2010/12/25

Post #37 Merry X'mas


Paris

俺はこう見えて、ガキの頃カトリック系の幼稚園に通っていた。クリスマスには発表会で、♪わたしはちいさな羊飼い~♪なんて歌を唄っていた。マジだぜ。
その頃は、もちろんこんなおっさんになるなんて思っていなかったさ。しかし、聖書のエピソードの主要なものは、しっかりと心に刻まれ、人格形成に大きく寄与している、と思っている。
俺はキリスト教徒ではないんだが、もし、イエス様が俺たちの前に顕れた時、イエス様に自らの在り様を恥じることのないように生きていたいと、いつも思っている。ホントだぜ。

日本では、クリスマスはなんだか曲解されている、と思う。特にバブル期に少年時代を送った俺には、そんなイメージが強い。クリスマスは、恋人のためのイベントでは、断じてない。
もちろん、子供にプレゼントをくれてやる日でもない。なぜ、クリスマスにプレゼントを子供に与えるか知っているかい。イエス様がお生まれになった時、東方からやってきたメルキオール、バルタザール、カスパールという3人の博士がやってきて、それぞれが王権を象徴する黄金、神性を象徴する乳香、死と受難を象徴する没薬をささげたことに由来しているんだぜ。お宅のお子さんがそんなに凄いタマとは、思えないけどね。
そう、そもそもクリスマスは、俺たち人間の犯した罪を許し、贖うために生まてきたイエス様の誕生を、主に感謝する日ではないのかい?


Barcelona
何時だったか、新聞で読んだ言葉に、『世の中に悪い人はいません。ただ悲しい人がいるだけです。』というものがあった。イエス様も、きっとそう思ったことだろいう。
人を欺き、傷つけ、自らを偽って、あるいは自らを貶めたり、他を蔑んだりして生きるしかない俺たち弱い人間が、心の中に隠した弱さを、苦しみを、悩みを、悲しみを、怒りを、イエス様は、知っておいでになるだろう。
人ははかなく、悲しい在り様なのだと、イエス様はご存じだったのだろう。

Paris
心に、悲しみを苦しみを、ブルースを持たない人はいない。
誰も知らないその苦しみを、もしイエス様が知っていてくれたなら…。
そして、そっと後ろからイエス様にふれ、癒され、許されることができたなら…。
そして、せめて、人の罪や苦しみを、許し癒すことがかなわなくとも、それを知り、思いやり、苦しみを和らげ、悲しみを分かち持つことができる人間に、義ある人になれたなら…。

クリスマスだ。俺や君の狭い心の中にも、イエス様がお生まれになることを祈るぜ。

また会おう。

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