2011/01/02

Post #45 Daddy Rolling Stone

HongKong
今年の正月は暖かい。俺は歩いての自分の住んでる町の神社に初詣に行ったんだ。俺の住んでる町は、この神社の名前をとっているだけあって由緒ある神社らしいんだが、かつて俺はこの神社で初詣した次の日に、ヴェスパで事故って大腿骨骨折、入院と同時に失業というスゲー苦境に陥った経験があるので、毎年かならず行っているわけじゃない。
それに神社に欠かせない森が、第二次大戦の空襲で社殿諸共に焼き払われてしまったので、神社特有のマイナスイオンたっぷりのキーンと張りつめたような、神聖さを感じさせるような空気感が感じられないんだな。行くといつも、屋台の焼き鳥やたこ焼きの香りが立ち込めていて、神域ってカンジがしないんだ。俺はいつも、エルサレムの神殿の前から露店商を叩き出したイエス様の事を思いだすのさ。
さて、拝礼のあとで引いたおみくじは小吉。可もなく不可もなしってカンジだね。小市民的な穏やかな暮らしがイメージされてくるぜ。あんまりロックンロールなカンジはしないな。

で、俺は今夜一年振りにオヤジの家に行ったんだ。オヤジは俺の家から歩いて行ける同じ町内に住んでいるんだが、近いとかえって行かないもんだ。まぁ、お互いに自己主張が強く、それがお互いに鼻につくから、いつもなんだか気まずくなってしまうんだなぁ…。
オヤジは70歳。しかし、元気極まりない。介護なんか必要ないぜ。未だに独りで商売し、随分年下の資産家の未亡人の彼女がいるんだ。それどころか、お袋が死んでから30年近く、いつも女がキレた事がないっていうドン・ファンぶりだ。その前の彼女は、俺とさほど年の変わらない人だった。まぁ、女の趣味はともかくとして、これはスゴい事だぜ。ストイックな俺は、オヤジのこの女出入りの激しさが好きになれなかったんだが、最近認識を改めた。ある意味尊敬に値することだ。
中学卒業と同時に社会に出て、繊維関係一筋で56年だってよ。いつも自慢たらたらだから、素直に感心できないんだが、確かにたいしたもんだぜ。そう、仕事師だ、ヤリ手だ。
だから、お袋が生きていた頃には、家にいることもまれだった。俺はガキの頃、遊びに連れていってやると言って日曜に連れ出され、オヤジが一日ゴルフをしているあいだ、ゴルフ場のクラブハウスの片隅で、本を読んで待っていた事もある。放置だよ、放置。車の中だったら、熱中症で死んでただろうよ。お袋は子どもを連れて実家に行く準備をしていたのに、オヤジがかえって来なかったために、実家に行けなかったって事もあったな。すっぽかされたんだ。
とにかく、金儲け以外にはゴルフぐらいしか興味のないオヤジだったんだ。もちろん、自分じゃカップ麺すら作れないような人だった。
それが、今日行ってみて驚いたぜ。俺にとっては、21世紀になって最大の驚きだ。
なんと、オヤジは料理教室に通っているらしい。
Paris
70にして『初めての男の料理教室』だとさ?参ったぜ。しかも、自分で材料を準備して、すき焼きをご馳走してくれたんだ。しかも、しかもだ、食器まで自分で洗ってたぜ!死んだお袋が見たら、思わず墓から這い出してくるんじゃないかって、俺は気が気じゃなかったぜ!
まったく、人はいくつになっても変われるもんだ。
この調子なら、俺のオヤジは長生きするだろう。あと30年は死にゃしないさ。
俺の友人のオヤジさんは、家で転んで圧迫骨折で、介護サービスが必要になっちまったらしいんだが、そのことを考えると有難い事だぜ。オヤジ、俺より長生きしてくれよ!
オヤジは食事の後に、俺が生まれた頃の備忘録を見せてくれたぜ。それを見ると、まだこの地球に来たばかりのいたいけない俺に、過大な期待をしていたのがわかる。期待通りにならなくて悪かったな。誤算だらけのこの世界で、人生打率3割行けば、大したもんだと俺は思うが、どうだろうか?
そのページにテープで貼られた一枚のカラー写真、そこにはまだ24歳のお袋が、生まれたばかりの俺を抱いている瞬間が、半永久的に固定されていた。俺は思わず、目を瞠った。
お袋は、まだ頬にニキビなんかあって、俺が憶えているイメージとは随分違っていたんだ。まるで、そのあたりの女の子みたいだ。不思議な感覚だ。思わず、この女の子に、よく頑張ったねって言葉をかけて労ってあげたくなったぜ。
あぁ、そういえば、そんな年頃の女の子なんて、キャバ嬢くらいしか話す機会がないなぁ、最近。俺は不思議と年寄り、オバハン、偏屈な職人のオヤジ、若者、子供には大人気なんだが、金回りのいいオッサンや若い女の子には不人気なんだョ、悲しいぜ。
他にも、仕事場を記録したモノクロのスクエアフォーマットの写真もあった。もう還暦を過ぎた叔母がまだ二十歳くらいで事務をしている。
もう既になくなってしまった会社の倉庫で出荷作業をしている。
なんつうリアリティーだ。眩暈がしてくるような感覚だ。
俺はこれを見て、写真のスゴさと切なさを、時空を光速で流れていく現実の移ろい易さと儚さを、正月そうそう、実感しちまったぜ。
そうだ、もっと今年はリキ入れて写真を撮るぜ!老後の楽しみのためにもな。

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