2010/11/20

Post #6 Out In The Street


Can You See The Real Me?
今日もとっとと宿に帰ってきた。金曜日の夜だからといって、羽目を外したりはしない。昨日言ってたジャミロクワイのニューアルバムを買って来たから、聞かなきゃならないんだ。それに、俺は週休二日酔いのサラリーマンじゃないんだぜ。明日も男の仕事が朝早くからあるんだ。
暇だ暇だって、夜毎フラフラして写真を撮ったり、誰も読んでないようなブログを、オナニーみたいにシコシコ更新してるせいか、今日は何だか眠いのさ。俺は生憎と眠りの小五郎じゃないからな、居眠りしてちゃ仕事にならないんだ。
熱い風呂に入ろう。風呂はサイコーだ。出来れば、パリで死んだジム・モリソンのように風呂の中で死にたいと思うが、俺の親戚筋が風呂の中で死んだときは大変だったから、前言撤回だ。
風呂の中で死ぬと、筋肉が弛緩してからだの中身が出ちまうんだ。いくら死んだ後だからって、糞まみれで死ぬのはいただけないだろ。第一、後々の掃除が大変だ。
まぁ、どんな死に方でも、あれはカッコEものではない。人間は所詮、生きているうちしか格好つかないもんなんだ。君もいつか必ず死ぬだろうから、今から楽しみにしておくといい。
まぁ、俺の憧れる死に方は、戦国武将松永弾正久秀の死に方だ。信長に反旗を翻し、圧倒的な軍勢に包囲された天守閣で、信長が欲しがっていた茶釜『平蜘蛛』に火薬を詰めて、天守閣諸共爆裂して死んだんだ。骨も残らないから、葬式いらずだ。今からコツコツ爆竹を買い集めておきゃなきゃな。その時は、君も是非とも見に来てくれ。頼んだぜ。
おっと、今日はこんな不吉な話しをするつもりじゃなかった。
たまにはマジに写真の話しをしたかったんだ。
OK! Please listen to me !
俺の写真はある意味スリのようなものだ。構図もピントも気にせずに、今、これだって瞬間に、反射的にレンズを向けてシャッターをきっている。
いや待てよ、海外の地下鉄でアコーディオンを弾いて見せたうで、左手でコップを差し出しながら、アコーディオンの陰から俺の財布を掏った奴のほうが、もっと考えてやっていたな。チキショー!まぁ、俺はそいつの写真も撮ってるから、オアイコだな。君もバルセロナの地下鉄には気を付けろ。アコーディオン弾きは要注意だ。
因みにその後、飛行機で帰って来たが、この時はラッキーなことにビジネスクラスで帰ってきた。ポケットの中には一円も1ユーロもなかったのにな。もちろんエコノミー料金でだ。さんざん機内食を喰ったぜ。ありゃエコノミーの機内食がブタのエサに思えてくるような経験だった。全く人生には、いろんな事があるもんだぜ。
『すみません、あなたの写真を撮らせていただけませんか』なんて言ってシュートした事はない、と思う。それは如何なものか、訴えられるぞ、という声が聞こえてきそうな話だ。それで人間関係を損なったケーケンもある。黒人の大男に追っかけられた事もある。
しかし、そんな事したら、人はさっとよそ行きの笑顔をつくったり、ぎこちないポーズを決めてみたりするんだろう。
それでは、写真の核心が腑抜けてしまうのだ!
突然で恐縮だが、俺が思う理想的なロッカーは、ザ・フーのギタリスト、ピート・タウンゼントなんだ。なぜ彼が理想かと言えば、内省的で知性溢れる詩を書きながら、風車のように腕を振り回して、エッジの効いたパワーコードを掻き鳴らし、あり得ないほど高くジャンプし、ギネスブックに載る程の爆音で美しい旋律を奏で、ギターを叩き壊して演奏を終える。ライヴを邪魔する奴はギターで叩きのめし、ステージから蹴り落とす。
知性と暴力性が一つの人格の中で同居する美しさ。
俺は、自分の写真もそんな緊張したバランスの上に成り立つものであって欲しい。
どこか詩的で儚さを感じさせながら、現実の空間から、強引に切り取る、というよりむしろ、剥ぎとってきたような荒々しい写真。
決してキレイではないが、ディストーションの激しくかかったハードなロックのような美しさ。
それには、構図だなんだって自分のイメージに現実をあわせる事は全く不要な事だ。
時に人物はフレームからはみ出しているだろう。
激しくブレて不吉に蠢く影のようになるだろう。
世界の均衡が失われたように水平は傾くことだろう。
そして、色彩は銀粒子が形造るモノトーンに還元される。
だから、光こそが大切だ。光に反応する原始的な目すら持たない生き物のように、シュートしたい。
ロバート・キャパが、スペイン内戦の最前線で、自分のすぐ横で狙撃され、ぶっ飛ぶ兵士を撮った『崩れ落ちる兵士』や、ノルマンディ上陸作戦でアメリカ軍に同行して撮ったブレボケたアメリカ兵、あんな写真が、撮りたいんだ!誤解しないで理解して欲しいが、戦争写真じゃないぜ。
自分自身の前に後に転回し流動し、一瞬もとどまる事ない世界を、猟師が獲物を仕留めるようにシュートして、フィルムに、印画紙に固定したいんだ!
シュート。そう、プラスチックではない、真っ黒な金属のカタマリである俺のカメラは、銃器と親いのだ。世界と対峙するための、武器そのものなんだ。
ガンマンが『今からあんたを撃ち殺してもいいっすか?じゃ、逝きますよ。チーズ!』なんて言わないだろう。猟師が獲物にいちいち断ってからぶっぱなすか?
一つ違うのは、俺は物陰に潜まない。たいてい誰もが目をとめて、しかもある一定の間合いに踏み込むと目をそらすよう傾いた(歌舞いた)派手なナリで、フィールドに繰り出す事さ。それは持って生まれた気性とともに、俺の中に流れるロック魂がそうさせるんだろう。年々派手になっていくぜ。イスタンブールの街角で電話してたら、外人のガキがよって来て、俺の隣に立って記念撮影しやがった事もあったな。やれやれだ。
見る者は、見られる者であるべきだ。それがフェアプレーってもんだぜ。
君達は、そんな俺を見かけたら、先ずは黙って俺にシュートされておくれ。記念撮影はその後だ。ふざけたポーズでバッチリ決めるさ。

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