2011/05/18

Post #187 On The Road #3

今日一日で450キロ車を飛ばして、俺は帰ってきた。
南へと戦線拡大したかと思えば、一旦撤収だ。せわしない事だ。
Turk
独りで車をすっ飛ばしていると、実にいろんなことを考える。
考えすぎて頭がパンクしそうだ。
そりゃマズい。高速道路でのタイヤのパンクもヤバイが、運転中に頭がパンクするのもいただけないぜ。
抽象的な概念が、哲学的ともシャブ中の幻覚とも取れるようなイメージが、次々と浮かんでくる。
俺達が生きてる意味についてとか、『2001年宇宙の旅』のデビット・ボーマン船長のように、肉体を離れた形而上の存在になって、この宇宙の果てまで、時間の果てまでも見届けてみたいとかね。
そういえば、すでに今年は2011年。夢の21世紀もすっかりいろいろあって、まったく色褪せた気がするぜ。かつて、俺がこの地球にやってきた頃に、人々が思い描いていた未来は、いったいどうなったんだろう。中学生の時に初めて見たあの『2001年宇宙の旅』を、久しぶりに見てみたいぜ。
他にも突如として俺を裏切った奴の事を思い出し、はらわたが煮えくり返り、アクセルに思わず力が入ることもある。心の奥にしまい込んだ悲しみのスイッチが突然何の前触れもなくONになり、心臓を鷲掴みされるような感覚にくらくらしたりする。時に涙がこぼれるのは、悲しいからじゃないぜ。運転に集中しすぎて、瞬きするのを忘れているからだ。
Turk
よくない兆候だ。運転に集中したほうがイイ。でないと危険だ。追突したりしてしまうだろう。いつも高速道路を走っていると、こんなカンジなんだ。危なっかしいったらありゃしないぜ。
けれどもし、君が隣に乗ってくれていたなら、そんなこと考えたりしないさ。
もちろん、感情や思考のうねりとともに、加速したりもしないだろう。
もっとゆったりと、この長い道のりを楽しむことができただろう。そんな事を想像するだけで、心がほんわかと温まるのを感じるぜ。楽しみだ。そんな日が来ることを祈ってる。
けれど、隣で眠るのは無しだぜ。運転している時、助手席の人間が眠ってしまうと、不思議と眠たくなってしまう俺なのさ。

人間は、自分の思い描いた事しか実現できない生き物だという。
そうだろう。どんなことも、偶然だけで出来てしまうほどちょろいはずはない。しかし、俺の実感では人間は、思い描いたことの3割も実現できれば、御の字な存在だ。誰もがみな、理想は現実によって裏切られると言うけれど、持って生まれた資質や、時代の流れや社会の状況は、俺達弱い人間がどれだけ努力しても挽回できないこともままあるだろう。しかし、夢や理想がなければ、どこにだって行けやしないぜ。単に現状維持しか出来ないことだろう。これはなかなかに難しい舵取りだ。
その中で、夢や理想の3割を達成できたなら、それはなかなかなもんだと思うぜ。なんせ、打率3割なら、かなりの強打者と評価されるんだからね。大したもんだ。
つまり、人生はナビの通りにはいかないってこった。途中でパンクする事もあるだろう。道に迷うこともあるだろう。脱輪するときだったある。俺は毎日、人生ってのは真っ暗な道を、どこに向かっているかも分からず走るようなもんさって感じているぜ。ときには何故走るのかも分からなくなるくらいだ。
けど、本当に俺達は、どこに向かって毎日走り続けているんだろう?
どこかにたどり着くことは出来るんだろうか?

とまぁ、そんなことばかり考えているうちに、何とか無事に家に帰ってきたのさ。

読者諸君、失礼する。どうだい、こんな俺だけど、助手席に乗ってみないかい?君を怖がらせるような危ない運転は控えるようにするさ。何といっても、明日も夜には車を転がして遠征しなけりゃならないんだからな。念の為に言っとくけど、俺はトラックの運転手とかじゃないからね。

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