2011/01/31

Post #74 Take Me Your Picture Please

君の写真を撮らせてくれないかい?
君がひょっとしたら、写真をとられるのがキライだとしても、お願いだ、君の写真を俺に撮らせてくれないかい?
いいだろ?俺は君の人生で一番輝いているこの瞬間を惜しんでいるのさ。
HomeTown
ホントは君の写真は晩秋の一日に撮りたかったんだけど、今は冬真っ盛りだ。仕方ない。俺は、秋の終わりの柔らかい、そしてどこか寂しげな光が大好きなのさ。
きっと、時折思い出したように吹く木枯らしが、君の柔らかな栗色の髪をさっとはためかせるだろう。君の瞳は、風のせいで潤んでいるかもしれないね。
君の羽織った薄いコートも時折吹く風をはらんで、君を今にも飛び立つ鳥のように見せてくれるかもしれない。
日に日に短くなって行く陽の光は、君の長い睫毛の影をつくるだろう。
けれど、今は冬真っ盛りだ。そして、君もいない。
一日カメラを持って、君と歩き、君が気が付かないうちに、君のかわいらしい仕草を、時折見せる寂しそうなまなざしを、俺はそっとフィルムにおさめる。
歩き疲れたら、カフェでコーヒーでも飲んで暖まるのさ。どうだい、素敵な一日じゃないか?
そんな一日が送れたなら、それは俺にとっては、人生の宝物さ。
お金では、買えないサイコーの一日だ。
きっと、この地球にサヨナラする時も、思い出して温かい気持ちになれることだろう。
けれど、今は冬真っ盛り。俺の周りには冷たい雪が舞っているのさ。
君はこの冷たい夜に何を思っているだろう?俺の事なんか、きっと忘れてしまったんだろうな…。
だから、春の始まりの頃、まだ桜は蕾のままで、君の頬のように柔らかな産毛につつまれた木蓮の花が咲く頃に、君の写真を撮らせてくれないかい?

きっとその頃には、雪もとけているさ。

きっと春一番が、君の髪を撫でて、君の蕾のような唇に一筋の髪を運ぶだろう。
君の写真を撮らせてくれないかい?君がよんでくれるのなら、俺は何時だって、何処へだって飛んでいくさ。君の人生で、最も輝いている一日を、独り占めするのさ。こんなゼータクなゴージャスな時間は、俺の人生に何度もこないだろう。だから、お願いだよ。君の写真を撮らせてくれないかい?
HomeTown The Place I Like
天才アラーキーの傑作『センチメンタルな旅』にも負けないくらいの写真を撮るのさ。命懸けでね。

君の心の雪も、きっといつかはとけてくれるさ。

失礼するぜ。俺は今日も熱く熱く君の事を思ってる。君にこの気持ちを伝える術がないとしても…。

2011/01/30

Post #73 Burning Down The House

今日は一日、免許の書き替えで潰れた。
とても冷える日だった。できれば家で本でも読んでゆったりしたかったんだが…。なかなか思うようにはいかないもんだぜ。まっ、これも人生さ。ロックンロールさ。
オレンジ色に黒のドットのシャツに、キヨシローが死んだ時に買った黒いネクタイで免許写真におさまってみたぜ。これから3年俺のIDになるんだからな、気は抜けないぜ。
そう言えば俺の弟は以前、俺が年を重ねる毎に年々派手になって行くと嘆いていたな。老け込みたい奴は、勝手に老け込んでろ!俺は行くぜ、不良老人を目指しているんだからな。施設にぶちこまれても、童謡なんて歌わないぜ。あくまでロックだぜ!

しかし、ガキの頃には冬になるとよく焚き火をしたりしたもんだけど、ダイオキシンだとかカンキョー問題とかで、最近はめっきり見ないな。
あぁ、火に当たりたいぜ。俺はこう見えてボーイスカウトをやっていたから焚き火は得意だぜ!
うむ、今日はそんな事でこの写真をおーくりしよう。
HomeTown
随分前の夏の朝早く、家のスグ近所で火事があった時の写真だ。寝ていた俺は、消防車のサイレンに起こされると、カメラにフィルムをぶち込んで、表に飛び出したっけ。その時にはすでに早朝にも関わらず、大勢の野次馬の皆さんが集合していたぜ。俺はそんなとき、野次馬の皆さんについ目が行ってしまうんだ。困った性分だぜ。
不謹慎だとか言わないでくれよ。もともとそんな善人でもないのさ。
では、失礼するぜ。また会おう。1月ももう終わりそうだ。ボケボケしてると人生はあっという間に終わってしまうぜ。いろいろとやらなけりゃならないことが山盛りなんだ、なんせ月末だからな。

Post #72 Rage Against The Machine

こんなこと言うと、いまどき俺のほうが笑われちまうかもしれないけど、俺は先日新聞に載っていた某社のデジカメの広告を見て、うんざりしちまった。
たぶん、写真に興味を持っている皆さんなら、あ~、あれねって思うかもしれないけれど、それはとんでもない夢のカメラなんだ。それがどんなにスゲーカメラかというと、一度シャッターをきると、露出を変えて何枚も撮影して、その画像を合成し、『人間の視覚に近い』出来のいい一枚の写真に仕上げてくれるっている優れたカメラなんだ。
そりゃースゲー!
Paris
確かに、モノクロフィルムが主体の俺も、覆い焼きなんかを駆使して、それに近い事を、とんでもなく手間暇のかかるローテクでやってはおりますよ。金と時間に、そして何より我が家の居住スペースに、ゆとりがあるなら、カラーの引伸機も導入して、カラーネガで覆い焼きとかしたいくらいだ。しかし、それとこれとはちょっと違うんじゃないのかって気がするんだ。
実際のところ、カメラの進化に関しては、セレン光電池、CDS素子などの道筋をたどってきた露出の自動化ってのは大きな課題だったのは認める。しかし、今や露出の自動化が進行しすぎて、一般的なユーザーは露出なんて知らないんじゃないのか?むしろ、カメラはシャッターボタンを押せばキレーに写ってあったり前って思っているユーザーがあんまりにも多い。少なくとも、俺の周囲の写真を趣味にしていない人には、露出優先とか、絞りによる描写の変化なんて知っている奴は、ただの一人もいない。ホントにいないんだ、驚くぜ!

それが、写真の進歩なんだろうか?
それに加えて、シャッターを押せば、何枚ものカットから最適な露出の部分を組み合わせて、最適な一枚を作るなんて…。これはもう、人が写真を撮るというよりも、人間はカメラを運ぶだけで、写真はカメラが撮っているようなもんだ。俺たちの主体性やゲージツセンス、あるいは試行錯誤の末に身に着けた技術なんてのは、どーするんですか?そんな風に写真を撮って面白いのかね。俺はABC(=オート・ブラケッテイング・コントロール)機能すら使ったことがないんだぜ。

さらに、このカメラはアートっぽい彩度の高い画像をまたしても自動で拵えてくれるんだ。そりゃースゲー!俺もカラーを撮るときには、彩度の高いコダックのE100VSを愛用しているさ。知り合いの中にはアグファの発色が好きでそればっかり使っていた奴もいた。しかし、しかしですよ、東松照明センセー曰く『写真は選択の芸術だよ、君』である以上、そのフィルムを、そのレンズを選ぶ時点ですでにそれは表現の一部ってことじゃないのかい?

こんなんじゃ、写真はますますお手軽で、中身の軽いものになっちまわないか、俺にはすごく心配だ。古い奴だと笑われてもイイ。そんな例がほかのメディアでもあった。
ロックだ。
俺が好きなロックは何故か、今ではオヤジしか聴かないような昔のロックばかりだ。The Who、Led Zeppelin、Jimi Hendrix、The Rolling Stones、etc…。
昔のロックはイイ。何故って人間が実際にプレイしているからだ。スゲーギターテクも、タイトなドラムも、腹に響いてくるベースも、どれも皆、実際に人間がプレイしているからだ。
そしてそれらの音は、絶え間ない練習によって支えられているんだぜ。何故って、試行錯誤して初めて生み出されたサウンドで、それを生み出すのは体に叩き込んだ技術なんだ。だから、二度と同じようにはいかないだろうっていう、ダイナミックなアドリブがステージ上で繰り広げられる訳だ。そっから少し下って、技術偏重の袋小路に陥ったロックに、救世主の如く現れた、The Sex Pistolsみたいにへたっぴな奴らでも、ナマなカンジが堪らなかった。
それがサンプリングやドラムマシーンが多用されるようになって…、音楽はすっかり薄っぺらなものになっちまった。つまらん。何が飛び出すかわからないよーなダイナミックなモノにはとんとお目にかからない。大抵のものは予定調和だ。あっさりと聞き流すことができて、毒にも薬にもならん。スーパーマーケットのBGMにはもってこいだろう。
きっと、このママじゃ写真もそうなっちまうぜ。俺は毒にも薬にもならんような、風呂屋の壁の富士山の書割タイル絵のよーな写真は、絶対に撮りたくない。自分が撮って仕上げている実感がないじゃないか?それで俺の写真ですって、胸を張って言えるのかい?

俺は、敬愛する小説家カート・ヴォネガットの『タイムクエイク』って小説を思い出したよ。
彼は一応SF作家に分類されているので、その道具立てはSFっぽい。この小説も、宇宙が何らかの理由で時間地震=タイムクエイクを起こし、地球は一挙に10年前に戻ってしまう。人々は、すでに経験した10年間を、その記憶を抱いたままリプレイしなけりゃならなくなるって寸法だ。これは辛い。失敗するに違いない結果を知りながら、徒労のようなこと10年も続けなけきゃならなくなるんだ。まるで、レールが途中でなくなっているって知ったうえで、ジェットコースターに乗るようなもんだ。この間に、人間はすっかり自分の意思で行動するということを忘れちゃうんだ。何故って宇宙のいたずらのおかげで、人間は自動的に10年前に自分自身が行った行動をリプレイするわけだから、考えたって仕方ないんだ。
この小説の中に、コンピューターソフトで小学生が設計した建築の設計図を見て、自分が一生をかけて積み重ねてきた技術と経験とセンスが、まるで時代遅れというか無用なものになり下がったと悲観して、自殺を図り、なおかつ失敗して、10年間車椅子で暮らす羽目になった建築家が出てくる。しかも、その10年を2度繰り返すわけだ。大変だな。
俺が言いたいのは車椅子うんぬんってことじゃない。誰もが、何の苦労も努力もなく、プロ並みな仕事ができるようになったら、どうよってことだ。極端な話をすれば、俺たちはいずれ自分たちが生み出したマシーンにクリエイティブな仕事を奪われて、俺たちはマックや吉野家の店員か、掃除夫くらいしか仕事はないって世の中になっちまうぜ!

所詮、写真は俺にとっては道楽だ。仕事には命は懸けられないが、道楽には一生が賭けられるという意味において道楽だ。なら、手間暇かかったほうが道楽として好ましい。人生は何十年の暇潰しなんだから、道楽までサクサク効率的に進んじまったら、俺たちはまたぞろ暇を持て余して、ケータイゲームにはまったり、高い金を払って不味い酒を飲みに行ったりと、ロクでもねーことになっちまうに違いない。
あ~、フルマニュアルのクラッシックカメラでスナップ写真をかましたくなっちまったぜ。見てろよ!俺はやったるで!Going My Wayだ!

2011/01/29

Post #71 21st Century Nature Photgraph

しまった、ここ5日ほど昼夜となくフル稼働で働いていたにもかかわらず、毎日コンスタントに更新していたのに、久しぶりに家でくつろいで、ついねむってしまった。気がつきゃ、すでに日付変更線を越えてしまっているじゃないか。

う~む、今更そんなことを気にしても仕方がない。所詮は、地球上の俺の住むエリアが、人間が定めた概念上の一線を越えただけだ。だからどうしたってんだ?うろたえるなよ、俺。そうはいっても、今月は1日1更新という方針を、自分の中で立てていたんだけどね、実は。それを思うといささか残念ではあるが…、まぁ、いいか。気を取り直していってみよう。
HomeTown
俺が物心ついた時には、街こそ自分にとっての自然だった。
だから、こんなものが、俺にとっては自然写真であるともいえるだろう。
街を行きかう人々は、林道で姿をあらわす自然動物のようなものか。
はたまた、サバンナのガゼルの群れのようなものか?
Osaka
路地の奥のガラクタは、森の奥に見つけた動物の巣穴のようなものか?それともその足跡か?
俺にとっては、時折、そんな風にもカンジられる。
HomeTown
つまりは、21世紀の自然写真ってわけさ。

2011/01/27

Post #70 WHY?

Tokyo
なんで写真なのか?
写真でなきゃならないのか?
まぁ、一言で言えば、世界の断片を集めて自分の夢の街を作ってみたいってのがあると思うんだ。とはいっても、そんな素敵な夢を見ている訳でもない。よい子の住んでるよい街は退屈極まる夢の町だからね。
出来ることなら、無造作に箱に手を突っ込んで、掴んだものをテキトウに並べて出来た絵画のような、そんな夢の町が出来るといい。
それぞれに全く異なる極端なイメージばかり、ランダムに並べたような。しかし、並べてみると、それらの異質なモノ同士が、全体として世界の多様性を描き出すよーな、そんな写真=世界の断片を撮りたいもんだぜ。
一口に写真を撮るといっても、その動機は様々だろう。昨日も言ってた記録として写真を撮るってのも、あるだろう。そうさ、誰の写真だって、いつかは残らず遺影になって行くんだからな。ゾッとするけど、ホントの事さ。
一方で、自分自身が思い描くイメージを具現化して写真に撮りたいというタイプもいるだろうさ。
あるいは、写真を撮る事自体がコミュニケーションの手段だって向きもいるんだろうな。
俺は、あくまで、写真を通じてこの現実の世界を把握したいってカンジだろうか?
それは写真でなけりゃいけない訳ではないんだけれど、俺にはやはり写真しか思い付かない。それに俺は、写真なら、撮った瞬間だけでなく、写真を選ぶ時も、プリントする時も、そして写真そのものを見る時も、その瞬間の世界を再体験する事が出来ると感じているんだ。
写真を撮る事で、この世界に自分の爪跡を遺したい。
写真を撮る事を通じて、この世界の断片=フラグメントを自分の中に刻み付けたい。
そうして、自分自身が世界の他者ではなく、世界そのものの構成要素=エレメントであり、もっと言うなら世界そのもののだと感じてみたい。
世界そのものになれたなら、俺の肉体形象が滅び去っても、世界そのものがあるかぎり、ある意味で俺は不滅だろう。
あぁ、ヤバい。この辺のビミョーなカンジはなかなか言葉では言い現せないな。俺の頭の中ではかなりいっちゃってるアクロバティクな論理の飛躍跳躍バク転バク宙がおこっているんだけど、それを言葉にすると大麻かドラッグをキメたバカ野郎ののタワ言にしか聞こえない。さすが、既に高校生の頃、一を聞いて十を知るが、2から9が全く抜けていると担任の光岡センセーに評された俺だ。
まいったなぁ…。
とにかく、俺が写真をやめられないのは、そんな訳さ。
じゃ、また会おう。

2011/01/26

Post #69 Just Like A Blade Runner #2

『お前たち人間が信じられないようなものを見てきた…。オリオン座の近くで燃える宇宙船や…タンホイザー・ゲートのオーロラ…。そういう思い出も、やがて消える。時が来れば…、雨のように、涙のように…。その時が来た』
ルトガー・ハウアー演じるレプリカントのリーダー・バッティが、ブレードランナー リック・デッカードを絶体絶命に追い詰めながらも、自らの命が尽きる事を悟って、デッカードに語る言葉だ。バッティは雨の中、静かに目を閉じ死んで行く。
このセリフは、ルトガー・ハウアーが撮影中に思い付いて採用されたものらしいんだけど、俺はこの言葉が忘れられない。俺にとっては、この一言でブレードランナーは特別な映画になったと言ってもいいくらいだぜ。
それは、レプリカントだけの事じゃないんだ。俺や君や彼や彼女、全てに当てはまる事なんだ。人間の存在の根っこに絡み付いている。いや、むしろ、人間の存在を木に喩えるなら大地の下で見えないが、木そのものを支える根そのものだ。
HongKong
俺や君や彼や彼女達が年老いて死を迎える時、俺たちの全ての記憶は、喜びも悲しみも、怒りも哀しみも、全ての消え失せる。消えちまうンだよ。きれいさっぱりな、チクショー!

その圧倒的な虚無感におののいた俺たちは神を信仰を生み出したんだぜ。神様が人間を作ったんじゃないんだ。ドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟にも書いてあるさ。
そして、俺や君のことを憶えている人たちも消え失せた時、俺たちが存在していたことを証しだてるものは、記録しかないんだ。
そう、『記録』だ。
俺が思うに、写真は人類が発明したかなり有効な『記録』手段だ。それがデジタルであれ、アナログであれ、在りし日の俺や君を忠実に記録する。そしてそれは、当たり前のことだが、写し取られ記録化されたその瞬間から、過去の失われた瞬間の映像になっていく。俺たちの存在のなんちゅう儚さよ。
その儚さを想って、俺は子供の頃から悩みぬいてきた。このことの前では、世間的な意味でのより良い人生 ( こんなものは昨今ではとっくに崩壊してしまったようにも感じるが )、即ち良い学校に入り、よい企業に入るなりして、実入りのいい生活を送るなんてのは、まるっきり枝葉末節にしか感じられなかった。だから、俺は高校時代、進学校に通っていたにもかかわらず、お勉強するのをヤメタ。アホラシイからな。おかげさんで、今結構な苦労をしているぜ。しかし、これはこれで充実した人生だ。苦しみのない人生なんて、気の抜けたコーラみたいなもんだ。甘ったるいだけで、ゲップもでやしねぇ。なかなかにおもしれーもんだぜ。
そこで、写真だ。以前にも書いたが、写真との出会いは偶然だった。けれど、偶然に意味を与えることで、人間はそれを必然に転化しうる生き物だ。
写真こそが、俺の存在を、俺の命の消費期限を超えて、あり続ける俺の記録なんだ。俺が写っていなくても、俺が、その時に、この場所で、世界に対峙していた。そして、世界に対峙することで明らかに存在していたことを、俺が死んだ後も、沈黙のうちに雄弁に語り続ける『記録』なんだ。
かつて特別なものだった写真は、今やケータイに当たり前のようについているカメラで、いくらでも撮影される。しかし、この世界に氾濫する無限の写真の全てが、実は、一瞬の後には止まることなく変容し続けるこの世界が、かつてこのようにあったことを語り続けるもんだと思うんだ。どうだろう?
俺にとって、写真は重たいものだ。俺が雨のように、涙のように消え失せてしまっても、俺の存在していたことを、俺のその瞬間の想いを封じ込めて残るかけがえのないものだからだ。そして、こうしてWEB上に公開してゆくことで、それはさらにその存在を拡張してゆくことになるだろう。
もちろん、写真だって、永遠の時間の流れの前には、儚いものであることは何ら変わりはないのは承知の上ではあるのだが、少なくとも今夜、俺が交通事故で死んでしまったとしても、しばらくは俺の影としてこの世界に残りうるものだと信じている。

Tokyo
もう一度、ブレードランナーに戻ろう。
アジトを逃げ出したレプリカントは、何故か写真に執着していた。この写真がデッカードがレプリカントを追っていく手掛かりになるんだが、過去や記憶を持たないがゆえに、その代替物として写真に執着していたのかもしれないと俺は解釈している。
また、自分がレプリカントではないかと疑問を抱き始めたレイチェル ( 演じるのはショーン・ヤング。レプリカントの発明者タイレル博士の秘書だ。秘書ってのはやっぱり美人じゃないッといけねぇな ) が、自分が人間だという証拠としてデッカードに差し出すのは、母親の膝の上に抱かれて微笑む幼い頃の自分自身の写真だ。
そう、ここでは写真は、レイチェル自体の存在を証明する『記録』として機能しているんだ。
この映画は、俺から見ると写真の本質にまつわる要素が含まれているように思えるんだ。まぁ、とはいえ受け取り方は人それぞれだから、押し付けることはしないけれど、見たことがないんなら一度見てみることを勧めるぜ。見たことがあるんなら、もう一度じっくり見てみるのもイイだろう。
それ以上に俺が感じたのは、少年の頃に見たこんな映画が、意外と自分の写真のセンスに大きな影響を与えているってことだ。

俺如きがエラソーに言うのもなんだけれど、あえて言ってしまおう。
写真は、けっして単なるイメージとして消費されていくだけのものではない。
そこに写っているモノが儚く脆い存在であればあるほど、写真の持つ比重は増してゆく。
写真を撮ることには、それなりの覚悟が必要だ。そう、銃で人を撃つくらいの覚悟が。
しかし、その銃は命を奪う銃ではなくて、限定された意味ではあるが、被写体に対して、ある意味での不死性を与える銃なんだ。
今日はなんだか小難しくなっちまっていけねぇや。ボロが出ないうちに切り上げて、今夜も例によって例の如く、男の仕事に出撃するかな。
また会おう。今度はそんなにムツカシー話で君を困らせたりしないさ。

2011/01/25

Post #68 世界の中心、世界の涯

君は世界の中心がどこか知っているだろうか?

別にそこで愛を叫びたいわけではないんだぜ。ただ、ちょっと聞いてみただけさ。

VietNam
どうだろう?君の頭の中には、ニューヨークとかトーキョーとかパリとか、世界中のコスモポリスの名前が浮かんでくるのだろうか?きらびやかで、富と名声に溢れた人々が、世界の行く末を議論しているようなイメージだろうか?そして、自分たちの日々の営みは、世界の中心から遠く隔たった、いわゆるヘンキョーで、どことなく卑小で、しみったれて、なんとなくみすぼらしく感じられてしまうのだろうか?もしそうだとしたら、それはとてもさみしーこったな。
それとも、この宇宙で、かつてビックバンが起こった時空を思い浮かべるのだろうか?

では、世界の涯は?

南極とか、北極とか、リスボンとかイースター島とかが浮かぶのだろうか。人の姿もないような、荒涼としたさみしー世界を思い浮かべるのだろうか。荒れ果てた大地に、高い波が打ち寄せるような、冷たい風が吹き付けるようなところをイメージするのだろうか?
それとも、光の速さで膨張してゆく宇宙の涯を想うのだろうか?

俺は世界の中心がどこにあるのか、実は気が付いているのさ。何年も前からね。必然的に世界の涯もどこにあるのか知っているのさ。

俺は写真を撮りながら、何時だって世界の中心を、世界の涯を意識しているんだ。そう、ビンビンに意識しているんだ。どうだい、スゲーだろ?

君は知っているかい?世界の中心がどこか、世界の涯がどこにあるのかを?

世界の中心は、俺が立っているまさにここなのさ。俺にとってはね。
モスクワや上海でどんな事件が起こっていようと、ニューヨークやパリで世界の行く末や最先端の文化についての議論されていたとしても、ロンドンやトーキョーで世界を揺るがすような経済取引が行われた板としても、俺にはゼンゼン関係ない。

ホント、どこ吹く風さ。カンケーないぜってカンジだぜ。
AirPort
そして、君にとっては、君が今立っているまさにそここそが、君の世界の中心、ド真ん中だ!
いいかい、どんなに世界が広大でも、俺や君の限定された意識が接することのできる世界は、君や俺の周囲にしかないんだぜ。今、ここにリアリティーを持って生きていなかったら、俺たちは世界の片隅で、パンくずでも拾ってカツカツ生きているような気分になっちまうぜ。
大事なことだから、もう一度、言わせてもらうぜ。
世界の中心は、俺や君が立っている、まさにここなんだ。

そして、世界の涯は?

賢明な諸君はもう気づいているだろう?
世界の涯とは、君や俺のすぐ横に立っている、俺や君なんだ。手を伸ばせば触れることができるすぐ身近な人々だ。どうしてかって?わかってるだろう?俺たちの住んでるこの地球は、スイカみたいに丸いんだぜ。君の気の向いた方角に向かってずっと歩いて行ってみなよ。もう気が付いたかい?
世界の涯は、地球をくるりと回った君のすぐ隣なのさ。君の大切な人が立っている君のすぐ隣こそ、世界の涯なんだ。

俺たちは、かつてないほどの情報の海に漂っているんだ。だけれど、この世界の、つまりこの人生で、実際に認識可能な世界の主人公は、いつだって自分自身だってことを、忘れちゃいけないぜ。そして、探求に値する世界の涯は、君のすぐそばにいるはずだ。声をかけてみようぜ。その人のことをもっと知ってみようぜ。心の中まで、しっかりすっかり探検してみようぜ。

OK、世界の中心から、世界の涯に向けて、レンズを向けよう。

俺たちの探求には、宇宙船もジェット機も必要ないのさ。世界の中心で、しっかり立ってる自分自身と、周囲の人や物に対する好奇心があればいいのさ。
世界はきっと驚きに満ちているぜ。

2011/01/24

Post #67 Fragment Of Fragments #11

本日、またもや多忙に付き、写真のUPのみ。
手抜きではないんだけどね…。
眠る暇すらないくらいなんで、勘弁願いたいもんだぜ。全て寝る間も惜しんで働かざるを得ない、俺の中途半端な貧しさが悪いんだ!赤貧とまではいかない。ピンク貧くらいの中途半端な貧しさだよ!
VietNam
誰か教えてくれ!この貧しさは罪なのか?
それとも何かの罰なのか?
それとも、これで俺に金がガバガバあったなら、ドバドバ使っちまって、自分も周囲も大変なことになっちまうに違いないから、これはこれで、ある種の救いなのか?
天国のお母さん、あなたからはこんな働き蜂のような僕が、どんな風に見えているのでしょうか?

2011/01/23

Post #66 Deracine

泥のよーに眠り続けて、やっと目が醒めた。しかし、またもや数時間後には、男の仕事に出撃しなきゃならないんだ。全く金が欲しくて働いて、眠るだけだ。
やりたい事もやらなけりゃならない事も、山程あるのに、身動き取れないくらいだぜ。
あぁ、旅に出たいなぁ。日本人のいないところに行きたいな。
Barcelona
以前、香港に行ったとき、このまま大陸の果てまで歩いて行けば、パリまで行く事が出来ると思ったっけ。いつか、まだ身体が充分に動くうちに、そんな過酷な旅がしてみたい。ほんの少しの荷物とカメラを持って。

HongKong
『帰らないことが  最善だよ    それが放浪の哲学』

そんな金子光晴の詩の一節が頭に浮かぶ。しかし、俺はまだ温かい布団の中から抜け出す事すら出来ないんだ。
また会おう。きっと4、5日はこんなチヨーシで昼夜逆転の暮らしぶりだろう。しかし、金は天下の回りモノにつき、仕事があるうちに稼いどかないとな。
ニーチェだって言ってるぜ『光あるうちに、光のなかを歩め』ってね。

2011/01/22

Post #65 I Put A Spell On You

クタクタだ。体が鉛のようだ。切れの悪いヘビーメタルみたいだ。
仕方ない、昨日の朝から、今日の夕方まで、ほとんどずっと働いていたからな。体は悲鳴をあげてるぜ。まさにスクリームだ。スクリーミン・ジェイ・ホーキンスだ。I Put A Spell On You だ。まいったぜ。今日は昼くらいには終われる予定だったんだが、すっかりはまっちまった。おかげでクタクタだ。プライマル・スクリームってのもあったな。しかし、ここはあくまでスクリーミン・ジェイ・ホーキンスだ。懐かしいぜ。思い出すのも10年ぶりくらいだ。クタクタになると、思わぬものが記憶の海から浮上するもんだ。
Osaka
しかし、まんざら悪い事ばかりでもないんだぜ。
たった一人でも、大変な仕事に、自分のベストを尽くして取り組んで、手を動かして、頭を動かして、身体を動かしていると、余計なことを考えないんだ。頭の中は真っ白。無心だ。生まれたての赤ん坊のようにとまではいかないが、これはこれで爽快だ。睡眠不足、肉体疲労どんとこいだ。生きてる実感がふつふつと湧いてくるぜ。

たけはらさんよぉ、心配かけたな。Alright! OK! とりあえず、OKだ。長い人生の中にはいい時もあれば、落ち込むときもある。それをストレートに曝け出しちまうのも、これまた俺らしくはないかい?
昔懐かしいシショーセツなカンジだ。それもロックンロールなカンジだろ?違うかい?いずれにせよ心配かけたぜ。スマン。セブンイレブンでピーナツチョコ105円を買って貪り食って仕事したぜ。疲れた体には糖分が必要だからな。
Barcelona
けども、覚えておいてくれ、光が強ければ、影はより深く暗い。
そうだから、生まれながらにギラギラビカビカ輝く俺だからこそ、俺の中には、どーんと暗い闇もあるのさ。しばしばその暗い淵から、赤い目をした化け物が、現実世界を覗きに来るのさ。そんなカンジさ。昨日の俺は。

OK、今日はもうこの辺で。肉体はとっくに限界だ。また会おう。

2011/01/21

Post #64 Isolation

HongKong
時折、記憶や体験がフラッシュバックして、様々なネガティブな感情が胸に渦巻き、哀しくて、寂しくてどうしようもなくなる。
静かな、しかし、激しい怒りが、胸にわだかまり、どうしようもなくなる。破壊衝動と暴力衝動にとり憑かれる。
医師に見せれば、鬱病と診断されるだろうか?以前は単に働きすぎだと診断された。しかし、その医者は、疲れきって、何もかもどうでも良さそうだった。
クスリをもらって飲めば、君たちのよく知っている俺に持ち直すだろうか?
それも悪くない。
そいつぁ全く悪くない!
全く以て悪くないのだが、そりゃ文学的でも、ロックンロールでもないなぁ、と激しく拒む声がする。
俺の中から声がする。
自分のブルースぐらい、自分自身の足腰で背負って立てと、声がする。
いずれにせよ、一人でいるのは、良くない。胸が張り裂けそうな気分だ。誰しも、そんな時もあるだろう。俺の場合はアップダウンが激しいだけだ。気にすんな!

君たちに会いたいものだ。けっして哭いたり、暴れたりはしないから。

2011/01/20

Post #63 Just Like A Blade Runner #1

いや〜、寝過ごしてしまった。
今日は1時から大阪で予定が入っていたのに、起きたら10時30分じゃないか。
昨日というか今朝寝たのはほとんど5時だったから、仕方ないかもしれないが、これじゃほとんどデットエンドだ。急げ!真っ赤なトレンチを羽織って出撃だ。この深紅のコートを来ていれば、通常の3倍の速度で移動可能だ!きっとね。
何てこった、電車が5分も遅れているぜ!ここはインドか?なに、関ヶ原付近で雪?地球温暖化はどーなっちまったんだ?おかげで乗り換え時間はたったの2分!俺は駅の連絡通路を、レプリカントを追いかけるハリソン・フォード演じるリック・デッカードのように走り抜けたぜ、赤いポール・スミスのトレンチを翻しながらね。通常のザクよりも3倍の機動力さ。
HongKong
そうだ、ブレードランナーだ。この話しをしようか?どうせ新幹線のなかじゃぼんやり外を眺めて、過ぎ去った日々を追憶するくらいだ。そんな事より大切な君たちに、俺のメッセージを紡ごう。
ブレードランナーなんて知らないぞという声が世界各地から沸き起こらないとも限らないので、さらりと紹介しておこうか?
ブレードランナーは、SF作家フィリップKディックの『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』をもとに1982年に作られたSF映画だ。
舞台は2019年のサンフランシスコ。
様々な人種が混じりあい、様々な言語が乱れ飛ぶ。遺伝子工学で作られたレプリカントと呼ばれる人造人間を宇宙で奴隷のように使役する事で、人類は繁栄していた。
レプリカントは人間以上の能力を持ちながら、感情も記憶を持たない。それがあったら人間そのものだからな。
しかし、何年も生きているうちに、レプリカントにも感情が生まれる。このため、レプリカントには、4年間という短い命しか与えられていないわけだ。もちろん、レプリカント自身は、自らの寿命を知らない。感情が生まれたレプリカントの中には、人間に反乱をおこす者もいる。当然だ。この、人間に反逆したレプリカントを『処分』するのが、ブレードランナーという特殊捜査官だ。映画ではハリソン・フォードが演じている。ハリソン・フォードのベストプレイといってもイイだろう。まさに、未来世界のフィリップ・マーロウってカンジだ。
彼は4人のレプリカントを追って、混沌と退廃に満ち溢れた未来都市を泥臭く駆け抜ける。毎度毎度、こっぴどく痛めつけられ、鼻血を出したり、口から血反吐を吐いている。決してスマートじゃないが、これはこれで、すごくハードボイルドなカンジだ。
SF小説ばかり読んでいた中学生だった俺が、この映画史上に残る傑作を初めて見たのは、高校生になったばかりの頃だっただろうか?まだ狭い世界しか知らない少年だった俺は、様々な人種と文化が、何種類もの言語が、富と貧困が、スラムと未来都市が、自転車と空を飛ぶ車とが、過去と未来とが、雑然と混在したこの映画の世界にすっかり魅了された。
そこは、スッキリとした理想の未来都市ではなかった。よい子の住んでるよい街じゃないんだぜ。リドリー・スコット特有の夜の背徳都市、そこには必ず霧が漂い、シトシトと細かな雨が降り続け、建物からは水蒸気が吹き出す。意味不明な様々な言語のネオンは闇を照らすが、それは闇の深さをかえって引き立たせる。
まさに、魑魅魍魎の住む世界だ。 
Osaka
いつも、どうしてこんなに夜の街を撮りたくなるのか考えてみると、どうしても少年の頃に見たこのブレードランナーにたどり着く。
そう、ブレードランナーリック・デッカードが銃を握りしめて人混みの中を、レプリカントを捜して歩き回り駆け抜けるように、暴力と欲望を蔵した魑魅魍魎蠢く背徳都市を、小さなコンタックスを持って歩き回り、駆け抜けるようにして写真を撮りたいのさ。まぁ、俺はハリソン・フォードほど渋くもないがね。あくまでそうありたいってことさ。リリシズムってやつだ。
それに、コンタックス研究家の竹田正一郎も、田中長徳との対談の中で『未来がもしブレードランナーの世界だったら、そこに似合うカメラはライカではなく、コンタックスだ』と言っているぜ。俺もそう思う。俺の手のひらにすっぽり収まるCONTAX T3こそ、俺の瞳なんだ。こいつは老眼になることもないぜ、サイコーだ。
ブレードランナーに関しては、他にも心にグッとくるポイントがある。
人造人間のレプリカントも、心を持ち、自らの命がいつ尽きるのかも知らず、死に怯え、その運命に抗おうとしている。それは、俺たち人間の姿そのものじゃないか?しかし、長くなるだろうから、レプリカントに関しては、明日にでも話そう。今日はこんなところで失礼するぜ。
また会おう。

2011/01/19

Post #62 Fragment Of Fragments #10

忙しいぜ、まったくもって忙しい。忙しいという字は心を亡くすと書くが、いくら忙しくても、この暑苦しい心は見失いたくないもんだ。
HongKong
打ち合わせに、帳簿に、銀行に、おまけにこれから毎度お馴染みの男の仕事に出撃だ。身体がもうひとつホシーくらいだが、しかし、そうなるとなんやかんやと金も倍かかりそうだしな。考えものだぜ。なんと言っても、さすがの俺も、もう一人の自分と上手くやって行く自信はない。
そんなわけで、毎日コマネズミのように忙しく走りまわるって始末だ。まいったなぁ。
なのに昨日の夜は仕事を終えて、真夜中に帰って来てから、アマゾンから届いたばかりの『ブレードランナー』を見てしまった。気がつけば明け方だ。我ながら困ったもんだ。これに関して話したいことも山ほどあるが、如何せん、時間がないんだな。人生は短いのさ。
仕方ない。これも人生だ、ロックンロールだ。
HongKong
そんなわけで、今日もほぼ写真だけだ。
毎日こんな有り様で、モーシ訳無い。
では、また会おう。風邪などひかぬよう、ご自愛なさるがよろしかろう。

2011/01/18

Post #61 Fragment Of Fragments #9

Barcelona

本日、ヤボ用と男の仕事で多忙につき、写真のみで失礼いたす。
諸兄諸姉の御寛恕を願う。
Paris

2011/01/17

Post #60 雪どけ

まいったぜ、忙しいぜ。
昨日までのダラダラ生活が嘘みたいだ。今日から月末まで、仕事がぎっしりだ。
せいぜい儲かってくれることを祈るぜ。
たんまり儲かったら、君たちにも何かプレゼントをしたいくらいだ。
しかし、金で買えるものなど知れているさ。♪ダイヤモンド、豪華マンション、別荘に外車に毛皮に、金。何の価値もねぇ。俺はほしくねぇ。金で買えるものなんか、この世で一番安っぽいものさ  Oh Yeah! と、キヨシローも歌っているしな。ここはぜひとも、金で買えないものを贈りたい。

それは、う~ん、やはり俺の写真だろう。どこにも売ってないからな。俺のイカした写真を、毎日のようにこうやってコツコツしこしことお送りするのが、俺が出来得る、君達への最高の贈り物だろう。
Paris 雪のサクレクール寺院
俺のことをケチだと思ってくれてもいいけどね。けど、このささやかなブログには、俺は惜しみなく自分の中に詰まっているものを注いでるんつもりなんだ。真剣なんだよ。まるで好きな女の子にラブレターを書いているみたいに真剣なのさ。

よく、ブログを見てくれた友人から、写真と文章と全く関係ないよねぇって言われる。
予め断っているように、ほとんどの場合、ホントまったく関係ないんだ。だいたいモノクロ写真だから、今日あった事と、写真をプリントするまでにタイムラグもあるしな。それに、俺は写真を文章の挿絵から解放して、言葉によって与えられるチンケな意味から解放して、俺たちが実際に生きている世界の断片、目の前の現実を見るかのようにして、君たちにお送りしたいんだ。目の前の現実には、意味とか解説と関係なく、俺たちの前に立ち現われてくるだろう?
何と言っても文章と写真という二つのメディアがあるのに、おんなじことをやっているのは、バカバカシーし、なんだかもったいないだろう。そうじゃないかい?
Paris ガーゴイルがゲロを吐くほど寒いのか?
太陽が顔を出して、道路の雪が融けてきた。これなら仕事も安心だ。雪の中80キロも離れた町に行かなけりゃならないなんて、最悪だからな。キヨシローの雪どけって歌を思い出す。
そう、♪雪どけの道では、何度も何度も足を取られ、大切なことが言いにくい春なのさ。
僕には言えない、とても言い表せそうにない、この心を…って歌詞だ。
こんなに毎日、たくさん言葉を連ねているのに、本当に大切なことは、言葉では軽い。本当に言いたいことや伝えたい気持ちは、文字の間からすり抜けてしまう。とても言い表せそうにない。キヨシローの言うとおりだ。
俺が本当に言いたいことは、俺の写真の中に隠されているんだ、きっとね。

失礼するぜ、今から仕事に出撃なんだ。
君たちも雪で足をとられないように気を付けておくれ。

2011/01/16

Post #59 Fragment Of Fragments #8

今日は雪だ。俺の住む町でも9年ぶりの大雪だ。
そういえば、昨日の夜はスゲー風が吹き荒れていた。震え上がっていたもんだ。
おかげで、今日は一日、休日のオトーサンのようにダラダラ暮らした。角スコ使って雪かきしてみたが、あっという間に積もってくるから、とっとと諦めたのさ。つれあいも家にいるので、プリントする気にもならねぇしな。まぁ、こんな雪の休日もおつなもんだ。
こんなんじゃ、冬の北海道やロシアなんか行けっこないか?
いずれにせよ、今日は男の仕事がなくてよかったぜ!
HomeTown
懐かしくて、かなり前の雪の写真を見ていた。俺も、まだ今よりずっと若い。金がないのは相変わらずだ。その頃は、モノクロ写真ではなかった。リバーサルフィルム、それもコダックのE100VSばかり使っていた。懐かしい写真ばかりだ。
だから今日は、いっちょっカラー写真で行ってみようか!たまにはそれも悪くないさ。しかも、雪とは何のカンケーもない。
この写真を撮った日のことは、もう何年も前だけれど、しっかり憶えているぜ。強い日差しが照りつける夏の日だった。埋立地を、何キロも歩いていた。仕事の荷物を山ほど背負って。この降り積もる雪の中、俺はあの夏の日差しを、潮風の香りを思い出すのさ。それはまたズイブンと天邪鬼だが、俺の趣味に合っているな。悪くない。
 In the Jetty of HomeTown
このころから、仕事に行くときもいつもカメラを持っていたんだ。そして今もね。
失礼する。また会おう。

2011/01/15

Post #58 たまには写真やカメラについて話そうかな#4

さて、久しぶりにカメラについて話そうかな。前回はツァイスイコンの名機イコンタにフラストレーションを感じてきたところまで話したっけか?
Fukuoka
当時は20世紀末に訪れた、空前の中古カメラブームだったぜ。
カメラ屋のオヤジは未だにあの頃をカメラバブルと呼んで、懐かしがっている。誰もがあの頃の事を話すと、遠い目をして虚空を眺める。よっぽど儲かったんだろうか。確かにあの頃は、俺の街の百貨店で年に二回行われる中古カメラ市は、欲望で目をギラつかせたオヤジさんたちで溢れかえっていたぜ。
今ではとんとお目にかかる事もないような太古の珍獣怪物のようなレアなカメラが、ガラスケースの中で、妖しいクロームの光を放ったり、漆のような黒塗りのボディを艶やかに輝かせていたぜ。
その美しくきらめくボディの中には、ギッシリミッシリとギアやバネが、そして光学部品がところ狭しと詰め込まれていると思うと、う〜んたまらん。美しいお嬢さんの中にも、一皮剥けば、どろどろぐにゃぐにゃした内臓がギッシリミッシリ詰まっていると思うと、幻滅というか気味が悪いと感じてしまうのとは、まったく対照的だ。出来る事なら、俺の身体もギアやバネで構成されていて欲しいくらいだ。サイボーグみたいでイカすぜ。
まぁ、言うなればこの頃は、デジカメ全盛期前夜の、フィルムカメラ最後の光芒だったんだ。今ではさみしーもんだぜ。そんな珍獣怪物になんかにゃ、めったにお目にかかることはないねぇ、残念ながら…。
中古カメラブームは、ライカブームでもあった。どいつもこいつも誰も彼もが、ⅢfだのM3だので大騒ぎだった。
イコンタの機動力不足を補うために、35㎜フィルムカメラの戦線投入を検討していた俺の前には、歴戦のライカ軍団が大挙して待ち構え、ブンブンと唸りをあげていた。まわりのオヤジさんたちも、カメラを買いに来るのに、何故かこれ見よがしに美品のライカをぶら下げて得意気だ。
しかし、だからといって、ライカブームに巻きこまれ、流される俺ではない。俺は昔から反主流派だったんだ。ビートルズよりもストーンズ、ストーンズよりもザ・フーだ。サザンオールスターズよりもRCサクセションだ。ジャイアンツよりもドラゴンズだ!選挙だって自民党にいれたことはないぜ!いつだって共産党だ。
だからライカは最初から視野に入っていなかった。そうするとニッカや昔のキャノンなんかのライカマウント機も選外だ。残念ながらね。それに、一眼レフはデカくて重い。機動力のアップが望まれているのに、一眼レフはないよな?バズーカみたいなデカイズームレンズはごめんだぜ。それに、一眼レフのミラーのはねあがる大きなシャッター音は、スナップにはどーにも向かない。手のひらにおさまる機動力のあるカメラが、世界と対峙し、そのフラグメントを集めるためには、是非ともヒツヨーなんだ。
となるとやはりレンジファィンダーだろう。
カメラは実際に撮らないと話しにならないから、使うのが躊躇われるようなコレクターアイテム的な美品には食指がのびない。しかし、やはり俺には、自分で認めたくはないがブランド好きな面があるらしいので、やはりそれなりの格があるというか、使っていて自分自身が高揚してくるようなマシーンがホシーわけだ。
ContaxⅢa 渋いカメラだぜ!上に乗っているのが露出計だ!
そこで、俺が選んだのはContax Ⅲa だった。1951年発売だ。今から60年以上前だ!人間ならとっくに還暦だ!一応断っておくけど、後にヤシカ/京セラが作っていたCONTAXではないぜ。イコンタでお馴染みのツァイスイコンが生み出した、レンジファィンダーカメラだ。ツァイスイコン伝統の角張った12角形のボディは、ジルミン合金製。ライカのお手々に優しい丸いボディに比べて、エッジが立っている。なんとも男らしくマッチョなカンジだ。たまらん。
しかも、そのクロームと黒いモロッコ革のボディの中には、当時の最高の技術が注がれている。シャッタースピード、フィルムカウンターは巻き上げノブと一軸一体だ。同時期のライカはまだM型前夜で、ゴテゴテした軍艦部だ。
ファインダーも、ピント合わせと構図が一つの窓で可能なメスズハーだ。ちなみにライカM型のMは、このメスズハーの頭文字だぜ。
ピント合わせは、イコンタの項でも紹介したクサビ型のレンズを回転させて行うドレイカイル方式に合わせて、内蔵プリズム光路を採用することで、衝撃によるズレを抑えなおかつ、ピント精度をあげている。
そしてなんてったってレンズだ。
俺が買ったContax Ⅲaにはあの名玉Sonnar 50㎜f1.5 が装備されていた。俺が買ったのは大戦後に製造されたⅢa だから、レンズも当然Tコーティング付の戦後の玉なんだけど、今から70年も前に設計されたレンズでf1.5ですよ!たまらんですよ!しかも、ビオゴン、プラナー、テッサーなんかの、カール・ツァイスが誇る名玉の数々が装着可能だ!
しかも、ピント合わせはレンズのピントリングをまわしても可能だけれど、レンジファィンダー窓 ( レンジファィンダーのピント合わせは、三角測量の原理を使っているのさ。だからカメラの正面から見ると、窓が左右に一つづつある訳だ。ちなみにこの距離つまり基線長が長く、ファインダーの倍率が高い程、ピントの精度は向上するんだ。デジカメしかさわった事がないとわかんないかもしれないけど…。) の上に設けられた,、薄いギアを人差し指で回転させる事で、このギアにレンズが連動回転して、ピントを合わせる事が出来る。つまり片手で撮影出来る訳だ。
そして何よりも頼りになるのは、Ⅲaにはセレン光電池式の露出計が搭載されているのさ。ドカーンとね。これは頼りになる。意外と感度もいい。セレン光電池ってのは、光にあたると微弱な電圧が生じるんだが、その電圧を変換して、小さな窓に設けられたメーターを動かす。そのメーターの値を読み取り露出を手動で設定するのさ。
ちなみにこの露出計がついてないのはⅡaだ。こちらの方がデザインはすっきりしている。キャパがあのノルマンディー上陸作戦の時に使っていた2台のカメラ ( フィルム交換を減らすために、キャパは同じカメラを2台用意したんだ ) 、Contax Ⅱの後継機種が戦後のContax Ⅱaだ。
そう、当時としては最高のスペックのカメラだ。
何よりもカッコいいしな。みんなライカばかりで差別化が図れるぜ!
このContaxに関しては、竹田正一郎の『コンタックス物語』が詳しい。または田中長徳の『温故知新のコンタックス』もいいだろう。興味のある奴は買って読んで見てくれ。
何はさておき、こうして俺はついに35㎜カメラを実戦投入し、ストリートに躍り出した。俺の今日の写真の基礎はこのContax Ⅲaで培われたんだ。俺にとっては大切なカメラだ。
次回は、俺が買ったコンタックスのレンズだ、レンズ!まだまだ俺の欲望は枯れないぜ。
楽しみにしててくれ!

2011/01/14

Post #57 Photographica #1

今日は午後から男の仕事3連チャンだから、さっさとあっさり更新しておこう。
とはいえ、夜と違って日中はエモーショナルな高まりが少ないので、最近買った写真集を紹介しておこうかな。そう、ちょっと前に忙しくってアマゾンで買った写真集も見れないぜってぼやいてたあれだ。
ブログを投稿して、なんとなく寝つけずにアマゾンなんか見ていると、つい写真集を買ってしまうんだ。大抵中身は見れないから、これはある意味ギャンブルに近い。しかし、今回ゲットしたのは2冊ともあたりだった。
Osaka
一冊目はBOOGIEっていうセルビア出身で、ニューヨーク在住の写真家の“SÃO PAULO"って写真集だ。
何年か前に出版されているものなので、すでにご覧になっている方も多数いることだろう。日本でも個展も開かれているそうだしな。何をいまさらって言われるかもしれないけれど、俺はアサヒカメラとか日本カメラとか、一切読まないようにしているので、そういった情報には疎いんだ、スマン。
これは彼が2007年の6月のある一週間、サンパウロに滞在していた時に撮った写真で構成されている。
サンパウロに関しては、森山大道のサンパウロっていう写真集もあるけれど、森山大道がどことなくパッセンジャーめいた、なんとなくよそよそしい目線を感じさせるのに対して、同じようなストリートスナップでありながら、より生々しい感じが伝わってくるんだ。
スラムの荒涼とした風景、サッカーに熱狂する人々、浮浪者、夜の街で客を引く売春婦らしき女。貧しい人々、暴力的なオーラを放つ刺青の男。そして貧しさの中にふと垣間見える、神への信仰、etc…。
それらのシーケンスが、少しセピアがかったモノクロで淡々とドキュメントされている。ちいさな写真集だけれど、なかなか見ごたえがある。おなか一杯になるってもんだ。ストリート写真はこうでなければってカンジだ。他にもイスタンブールやNYを題材にした写真集も出ているようだから、おいおいゲットしてゆきたいぜ。俺も頑張って写真撮らないとね。いい刺激になるぜ。
Osaka
もう一冊は、昨日の夜届いたばかりだ。RANKINの“PAINTING PRETTY PICTURES" だ。これもジャケ買いだ。
これは、絵画(単色で刷毛をさっと引いたようなもので、ひょっとしたら画像処理して加えたものかもしれない)をバックにして、PRETTY というより、BEAUTY ってカンジのおねーさんたちのヌード写真集なんだ。もちろんスタジオ撮影だから、本来俺の嗜好からは正反対なんだが、イイだろう?俺はネーチャン・フォトグラファーって呼ばれているんだぜ。
写真にペインティングを施すのは、近年のアラーキーがよくよくやっているんだけれども、アラーキーの場合は、意図的にか無意識的にか写真を壊す、というか脱構築していく強力な力が働いているように感じられるのに対して、RANKINの場合は、決して美しい女性のヌードを損なうものではなく、むしろこれらの女性たちのリアルさを剥ぎ取って、どこか生身のない観念の世界の女性に見せるように働いているように思う。俺からするとRANKINの写真は、エロティックなんだけど、なんだかいつもエロティックを超えて、超現実的にかんじられるんだ。毛穴とか汗とか分泌物とかといったリアルな存在感を一切感じさせない、天女のような女性のヌード。それは明るい照明に照らされて、淫靡な影は微塵も感じられない。こんな女、俺だって写真に撮ってみたいぜ。とはいえ、きっとアプローチは全く違うだろうけどね。
昨日、届いたばかりのこの“PAINTING PRETTY PICTURES” を、早速開封して見ていたら、うちの連れ合いから『あんた、なんか嬉しそうにニヤニヤしてるね』って突っ込まれたぜ。まいったなぁ、これも人生だ。ロックンロールだ。
まぁそれも仕方ないだろ、俺も男だ、ネーチャン・フォトグラファーだ。いい女を見てにやにやしないような草食系なんかじゃない。なんでも食べる雑食系だ。写真だってなんだってね。

あぁ、また写真集に金を使ってしまった…。まったくもって、仕方ないなぁ…。

2011/01/13

Post #56 Wishing On A Star

昨日から俺を疲労困憊させてきた仕事は山の上にあるゴルフ場での仕事だったんだ。回りにはコンビニもないような辺鄙なトコさ。
やたらハイテンションな無駄口を叩く事もぐっと抑えて、真剣に仕事に取り組んだおかげで何とか終わらせる事ができたぜ。いつもの事ながら、終わらない仕事はないもんだ。
仕事を終えた時には、既に陽は沈んでいたけどな。
気温−3℃。山上の冬の夜の空気はキーンと張りつめて、清潔なカンジだ。満員電車の空気とはえらくちがうもんだぜ。
俺は、夜空を見上げた。スゴイ星空だ。満天の星だ。なんてこった、オリオン座やカシオペア座の辺りに星雲すら見る事ができる。

この星空の下で、君は今頃何をしているだろうか。君もこの星空を眺めているだろうか?白い息をはきながら、君の愛らしい瞳にこの星ぼしを映しているだろうか?寒さの余りに、ピザまんなんか食べているかもしれないな。
もし、もうきっと逢うこともないだろう君が、俺と遥かに離れた君の街で、この同じ星空を眺めているのなら、俺にとって、何となくうれしく、またもの悲しいのさ。
俺の心のなかのCDプレーヤーが、Wishing On A Star を奏で出した。イギリスの人間国宝ともいうべき、モッドファーザー、ポール・ウェラーがカバーした、ロマンチックなソウルナンバーだ。

I'm wishing on a star
To follow where you are
I'm wishing on a dream
To follow where you be

(星に願いを懸けているんだ
君を追いかけていくようにって
夢に願いをかけているんだ
ずっと君を見守るようにって…)
Where you are
君と過ごした時間は、永遠に消え去ってしまったのかい?あの日の想いも全てはマボロシだったのかい?
いや、消え去ってなんかいないさ。あの星の光を見るがいい。あれは何年も何千年も、なかには何万年も前に放たれた光なんだぜ。
あの日の俺たちの姿も、光の速さでこの宇宙を駆け抜けているのさ。あいにく俺はもう心の目でしか見ることが出来ないけれど、いつかどこかの星に住む人の目に、あの日の俺と君の姿は届く事だろう。飛びさってしまっただけで、失われた訳じゃない。
こんなことなら、君の写真をもっと撮っておけば良かったよ。たとえ君が嫌がったとしてもね。

知ってるかい?俺が写真をプリントするときに、俺は必ず自分自身のこの手を使って、覆い焼きをするのさ。フィルムから印画紙に投影された君の姿が、周囲から浮き立つように、君の姿を手で覆って、周りだけ感光させて暗く焼き込むのさ。
この時、俺の手のひらには君の姿が、くっきり写っているのさ。それは俺の身体に、そして心に、目には見えないタトゥーのように刻みこまれるのさ。
それは美容外科でレーザー照射をしても消える事のない刺青のようなものさ。
どうして君の事を忘れる事が出来るだろう?
自分の写真の全てが、俺の手のひらに刻みこまれているんだ。けれど、君の写真は特別だよ。
もし、君がふとしたキッカケで、俺のこのブログを目にしてくれたならって、よく思うのさ。まるで宇宙に向けて、人類の存在を示す信号を送るようなものさ。

本当に、もっとたくさん、君の写真を撮っておけば良かったよ。

俺は夜空を埋める星に、君の幸せを祈ったんだ。
HomeTown
今夜は俺、少しどーかしてるぜ。すまないな、みんな。こんな俺を許してくれないか?

2011/01/12

Post #55 金がほしくてはたらいて 眠るだけ

Fukuoka
今日の男の仕事はバードだったぜ。
やっと帰ってきた、飯すら食ってないんだ。
42歳一発目がこれかよ。先が思いやられるぜ。
まるで、昔のRCの歌みたいな暮らしだ。笑えるぜ。ヘラヘラ。

♪昔にくらべりゃ金もはいるし
ちょっとは幸せそうに見えるのさ
だけど忘れた頃にヘマをして
ついてないぜと苦笑い

金がほしくて働いて
眠るだけ

RCサクセション いい事ばかりは ありゃしない


まさにこんなカンジさ。
たまらないぜ。
これが俺の人生か。まいったなぁ。
Fukuoka
そういえば、昨日は俺の誕生日だったんだが、兵庫県在住の古い友人から、年賀状をもらったぜ。
 今更年賀状かよって感じだけれど、そこには、ブログはチェックしてます。
Sparksさんの写真、スゴすぎです!いつ見ても鳥肌が立ちます。なんて書いてあった。そんなに鳥肌が立つのは、なにか悪い病気かもしれないと、少し心配しつつも、正直に言えばうれしーぜ。
サイコーの誕生日プレゼントだぜ。
ありがとよ、ミム。また会おう。

2011/01/11

Post #54 If 6 Was 9

今日は実は俺の誕生日だ。
なんと42歳だ、42歳。今はやりのアラフォーだ。
Osaka
さすがにこの年になると、あまりおめでたくもないのさ。ここ何年も祝ってもらった事もない。いささか寂しくもあるが、仕方ない。じわじわとあの世に近づいているんだ、むしろ不吉な予感すら漂うぜ。それに今年は何と言ってもシニ歳だからな。シニカルにもなるさ。
そうさ、42じゃなくて24なら、人生もっと薄っぺらな希望に満ちているだろー。しかし、もういまさら24歳に戻りたいとも思わないね。どのみち無理な相談だしな。OK、世の中のいろいろなことにすっかり幻滅絶望している俺さ。
しかし、絶望から始めようぜ、坂口安吾の堕落論みたいだ。しょせん、荒野の中の男一匹さ。絶望したら、あとは何をやっても希望しかないからな。いっそすがすがしいぜ!

そう、今の俺が、イヤむしろ今日の俺が、この人生でサイコーなんだ!例え、ついてない事があっても、だからどーしたのさ?鼻血が出るまで、やってやるさ。
参考までに言っておくけれど、天才バカボンのパパ(バカ田大学卒、職業植木屋?)だって41歳だった。マカロニほうれん荘のきんどーさんでさえ40歳だった。42歳でハイテンションなバカ野郎ともなると、もうこんなマンガのキャラクターすらぶっちぎっている。まさに前人未到だぜ。
もうええ加減、落ち着いたほうがイーのか?イーだろう!という声も、自分の内外から沸き起こってくるぜ。いや、むしろここ10年くらいそんな大合唱に温かく包まれてきた。ありがとう、余計なお世話だぜ。
たかだか地球が大陽のまわりをくるりと42回まわったくらいで、どうしてジジむさく老け込まなきゃならねぇんだよ?まったく教えて欲しいもんだぜ。俺にはカンケーねぇだろ。だいたい、落ち着けとか年相応とか言う奴に限って、毒にも薬にも金にもならねぇようなつまらない人間で、ある日他の奴と入れ替わっても、会社の人間はおろか、家族にも気付いてもらえないようなパッとしない奴なんじゃないか?
日本は北朝鮮じゃないだろう!右寄りの皆さんのお嫌いな憲法よって、自由ってのは保障されてんだろ?日本人の同調圧力の強さは、通販番組で売ってる圧力鍋並みに高いんだ。短時間で、柔らかくされちまうぜ!若い奴らを見てみろ。どいつもこいつも、同じ格好をして、すっかりおしゃれな気分を味わっているだろう。ふざけんな!そんな工場で大量生産されたみたいに、すっかり型にはまった人間にならないように、君たちも気を付けろ!
お生憎様、俺はたとえ便所の100ワットと言われても、ヤバいクスリをやっていると疑われても、いわゆる年相応に老け込むつもりは、これっぽっちもないんだ!ダッハッハッ!
さすがに去年の厄年には参ったけど、これっぽっちも懲りちゃいないぜ。ジミヘンだって歌っていたぜ、“俺が死ぬとき、死ぬのは俺なんだ。だから、俺の好きにやらせてくれ“ってね。
OK ! ますます加速する42歳の俺を、みんな温かく見守ってくれ!それが俺の力になるんだ。
地球のみんな、オラに力を分けてくれ!ってカンジだ。
待ってろよ、今にスゲーのをかましてやるぜ!何たって俺はこのままで大人しく終わる男じゃないのさ。まっ、このままでもかまわないけどね。
42歳もトーゼン波瀾万丈、疾風怒濤だ。望むところだ。かかって来いや!
必殺、髑髏の杖だ!痛いぜ!
俺は今まで黙っていたけど、実は芸術家なんだ。そして、君もまた、自分で気がついていないかもしれないが、スゲー芸術家なんだぜ!知っていたかい?
俺は別にプロの写真家なんかじゃない。それが芸術家ってどういう事だと思うだろ?
俺が言いたいのはこういう事だ。つまり俺は、そして俺たち全ては、生涯を懸けてひとつのゲージュツ品を作っているんだぜ。それは自分自身さ。
自分自身こそが、人間が本当に造り出す一点モノの生身のゲージュツ品なんだ! 
そうさ、俺も君たちも、全て皆、一日一日の軌跡がそのまま自分というゲージュツ品を形作るんだ。そいつに比べたら、写真なんて、ゲージュツだなんてとてもいえないぜ。こいつと比べちゃ、ホントちゃちなもんさ。天才アラーキーだって、ゲージュツなんて女の子のヌードを撮ってる時に、またを開かせたり、きわどいポーズを取らせたりするときに使うコトバだって言ってたぜ。
そう、人生は芸術なんだ。
せっかくなかなか面白いゲージュツ品ができつつあるんだ。落ち着いてこじんまりまとめてなるもんか。
成熟?円熟?老成だぁ?年代もののワインじゃあるまいし、糞くらえだ!もっともっと激しく生きていくぜ!きっと子供の頃の俺が、今の俺をみたら、ファンになること間違いなしだぜ!
さあ、42歳もガンガンいかせてもらうさ!それが俺の人生さ、ロックンロールさ。よろしく頼むぜ!

2011/01/10

Post #53 Young Man Blues

今日は成人式だったらしーな。
そこで、若者たちに俺の好きな曲をプレゼントしよう。
成人のお祝いに、お届けするぜ!
俺の愛するThe Whoのレパートリーからお見舞いするぜ!Young Man Blues だ!


Well a young man ain't got nothin' in wealth these days
I said a young man ain't got' nothin' in wealth these days
Well you know in the old days
When a young man was a  strong man
All the people, they stepped back
When a young man walk by
But you know nowadays
It's  the old man who's got all the money
And a young man ain't got nothin' in the wealth these days
I said he ain't nothin', he got nothin'


Everybody knows, everybody knows,
everybody knows
Oooo yeah ah hah ah yeah hit it
Everybody knows, everybody knows,
In the old days
Everybody stepped back
When the young man walked by
They stepped back
They stepped back
They stepped back
Nowadays if you're the young man
They ain't got nothin' in the these days
I said they ain't nothin'

Mose Alison “Young Man Blues “

Osaka
俺流で日本語に訳してみよう!
近頃の若い奴等は金なんてまったくありつけない!
金なんてこれっぽっちもないんだ!
知ってるかい?昔を、若僧がいわゆる強い男だった頃の事を
みんな思わず怯んで後ろに下がったもんさ、
一人でも若いのが歩いて来るとな!
だけど最近じゃ、金を持ってるのは年寄りばかりさ
近頃の若い奴等は、金なんてまったくありつけないんだ!
奴にはなんにも、なんにもありゃしないのさ!
みんなが知ってるさ、みんな知ってる、わかってるのさ!
ああ〜ぁ、やれよ!
みんな知ってる、よく知ってるのさ!
昔はな
若僧が歩いて来ると、どいつもこいつもびびって一歩下がったんだ!
下がったもんさ!
下がったもんさ!
今どきお前がそんな若者なら、
今のジジイ共は、ビタ一文だって手にする事はできないだろうぜ!
金なんて手にできないだろうぜ!
Tokyo
                          
まったくひでぇ世の中だ。若者たちに仕事がないんだ。消費は冷え込んでる。若い奴等は安い服を来て、ブタのエサに毛がはえたようなものしか喰えないんだ!とっくに奴等は、意気消沈して、ネットかゲームに引きこもる!女はみんな淫売みたいなキャバ嬢になっちまうぜ!あぁ、生きていくには仕方がないさ!何が自宅警備員だ!何がニートだ!ヒッキーだ!何がパラサイトだ!ふざけんなよ!大人は自分で自分のケツを吹いて行かなきゃならないんだぜ!なんでもいいから、仕事にありつけよ!なんでもいいから仕事を回してやれよ!
こんな糞っ垂れな社会で夢を持てって言う奴は、きっととんでもない偽善者さ!
そうさ、仕事はみんな中国に行っちまった!若い奴等には、仕事も金もありゃしないんだ!
こんなんじゃ、若い奴等は、結婚なんて出来ないぜ!
いずれこの国はジジイババァばかりになっちまうぜ!
心配かい?大丈夫さ、その頃には俺はとっくにジジイの仲間入りさ!
それともくたばってるかもな!
だから心配しないぜ!ただ、悲しいだけさ!ただ、ムカつくだけさ!
こんな国に、いったい誰がしちまったんだ!
けれど、若者たちに言いたいぜ!
俺も頑張るから、お前らも頑張って生き抜こうぜ!このネオン輝く不毛の荒野を!
金がなくても、誰にも恥じる事はないのさ!俺たちは裸で生まれて裸で死んでいくんだからな。
だけど、世間なんかどうだってイイけれど、子供の頃の自分自身に恥ずかしいような生き方はするなよ!
Ok! いつか生まれて来る子供たちに、誇れるような生き方をしようぜ!
リスペクトできる大人がいねぇのなら、歯を食いしばっても、石にかじりついてでも真っ当に生きて、リスペクトされるような大人になってくれ!金なんて問題じゃねぇぜ!金は手段や道具に過ぎないんだ!人生の目的じゃねぇんだよ!分かったか!
金なんてなくっても、みんながたじろいで下がるような、素敵な大人に、強い大人に、誇り高い大人に、なってくれ!
そうさ、いつだって心の中にロックンロールが響いているような、カッコいい大人になってくれ!
頼む!

2011/01/09

Post #52 I Can See For Miles

なんとか帳尻を合わせる事ができたぜ!俺はこの年で、初めて帳尻を合わせるという言葉の意味を知った。身に染みたといってもいい。貸借対照表の数字が貸方と借方できっちり会うことだったんだ。知らなかったぜ。
まぁ、どっちにしろ赤字なんだが、俺や君たちが生きてるこの社会は、実際の事よりも、書類上の事が重視される、本末転倒したおかしな世界なんだ。おかげで、朝の6時まで数字とにらめっこだ。目も霞んできた。こんな事してたら、老眼になっちまうぜ。
写真は目が命だ。数字なんかじゃなく、イイ女でも見て、視力を養いたいもんだぜ。
そういえば、昔は俺、かなり視力が落ちてて、0.1くらいだったんだが、男の仕事に参戦してからは、メキメキ視力が回復して、いまじゃなんとか1.0くらいだ。手元足元ばかり見ていちゃ、つまらない人間になっちまうし、目も悪くなるってもんだぜ。何マイルも先が見えるブッシュマンみたいな視力が欲しいもんだぜ。そして、君の心の中まで見えたなら、もーしぶんないってもんだ。離れていても、心配ないのさ。
とはいえ、ブログばかりやってちゃ、これまた目に悪いんだけどね。
HomeTown
しかし、おかげで今日はやたら眠い。
朝まで帳簿をやっていたからといって、昼間も惰眠を貪っていたわけじゃないのさ。俺はアクティブかつ、せっかちな男なのさ。イイ年なんだからもっと落ち着けよ、ゆったりしろよと言われるが、俺がこの地球にいられる時間は、年々短くなっていくんだ。のんびりなんかしちゃいられねぇよな。何しろやりたい事も行きたい場所も年々増えていくんだぜ。人生は冬休みみたいに短いんだ。あっという間に萎びたジジイになっちまうのさ。
しかし、今日は眠いんだ。明日も朝から男の仕事が待ってるぜ!今年の正月休みにゃ、金色に輝く安全靴をゲットしたからな。明日はそいつを履いて出撃だ。仕事とはいえ、イカした装備で決めたいもんだぜ。戦国時代の武士みたいにね。
明日は世間は休みだ、旗日だ、成人式だ。成人式で浮かれてるヤングメン&ウィメンなんかに負けてられないぞ。何しろ俺はとっくに奴等のダブルスコアを叩きだしてるんだ!テンションもパワーもケーケンとやらも、若い奴等にゃついてこれないのさ!
HomeTown
だから、今夜はとっとと眠るぜ。
ジャンプの前には、思いっきり屈まないと高くは跳べないんだ。それに何より、睡眠不足はお肌に悪いらしー。これ以上シワが増えた日にゃ、電車でシルバーシートを譲られちまうだろう。座ってばかりじゃ、ズボンがしわくちゃさ。せっかくのおしゃれも台無しになっちまうだろう。だから今夜はさっさと眠るぜ!
では、また会おう。夢で君たちと愉しく語り合いたいもんだぜ。

2011/01/08

Post #51 Fragment Of Fragments #7

Osaka
本日、相も変わらず帳簿関係で苦戦中。
よって、写真のみのUPで、ご寛恕願います。
アマゾンで買った写真集も、まったく見れないよ。トホホ…。

HomeTown

2011/01/07

Post #50 Transgender #3

まだ引っ張るのかと言われそうだが、生憎俺はかなりくどい。連れ合いからもいい加減うんざりされるくらいねちっこいんだ。
恩も仇も、ずっと忘れないぜ。もちろん君の事もね。
だから、もうイッパツいくぜ!
これでどうだ!
HomeTown In The MidNight Hour
以前働いていた会社にたまに来てくれていたアルバイトに、ニューハーフ志願の奴がいたんだ。
身長が180くらいあったんだけど、線の細い体つきだったな。いつも男の仕事というように、俺の仕事は何時だって肉体労働だ。おかげで中年太りやビール腹には無縁なんだが、彼は明らかに向いてない感じが漂っていた。
彼がニューハーフ志願って事はみんなが知ってる事で、日払いの賃金を貰うと,、せっせとホルモン注射をうちに行っていたらしい。なるほど、いくら単価が安いと言っても、そこはガテン系、コンビニなんかよりは割りがいいからな。彼が、自分にあまり向いていないと感じていても、そこそこ来る理由がわからなくもない。さすがにありゃ保険適応してないだろうからな。
そんな彼の事をみんな、好奇の目で見ていたぜ。例えば最近胸が膨らんできたとか、シャツの下にブラジャーが透けて見えたとか、そんな話しだ。みんな暇で、刺激に飢えているのさ。
俺はといえば、毎日現場をおさめるのに必死で、そんな興味本意の噂ばなしは聞き流していたんだ。それに、自分の主義として、人の趣味嗜好で笑いこけるのは、いかがなものかねぇ?自分が逆の立場だったら、いたたまれないぜ。
OK 、俺はこう見えて、リベラルなんだ。知ってたかい?この汚ねぇ社会で、俺たちが一番大切にしたいのは、各々の自由のはずだろ。なにも金持ちになるのだけが、夢や希望ってわけじゃ、ないだろう?彼の夢と努力を笑う資格は誰にもないのさ。
ある時の事だ。切羽詰まった現場で、彼が他のアルバイトと上手くコミュニケーションがとれなくて、もめていると聞いて、俺は現場の責任者として、様子を見に行った。
みると彼は明らかにやる気を喪失していたんだ。まぁ、仕方ねぇよな。自分の事を珍獣扱いする奴等のなかで働くのは、確かに苦痛だ。しかし、あくまで仕事なんだからな。それに自分の選んだ道がヘビーな道だと分かってんなら、ある程度は我慢もヒツヨーだろう。そうじゃないかい?

俺は彼に言ったんだ。『金貰ってやるからには、あくまで仕事なんだから、きちんと回りと折り合いをつけてやってもらわないと困るぜ』ってね。まぁ、内心は我ながら、正論ではあるが、酷な事いうぜとは思ってたんだが、なんせ現場は火の車。俺のケツには火がつく寸前だった。猫の手も借りたいくらいだ。彼にもきちんと仕事をこなして貰わないと困るんだ。そう、この社会はキビシーのさ。
すると彼はこう言ったんだ。『だって、あの人たちガサツなんですもの』
さすがの俺も、そのこたえにはまいったぜ。ずっこけたってカンジだ。俺は仕方なく、彼を別のポジションに転換したぜ。
HomeTown/Drankers  In The MidNight Hour
それから、彼はアルバイトに来なくなった。きっと、ホルモン注射がジワジワ効いてきて、胸と一緒に仕事や周囲との違和感も膨らんだんだろう。仕方のないことだ。
その後、彼の姿を見かけたって噂も聞いたし、一度、片側3車線もある大きな道の横断歩道も信号もないところを、ふらふらと渡っているのを、仕事帰りの車窓からチラリと見かけたこともある。しかし、会社を辞めた俺には、もうその後の彼の噂は届かない。

彼は今はどうしているだろうか?立派なニューハーフ嬢になって、どこかのクラブでチーママとかになっているんだろうか?もしそうなら、ささやかながらチップでもあげたいもんだぜ!

2011/01/06

Post #49 Transgender #2

う〜ん、ヤバい。またしても窮地に陥ってしまったぜ。今日は税務署に行って、納税の手続きについてソーダンしてきたんだ。で、家に帰って損益計算書と貸借対照表を作っていたんだが 、貸借対照表が合わないのだ。知っての通り貸借対照表は貸方と借方、双方の金額がぴったり合わないといけないんだが…、これが合わないんだな。う〜ん、もう今日はヤメだ。明日だ、明日。明日は帳簿を全部チェックしてみよう。

HomeTown
今日はひとつ、トランスジェンダーの方にまつわる思い出ばなしをしよう。例によって写真には何にもカンケーない話だ。
今から20年近く前、名古屋の栄の地下街を歩いていた時の事だ。当時の俺は、今みたいにもじゃもじゃしてなかったし、スーツも来ていた。いわゆる好青年ってやつを演じていたんだ。仕方ない、前も言ったように、宗教関係の仕事だったからな。
すると、一人の和風を着たご婦人が道に迷っているのを見つけたんだ。名古屋は昔から地下街が発達しているといわれる。このために名古屋の地下街は複雑だと思われるかもしれないが、実は意外と単純で、規模もさほどではないんだ。俺からしたら大坂や東京のほうが、はるかに複雑で規模もでかい。しかし、どんなところでも道に迷う奴は迷うもんだ。とりわけ女はよく迷うんだ。
悪くいえばお人好しでお節介、よく言えば親切で善良な青年だった俺は、その明らかに迷っている風情のその和装のご婦人に、よせばいいのに声をかけた。『どちらに行かれますか?』ってね。その声に振り向いたご婦人の顔には、安堵の色とともに、フレディー・マーキュリーみたいな口髭が張り付いていたぜ!なんてこった!
さすがの俺も、こんときは引いた。ドン引きだ。声をかけて失敗したと思った。だって、女装しかも和服にヒゲだぜ?どっちかにしろよ。しっかりファンデーション塗って、化粧までしてるのにヒゲはないだろ、ヒゲは!あんたはマカロニほうれん荘のきんどーちゃんかよ?それとも、そりゃなんかの罰ゲームかよ!
しかし、人を外見で差別しちゃいけないんだ、差別する奴はいつか自分が差別されても、それを受け入れるしかないからな。
俺は平気のへーざだぜって顔で、『迷っておいでなら、ご案内しましょうか』なんてかましたんだ。すると、ヒゲオバサン、これまた嬉しそうな顔で言うんだよ『あたし、地下鉄の改札がわかんなくなっちゃって…、よかったら教えてくださる?』ってね。俺はとっさに『改札でしたら、僕も今からそちらの方にまいりますから、一緒にお連れしましょう』って言ってしまったんだな。
そしたらヒゲオバサン、にっこり笑って、ありがとうって腰をくねくねさせながらお礼を言うんだよ。マンガだったら、絶対にハートマークが、おばさんの廻りに描かれていただろう。まいったなぁ、まったく…。

HomeTown
そんなこんなで俺は、ヒゲのオバサンを連れて歩きだした。オバサン、なんだか嬉しそうだぜ。で、歩きながら俺に言うのさ『あんた、イイ男ねぇ』ってね。俺は焦ったぜ。今夜付き合わないかって言われたら、問答無用で、ダッシュしてたろう。写真でお届けしてるような方なら、お付き合いしてもイイかもしれないが、ヒゲオバサンじゃねぇ。これは差別とは言わないよな?
ヒゲオバサンのトークは続く。『名古屋の地下街って、広くて込み入ってるでしょ、だからアタシ、分かんなくなっちゃって、困ってたのよ、助かるわ〜。ところでアナタ、お化粧してんの?』 化粧?なんのこっちゃ?『いえ、してないですけど』『あらあら、そうなの?アナタの目、アイラインひいてるのかと思ったのよ』 俺は色が黒い。だから、目の回りの粘膜というか、目の輪郭部分の色素が一段濃くなっていて、見ようによってはそうも見えなくもない。ヤバい、このオバサン、俺の事を同類と思ってないよな?俺は必死に、しかし気にもしてないって口振りで、『あぁ、そりゃ生まれつきなんです』って言うのがやっとだったぜ。
『本当にイイ男ねぇ』なんてダメ押しされた頃、改札が見えてきた。やった!『ほら、あの階段を昇ってすぐ右が改札ですよ』そしたらオバサン『あらあら、ホントにありがとう。またどこかで会いましょう』だって。オバサン、切符を買って改札に消えていったぜ。Thanks God! こうして俺はなんとかピンチをまぬがれたぜ。
今の俺ならもっと余裕で状況を楽しめたんだろうが、いかんせんハタチそこそこのボーヤじゃ、無理だろ。しかし、こうしてみると、俺は昔からホモとかの人に好かれるんだなぁ。俺は若い女の子に好かれたいんだがね。なかなか人生、そうも行かないぜ。
まぁ、それが人生さ、ロックンロールさ。

2011/01/05

Post #48 Transgender #1

OK! 今日はちゃんと約束通りプリントしたぜ。皆の衆、お待たせしたぜ!
年が明けて、ドバドバ仕事のオファーが入ってくる前に、この写真をプリントしたくって、去年の暮れにフィルムを現像に出した時、年内中にあげてくれって無理を言って、年も押し迫った31日に引き取りに行ったんだ。店長のクリハラ君、いつも無理を言ってスマン。こんな俺を許してくれ!
とはいえ、今日ははや5日。そろそろ世間はごそごそと仕事をはじめだすころだ。仕事の電話もちょぼちょぼとかかってきた。暗室にこもっていると電話もすぐには出られないんだ。何せ、大抵露光している時に電話はかかってくるからね。電話がかかってきちゃ、停止液に突っ込むまでしてから、暗室から出て、電話をかけなおす。すると、コーヒーでも飲むかってなるんだよな。我慢すればいいんだけど…。そんなこんなで20枚くらいしか焼けなかったんだ。
しかも、東北や北海道に住んでいる人にしてみれば、ここらの寒さなんか知れているだろうが、寒さの厳しいこの季節、現像液の温度が下がって、ノリがいまいちだ。洗ってみると、ビミョーに現像ムラがあるじゃないか?まいったなぁ…。
しかし、しかしですよ、新年早々気落ちしていても仕方ない。巧くいく時もありゃ、ダメな時もある。それが人生だ、ロックンロールだ。ここは一丁、気を取り直していくぜ。
それでは、お送りしよう。名古屋のニューハーフ嬢だ!

HomeTown In The MidNight Hour
彼女?の名前は…、スマン、酔っ払ってて忘れた。面目無い。次に行く機会があったら、しっかりきいておくよ。名刺とかもらってね。
どうだい、君もニューハーフってきかなきゃ、そうだとは気が付かないだろう。まったく、その辺を歩いてるおねーちゃんと、まるっきり見た目変わんないぜ!長年ネーチャン・フォトグラファーをやってる俺が言うんだから、間違いない。これなら俺、一日連れて歩いてても、問題なしだぜ。
これからは写真を撮るときに、相手がニューハーフかどうか確かめたほうがいいな。声を聴いたらだいたいわかりそうなもんだ。けど、よく考えたら、写真には、ついてるか、ついてないか、もしくはかつてついていたか、なんてことは写らないから、気にする必要もないか?今まで通りにガンガン行きゃいいさ。君も女の子だと思って声をかけたら、実はニューハーフだったってことがないとは限らないぜ。楽しみだな。
しかし実際のところ、そういった人とお近づきになるチャンスってなかなかないからな、それはそれで、なかなかに面白い人生の展開かもしれないぜ。
まぁ、俺なら一向に差し支えないけどね。
写真も人生も、ひたすら来た球を打つ、来ない球は打てないって方針だからな。それもまた一興だぜ。
HomeTown
何と言っても、彼女?達の肉体的なモノにも興味はあるんだが、それ以上に俺は、彼女?達の心の中に興味があるのさ。いつも言うようにね。
人間はそれだけでひとつの完結したちいさな世界を持っているんだ。だから俺は、個々の人間を知ることは、この世界を知ることに、ダイレクトに繋がっていると思っているのさ。
一体全体、彼女?たちからは、この社会はどんなふうに見えているんだろう?
彼女たちには、酔っ払ってニューハーフにデレデレするおっさんたちは、どう見えているんだろうか?きっとフツーのキャバ嬢たちとは見え方が違うだろう。なんて言っても、元男性なんだからな。
どういう経緯で、今の姿になったんだろうか、とか、今日に至るまでに、どんな物語を生きてきたんだろうかとか、考え出せばキリがない。もちろん、これはニューハーフに限らず、どんな人間でも同じなんだが、やはり気になる。
しかし、彼女?たちもまた、こっちに関して興味があるのが、キャバ嬢同様、俺の財布の中身だけだとしたら、サミシー限りですなぁ~。
まぁ、いずれにせよ、もしも機会があったら、ぜひゆっくり話を聞いてみたいもんだぜ。酒じゃなくて、コーヒーでも飲みながらね。
もし、このブログを見ている人に、そんな人がいるのなら、君の声を聴かせて欲しいぜ。

OK! 明日もこのシリーズで引っ張ろうか?
それでは諸君、しばしの別れだ。また会おう。