2010/12/12

Post #23 Take Me To The River

Osaka
福岡は遠かった。新幹線で行ったのだが、日本もまだまだ知らない場所だらけだと実感するぜ。そして、やっぱり日本は山ばかりだ。行き帰り車窓に流れ去る景色に、今さらながら実感したぜ。そりゃ、熊やイノシシだって出るだろうな。日本の古い名前がヤマトだってのを体感する事が出来ると言うものだ。
山間に、海沿いに、ひっそりと家々が寄り添って町を作っているのさ。かつて、人々はその山に死者の魂が集まると信じていたのさ。
行きに隣り合わせた人は鹿児島から名古屋へ出稼ぎに来ているという45歳の気さくな男だった。福岡まで3時間以上新幹線に揺られ、なおさら鹿児島本線で3時間ほど電車に乗らなけりゃならないなんて、ある意味拷問だ。しかし、飛行機に乗ってヨーロッパに行くことを考えると、シートも広いし、喫煙室だってある。大したことはないな。
同年代の男たちと語らうと皆、日本の行く末に希望が持てず、不安を抱いていることがよくわかる。俺たちの世代は、(そう、My Generationだ)団塊の世代の作った社会の枠組みの中で、必死にもがいてきた世代だ。若い世代も大変だが、おっさんたちも大変なんだよ。これからの日本はどうなってゆくんだろう?と皆が口にする。行き詰ってる、先が見えない。そうだろう。でも、俺はむしろ自分の行く末のほうが気になるぜ。これからの人生、どんな出会いがあるのだろうか?なんて書くと出会い系サイトの広告のようでいけないけどね。俺はこう見えて、ストイックな男なんだ。いやむしろシャイな男なんだ。まぁ、人生なるようになるのさ。たった一点、俺たちは、必ず最後には死ぬってこと以外は、何も決まっていないんだ。むしろ逆に、何時かは死ぬっちゅうことから逆算して人生をデザインしていったほうがいい。そう、俺も君も、何時かは必ず死ぬんだぜ、楽しみだ。今のうちから人生を楽しみ、心を開いて、死んだときには、この小さな体を抜け出して、世界そのものと一体化したいもんだ。
そう、福岡だ。博多で新幹線を降りた俺は、地下鉄を乗り継ぎ、現場に向かった。地下鉄を降りて出た地上は、何のことはないどこにでもあるような郊外のロードサイドだった。広い道路の上には、高速だろうか、高架が作られている。道路の反対側には、イオンか何か、ショッピングセンターらしきものが建設されていて、毎度おなじみの作業服のおっさんがコンビニで買った昼飯を、道端に座って食っている。よくある出来事だ。強烈なデジャヴだ。日本中、どこに行っても同じような光景が展開している。きっと国交省あたりが規格を作っているに違いない。規格があったほうが作る側は楽なんだ。おかげで日本全国津々浦々、似たような景色になってしまった。
もし俺がUFOに拉致されて、宇宙人の気まぐれでここに放り出されても、ここが福井県なのか福岡県なのか、すぐにはわからないだろう。そんなことを考えている間に、俺はあっさり仕事を片付けちまったわけだ。実作業15分。そのために福岡まではるばるやってきたわけだ。まったくご苦労なことだぜ。
OK、今日のノルマは終了だ。ちょろいぜ。仕事の道具をキャリーにのせて引いているのは、なかなかに厄介だが、ある程度写真でも撮ってぶらついてみるか。
こうして俺は、また地下鉄に乗って引き返したのさ。
天神からメインストリートをぶらぶらと歩きながら写真を撮って歩いた。福岡はこぎれいな街だった。センスの良い外観の百貨店や、幅の広い道路、道行く女性たちもフツーに垢抜けているし、なんだか遠くに来た気がしないな。しかし、写真を撮りながら何かしっくりこないものがある。何が引っかかっているのかと思ったら、この道は電線がなかった。そう、電線地中化だ。俺も写真を始める前は、日本中で電線地中化工事をしたなら、スゲー経済効果があると思っていたんだが、いざ写真を始めてみると、日本の街並みに電線は欠かせない。電線のない町は、ものたりないのさ。譬えるならば、福神漬けのないカレーのようなんだ。電線がなかったら森山大道や金村修の写真は面白みが半減だ。
俺は初めての町を、迷うことなく歩くことができる。太陽の位置と、通ってきた道のポイント、乗ってきた地下鉄の駅名などを頼りに、歩くことができるんだ。当たり前のことだと思うが、意外とこれができないという奴は多い。まず、立ち止まって太陽がどっちにあるかを確認するのがポイントだ。

俺はぶらぶらしながら中州に向かっていった。そう、九州最大の歓楽街と名高いあの中州だ。
中州はすぐに見つかった。まさに川の中州だったから。きっと博多の町が形成されてきたころから、川の中州ということでいかなる権力も及ばない一種のアジール・無縁公界として、遊郭などが設けられてきたんだろうと思われるぜ。江戸時代の吉原なんかでもそうなんだが、色町が設けられるのは大抵、農耕には不向きな場所で、周囲を川や堀などで区切られているような場所だった。もともと河原は誰の土地でもなく、強いて言えば天皇の土地なので、世俗の権力やルールが無効になる空間として認識されたいたわけだ。昔は歌舞伎役者のことを河原者なんて言ったらしいが、これも歌舞伎の興業が河原などで行われたことに由来するわけだ。つまり歌舞伎役者というのは、もともと一か所に定住することなくさすらいながら芸を売る者として人々から認知されていたということだ。

Paris
時間は昼下がり。さすがの歓楽街も、閑散としている。いいぞ。このすがれた感じ。時間の関係上、おねーさんたちが出勤してくるまでは粘れないし、何かと物入りの俺には、そんなところで飲んでくるような心と金の余裕がない。なんせ赤字決算だったからな。残念だ。まったく残念だ。
しかし、俺はサクサクと写真を撮っていった。裏通りで千石イエスに心酔して、家族を捨てた女性たちが開いた店、クラブ『シオンの娘』なんかを見つけたりしながら、ずんずん奥に進んでいった。しか〜し、あまり深入りはよくない。普段ならともかく、今日は荷物を特大のキャリーに乗せて運びながら写真を撮っているのだ。何かトラブルになっても機動力がない。しかも土地勘はないし、町の両サイドは川だ。逃げ場もない。慎重に写真を撮らねば。
そうこうしているうちに、中州を横切るもう一本の通りに出た。俺の勘では、この通りを渡ると、何にもないか、かなりディープな世界がひろがっているかだ。俺はディープなほうに賭けた。行ってみよう。しかし、無理は禁物だ。俺は以前もこういうところで写真を撮ってて、ひでーめに会いそうになって逃げたケーケンがあるのだ。
予感はあたった。思いっきりヘルスとソープランドが並んでいた。しかも暇そうだ。3メートルおきに、一目でそれとわかる類の男たちが立ち、俺に挨拶して来たり、手招きしてくる。こりゃ写真なんてとれねぇな。何せ、俺はハイエナの群れによちよち迷い込んだ子羊みたいなもんだからな。写真なんか撮ってるのを、この何十人もの男たちのうちの一人にでも見つかったら、きっと川で寒中水泳くらいはさせていただけるんじゃないかってカンジだぜ。俺は下心満々の遊び人のような顔をして、通り過ぎることにした。
そんなとき、交差点に置かれた掘立小屋の前に立つ60くらいの化粧の濃いおばはんがしつこく手招きする。『おにいさん、遊んでってよ』だって。あんたとは金もらっても嫌だなと思いつつ、何にも知らないふりをして、『おばちゃん、ここはどげんところかね?おれ、出張で初めてこっち来たからよくわからん』ときくと、『教えちゃるわ、あの道の向こうが飲むところ、こっち側が遊ぶところ』だそうだ。俺はしつこく店を紹介せれるのも鬱陶しかったから、『いや噂に聞く中州ちゅうたら、どげんところか見に来ただけじゃ、この不景気遊ぶ金もないでの。こんなところで遊んじょったら、年がこされんようになるわ、ダッハッハッハ』とかましてみた。おばはん、残念そうに『金もない人、こげん所来ちゃいかんよ』だって、俺の勝手だろ。俺は写真が撮りたいんだ。
俺はそんなやり取りをしながら、きっとこのおばはんは、若い頃はここで客を取ってたんだろうなって考えていたぜ。若いころは美人だったのだろうか。口元にはしっかりと皺が刻まれ、目尻はたれきっているが・・。おばはん、あんたはいい潮時でここを抜け出し、適当な男と所帯を持って何食わぬ顔をして生きていくタイミングを逸してしまったんだろうか?こんなところで、客引きをしているなんて・・・。俺はそんなことを考えたら、悲しくなってきたぜ。
女の美しさの、なんと儚いことよ。その儚さと戦うために、俺は今日も写真を撮っているというのに。
第一、女を買うのは、趣味じゃないしな。好きでもない女とやっても、後で虚しさが悲しみが胸にこみ上げてくるだろう。俺は女性のパンツの中身よりも、心の中身のほうが興味があるのさ。下手に情が移ったりしたら大変だしな。
何よりも、女を男の欲望を満たす道具のように扱うのは嫌なんだ。その一方で女に、男なんてその程度のものと、見くびられるのも嫌だからねぇ。こう見えて、俺は難しい男なのさ。決して女が嫌いなわけじゃないけれど。とはいえ、金があったらひょっとしたら遊んでたかもな。ひょうきん者の俺の人生、金がないので助かることも多いのさ。
それで、俺はそのおばさんに別れを告げて、帰ってきた。女業の行きつく先を見届けてね。わびしくて悲しいもんだぜ。
君がしなびたおばはんになる前に、君が人生で一番華やかに美しく、若さと色気が香ってくるようなうちに、俺に写真を撮らせてくれないか。悪いようにはしないつもりだぜ。

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