2011/04/18

Post #156 Provoke #3

ふふふ、読者諸君。俺は昨日の夜から今日の夕方まで、みっちりと働いてしまった。連れ合いには、あんたってガメツイ男ねとうんざりされてしまったぜ。ついでに、仕事仲間のゲイが、やたらと朝からハイテンションで、今朝、一緒に現場へと向かう車の中、一睡もさせてくれなかったために、つまらぬ諍いになってしまったくらいだ。
実につまらぬ諍いだ。
久々に俺に会ったゲイの彼は、なんだかテンションが上がっている。ほとんどシャブ食ったような状態だ。現場に向かう車の中では、ずっとはしゃぎっぱなしで高速道路をすっ飛ばし、俺は眠るどころの騒ぎじゃなかった。ほとんど、脳内麻薬でまくりの彼の運転で、高速道路で帰らぬ人となる運命だと思ったほどだ。予想では、帰りの車の中でも、きっとハイテンションでくっちゃべって、俺を寝かせてくれないだろうな。しかしだ、今日の夕方まで仕事をした時点で、すでに俺自身はとっくに体力の限界を迎えていたんだ。少しでも眠りたいという生理的な要求に突き動かされた俺が、『あんたには悪いけれど、俺は眠りたいから電車で帰るぜ』と言うと、相手は、なんて失礼なと怒る。双方、くだらない応酬をひとしきりした挙句、俺は『あんたの運転する車でぐっすり眠ったとして、目が覚めたら、ラブホテルの一室に連れ込まれて、オカマ掘られてたなんてのは御免だぜ!』と啖呵を切っていたんだ。
かなり険悪になって、お互いにもう二度と一緒に仕事しないとまで言うほど緊迫した事態になっちまったんだが、今考えると、ヒジョーにおかしー。幸い、和解が成立して俺は無事に帰ってきたんだが、なんで諍いになったのかも、正直よくわからないくらいだ。
まぁ、人間、眠っていないと、イライラとしてよくないもんだ。

さて、そんなことで、今日の更新は日付変更線を越えてしまうことになる。カンケーねぇか、そんなこと。地球がくるりと回っただけの話だ。気にするほどじゃないか。

よし、今日は例の消耗品軍団へ第3弾をお見舞いするぜ。覚悟も本気も無しにテキトーなこと言いやがったら、俺は容赦しないんだ。ここまで来たら論破なんかじゃない、殲滅だ。
もう一度、彼のコメントをここに引用しておこう。
『福島原発行って、モグリで写真撮ってくるくらいの気迫がほしいな
五感に訴える何かがたんねーな
あと写真に色つけもほしいな~ 全部同じものに見えちまうよ
魂の乗ったエクスペンダブル・フォトグラファーになれるよう努力が必用(原文ママ)
一般的な人間には写真も文章も??ですよ』

以上の異様に人を舐めきった文章のうち、“福島原発行って云々”の件は、昨日のPROVOKE #2にて、対応させてもらったぜ。正直言って、五感にクソが詰まったような手合いには、どんな写真も訴えかけてはこないだろう。もっとも、写真は視覚にしかかかわらないが。写真を見て、音が聞こえたり、においや味を感じたりしたら、比喩としてはおもしれーが、本気で言ってたら、シャブ中か共感覚者のどちらかだろう。
また、“魂の乗ったエクスペンダブル・フォトグラファー云々”の件に関しては、先日のUnexpendable photographにて言及したとおりだ。消耗してんのは、彼の魂だか精神のほうじゃないのかね?
“一般的な人間には写真も文章も??ですよ”に関しても、PROVOKE #1にて、俺の姿勢は表明しておいた。一般的なモノがいいんなら、正直言って、俺のところなんかに来ることないんじゃないですか?といいたいが、自分自身は、ストリート・フォトグラファーちゅうのは、リアルな世界そのものと対峙するスゲーカッコいい存在だと思っているので、俺からするとこれこそ写真の王道で背骨で、アルファにしてオメガだと考えているんだ。まぁ、百万言費やしても、分からん奴には、きっと死ぬまでわからんもんさ。かまやしねぇが、ちょっかいかけるのは目障りだ。

今日は、モノクロ写真に関して論じてみよう。
これはもちろん、消耗品軍団のコメントの中の、“あと写真に色つけもほしいな~ 全部同じものに見えちまうよ”に焦点を当てたものだ。もちろん、これは俺とモノクロ写真という極めて限定された話しだ。Are You Ready?

まずたとえ話をしよう。君はなじみのうどん屋でうどんをつるつる食っていたとする。そこに、ふいと一見さんが入ってきて、うどん屋のオヤジに、ラーメンを注文するんだ。オヤジは、うちはうどん屋なんで、ラーメンはおいてないっていうんだが、このお客、ぱらぱらとメニューを見ては、『全くシケタ店だなぁ。トンコツや激辛台湾ラーメンだのはないのかよ、背油たっぷりと浮いたような奴はないのかよ?タヌキだ、キツネだ、月見だって?どれも同じ味だろう』と、無体なことを抜かしやがる。
オヤジは、うちはうどん屋だからあるわけないって言っても、このお客、うだうだとこんな味のしないようなうどん喰いもんじゃねぇって態度だ。酷いな。食文化の違いを考慮していないのかよ、この馬鹿野郎は。君は傍で見ていて、イライラしたりするのさ。

Fukuoka
ラーメンが喰いたいやつは、うどん屋に行く必要はない。素直にラーメン屋に行けばよいのだ。
俺は、モノクロうどんのオヤジで、たまに定食で色のついたもんも出してみるが、あくまでそこはモノクロうどん、お品書きの主力はうどんかそばだ。まぁ、蛇足ながら名古屋人の俺にはきしめんも味噌煮込みうどんも捨てがたいが。まぁ、この辺は中判とかの味わいか。
うちの3軒隣には、銀塩ラーメンもある。あそこのオヤジは、昔馴染みで気心知れてら。合成調味料ですっかり麻痺しきったあんたの舌に合わないようなら、そこの角には、今風のスープのデジタルラーメンがある。うちのうどんに不服なら、そっちに行っておくんなさいってなもんだ。

30を過ぎたころ写真をはじめた。世紀末は目前だった。俺のすんでいる小さな郊外の街でも、昭和の香りが漂うような路地や横丁、古い家並みなんかがいつの間にか壊されてゆき、ふと気が付くとコンビニや駐車場になっていった。俺は、積極的にではないが、そんな景色を見かけると、惜しむように写真に撮っていった。
写真をはじめて何年かした頃に、森山大道を知り、意外なほどに自分の写真が、森山大道の写真の系統につながっていることを知って驚いた。また、彼の『犬の記憶』を読み、写真に関して同じような考えを俺も持っているなと気が付いた。もう10年近く前のことだ。何処がどうってのは、この際バッサリ割愛する。

当時俺は、リバーサル・フィルムそれもKODAKのE100VSという彩度の高い、異様にケバイ仕上がりのフィルムを常用していたんだ。夕焼けの空は燃えるように赤々と写り、木々は目にも鮮やかな緑色だった。ISO100の感度しかないにもかかわらず、積極果敢に夜の街を撮影すると、光は流れ、人物は歪んだ。写真によって、俺が見ている世界はこんなにも変容するのかと、驚いた。
HomeTownずいぶん昔さ
当時の客先のおじさんが、たまたま俺の写真を目にして、『お前さんは自分でプリントとかしないのか?』と聞いてきたりした。当時はまだ、自家プリントなんて、想定外だった。していないと答えると、おじさんは『それじゃ、写真の楽しみは半減だぞ…』といって残念がっていたっけ。今ならそれはよくわかる。半減どころか、撮影とプリントは、写真術(あくまで昔ながらの写真の技術だ。昭和の香りだ)という車の両輪なのだ。しかし、当時はわかりっこない。なんでも自分でやってみるまではわからないものだ。それに引伸機だって、かなり高価で且つまた場所ふさぎなもんだからな。当時の俺には考えもつかなかったぜ。
森山大道を知ったのは、そんな頃だ。しばらくの間は、モノクロで写真をとれば、森山大道の真似っぽくなってしまうと思い、あくまでもカラーにこだわっていた。実際には、真似ったって、そんなに簡単なもんじゃないんだけどね。
しかしある年の春、愛用していたCONTAX T3が故障したんだ。こいつは70周年記念モデルのブラックボディというマニア受けしそうなやつなんだが、長年の使用で焼き付け塗装には手ずれ、角は色落ち、70周年の記念ロゴの入った正面のパネルは、なんかでぶつけて、えくぼができている。この愛機を修理に出すのはイイ。しかし、その間カメラがないと困るんだよな。
そこで、修理に出す間のサブ機として、ほとんど未使用のT3をもう一台購入した。今度はDate付だ。もちろんブラックだ。
ほぼ同時期に、俺は母方のおじいさんの3回忌の席で、親戚のおじさんから古い引伸機を譲り受けたんだ。俺は薬品を買い揃え、印画紙を買い込んで、プリントという無限地獄に踏み込んでいったんだ。
こうして、T3が修理から上がってきた時から、俺は常に2台のT3をベルトにぶら下げて出撃するようになった。一台はモノクロ、一台はカラーリバーサルで。
友人からモノクロプリントの手ほどきを受けると、プリントの面白さにはまっていった。

何が面白いんだって?
Paris
やってみればわかるよ。
あの現像液の中に印画紙を入れて、画像がジワリと浮かんでくる瞬間のドキドキ。モノクロ印画紙ならではの粒子感。そして、デジタルと違って、わずかな温度や露光時間の違いによって、決して全く同じものが出来ないという不便な面白さ。
真っ暗にした部屋で、赤いライトを点けて、プリントしている時の奇妙な安心感というか充足感。あれはどこか性的なイメージが喚起されるとともに、母胎の中にいるような気分になる。
俺は写真を撮るときに、対峙する世界を自分の足と目とカメラを使って、自分の中に繰り込んでゆき、プリントすることで、自分の中にしっかりと定着させる。

そして、カラーの世界をモノクロで捉えることで、あくまで個別の現実が、一旦色情報を剥ぎ取り、抽象化することで、何かしら普遍性を持ったものに転化するような感覚がある。

読者諸君、悪いけれどこんなわけで俺はモノクロにこだわっている。全部同じに見えるような手合いは、どうぞ余所に行ってくれて構わないぜ。
いや、その前に眼科医に診てもらう方がいいだろう。なんなら、俺の高校の同級生の眼科医、野村君を紹介してやろうか?なかなか面倒見のいいお医者さんだぜ。
俺は俺の道を行くぜ、外野が何を言ったって、構うもんか。そろそろ今夜はおねむになってきたから、この辺で切り上げさせてもらうぜ。
読者諸君、また会おう。夜明けは近い。

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