2011/05/30

Post #199 太陽の塔

ここ何年か仕事で使っていたデジカメがとうとうお釈迦になっちまった。仕方ない。何度も脚立から落としたりして、トップカバーは外れそうだった。奴の最後の仕事は例の小学校の遊具の点検写真だったって訳だ。長いこと御苦労さん。いろいろこいつとはいろいろと苦楽を共にした。パリやバルセロナ、イスタンブールやアムステルダムにも連れて行った。地味にイイ仕事をして俺を公私ともに支えてくれた。
ありがとう、RICOH R10。
しかし、デジカメ無しでは俺の仕事は成り立たないんだ。商売あがったりだ。俺は昨日、出張出撃前に、行きつけのカメラ屋で目をつけておいたRICOHの中古のデジカメをゲットしたんだ。OK、これでイイ。外観が多少よれていたって、型落ちだって構うもんか。どーせ仕事カメラだ。お買い得だぜ!
で、俺はフロントグラスに叩きつけるような激しい雨の中、単騎俺の戦場に向けて一路西へと向かったんだ。
雨の高速でのカーチェイスさながらの運転は神経を磨り減らす。仕事にかかる前からクタクタだ。そんな苛酷な約二時間のバトルの末、俺は目的地にたどり着いた。そこで、俺を迎えてくれたのは、太陽の塔だ。 岡本太郎の最大にして最高の傑作、あの太陽の塔だ。
世界の車窓から、今日は大阪府吹田市からお送りします
太陽の塔は、高度経済成長に沸き立っていた40年前のこの日本の国で、人類の進歩と調和という極めて楽天的な未来志向のスローガンを掲げた大坂万博が開かれたとき、その会場のド真ん中に、現れたゴジラのようなモニュメントだった。強烈なインパクトだ。それはまさに、岡本太郎という稀有の素質を持ったシャーマンを媒介にして、顕現した原始混沌の太陽神像だ。
明るい未来に酔いしれる日本人の前に、有史以前のどろどろとした混沌を根にして、ちんけな現在を嘲笑うかのように突き抜けて、遥かな未来へと聳え立つ異様なシンボルとして、太陽の塔は降臨したと俺は思っているんだ。まさに、万博という祭の庭に、超太古の神々を呼び、その荒々しい息吹を閉塞した現代社会に吹き込むためのヒモロギだ。
過去を知ることができれば、未来が見えてくる。
安っぽいペラベラしたパビリオンが全て消え去ってもなお、天に向けて聳える太陽の塔。かっこいいったらないぜ。
俺はハンドルを握ったまま、時速100キロでまだ見ぬ未来に向けて走り抜ける車の窓から、太陽の塔を撮ってみたんだ。買ったばかりのデジカメでね。
こうして見るとマメみたいに小さいがね。 
言わずと知れた太陽の塔
読者諸君、こんな芸当は危険だから、くれぐれも真似しないように頼むぜ。失礼する。今夜の仕事までの一時、写真でも撮ってぶらつくんだ。

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