2011/04/28

Post #167 Fragment Of Amsterdam #1

今夜は連れ合いと一緒にフィギアスケートを見ていたら、すっかり遅くなってしまった。迂闊だったぜ。今朝はすっかり明るくなってから眠りにつき、仕事関係の宅配便が来たことにも気づかず、例によって昼過ぎまで眠り、これじゃいかん、今日は月末だ、銀行に行って支払いをしなくてはって飛び起きて、おっとり刀で銀行に向かい、いそいそと振込を済ましてきてから、さぁ、プリントしようぜって勢いでプリントしたんですがね、なんだか睡眠不足ってのか、最近の国内時差ボケ状態のせいで、どうにもこうにも集中できず、途中で昼寝なんかしちまったくらいで、結局15枚くらいしかプリントできなかったぜ。
不覚だ。
しかしまぁ、生業のほうは震災の影響なんかもあって、5月はズイブン暇そうなんで、引きこもってコツコツプリントするってのも、一興かもしれないな。なんてったって、プリントしたいネガが、軽~く5、600枚はあるからね。こんなペースでちんたらやっていては、俺が生きてるうちに終わらないぜ。だからといって、デジカメに移行する気は、もちろんさらさらない。ここは大事なポイントなんで、もう一度言おう、デジカメに移行する気は、まったくないんだぜ!
Amsterdam
それはそうと、『たまには写真やカメラについて話そうかな #4』は、このブログの中で、一番地味にPVを伸ばしているロングテールなんだが、どうしてだろうかと思い、ちょっと見てみると、CONTAXで検索をかけると、かなり上の方にヒットしてくるわけだ。かつて、ライカと写真界を二分したコンタックスが、今では誰からも忘れられ、俺のようなおっさんのたわ言のようなブログが、世間の皆様のコンタックスに関する、情報源になってしまうとは。悲しいことだ…。
ふと、興味が湧いきて、同じ検索条件でヒットしている他のブログを見て、俺はひっくり返った。
俺の愛機ContaxⅢaを、堂々と戦前の古いカメラだと抜かしている奴がいる!当節流行のカメラ女子だとしても、これを大目に見るつもりは、さらさらない!真実は常にひとつ!と名探偵江戸川コナン君も言っているではないか!
興味のない向きには何のこっちゃだろうが、あえてここではっきり言っておこう。
あのキャパも使ったContaxは戦前も戦前、1936年にツァイス・イコンが発表したⅡ型。これに露出計を載せたものがⅢ型。レンズにはCarl Zeiss Jena(イエナと読むのだよ。ドイツ東部の街で、カールツァイスの創業の地だ)と刻印されているはずだ。
戦後に、東西ドイツ分断によって、巨大光学機器メーカーCarl Zeissも東西に分断され、企業体力はがくんと低下した。何と言っても本拠地のイエナはソビエト軍に接収され、生産設備は、ごっそりそのまま、技術者もろとも、ウクライナのキエフに持っていかれちまったからだ。まぁ、ゆとり世代の若い衆は、ドイツが東西に分断されていて、1989年にベルリンの壁が崩壊したことをきっかけに、共産主義の東側と、資本主義の西側に分断されたいたドイツが統合したって歴史も、ご存じないかもしれないが。
斯く言うツァイスも、イエナの東側と、アメリカ軍によってドイツ西部の街オーバーコッヘンに拉致同然に移住させられた技術者たちによって再建された西側のツァイスに分かれてしまったのだ。そして、1991年にカール・ツァイスは東西統合するまで、それぞれが本家争いを繰り広げていたのだ。
その本家争いの真っただ中、ほとんどゼロから再建された西側のCarl Zeissから、1950年に発表されたのが、戦前のⅡ型のシャッタースピードや操作性を向上させ、一層の小型化を施したⅡaで、翌年発売されたのが、露出計搭載モデルのⅢaだ。間違えてもらっては困る。
特殊なものを除いて、そのレンズにはZeiss Optonと書いてあったり、Carl Zeiss W Germanyと書いてあるはずだ。どこぞのエー加減な中古カメラ屋のオヤジの話しを真に受けたのだろうか?俺は、必ずこういうことを書く際には、信頼できる文献に当たり、極力間違いの無いように心掛けているつもりだ。以前も紹介した竹田正一郎センセーの本を読んでみてくれ。
カメラや写真に関して、もっと歴史を学んだ方がイイぜ。カメラの発展の歴史は、確かに自動化の歴史ではあるが、その過程を学ぶことで、露出やシャッター速度の関係、レンズの特性と開放値に応じた描写の変化、そしてレンズの個性に基づいてどんな描写が生み出されるのかを理解することができるってもんだ。単に、シャッター押せば写るっちゅうもんじゃないんだぜ。
そして、自分の撮影しているモノが、その辺の子猫や花鳥風月やモデル撮影会でも、今日までどのような写真家によって、どんな写真が撮られてきたのか、そしてそれがその当時、どのようなインパクトを持っていたのかを学ぶことはヒジョーに重要なんだ。写真集や写真展に足を運ぶんだ。そうすれば、君の写真に必ずや奥行きが出ることだろう。まぁ、俺が言っても説得力ないかな。
音楽も文学もそうだぜ、昔のスゲー奴らの業績や傑作も知らずに、イイ気になってるようじゃだめだ。まさに、温故知新だ。後ろに進むことによって、前に道が開けるんだ。しかも、最短でね。
まぁ、Contax Ⅲaは戦後のカメラだよってことが言いたいだけなんだけどね。もしかしたら、その人の言う戦争はアフガン戦争とか湾岸戦争かもしれないけど…。

まぁ、それはどうでもいいか。
今日はアムステルダムの写真をお届けしよう。
de Dam,Amsterdam
さっきも言ったように、今日はフィルム一本分、15カットしかプリントしていない。具体的に言うと、アムステルダム郊外のスキポール空港駅のホームから、アムステルダム中央駅を経て、サムソナイトをごろごろ転がしながらホテルに向かい、一息ついてカフェを探しに出たところまでだ。俺の旅はこうして、プリントすることで濃縮され、熟成した記憶として脳みその中に定着されていくのさ。

写真はアムステルダム旧市街の中心、ダム広場で見かけたおねーさんだ。どう、いい女だろう?日本だったら、こんな格好でうろうろしてんのは、風俗嬢と相場は決まっているが、さすがにオランダは違う。
なんか俺に話しかけてきて、パンフレットをもらったけど、俺はおねーさんの半分はみ出たおしりにばかり気をとられていて、何を一生懸命、こんな格好で伝えようとしてるのか、イマイチわかんなかったんだ。
まぁ、パンフレットを見たところ、これまたオランダ語ばかりなんだけれど、想像するに家畜を飼育するのにも、出来る限り愛情を持って、家畜が苦痛を感じないようにしてあげよう、そして感謝して食べよーみたいな話なのかなって想像したんですがね。子豚の写真とかのってたし。しかし、だとしてもこの格好でアピールする必要性って、あるんですかね。俺は嫌いじゃないけど…。

読者諸君、また会おう。これからコツコツプリントしていくぜ。まだまだこんなのは序の口だ。35本のうちのたったの1本だ。これからもガシガシ行かせてもらうぜ。楽しみにしていてくれ!

2 件のコメント:

  1. ご無沙汰しております。
    今回の投稿の内容はとても参考になりました。
    私が普段お世話になっておりカメラ屋は修理が専門なのですが、
    zeissが好きでsparksさんと同じような内容をよく聞かせてくれます。
    zeiss、いいですよね。使ってみたいです!

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  2. Kentifold さん!こちらこそ御無沙汰してます!
    なかなか更新もされていらしっゃらなかったんで、いささか案じてました。嬉しいです!
    それはそうと、Zeiss 機械があったら使って見て下さい。Mマウントに合うものでしたら、コシナの出してるMZ マウントのシリーズがよいでしょう。
    しかし、旧コンタックスRF機の玉は味があっていいと思います。標準で付いてるゾナーF 1.5もえーレンズですよ。僕の使ってみたいのはテッサーF3.5です。ではまた、そちらにも伺います。

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