の者同士が名刺を交換したりして和やかにはじまるんだが、だんだん酒が入ってくると、大変なことになる。野郎どもが25人。女性0だぜ。女性の目がないと、大抵男は暴走するんだ。まぁ、俺は酒を飲んで意識がなくなったり、何をやったか記憶がなくなったりするようなことはないから、頭の中は冷静だが、周囲の男たちの痴態狂態を見ては、大声で笑い転げていたぜ。
みんなたまってるんだな。
しかし、例のさっさん、最初のうちこそは隅のほうで静かにしていたんだが、俺が声をかけて隅から引っ張り出した途端に、『皆さん、聞いてください!今日、カミングアウトします!僕は、3年前からホモにめざめていました。僕はホモなんです!』とぶち上げやがった。俺は食っていた鍋のえのきを思わず、ブッ‼て噴いてしまった。みんなは、俺の驚きようを見て笑い転げたさ。しかし、ことの重大さを察知していたのは、俺だけだったんだ。何せ俺以外は、さっさんがホモだなんて知らなかったんだからな。
別に俺はホモだってことに驚いたわけじゃない。俺は2年前、本人から、初対面の時にカミングアウトされて知っていた。ホモだからって差別するつもりはねぇ。そんな狭量な人間ではいたくねぇんだ。理解はする。が、俺はホモじゃないからねというのが、俺のスタンスだ。しかし、しかしだ、『それが世間に知れたら、自分は終わりになってしまうから、絶対に誰にも言わないようにしてほしい』と、何度も何度もくどいくらいに言われていたのに、いきなりここでカミングアウトはねぇんじゃねーの!
しかも、さっさんは、どうして初対面の俺にカミングアウトしやがったかってーと、
①俺がホモに理解がありそうに見えたから(それは正解)。
②俺にもホモっ気があるように感じたから(それは誤解だ)。
③しかも、俺がさっさんの好みのタイプだったから(勘弁してくれ‼)。
雲行きが怪しくなった。風雲急を告げる展開だぜ。半分くらいは酒を飲んでいて聞いてなかったが、それを聴いたやつの大半は、またさっさんがジョーダン言っているんだろうって、思っていたんだ。
しかし、さっさん悪乗りし始め、自分の乳首にぶりの照り焼きをつけてから、ほかの奴に食わせたり、誰彼かままわず、男にキスをしたりするようになって、俺は焦った。
誰かが冗談半分でさっさんに『この中で誰が一番好みのタイプなんだ!』なんて、要らんことききやがった!『この中では、スパークスさん…』さっさん、恥ずかしそうに言うなよ。
俺は護身用にも使える杖を抱え込んだ。自分の身は自分しか守れない。こんなところでオカマを掘られるのは御免だ。
俺、ピンチ!どうする俺!しかも二次会はニューハーフクラブだって‼? 一体全体、どーなってるんだこの忘年会は!
次回に続くぜ

2010/12/17

Post #29 Down On The Street

Izmir,Turk
俺は、今日もプリントだ。仕事が例年になく暇なおかげで、ここ何日も家に引きこもってプリントが出来るってもんだ。それはそれで嬉しいが、先のことを考えると、かなり心細いもんだぜ。 だから、つい暗室(とはいえ、それは洗面所に机と引伸機を持ち込んで、プリントしたものを次々と隣接する風呂場に置いた水洗用のバットに放り込むというお粗末なもんだけど)に引きこもって、プリントすることになるわけだ。これは一種の精神安定剤だ。
これもプリントの出来がいいと、俺はつい、『うん、俺ってば天才』なんて舞い上がってしまうが、手応えがイマイチだとねぇ、なんとなく気分が沈んでしまうんだな。単純な男なんだ、俺は。
今日はどっちかというと、手応えが今一つな日だった。失敗も多かったし。何枚も印画紙を無駄にしてしまったぜ。痛恨だ。
何故かプリントに集中できないんだな、今日は。途中で手を休め、コーヒーを飲みながら考えてみた。すると、その理由はすぐに分かった。今、俺の家の斜め前の区画で家の改築工事をしてるんだが、今日は一日中、重機がひっきりなしに動いていたんだ。
重機のエンジンから発せられる低周波は、遠い地鳴りのように聴こえる。これはさほど耳障りではないんだが、低周波は生物の体に変調を及ぼすんだ。まぁ、俺も生物の端くれだからな。集中力が削がれるのも納得だ。勘弁してほしいぜ。やはり、プリントは夜中にするべきだろうか。

この低周波の影響で、俺の頭の中には、イギー・ポップが若い頃にやってたバンド、The Stooges(直訳すると馬鹿の集まりだ)のFun Houseってアルバムに入っている“Down On The Street”って曲が、ぶんぶんまわってた。タイトでパワフル、エンジンが唸っているようなギターリフとイギーの素っ頓狂な叫び声から始まる名曲だ。そういえば、昔、イギー・ポップ自身がこの曲に関して、デトロイトの自動車工場を見学したときに思いついたって語ってるのをTVで見たっけ。プレスマシーンとかがバッシャンバッシャンとプレスしていくリズミカルな音から思いついたらしい。
だから、家の近所で重機が動いている時に、この曲を思い出しても仕方ない。しかも、この曲はヒジョーに暴力を闇に隠した夜を俺にイメージさせるんだが、生憎、今日プリントしていたのは、夏の太陽が照りつけている写真だったんだ。こんな曲が頭の中を回っているのに、真昼の街をプリントとは…。勘も狂えば腕も鈍るぜ。いかがわしい夜の街でもプリントしておくんだった。選択を誤ったぜ。仕方ない、これも人生だ。ロックンロールだ。

Izmir,Turk
そうこうしているうちに、印画紙も底をついた。そんなくらいにタイミングよく工事も終わるもんだ。仕方ねぇなぁ。俺はコーヒーでもすすりながら、久しぶりに、西井一夫の本を読んでみることにした。
西井一夫は80年代に廃刊した『カメラ毎日』の最後の編集長だった。癌で亡くなってもうかなりになるが、未だに西井一夫ほど、何故あなたは写真を撮るのか?ということにこだわった写真編集者はいなかっただろう。時に批評した相手を怒らせ、絶縁されるほど、その舌鋒は鋭く、容赦がなかった。写真のうまい下手ではなく、クオリティにこだわり、また、写真は現実の複写であるに過ぎない、アートではないと、言い続けていた。
写真は、写真家のイメージに基づいて表現されるものではなく、現実(つまり、かつて確かにあったもの、すなわち今はもう失われてしまったもの)を、再現=コピーするものだと、西井一夫は繰り返し語っていた。
そしてさらに、写真の本当の凄味は、撮影者も被写体もこの世から消えてしまった後に、写真が後世への『記録』として遺ることにあると喝破していた。その時には、写真は撮影者の持っていた作家性とは、まったく無縁の『アノニマス』な『記録』に変わるのだと。つまり、『記憶』から『記録』に昇華するんだ。
この人の話しは、写真に真剣に向き合っていくならば、重たい話ばかりだが、もし君が、意識的に写真を撮っているのなら、西井一夫の本を、たとえば『20世紀写真論・終章』(青弓社刊)なんかを読んでみることをお勧めするぜ。

ホント、この人の本を読むと、身につまされ、自分の写真を顧みては反省することばかりだ。
自分の写真は、俺のイメージで捏造されたものではないだろうか?
自分の写真は、俺がこの地球からおさらばした後も、存在するに耐えうる写真だろうか?
そして、何よりも、何故自分は写真を選び、写真を撮るのか…。
いずれにせよ。、もっとプリントの腕前をあげないと話にならないな。今日のプリントではね…。
今日のプリントから、まぁまぁのものを2点お送りしよう。

2010/12/16

Post #28 Nothing's Gonna Change My World

Osaka


本日もまた、語るべきほどのことも無い。

仕事も無けりゃ、金も無い。

電話もならなけりゃ、Eメールも来ない。

静かな暮らしだ。こりゃこれで、困ったなぁ。

仕方ないので、眠って、起きて、ひたすらプリント。

プリントしている間は、仕事のことも、金のことも、

忘れられない君のことも、悪いけれど、まったく頭に浮かんでこない。

何ものも、俺の世界を変えることはできない。そんなカンジだ。

もう一度言おう。何ものも、俺の世界を変えることはできないんだ、プリント中はね。

Osaka
ここ数日で75枚プリント。明日もプリントだ。
OK、本日水揚げされたばかりの写真から2枚お送りしよう。

2010/12/15

Post #27 Naked Eye #2

Izmir、Turk
本日、語るべきこと、何も無し。さりとて、金も無し。
眠って、起きて、ひたすらプリント。
今日出来たての写真より2点。

Izmir,Turk

2010/12/14

Post #26 Taxman

Paris
今日は税務署に行ってきた。年末調整だ。
今ここで初めて明かすが、SPARKSというのは、本来俺の会社の名前なのだ。
もちろん本名ではない。(さらに言うと、SPARKSちゅう名前もThe Whoの曲のタイトルから頂いた。繊細かつ豪快、美しく、かつノイジーないい曲だ) 
つまり、俺、こう見えて社長。
けれど、部下無し。
つまり俺一人の会社なんだ。だから年末調整も税務申告もみんな自分でやるのさ。
極めてめんどくさいが勉強になるもんだ。

だから、今日のテーマはTAXMANだ。The Beatlesだ。これでピストルズはクビ確定だ。いや、でもあの曲はなかなかにタイトなリフが決まっているぜ。カッコE。その次の曲の“Eleanor Rigby”も渋い。人生について思わず考えさせるような名曲だ。

税金はできたら払いたくない奴がいっぱいだ。今日の新聞にも、菅総理が、法人税の5%引き下げを指示したと書いてある。さっそく経団連のお偉いさんがこの決定を評価するとの談話を発表していたぜ。とはいえ、赤字会社の俺にはカンケーないね。法人税が払えるようになってから、評価したいもんだぜ。
しかし、どうしていつもこの経団連のお偉いさんたちは、こうもエラソーなんだろう。まるで日本の支配者みたいにふるまっているぜ。
儲けたら税金を払う、そしてその税金が低所得者のために使われたり、インフラストラクチャーの整備のために使われるのは、必要だし大切なことだと思うが、諸君、どうだろうね。俺だって税金は極力払いたくない。儲かっていないからな。しかし、お先真っ暗な日本の若者や子供のために、俺の払った税金が使われるんなら、良しとしておこうぜ。
だいたい、昔はみんな、高額納税者番付に載ると、名誉なこととしていたらしーが、最近ではそんなこと言っているのは、まるかんの斉藤一人さんくらいのもんだ。えらい奴だぜ。みんな税金は払いたくないが、デカい車に乗ったり、相も変わらず似合わないブランドもんのカバンなんか持って、セレブ気取りかよ。セレブってのは成金って意味もあるんだぜ、成金だ。金は天下の廻りものだが、こう景気が悪くて先行き真っ暗で、皆の衆の財布のひもが固くなっていると、ますます悪循環で景気は悪くなっていくんだ。ぱぁーっといこうぜ、植木等だって、♪金のない奴ぁ、俺んとこ来い。俺もないけど何とかなるさ♪って歌っていたぞ。いつも俺の90になるばあさんが気に入って歌っていたな。
みんなマックス・ウェーバーの歴史的名著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』でも読んで、勉強したほうがいいぜ。岩波文庫から出てる。700円くらいだ。目から鱗が落ちるぜ、きっと。
俺たちは、一代限りの世界を生きているんじゃない。次の世代に続く、悠久の時の流れのなかで、次の世代に世界を、自分が生まれてきた時よりも、少しだけましにして渡してやるために生きているんでもあるんだぜ。税金も払わず、給食費も払わず、自分の目先の欲望のためだけに銭を使っちゃいけねぇよな、人として。
まぁ、そーは言っても、日本のお役人さんや政治家の皆さんには、モー少しまともな銭の使い道を考えて貰いてーな。あいつらの世間知らずにはうんざりするぜ。

そういえば、俺の母方の爺さんは10年くらい前に亡くなったんだが、この人が税理士だった。税理士になる前は税務署員だったようだ。戦後すぐには、なんだかわけのわからない零細製薬会社なんかをやっていたとも聞いたが、人に歴史ありだ。
そういや、税務署員を長くやると、日本では税理士になれるんだぜ。俺の愛するロック界最強のベーシスト、ジョン・エントウィッスル(もちろんThe Whoだ。)もバンドがプロになる前は、税務署員だった。手堅い商売だ。ちなみに彼は、世界有数のベースとギターのコレクションを持っていたんだが、彼の死後(ハリウッドでのライブの前の晩、コカインを決めて、コールガールを呼んで、いい年してハッスルしすぎた挙句、コールガールが上にまたがったまま心臓が止まって死んだんだ。サイコーだぜ、ジョン。まさにロックンロールだ)、息子は相続税が払えず売り払ってしまったそうだ。うん、これまたロックだね。


俺の愛機 S690 年代もんだぜ
ちょっとセクシーなシールで気分を盛り上げようぜ!
俺の愛用の引伸機は、その爺さんの息子、つまり俺のおふくろの弟が、若いころ使っていたものだ。FUJIのS690っていう年代物だ。時代遅れの写真を撮って喜んでいる俺にはお似合いだ。しかし、女だって、若けりゃいいってもんじゃないのとおんなじで、マシーンだって新しけりゃいいってもんでもないんだぜ。
こいつを俺は、爺さんが死んでしまったんで、仕事に使っていたプレハブ小屋を片付けている時に、ちゃっかりいただいたのさ。
しかし、引伸レンズだけは、いろいろ試した結果、ドイツ製の名玉Rodenshtockの50㎜F2.8を使っているんだ。このレンズでプリントすると、写真の黒の締りがサイコーだ。素晴らしい。写真がハードなカンジに仕上がって、変なたとえだけれど、ビシリとハイテンションで張った弦で、ジャーンってコードを鳴らしたみたいなカンジなんだよ。
写真はレンズで決まる。プリントもレンズで決まる。写真にはレンズが大切なんだ。その点、デジカメはその辺の味わいが薄いんだよねぇ…。残念ながら。
まぁ、この引伸機をゲットして以来、モノクロだ。それまではKodakのE100VSって、これまた明度彩度がサイコーに高い、ついでに値段も高いリバーサルを使っていたんですがねぇ。最近はめっきり使わなくなってしまいましたねぇ。まぁ、リバーサルで撮った写真もそのうちご覧に入れよう。色味がえぐいぜ。下品だぜ。写真には人間性が出るもんだ。仕方ない、これもロックンロールだ。

さて、今日はうちの人が会社の友人と一緒に韓国旅行に行ってしまったので、俺は寂しい夜をプリントでもして過ごすことにするぜ。そうじゃないと寂しくて、キャバクラなんかにフラフラ出かけて、不要な散財をする羽目になるぜ。きっとキャバ嬢たちは税金なんかまともに払ってないんだ。経営者だって怪しいもんだぜ。日本の将来のためにならん。
とにかく、これは俺にとって、年に何度もないチャンスなんだ。俺はプリントするときには、周囲に人がいるとできない性分なんだ。自分の内面から湧き上がる記憶とイメージの渦に巻き込まれ、暗闇の中、ぼんやりとした赤い光に照らされた自分自身の妄想と欲望で、発狂しそうになりながらプリントしているのさ。こんな姿は、決して人にはお見せできない。鬼気迫るといえば、聞こえはいいがね、楽しい反面苦しい作業なのさ。そう、やっぱり舞台裏は見せないもんさ。
だから、こんなチャンスはなかなかない。ブログなんかのんびりやってる場合じゃない。人生は短いんだぜ。朝までがんがんやっちゃるぜ!なんせ、明日は仕事がOFFだからな。君たちは、お肌の健康のために眠るがいいさ。今夜の成果は、明日のブログでお見せしよう。出来たてホヤホヤだ。まさに産地直送だ。さぁ、どこの写真をプリントしようか?トルコか、大阪か、それともパリか?なんでも来いだぜ!
OK! あのくっさい薬品も作ってあるし、倒れるまでプリントしよう。寿司職人のように、身体に酢酸の臭いが染み込むのさ。こんな酢酸くさい男でも、君は受け入れてくれるだろうか?

Post #25 Don't Forget To Bring Your Wallet!

Viet Nam
寒中水泳ではない。フルチンで川遊びだ
冷たい雨が降っていた。今日は寒かったぜ。しかし、冬の北海道ウラジオストックに行ってみたいという野望に燃える俺は、この程度の寒さに負けるわけにはいかない。熱いコーヒーでも飲んで、頑張るしかないのだ。
そんな俺も、今日は寝坊してしまった。遅くまでブログを作り込み過ぎた。なんせ昨日はスライドショーを増設したからな。とはいえ、9時から男の現場だったのに、起きたのが9時23分だったてのは、いくらなんでもありえない。寝坊なんて何年振りだろう。コーヒーを飲む間もなく、仕事に出かけたぜ。
しかも、元請のさっさんと昼飯を食いにいたっとき、さらに笑えることが起っちまった。俺たちは、現場のそばのラーメン屋にいっしょに行ったんだ。男同士で連れ立って飯を食いに行くなんて、プライベートならホモのカップルと間違えられるのであまりやらないようにしている。しかし、仕事は別だ。
北海道への熱い熱い未練たらたらの俺は、迷わず塩ラーメンにコーン&バタートッピングをオーダーした。熱いラーメンで心も体も温めたかったのさ。さっさんは(彼はねずみ男みたいな風貌の電気屋さんなんだが、自分を俺のブログに出せといつも言うんだ。まいったなぁ)ラーメン+唐揚げセットにするといっていたのに、俺が塩ラーメン+コーン&バターをオーダーすると、すかさず自分も同じものをオーダーしやがった。俺は思わず、『あんた、自分の意思はないのかよ?』なんてお客に対する言葉としては、一般的にきわめて不適切なセリフを吐いちまったぜ。まぁ、気にすんな、いつもこんな調子さ。

Viet Nam
俺たちはがつがつズルズルとラーメンを食ったぜ。さっさんはよせばいいのに、しこたまにんにくを自分のラーメンの中に放り込みやがった。俺の車に乗って息を吐くんじゃないぜと思ったものさ。そして食い終わった時、俺は今朝、財布を持って出た記憶がないことに気付いた。俺はそもそも、かつてバルセロナの地下鉄でアコーディオン弾きを装ったスリに財布をすられて以来、財布は持たないようにしている。マネークリップと小銭入れ、そしてクレジットカードと名刺を入れるカードケースは、お出かけ3点セットなんだが、昨日の夜出かけたときに着ていたヒョウ柄のジャンパーのポケットの中に入れていて、出した記憶がない。しかも、3点セットを持って出た記憶もない。俺はポケットを探しまくった。ない。やっぱりない。寝坊してしまったために、持って出るのを忘れてしまったんだ。ヤバイ。食い逃げするか?しかし、社会人としてはどーよ?困ったなぁ・・。
俺はさっさんに切り出した。『悪いんだけど、俺、寝坊したついでに財布もわすれちゃったみたいなんで・・、金貸してくんない?』
さっさんは笑って奢ってくれたが、しっかり『人に自分の意思のない奴だとかいっときながら、奢ってもらうとは・・』って、呆れたようにヒヒヒッて笑っていたぜ。まるでねずみ男みたいにね。まぁ、そのあと食後のコーヒーも奢らせたけどね。ものはついでってやつだな。しかし、さっさんと一緒でよかったよ。でなきゃ今頃、ラーメン屋で皿洗いをしてるところだった。まいったぜ、ホント。
君たちも出かけるときには財布を確認したほうがいい。そのためには寝坊しないようにすることだ。OK?くれぐれも俺みたいにグデグデな一日を送ってはいけないぜ。まぁ、それも人生で、ロックンロールなカンジだと言えないこともないんだけれどね。
今日は寒かったから、常夏の国、ベトナムの写真をお送りしておこう。経済発展著しいベトナムだ。こんな風景はいずれ見られなくなることだろう。きっと、100メートルに一軒づつコンビニが並び、くそ暑くても、男たちはネクタイをするようになる日も近いだろう、この日本のようにね。そんな時が来る前に、またベトナムに行きたいもんだぜ。
君も一緒にどうだい?寒いところもロマンがあっていいけれど、暑いところも、それはそれで面白いもんだぜ。

2010/12/13

Post #24 Over The Blakiston Line

Paris
どうやら、北海道出張はなくなりそうだ。
冬の北海道なんて、旅情をいたくかきたてられるが、なかなかに寒そうだ。しかし、どうせ北海道に行くのなら、ここはやはり冬だろう。バナナで釘が打てる程寒いんだろう。だが、俺は寒波に襲われたパリを、革ジャンで乗り切った男だ。何とかなるだろう。いざとなったらユニクロでヒートテック肌着でも買えばいいのだ。しかし、どうも今のところ、話しは立ち消えだ。残念だ。まったく以て残念だ。やる気マンマンだったのに…。
仕方ない。森山大道の写真集『北海道』でも眺めて見るか。どうも北海道の写真と言うと、雄大な自然やキタキツネなんかの野生動物なんかをテーマにしたものが多いようだが、生憎俺はそういう写真にはあまり興味がないんだ、道民の諸君、悪いなぁ。
この『北海道』なる写真集は、1978年の5月から7月、当時、写真に手応えを失っていた森山大道が、鬱と不安に取りつかれ、それから逃れるために睡眠薬を濫用するという状況のなか、再び写真を撮るためにたった一人で札幌にアパートを借り、250本のフィルムを撮影した経験から生まれた写真集だ。当時の森山大道は、自分の撮った写真にやはり手応えを感じることができず、その膨大な写真はごく一部を発表したのみで、長年お蔵入りになっていたという。その辺のいきさつは、河出文庫から出ている森山大道の自伝的エッセイ、『犬の記憶』やその続編である『犬の記憶 終章』を見ればよくわかる。写真を撮ることに、手応えのない鬱屈と、焦燥が滲み出てくるようだ。
Paris
その写真は2008年に、総ページ数664ページという大作としてよみがえった。限定1500部、2万円。Hey Men! 風俗に行って女を買うより、写真集を買ったほうがいいぜ。限定本なら、あとあとかなり値上がりするんだぜ!とはいえ、俺は売らないけどな。
そこには、北海道の美しい自然や逞しく生きる野生動物など写っていない。70年代の北海道の、多くは地方都市の、日常の風景が、コントラストの高いモノクロ写真で、淡々とつづられている。めくっても、めくっても、黒くどこか時代から取り残されたというべきか、むしろ時代を超えているようなある意味殺風景なイメージが集積している。同じような風景が、次々出てくる。そのシーケンスがまた、北海道を強烈にイメージ付けてゆく。どこか、荒涼としたざらりとした感触だ。
しかし、どうでもいいけれど、この写真集、重い。軽く10キロくらいありそうだ。自分がどうやってこんな本を買って帰ってきたのか、さっぱり見当もつかないぜ。あまりに重くて、最後のページが折れてしまった。これはいかん。
仕方ない、貴重な写真集を損なってしまうのもなんだから、これはまたゆっくり見よう。
代わりといっちゃなんだが、札幌宮の森美術館によって制作された、『北海道』のダイジェスト版、『Northern』、『Northern 2』を見るとするか。
これには当時のことをまとめたインタビューも入っているし、『犬の記憶』のなかの北海道に関する文章も収録されているしな。
『Northern』は全編横位置の写真、対して『Northern 2』は全編縦位置だ。潔いレイアウトというか、ダイナミックな編集方針だ。こんなダイナミックさも、北海道を感じさせるぜ。いずれも見ごたえがある。黒がきりりとしまっていて、堪らないぜ。
しかも各3000円+TAXという良心価格だ。これは大切なことだぜ。
この中でも触れられているが、本州のほぼ中央に生まれ育った自分にとっても、北海道はエキゾチックな世界だ。津軽海峡を東西に走る『ブラキストン線』という、動植物の分布に関する境界線がある。北海道はその向こう側なんだ。北海道には、野生のニホンザルはいないんだぜ。ゴキブリだってほとんどいない。つまり、本州以南とは自然だって違うんだ。
むしろ、ヨーロッパに近いイメージなんだ。行ったことないのにそれはないだろうって感じだけどな。冬の北海道なんていうと、いつも飛行機に乗って、ヨーロッパに向かうとき、窓の下に見えるロシアの景色をイメージしてしまう。そう、雪に埋もれた広大な原野に、どこから流れてくるのか見当もつかない大河が、のたうつように黒々とした水を運んでいる、あの風景にきわめて近しい気がするんだ。いつも、そんな風景を眼下に眺めながら、こんな厳しい風土の中を、寒さに耐えながら、冷たい風に涙を流しながら、漂白するような旅がしてみたいと思うのさ。
まだ、俺に若さが残っているうちに、苛酷さに耐えられるエナジーが残っているうちに。
俺の中では、北海道は、それにきわめて近いイメージなんだ。気候風土も、巨大な農地も、なんとなく大陸を思わせる。それも、俺的にはユーラシアの北方につながっているイメージだ。
行ってみたい、冬の北海道に。
それも流氷や知床の自然や、札幌雪祭りを見るためではなく、どんなところで、人々が暮らしているのか、僕のイメージ通りなのかそれともまったく違うのか?それをこの目で確かめるために行ってみたいのさ。あぁ、寒くったって経費がしゃびしゃびだって、出張行きたかったなぁ。
今回は仕方ない、しかしいづれ近いうちに、北海道へ行ってみたいぜ。出来れば青函連絡船に乗って、て今あるのかな青函連絡船?

2010/12/12

Post #23 Take Me To The River

Osaka
福岡は遠かった。新幹線で行ったのだが、日本もまだまだ知らない場所だらけだと実感するぜ。そして、やっぱり日本は山ばかりだ。行き帰り車窓に流れ去る景色に、今さらながら実感したぜ。そりゃ、熊やイノシシだって出るだろうな。日本の古い名前がヤマトだってのを体感する事が出来ると言うものだ。
山間に、海沿いに、ひっそりと家々が寄り添って町を作っているのさ。かつて、人々はその山に死者の魂が集まると信じていたのさ。
行きに隣り合わせた人は鹿児島から名古屋へ出稼ぎに来ているという45歳の気さくな男だった。福岡まで3時間以上新幹線に揺られ、なおさら鹿児島本線で3時間ほど電車に乗らなけりゃならないなんて、ある意味拷問だ。しかし、飛行機に乗ってヨーロッパに行くことを考えると、シートも広いし、喫煙室だってある。大したことはないな。
同年代の男たちと語らうと皆、日本の行く末に希望が持てず、不安を抱いていることがよくわかる。俺たちの世代は、(そう、My Generationだ)団塊の世代の作った社会の枠組みの中で、必死にもがいてきた世代だ。若い世代も大変だが、おっさんたちも大変なんだよ。これからの日本はどうなってゆくんだろう?と皆が口にする。行き詰ってる、先が見えない。そうだろう。でも、俺はむしろ自分の行く末のほうが気になるぜ。これからの人生、どんな出会いがあるのだろうか?なんて書くと出会い系サイトの広告のようでいけないけどね。俺はこう見えて、ストイックな男なんだ。いやむしろシャイな男なんだ。まぁ、人生なるようになるのさ。たった一点、俺たちは、必ず最後には死ぬってこと以外は、何も決まっていないんだ。むしろ逆に、何時かは死ぬっちゅうことから逆算して人生をデザインしていったほうがいい。そう、俺も君も、何時かは必ず死ぬんだぜ、楽しみだ。今のうちから人生を楽しみ、心を開いて、死んだときには、この小さな体を抜け出して、世界そのものと一体化したいもんだ。
そう、福岡だ。博多で新幹線を降りた俺は、地下鉄を乗り継ぎ、現場に向かった。地下鉄を降りて出た地上は、何のことはないどこにでもあるような郊外のロードサイドだった。広い道路の上には、高速だろうか、高架が作られている。道路の反対側には、イオンか何か、ショッピングセンターらしきものが建設されていて、毎度おなじみの作業服のおっさんがコンビニで買った昼飯を、道端に座って食っている。よくある出来事だ。強烈なデジャヴだ。日本中、どこに行っても同じような光景が展開している。きっと国交省あたりが規格を作っているに違いない。規格があったほうが作る側は楽なんだ。おかげで日本全国津々浦々、似たような景色になってしまった。
もし俺がUFOに拉致されて、宇宙人の気まぐれでここに放り出されても、ここが福井県なのか福岡県なのか、すぐにはわからないだろう。そんなことを考えている間に、俺はあっさり仕事を片付けちまったわけだ。実作業15分。そのために福岡まではるばるやってきたわけだ。まったくご苦労なことだぜ。
OK、今日のノルマは終了だ。ちょろいぜ。仕事の道具をキャリーにのせて引いているのは、なかなかに厄介だが、ある程度写真でも撮ってぶらついてみるか。
こうして俺は、また地下鉄に乗って引き返したのさ。
天神からメインストリートをぶらぶらと歩きながら写真を撮って歩いた。福岡はこぎれいな街だった。センスの良い外観の百貨店や、幅の広い道路、道行く女性たちもフツーに垢抜けているし、なんだか遠くに来た気がしないな。しかし、写真を撮りながら何かしっくりこないものがある。何が引っかかっているのかと思ったら、この道は電線がなかった。そう、電線地中化だ。俺も写真を始める前は、日本中で電線地中化工事をしたなら、スゲー経済効果があると思っていたんだが、いざ写真を始めてみると、日本の街並みに電線は欠かせない。電線のない町は、ものたりないのさ。譬えるならば、福神漬けのないカレーのようなんだ。電線がなかったら森山大道や金村修の写真は面白みが半減だ。
俺は初めての町を、迷うことなく歩くことができる。太陽の位置と、通ってきた道のポイント、乗ってきた地下鉄の駅名などを頼りに、歩くことができるんだ。当たり前のことだと思うが、意外とこれができないという奴は多い。まず、立ち止まって太陽がどっちにあるかを確認するのがポイントだ。

俺はぶらぶらしながら中州に向かっていった。そう、九州最大の歓楽街と名高いあの中州だ。
中州はすぐに見つかった。まさに川の中州だったから。きっと博多の町が形成されてきたころから、川の中州ということでいかなる権力も及ばない一種のアジール・無縁公界として、遊郭などが設けられてきたんだろうと思われるぜ。江戸時代の吉原なんかでもそうなんだが、色町が設けられるのは大抵、農耕には不向きな場所で、周囲を川や堀などで区切られているような場所だった。もともと河原は誰の土地でもなく、強いて言えば天皇の土地なので、世俗の権力やルールが無効になる空間として認識されたいたわけだ。昔は歌舞伎役者のことを河原者なんて言ったらしいが、これも歌舞伎の興業が河原などで行われたことに由来するわけだ。つまり歌舞伎役者というのは、もともと一か所に定住することなくさすらいながら芸を売る者として人々から認知されていたということだ。

Paris
時間は昼下がり。さすがの歓楽街も、閑散としている。いいぞ。このすがれた感じ。時間の関係上、おねーさんたちが出勤してくるまでは粘れないし、何かと物入りの俺には、そんなところで飲んでくるような心と金の余裕がない。なんせ赤字決算だったからな。残念だ。まったく残念だ。
しかし、俺はサクサクと写真を撮っていった。裏通りで千石イエスに心酔して、家族を捨てた女性たちが開いた店、クラブ『シオンの娘』なんかを見つけたりしながら、ずんずん奥に進んでいった。しか〜し、あまり深入りはよくない。普段ならともかく、今日は荷物を特大のキャリーに乗せて運びながら写真を撮っているのだ。何かトラブルになっても機動力がない。しかも土地勘はないし、町の両サイドは川だ。逃げ場もない。慎重に写真を撮らねば。
そうこうしているうちに、中州を横切るもう一本の通りに出た。俺の勘では、この通りを渡ると、何にもないか、かなりディープな世界がひろがっているかだ。俺はディープなほうに賭けた。行ってみよう。しかし、無理は禁物だ。俺は以前もこういうところで写真を撮ってて、ひでーめに会いそうになって逃げたケーケンがあるのだ。
予感はあたった。思いっきりヘルスとソープランドが並んでいた。しかも暇そうだ。3メートルおきに、一目でそれとわかる類の男たちが立ち、俺に挨拶して来たり、手招きしてくる。こりゃ写真なんてとれねぇな。何せ、俺はハイエナの群れによちよち迷い込んだ子羊みたいなもんだからな。写真なんか撮ってるのを、この何十人もの男たちのうちの一人にでも見つかったら、きっと川で寒中水泳くらいはさせていただけるんじゃないかってカンジだぜ。俺は下心満々の遊び人のような顔をして、通り過ぎることにした。
そんなとき、交差点に置かれた掘立小屋の前に立つ60くらいの化粧の濃いおばはんがしつこく手招きする。『おにいさん、遊んでってよ』だって。あんたとは金もらっても嫌だなと思いつつ、何にも知らないふりをして、『おばちゃん、ここはどげんところかね?おれ、出張で初めてこっち来たからよくわからん』ときくと、『教えちゃるわ、あの道の向こうが飲むところ、こっち側が遊ぶところ』だそうだ。俺はしつこく店を紹介せれるのも鬱陶しかったから、『いや噂に聞く中州ちゅうたら、どげんところか見に来ただけじゃ、この不景気遊ぶ金もないでの。こんなところで遊んじょったら、年がこされんようになるわ、ダッハッハッハ』とかましてみた。おばはん、残念そうに『金もない人、こげん所来ちゃいかんよ』だって、俺の勝手だろ。俺は写真が撮りたいんだ。
俺はそんなやり取りをしながら、きっとこのおばはんは、若い頃はここで客を取ってたんだろうなって考えていたぜ。若いころは美人だったのだろうか。口元にはしっかりと皺が刻まれ、目尻はたれきっているが・・。おばはん、あんたはいい潮時でここを抜け出し、適当な男と所帯を持って何食わぬ顔をして生きていくタイミングを逸してしまったんだろうか?こんなところで、客引きをしているなんて・・・。俺はそんなことを考えたら、悲しくなってきたぜ。
女の美しさの、なんと儚いことよ。その儚さと戦うために、俺は今日も写真を撮っているというのに。
第一、女を買うのは、趣味じゃないしな。好きでもない女とやっても、後で虚しさが悲しみが胸にこみ上げてくるだろう。俺は女性のパンツの中身よりも、心の中身のほうが興味があるのさ。下手に情が移ったりしたら大変だしな。
何よりも、女を男の欲望を満たす道具のように扱うのは嫌なんだ。その一方で女に、男なんてその程度のものと、見くびられるのも嫌だからねぇ。こう見えて、俺は難しい男なのさ。決して女が嫌いなわけじゃないけれど。とはいえ、金があったらひょっとしたら遊んでたかもな。ひょうきん者の俺の人生、金がないので助かることも多いのさ。
それで、俺はそのおばさんに別れを告げて、帰ってきた。女業の行きつく先を見届けてね。わびしくて悲しいもんだぜ。
君がしなびたおばはんになる前に、君が人生で一番華やかに美しく、若さと色気が香ってくるようなうちに、俺に写真を撮らせてくれないか。悪いようにはしないつもりだぜ。

2010/12/10

Post #22 Leaving Here

Osaka
Barcelona
やっとの思いで、俺は帰って来たというのに、また出張だ。しかも、福岡だ。日帰りだ。
調子こいて、お客さんに、経費が頂ければ何処でも行きますなんて言ったのが運の尽きだ。
昨日は昨日で俺のすんでる中部地方の町を起点に、岐阜県、三重県、静岡県と約500キロ車を飛ばして4つの現場をやっつけてきた。さすがに俺のマシーンも悲鳴をあげていたぜ。俺はケツが4つに割れちまいそうだった。今日こそは家で優雅にプリントでもしようって思っていたんだが、この人生なかなか思い通りにならないぜ。
それどころか、来週には北海道に飛ぶことになるかもしれないぜ。仕方ない、これも人生だ。ロックンロールだ。
まぁ、俺の長い人生で九州も北海道も初体験だからな。これは面白い。もちろんカメラもフィルムも持って来た。見知らぬ町で君に会いたいもんだぜ!
随分前から、あちこち廻って仕事をしてきた。まさにドサマワリ人生だ。それで気が着いたのは、平野にビルが立ち並んでいるのは、日本のほんの一部だって事だ。日本の多くの人々は、山に囲まれた小さな盆地に作られた箱庭のような小さな町に住んでいる。入江と低い山に囲まれた小さな町に住んでいる。山の襞を縫うように、ひっそりと村があり、人々は慎ましく自然と折り合いをつけて暮らしている。
随分前に、岡本太郎の写真集を買った事があった。昔、壮年の太郎が日本とは何か?という探究の為に方々をまわり、ニコン(だったと思う)で撮影したフィルムを、写真家の内藤正敏がドラマチックなハイコントラストでプリントしたものだ。
その写真集は『岡本太郎 神秘』というのさ。
俺たちの生活から、神秘というものが消え去ってどれくらいになるだろう?
かつて、俺たちは先祖から受け継いで来た仕来たりを護り、父祖が開いた農地に貼り付くように生きてきた。そこには、テレビもラジオもなけりゃ、ネットなんて夢にも思わなかったろう。日が暮れれば、微かな灯りだけが頼り。夜の闇は深い。しかし、彼らは決して貧しい精神の持ち主ではなかったんだ。
彼らは神秘を知っていたからだ。
ネットなんかなくてもその生活は異界に繋がり、メールがなくても夢告や虫の知らせで、親しい人の消息を知った。自分たちの回りには、神々や精霊が満ち溢れ、先祖の霊は彼岸や冬至夏至などの節目にやって来る。そんな世界観がなくなっても、形式だけで続けられる祭りを見ると、俺は心が痛む。
どんな石器時代だと思うだろうが、そんな世界はほんの数十年前迄この日本にあったんだ。俺の90才になるお祖母さんは、実際にそんな体験をたくさんしていた。子供の頃、風呂に入れてもらいながら、そんな不思議な話しをたくさん聞いたものだ。
かつてパリで、マルセル・モースから人類学を学んだ太郎が、芸術家の仮面を被った人類学者として日本を廻り、数多の写真を撮ったのは、まだかろうじて日本に神秘が残っていた時代だったんだ。
太郎のによって遺された膨大なネガは写真家の内藤正敏によって、神秘が一掃された21世紀に蘇ったわけだ。内藤正敏自身が恐山のイタコや出羽の即身仏などを被写体に撰んできた写真家だって言うのもあるが、そこには生々しい人間の営みと、ローキーで焼きこまれた闇のなかに潜む『神秘』が見事に表現されている。これがスゲーE写真集だって思っているのは、俺とあと他に日本に5人くらいかもしれないがね。
俺は初めてこの写真集を見た時、鳥肌がたつような戦慄を感じたぞ。
そして、まだ見ぬ日本を探して、猛烈に旅に出たくなったのさ。
OK、今日はとりあえず福岡だ。仕事だけどね。心の感度を上げていれば、何かがきっと見えて来るさ。君は、俺が見ているものが女の子ばかりだと思ったら、大きな間違いだ。いや、まぁそれもしっかりは見ているんだけどね。いつか君の町に行くこともあるだろう。
もし、そこで君に会えるなら、それも俺には神秘的なことなのさ。

Post #21 Like A Hurricane

Anonymous
You are like a hurricane
There's calm in your eyes
And I'm getting blown away
To somewhere safer where the feelings stay
I wanna love you
But I’m gettin' Blown away
I am just a dreamer
But you are just a dream

     Neil Young  “Like a Hurricane”

(君はハリケーンみたいだ
君の瞳の中には静けさがある
俺はすっ飛ばされそうだぜ
感情が残っていられる安全なところへとね
君を愛したい
だけども俺はすっ飛ばされてる
俺はただ夢見る者
そして、君はただの夢なのさ)

2010/12/08

Post #20 Naked Eye #1


HomeTown
It all looks fine to the naked eye
But it don't really happen that way at all
Na na no, don't happen that way at all

  The Who     "Naked Eye"
 
(裸の目には、何もかも美しく見える。
   けれど、現実はそんなふうには起こらない)

Hong Kong

2010/12/07

Post #19 Power To The People

HomeTown
明日、12月8日はジョン・レノンが射殺されてから、30年だ。
その頃、俺は11歳の小学生だったので、その頃のことは正直言ってあまり覚えていない。それ以後も、ビートルズは極力聴かないように心掛けてきた。何故って、ピストルズの初代ベーシスト、グレン・マトロックはついうっかり「おれ、結構ビートルズすきかも」なんて言ったからピストルズを追放されたらしいからな。その後釜が有名なシド・ヴィシャスだ。
もっとも、まだガキの頃、家に同居していたオバさんが(といっても、その頃はまだハイティーンか20そこそこだったろう)聴いていたのはビートルズの赤盤と井上陽水の氷の世界だった。氷の世界には、若き日の清志郎が曲を提供していたのは、今思うとなんだか不思議な気がする。
世間の皆がいいというものには、どうにも胡散臭いものを感じてしまう性分の俺が聴いていたビートルズは、リヴォルバーとラバーソウルだ。しかも、ラバーソウルはいつの間にか、俺のコレクションから消えてしまった。まぁ、それもロックンロールだ。
しか~し、今なぜか俺の中ではジョン・レノン・ブームが到来している。大きな波が来ている。まるで、東芝EMIの商売に乗せられてしまったようで嫌なのであるが、ジョン・レノンの歌が、俺の中で大きくなっている。
最近、リマスタリングされたCDを立て続けに買ってしまったじゃないか。写真集だって、印画紙だって買ってしまったのに、物入りなことだぜ、まったく。
ジョン・レノンは、篠山紀信がジャケット写真を撮った『Milk & Honny』を高校生の頃、同級生の今村君から借りて聴いていた。もちろん、LPだ。ヴィニール盤だ。若者にはなんだかイメージできないだろう。それをカセットに録音して聴いていたんだ。今持っていないところを見ると、借りパクせずに、きちんと返したんだと思う。
今村君は気さくな笑顔のナイスガイだった。小児まひで片手が不自由だったが、そんなことは微塵も感じさせない、イイ奴だったぜ。みんなから『今やん』って呼ばれて、好かれていた。けれど、芯に堅く一本筋が通ったところがあった。それが時折、炸裂していたように思う。
しかも、彼の素晴らしいところはホントにロックが好きだったってところだ。ヘビメタ全盛期の俺の高校時代にあって、なかなか渋い洋楽の好みを持っていて、俺にいろいろとLPを貸してくれたもんだ。レッド・ツェッペリンやヤードバーズなんかも借りた覚えがある。ヤードバーズはクラプトンやジェフ・ベック、ジミー・ペイジが在籍していたバンドだ。ジョン・レノンの『Milk & Hunny』はその中の一枚だった。死の直前までレコーディングが続けられ、自分の狂信的なファンによって射殺されるというジョンの不慮の死によって、中断されたことで、彼の死から約3年後にリリースされたアルバムだ。
あぁ、あの今やんは今どうしているだろうか?彼もまた心の中にロックが鳴ってる大人になっているだろうか?もし会えるのなら、酒でも飲みたいもんだぜ。それも、喧しい居酒屋や頭の空っぽな女が愛想笑いを浮かべてるようなキャバクラなんかじゃなく、渋い酒場でカウンター席で並んで飲みたいもんだぜ。しかし、今は遠い。俺にとって今やんは、20光年以上彼方の人だ。俺は大学を中退して家を飛び出してから、それまでの友人知人とはほとんど縁が切れてしまったからな。

まぁ、それはいい。問題はジョン・レノンだ。ジョン・レノンのカッコ良さがわかってきたのは、恥ずかしながら最近だ。しかも、俺が言っているのは、ビートルズ時代のジョン・レノンじゃないぜ、ソロになってからのジョン・レノンだ。
自分の弱さやトラウマや生い立ちを、真正面から曝け出して歌うジョン・レノン。はっきり言ってすごいぜ。なんせ、30過ぎたいい大人が、おかーちゃん、俺を捨てないでくれ、おとーちゃん、帰ってきてくれぇってうたうんだぜ。君を泣かしてすまない、俺は嫉妬深い男なんだと切々と歌う“Jealous Guy”も心に沁みるぜ。大人なら蓋をして隠して、知らん顔をしたいようなことを赤裸々に歌えるジョン・レノンのストレートさは、さすがにそこまできないってカンジだ。並のアーティストじゃないんだ。そんなジョンを世間は幼児性の抜けない未熟な人間と評したりもするけれど、自分の弱点を晒せるってのは、とても強い人だと思うぜ。月並みなこと言うようでなんだけど。

HomeTown
そして、それよりなにより強烈なのは、ビートルズ解散直後から次々と生み出された、プロテストソングの数々だろう。
労働者が団結して立ち上がり、社会を変えることを謳った“Power To The People”。
宗教とTvとSex漬けにされて、なおかつ誰かに支配されていることも気付かず、自分たちは自由だと勘違いしていると歌う“The Working Class Hero”。
兵士になんかなりたくないと歌う“I Don't Wanna Be A Solger Mama”。
女性が男性の奴隷のように扱われていると告発する“Woman Is The Nigger Of The World”。
そして何より、国境も宗教もない世界を謳った“Imagine”。
どれをとっても、カッコーだけで反体制を気取って、実際には何も言っていないに等しいそのへんのいわゆる“ロック”が束になっても届かない、本物の凄味があるんだ。音としては、そんなに過激なものじゃないさ。けれど、そこに謳われていることは、単にCMのBGMとして聞き流したりはできないものばかりなんだ。君にも一度、じっくり聞いてみてほしーぜ。
そして、考えてみてほしい、その頃はアメリカはベトナムでガンガン戦争をやっていた。そんなときに、デモの先頭に立ち、そんな過激で、しかし人間としてあまりにまっとうな歌を歌ったら、どうなると思う?世界同時多発テロの後、イマジンが全米で放送自粛になったってことからも、きっと想像がつくだろう。どれほどこの社会を仕切っている奴らにとって、ジョン・レノンが危険な思想を持った奴だったか、そして世界で最も成功したロックバンドのスターが、声高に権力に対する人民の蜂起を歌い、反戦的な歌を歌うことが、人々に対してどれほど大きな影響力を持っていたか?それって、スゲーロックンロールじゃないか?FBIが盗聴していたのもよくわかるぜ。アメリカはジョンを追い出したかったんだろう。何しろ、厄介だからな。
けど、社会を仕切ってるつもりのお偉い奴らが、顔をしかめないようなロックなんて、屁みたいなもんだぜ。ロックンロールが心に鳴っているのなら、君も君の周りの不条理と、可能な限り戦ったらどうだい?
おかげで俺は会社を辞めて、自分一人で商売する羽目になったけれどな。
しかも、赤字決算だったぜ、ダッハッハッハ!
そう、かつてロックンロールは、社会の不条理と戦うツールだったんだぜ!
ただの商品じゃなかったんだぜ!
何百万枚売れたとかそんなことばかりがニュースになるようだけれど、何を歌ったのかがニュースになる時代が確かにあったのさ。
今日のニュースはウィキリークスの代表者であるジュリアン・アサンジが逮捕されたことを報じていた。プーチンとメドベージェフがバットマンとロビンだとか、ベルルスコーニが軽薄で指導者に値しないとか、サルコジが他人の意見を認めず独裁的なんてことは、ウィキリークスが極秘文書を公開するまでもなく、誰しもが感じていることなのに・・・・。
彼は『自分たちの活動は権力の力を削ぎ、人々に力を与えるものだ』と語っていた。もし、それが本当ならば、それも一つのパワー・トゥ・ザ・ピープルだろう。俺は彼らの活動を温かく見守ってやりたいと思っているけれどね。

そう、ジョン・レノンが、暴力によってこの地球を去ってから30年。
俺たちは、ジョンが歌った社会の不条理を乗り越えたり和らげたりすることができただろうか?
俺たちはイマジンに謳われているように、国家も国境もない、宗教で殺しあうこともない世界に少しでも近づいただろうか?
俺には、もっとひどい世界になってるように思えるんだがな。

Hey! Big Boys and All You Evil!
もう一度、この機にみんな、ジョン・レノンの遺してくれた歌に、心から耳を傾けてみるべきじゃないのか?
もっと俺たちの、その俺や君の心の中にロックンロールを鳴らせてみるべきだぜ。じゃないと心も体もちじこまって、冷え症になったり鬱病になったり、挙句の果てには自殺したりすることになるぜ。
自殺するよりも、言いたいことをストレートに言って、煙たがられて殺されるほうがまだましだぜ。
ジョン・レノンやイエス・キリストみたいにな。

今日は写真の話は無し。それもまた人生だ、ロックンロールだ。

2010/12/06

Post #18 Standing On The Shoulder Of Giants

君たちはよい週末を送ることができただろうか。俺はそこそこ充実していたぜ。家の掃除もしっかりしたしね。写真にはホコリは大敵なのさ。何故ってプリントする際に、画面にホコリが写り込んでしまうだろう。目に見えるか見えないかの小さなホコリでも、プリントするとスクラッチのように見えたりスネゲがついてんじゃないの?みたいなカンジになってしまうんだ。どんなにいい写真でも最悪だ。だから、掃除は欠かせないのさ。こう見えて、結構繊細なんだぜ、俺は。

しかも、先日出張中に、新品のフィルムを使おうと箱から出したら、パトローネ(フィルム自体が入っている円筒形の筒のこと)が凹んでいて、使えない奴があったんだ。これを販売店に持って行ったところ、新品に交換してくれたんだ。しかも、不良は1本だけだったというのに、3本パックのものと交換してくれたんだ。迷惑料代わりだって。有難いことだ。銀塩写真にとってフィルムは酸素みたいに欠かせないものだからね。これがなかったら、カラのカメラで一眼ならぬ肉眼レフと洒落込まねばならないぜ。洒落ているだけならいいが、それでは君たちに写真をお届けすることができない。だからフィルムは有難いのさ。俺の愛用してるKodak TX-400は最近では売っているところも減ってきたしな。ついてるぜ。今日の占いでラッキーアイテムはロングブーツってあったんで、Dr. Martensの14ホールを履いていったのが良かったんだな、きっと。

俺は今日は目的があって出かけたんだ。
細江英公“鎌鼬”、森山大道“THE TROPICS”
そしてOASIS“Standing On The Shoulder Of Giants”
写真集を買いに行ったんだ。森山大道“THE TROPICS"。今年の夏に出た写真集なんだが、いろいろと物入りで予算がつけられなかったんだ。まぁ、出張して酒飲んでたり、パイソンの靴を買ったり、コートを買ったりとかどうでもいいような、しかしロックンロールライフには欠かせないことばかりだ。
人はよく、俺の写真を見ると、『こういう写真は自分には撮れない』とか『これは君にしか撮れない類の写真だ』とか言ってくれるんだが、俺は自分の写真は最も簡単な写真だと思っているんだ。謙遜とか皮肉とか逆説とかじゃなくて、ホントーにそう思っているんだ。
簡単だ。コードを3つ知っているだけで、ロックができるみたいに簡単だ。セックス・ピストルズのようにね。
君がもし僕の言うことを半分でも信じてくれるのなら、カメラを持って、外に出てみようぜ。
そして目に留まったものを、構図とかなんかは深く考えず、オートフォーカス、プログラムAEで撮ってみればいいんだ。ただ、それだけだ。
お、かわいらしいネコがこっちを見ている。そっとカメラを向けて、静かにシャッターを押してごらんよ。
向こうからいい女が歩いてくる、町一番の美女だ。今、シャッターをきるんだ。Ok?とれたかい?
次は?お、あんなところに面白いフォルムの看板がある、あれ行っておこう・・・。
こんな調子さ。誰にでもとれる。あとは人の密度、場所の選定。常に周囲に目配りして、自分が興味を持ったり欲望を感じたりするものにカメラを向け、そっと、できれば気付かれないようにシャッターをきればいい。デジカメはダメだろう。音が出る。昔流行った高級コンパクトがいい。なんなら貸してあげるよ。
たったこれだけだ。とりあえず、写真を撮って、あとは暗室で構図を整えるんだ。
OK?どうやら出来そうだろう。世間の皆さんがとっている、花だの山だの祭りだののほうが、よほど難しいんだ。

しかし、それでも俺の写真が君たちが撮る写真と違うとすれば、それは俺が巨人の肩の上に乗っているからだろう。これはアイザック・ニュートンが1676年に友人のロバート・フックに書き送った『もし私が他の人よりも遠くを見ていたとしたら、それは巨人の肩の上に立っていたからだ』という言葉がオリジナルだ。イギリスでは2ポンド硬貨に刻まれている。オアシスは自分たちの音楽が、過去にイギリスで生み出されたロックを否定するのではなく、ロックの巨人たちの功績の上に成り立つものだという意味を込めて、そんな“Standing On The Shoulder Of Giants"ってアルバムを作ったっけ。
Viet Nam
俺の写真が、同じ場所で、同じものを見て撮った人の写真と違うとすれば、過去の巨人たちの写真を見てるか、見ていないかじゃないかな。森山大道、中平卓馬、荒木経惟、東松照明、深瀬昌久、北島敬三、渡辺克巳、中藤毅彦、ウィリアム・クライン、ロバート・フランク、エド・ヴァンデル・エルスケン、そしてロバート・キャパ。俺は、少ない稼ぎの中から、そんな巨人たちの写真集を買い集めたぜ。今じゃそこいらの本屋なんかよりもよっぽど充実しているぜ、俺の本棚は。君が興味があるんなら、連絡してくれ。見せてあげるよ。俺はその間、別の部屋でプリントしているから好きに見ていてくれて構わないぜ。コーヒーくらいは出してあげるよ。
つまり、俺が言いたいのは、我流でも独学でもいい。古いものをしっかりとリスペクトしていかなきゃならないんじゃないか。それを踏まえたうえで自分のスタイルを構築していかなけりゃならないんだって、ことなんだ。ほら、いい言葉があるじゃないか『古きを温ずねて、新しきを知る』ってやつだよ。
音楽でも写真でも、大抵のことはもう誰かがやっているのさ。何も知らずに思いつきでやってもだめなんだ。底の浅いものになっちまうだろう。
俺は、自分の写真にガッカリしたくない。それに何より、うまい写真を、カッコE写真を見ると、楽しくなるんだ。ワクワクするんだ。
だから、写真集を買いに出かけるのさ。俺がよく行く美術館に併設されたアートショップのおねーさんは、頼んでもないのに、俺の好きそうな写真集をキープしてくれる。しゃーないわな。買わないかんわ。
THE TROPICSは森山大道が80年代に、タイやラオス、ベトナムに通って撮りためたまま、今日まで発表されていなかった写真をまとめた写真集だ。俺は、何年か前に行ったベトナムの日差しを思い出した。汗ばむようなねっとりとした大気を思い出した。夜更けまで行先もなく走り回るバイクの大群の騒音を思い出した。君がこの写真集を見れば、もし行ったことがなくても、それら全てを幾分かは感じることができるだろう。いい写真集だ。7500円+TAXだが、その印刷の美しさを見れば、その値段が充分にお釣りの来るものだってのがわかるだろう。
そして何より、俺自身が気がつく前から、そう森山大道の写真を知る前からずっと、俺が森山大道の肩の上に乗っていたことが君にもわかるだろう。真似してるわけじゃないぜ。リスペクトって言ってほしいぜ、せめて。モノクロで、街で、気になるものを撮影していれば、自ずとそういうものになってしまうものなんだ。
勢い余って、森山大道の師匠筋にあたる細江英公の“鎌鼬”の復刻版も買ってしまった。これも凄い。日本の写真史上に残る写真集だ。細江のイメージに応えて、舞踏家土方巽が奇怪な鳥のように跳び、走り、舞う。動画のように見えるほどの疾走感。画面から立ち昇るこの禍々しさ。そして、彫刻のように刻み込まれた孤独感。
ずっと欲しかったんだ、この写真集。ついに買ったぜ。君にも見せてあげたいぜ。きっともっと写真を好きになってくれるだろう。
また会おう。もう眠るぜ。明日の男の仕事に差し支えるのさ。
そうだ、たまには君もコメントを入れてくれないか。
俺は君の言葉を聴きたいんだ。