2011/04/14

Post #153 Unexpendable Photograph

パリのジェフロワ・パッサージュは、1847年に建設された、由緒あるパッサージュだ。パッサージュとは、ガラス屋根を備えた商店街、日本の感覚で言えば、アーケード街ってのに近いのだろうか。
ボンマルシェやプランタンなどの百貨店が出現する前は、パリの人気のショッピングスポットだったようだ。
今回、俺はこのジェフロワ・パッサージュで、素晴らしい写真のあり方についての見本のような写真を見つけた。
ジェフロワ・パッサージュの入り口にはグレヴァン蝋人形館がある。そこから入ってゆくと、お菓子屋さんや骨董店、ステッキ店などがある。このステッキ店を覗くのが、パリの楽しみの一つだ。これを行き過ぎると、突き当りにオテル・ショパンがある。オテルとはホテルの事。フランス語ではHは発音しないからね。このオテル・ショパンで、パッサージュは左に折れ曲がる。そして小さな階段を下りると、そこでまた右に曲がって、パッサージュは続いてゆく。その曲がり角には、古い写真などを扱う店があるんだが、俺がその写真を見つけたのはまさにその古写真屋だった。
それは、大きな額縁に入っていた。
1メートル四方は優にあるだろうという、実に大きな正方形の額だ。
額の中には10段10列で正方形の窓が100個開けられたマットがおさめられていた。
そして、その穴の中には、ローライだろうか、20世紀前半と思われるごく古い時代に撮影された、モノクロの写真が全部で100枚、おさめられていた。
一枚一枚は、なんといいうことのない風景であったり、人物であったりするわけだ。子供や、老人、海辺の漁船、その他諸々。一枚一枚をつぶさに見てゆくと、この撮影者の非凡ならざる力量と、被写体に対する優しい思いが伝わってくる。そして、それは100枚が一つに集積されることで、互いに共鳴し、イメージを増幅させ、いうなれば、一つの世界を生み出していた。

100枚の6×6判の写真たち。

俺はそのイメージの集合体ともいうべき100枚の写真を一つの額におさめた『作品』(作品というのは妥当ではないかもしれない。何故って、撮影者はそれを意図して撮影したわけではないだろうから)の前で、しばらく動けなかった。そして、それを写真に撮ることも躊躇われた。
神聖なものを損なってしまうような、その時を超えた写真たちが放つオーラを、捉えることなど出来っこないと思ったからだ。
幸せな写真たちだ。そして、なんて幸せな撮影者だろうか。
Paris
ヨーロッパに行くと、骨董品店などで、ずいぶん以前にどこの誰ともわからない写真家(それは単に写真を趣味としていたアマチュアの好事家かもしれないね、俺や君たちのようにね)によって撮影された、色あせた写真が結構なお値段で売られている。それらは柔らかなトーンでプリントされた肖像写真であったり、あるいはまた、なんでもないような風景写真であったりするわけだ。そのほとんどは、いささかセピア色に退色していたりするが、それが実にいい味を醸し出しているんだな。
どこの誰が、何時の撮ったかも定かでない、何処の風景ともわからない、誰の肖像ともわからない、セピア色の写真たち。
しかし、それは、かつてこの世界に、この人物が、この風景が、確かに存在したということを、寡黙に、しかし揺るぎなく記録している。
無限に流れていく時の中で、その景色が、後世の人間によって手を加えられ、すでに同じ場所など特定できないほどに変わっていたとしても、その写真に写っている人物を知る人すらも死に絶え、もしその写真に写っている人物の子孫にあたる人が、全くの偶然でその写真を見たとしても、自分の先祖であるなどとは夢にも思わないようになっていたとしても、いいかいみんな、ここからが重要だ、その写真は、かつてその世界にこの場所があったことを、そしてまた、この人物がこの世界で生きていたことを、声無くして語っているのだということだ。

そして、俺たちが目にするすべての風景も、俺たち自身を含めた全ての人間が、生き物が、この時の濁流の中にいずれは呑み込まれ、闇に消えていったしまった後も、写真は俺たちここにいたことを、後世の人間に声無くして語ってくれるのだ。

そう、写真は決して単なるイメージとして消費されていくようなモノではないんだ。消耗品ではないんだ。君が愛用のライカで撮った、君の妻や子供の写真は、あなたがケータイのカメラで撮った彼氏の写真は、それが残っている限り、君やあなたにとって、かけがえのない人々が、かつて確かにこの世界にいたことを、そして、幸せそうに微笑んでいたということを、時の暴力的なまでの破壊力に抗って、後世の人々に語りかけるものなのだ。

ただ一時の視覚的な刺激や欲望を満たすものが写真では、ない。

その意味で、写真はまだ本当にその真価を、重たさを理解されているメディアとは思えない。

写真は、ティッシュペーパーや手帳のリフィル、使い捨てライターや、シャーペンの芯、あるいはプリンターのインクのような、消耗品では決してないのだ。
俺は、いつも本能的に反射的に写真を撮影しながら、狭い暗室で寒暑に苦しみながらプリントしながらも、俺が消え去ったのちも、この世界に残る写真を想う。
そして、自分の撮った写真が、何時の日にか、『詠み人知らず』の写真となって、一枚でもいいから残ってほしいと切望している。出来ればパリのパッサージュで、売られていたなら、きっと幸せだ。
そこに俺が写っていなくても、その写真を撮影し、プリントした俺は、その写真の中に息づいている。その写真が残っている限り、俺はこの無情な時間の流れに、完全に敗北したわけではないと、信じている。

エクスペンタブル・フォトグラファーだと?
けっ!誰だか知らないが、笑わせんな。写真はそんなに軽いもんじゃないんだぜ。俺は、そんなくだらないものになりたくなんかねぇや。

読者諸君、また会おう。写真は素晴らしいものだと再認識できたとことが、今回の旅の最大の収穫だ。心して、覚悟して写真に取り組んでくれ給え。

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