2010/11/14

Post #2 Salt of the earth


Tokyo
前回も書いたように、俺は居心地のいい退屈なホームタウンを離れて、何百万人もの人間が暮らす大都会に来ている。およそ2週間だ。
この街を歩けば、どこもたくさんの老若男女が、犇めいている。まるでフィーバーのかかったパチンコ台から玉がドバドバ吐き出されるように、人間どもが地下鉄の出口から出てくるぜ。
俺はその人混みを少し離れて眺めるのさ。そして、この顔のない人混みの中に、知っている人がいないだろうかと、目を凝らしたり、カメラを構えてみたりするのさ。灰色や黒や白の群衆は、俺には現実の人間には思えない。とても奇妙に感じるのさ。
まるでローリングストーンズのSalt of the earthって曲のようだ。(Beggars banquet つまりコジキの宴会ちゅう傑作アルバムに入っている。これはハズレなしの福袋のような凄いアルバムだから、もし君がロックが好きで、なおかつ聞いた事がないのなら聴くべきだぜ。)
想像してみて欲しい。
あの虫の群れのような群衆の一人一人に名前があり、それぞれの人生があり、愛する人がいたり、孤独で苦しんでいたり、生きる為に金を稼ぎ、誰かを騙したり、騙されたり、ささやかな楽しみを持っていたり、第三者から見たらどうでも良い事で悩み苦しんでいたり…。キリがないぜ、まったく。
俺はいつも人混みのなかをうろつくと、そんな思いが涌いてくる。そんな経験、君にはないかい?
それは決して楽しい想像って訳じゃねぇんだぜ。むしろ、さみしーカンジなんだ。気が遠くなるようなカンジなんだ。そう、ブルースなんだ。
しかも、この街に何百万人もの人間がいても、俺の事なんか、誰も知らない。俺がどんな思いで君たちを眺めているのか?誰も知らないのさ。
胸の奥底からさみしーカタマリが浮かんでくるのさ。
だって考えてみて欲しい、そんなふうに、一念三千な思いを懐いて、些細な事で歓んだり哀しんだりしている人々が、いとおしくなってこないかい?そう、奴らはみんな、パチンコの玉や石ころじゃなくて、俺や君と同じ人間なんだぜ!びっくりするぜ!
そりゃいい奴もいれば、腐りきった糞野郎もいるだろうさ。だけど、どいつもこいつも、心を持って生きているんだ。驚くだろう?嘘じゃないって。誰でもいい、その辺を歩いている奴を掴まえて、少し話して見ればわかるはずさ。音楽を聴いて歩いていても分からないぜ。
Tokyo
そして、何より大事な事は、今こうやって一生懸命生きている連中は、俺や君を含めて、一人の例外もなく、いずれこの地球からいなくなる運命なんだぜ。
当たり前だょって言うのかい?でも君はそれを意識して生きているかい?自分の周りの人達に、全力で接しているだろうか?
下らない嘘や表面だけの付き合いなんて、している暇は、人生にはないんじゃないか。だって、自分自身だって、明日死ぬかもしれないんだぜ!
だから、俺は今日も写真を撮るのさ。この人達が、確かに俺の前に存在していたって証に。OK、名もなき人々(つまりSalt of the earth だ)に乾杯だ。
こうして、俺はバーに入り、二度と会う事のないだろう女の子に、適当な嘘をついて笑わせ、カウンターの上に金を置いて、寝床に帰るのさ。なぜ嘘かって?彼女たちは俺の中身には興味がない。興味があるのは俺の財布の中身だけだからな。堪らないぜ。
名前も知らないお嬢さん、君のこれからの人生にどうぞ幸あれ。Lets drink だ。
また会おう。君が生きているうちに、君の写真を撮らせてくれないかい?

1 件のコメント:

  1. 虫や魚を捕まえてきて
    水槽で飼う場合
    「狭いところに入れられてかわいそう・・・」
    と思ったりすることあるでしょ。
    でも虫や魚には「辛い」とか「いやだ」とかの
    感情が無いんで、何とも感じていないらしい。
    厳しい自然界で生きるより、
    ちゃんと餌を与えられて
    水槽で飼われる方が良い場合もあるんだな。
    しかし人間はそうはいかない!

    ・・・はずなんだけど、
    自分の場合は環境に順応してくると
    虫や魚の様に何とも感じなくなっていく・・・
    「辛い、いやだ」⇒「何とかしたい!」
    という衝動が湧き上がってこない。


    何か恐ろしい。


    sparks氏のように言いたいこと、やりたいことが
    溢れ出てくるような人、羨ましいです。

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