2011/02/12

Post #88 Photographica #3

世間は3連休だ。俺もはたから見ればまるっきり休みに見えるだろうが、暫くしたら夜の仕事に出撃だ。初見の方は水商売の関係者だとか勘違いしてもらっては困る。男の仕事さ。
毎日の忙しい中を縫って、またもや写真集を買いに行ってしまった。愛知県美術館の地下にある、NADIFF愛知で買ったのさ。ここは、お店のおねーさんが、みんななんだか芸大とか通ってたような雰囲気を、つまり美術芸術に理解が深そうな雰囲気を漂わせていて、お気に入りなんだ。機会があったら、お茶でも飲みながら、いろいろと語り合ってみたいもんだぜ。さらに言うと、ここは自費出版物とか限定ものとか、他の美術館で行われた展覧会の図録なんかが、コンスタントに入荷する素敵なお店だ。これは、スパークスさんにとってありますとか言われると、うむ、つい買ってしまうな。今回も危うくもう一冊買いそうになってしまった。
俺は、酒にも弱いが、愛想のいい女性には弱いんだ。それでいつも失敗するのさ。
ちなみにPhotographicaてのは『写真愛好者の蒐集物』という意味で使っているんで、雑誌のPHOTOGRAPHICAとは、何のかかわりもないんだぜ。俺はもう何年も写真雑誌は買わないしな。だから、誤解しないでほしーし、それでとやかく細かい事言わないでほし―ぜ。頼む、面倒は私生活や仕事だけで沢山なんだ!

あぁ、そう何を買ったのかって、うん、また森山大道なんだけど、今度は『津軽』(2010年11月27日タカイシイギャラリー刊 限定1000部)さ。俺はさしずめ、森山大道の大旦那さんってとこだぜ。
この津軽は、1976年に森山大道が青森県五所川原市周辺で撮影した写真から構成されている。
いつもながらのざらついた荒れた粒子。重く曇った空は、一様に鉛色の粒子となって人々や建物を覆っている。それがまた俺には生理的にグッとくる。カッコEぜ。
ほぼ同時期に撮影されていた『北海道』でもそうだけれど、すでに21世紀の今日から見ると、あまりにもエキゾチックだ。この写真が撮られた頃に、小学生を職業にしていた俺が見ても、十二分にエキゾチックなんだから、今これらの写真を平成生まれの若い人たちが見たなら、一体ぜんたい、どう感じるんだろうか?興味があるところだぜ。読者さんに若い人がいたら、頼む、教えてくれー!
森山大道 『津軽』2010タカイシイギャラリー刊行
ショーウィンドーの中から見つめる古ぼけたマネキン、エロ映画のポスター、寂れた町を行く老婆、荒野のような風景、その中を駆け抜ける子供…。イカにもたこにも森山大道の写真に、今までも繰り返し取り上げられてきたモチーフが、シーケンスのように、ローキーのモノクロで繰り返される。
それは、近年撮影されているサンパウロやブエノスアイレスなどにも通底するものがある。悪く言えばマンネリなんだが、マンネリのどこが悪いんだ?
無論、俺にマンネリだって糾弾するような資格は全くないし、そんな意図もない。ファンだからな。仕方ないぜ。
スゲー奴には2種類あって、ピカソみたいに次々と自分のスタイルを否定して前進していくタイプと、自分のスタイルが定まったら、そのスタイルに固執し続けるタイプだ。
森山大道や荒木経惟は、俺が思うに後者だ。特に好きだっていう人以外には、一冊一冊の差異は明らかではないだろう。俺もいつもの森山節、毎度おなじみ荒木節と感じる。
しかし、カッコEンだから仕方ない。ロックの世界でも、凄い奴は、何年何十年たってもブレテない。根本的に変わらない。個々の作家のもっている資質やスタイルと、その時々の流行=ファッションとは、必然的に相反するときもあるのだ。ファッションのように移り変わるのを優れていると感じるよりも、頑固に自らのスタイルを貫いていくタイプのほうが、好きだな~、俺は。もちろん人それぞれだし、ファッショナブル=流行に敏感なほうが、商業的には成功するんだろうけどもね。

森山大道は70年代中ごろから、メディアに飽きられ始めていたのは事実だと思う。森山大道自身も、映画『≒森山大道』の中でも語っていたけれど、1972年の写真集『写真よさようなら』で、写真を脱構築、解体しつくしてしまったために、自分の写真に対して徐々に手応えを感じられなくなっていった時期にあたる。その中で、遠野、北海道、津軽と、写真の手ごたえを再びつかむために旅を繰り返したのだろう。70年代末には、睡眠薬に逃避し、体重も40キロ台に落ちてしまったというのはよく知られた話だ。
それは、81年、荒木経惟が活躍していた伝説の写真雑誌『写真時代(懐かし~)』で『光と影』を連載を開始するまで続いた事だろう。このころのことを森山大道自身が書いている一節が、俺の印象に強く残っている。OK、引用しよう。

『時代を明確に想定しえない精神は、ひたすら壊死に向かいはじめていた。相変わらず出口が見つからないのではなく入口が見つからなかった。そうしてある日気づいたら、身のまわりには、たたずんでいる僕と、ほこりをかぶった一台のカメラと、そして太陽だけが残っていた。ある晴れた日、ふとそれだけを認識したとき、僕のなかにひとつの臨界点が生まれた。そして、僕はもうためらわずにカメラを持ち光の中に立った。僕の前には僕の影が在った。それだけで充分だった。僕はその地点からふたたび歩きはじめ、そして一冊の写真集「光と影」を作った。そして僕は、もう二度と立ちどまるつもりのない時間に向かって出発した。』(森山大道 犬の記憶 そして光と影より)

『北海道』『津軽』そして80年代の『THE TROPICS』など、この出口の見えない時期に、足掻くようにして繰り返された旅行で撮影された、ほぼ未発表の写真が見られることが、俺にはうれしい。そして、そこにはやはりぶれていない森山大道の姿を見いだすことができる。
そう、今になって思えば、ぶれていたのは時代のほうで、森山大道は一本芯が強固に通っていたんだなと、しみじみ思う冬の一日だったのさ。
俺の好きなポール・ウェラーも言っていたっけ。『僕は間違っていない。間違っているのは社会の方だ』って。こんな確信をもって生きていきたいもんだぜ、まったく。一歩間違うと独善だけど、自分の人生なんだ。開き直ってガンガン行きたいもんだぜ。つまんないことに悩んでいる暇はないのさ。

では諸君、失礼する。また会おう。男の仕事が俺を呼んでいるのさ。

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