2011/05/15

Post #184 Photographica #7

暇だ暇だとぼやいているうちに、やばいことになってきたぜ。そう、仕事だ。仕事の波がやってきちまった。明日からは怒涛の勢いだ。関西方面死のロードだ。毎日車を転がして、見知らぬ街から街へ走り回るのさ。
ごまかした仕事しかできない奴の尻拭きをしに、俺は出かけるのさ。体調もいまいちだと言うのに、ご苦労なこった。しかも、今夜は友人の結婚式の二次会に出なきゃならないようなんだが、これがルーズな奴らの集まりで、未だに場所もはっきり分からねぇと来た。ルーズにもほどがあるってもんだ。お、電話がかかってきたぜ。なにぃ、昨日の場所が違っていた?OK、分かったぜ。19:30だな。急いでブログを作って、明日の仕事の段取りをしないとな…。

さてと、閑話休題だ。

Kabukicho,Tokyo
俺が自分で、写真の個展を開くなら、参考にしたいスタイルがあるんだ。一つは中平卓真が1971年10月10日から16日まで、パリ国際ビエンナーレで行った『サーキュレーション』。中平は連日パリの街で撮影を行い、即現像したプリントを次々と展示していった。今でいう、インスタレーションに近いものだと言えるだろう。

もう一つは、1974年に、東京のシミズで画廊で行われた渡辺克巳写真展『初覗夜大伏魔殿』だ。
この写真展を企画したのは当時カメラ毎日編集部員だった、故・西井一夫だった。西井さんの遺著『20世紀写真論・終章』(青弓社刊)にそのあたりの事を記した件がある。引用してみよう。

『…前略…ナベちゃんの写真をベニヤ板に張り、そのベニヤ板を画廊の床に敷き詰め、壁にも一面写真をくまなく張り巡らし、ついでに、夜の新宿で拾ってきた映画の看板とか、キャバレーのホステスの衣装とかポスターとかも貼り付けて部屋中写真と新宿のごみ箱のようなギトギトにしちゃおうと企画した。ナベちゃんが新宿でしているのと同じ体験を見に来た人にもしてもらおうと、会場では来た人のポートレイト写真を撮り、翌日には会場に展示する、という試みもやり、後日来て自分の写真が気に入った人には代金引き換えに写真を売る、という商売にもした。』
その西井一夫も、渡辺克巳も、とっくにこの世にはいない。


渡辺克巳は、新宿で流しの街頭写真師として活動を始めた写真家だった。流しの写真師とは、今のように誰もがカメラを持っていなかった頃、お客の写真を撮ってプリントし、翌日手札版3枚200円でお客さんに売るという商売だ。渡辺克巳の仕事場は新宿。そのお客は、ヤクザ、トルコ嬢(今でいうソープ嬢だ)、ヌードスタジオのモデル、オカマ、ホステス、芸者、暴走族、パンク、ロッカーそして浮浪者、さらに時代が下るとホスト、コギャルなど新宿の夜に蠢く人々で占められていた。
渡辺克巳は、正直に言って著名な写真家ではないかもしれない。しかし、その写真からは、世間から追われ、新宿という『アジール』に流れ着いた人々を、温かく見つめる視線がある。肩で風を切るチンピラや全身に彫られた刺青を誇示するヤクザモノに対しても、その視線は揺るがない。渡辺自身は、50を超えてから授かった息子さんに『悪い奴はいねぇ、哀しい奴はいる』と語っていたそうだ。
そんな街頭写真師でいつまでも生計が成り立つわけでもなく、写真館経営、焼き芋屋、週刊誌のカメラマンなどさまざまな仕事をしながら、ライフワークとして夜の新宿に集う人々を撮り続けた。

手元に、渡辺克巳の三冊の写真集がある。
渡辺克巳の写真集三冊「Hot dog」、「新宿、インド、新宿」、
「Gangs of Kabukicho」(L→R)
一冊はワイズ出版から2001年に出版された『Hot Dog 新宿1999-2000』
浮浪者、コギャル、飲み屋のママ、ホステス、夜の歌舞伎町に集う人々のスナップとポートレイトで構成されている。もちろんモノクロ。
次いで、New YorkのPPP Editionsから発行された『Gangs Of Kabukicho/歌舞伎町』
先にもあげたようなアウトローたちの肖像で全ページぎっしりみっしりだ。これもモノクロ。
どちらも見ごたえがある。強力な写真集だ。ずらりと居並ぶ半裸のヤクザ者、その肩や胸や背中には極彩色の刺青がビッシリだ。そんな男たちを前にしても、渡辺克巳の写真は揺るがない。オカマ、ホステス、風俗嬢、浮浪者。
これらの写真を見ると、日本がアジアだったことがよくわかるぜ。

そして、もう一冊がポット出版より、2011年4月7日発行の『新宿、インド、新宿』だ。くどいようだが、モノクロだ。ついこの間、インドにいきてぇと騒いでいた頃に買ってきたって言ってたでしょう、アレですよ。アレ。
この写真集には、1960年代から80年ごろにかけての新宿に集う人々、82年のインド撮影旅行の写真、そして84年から2003年にかけての新宿の写真で構成されている。

新宿の写真にも引けを取らないのが、インドを撮った一連の写真だ。インドは圧倒的に貧しいカンジだ。モノクロで、スラムのような風景が展開している。人力車のまわりに集いニタニタ笑っている若者、農婦、侏儒、市場の片隅で眠る赤ん坊。正直言って、日本の感覚からすると悲惨なカンジが漂うが、渡辺は『日本でなくようなことがあってもインドを見てしまえば、なんだなくことはないじゃないかという気がするわけですよ。』とぶっちぎっている。そりゃそうだろうな。

素敵な写真集です。本書の帯に寄せた森山大道の言葉が、渡辺克巳を活写している。
『新宿の夜、いつも渡辺克巳がいた。欲望のスタジアム、大いなる荒野『新宿』のアクチュアリティを写し切った写真家は、ただひとり、渡辺克巳である。』
渡辺克巳と同様に、新宿を写し続けた森山大道にこういわれちゃ、渡辺克巳もあの世でいかつい感じの顔を笑顔で崩しながら、照れていることだろう。
多くの読者諸君が、渡辺克巳を知らないかもしれない。ひょっとしたら、みんなよく知ってるかもしれないけれどな。けど、もし君がどこか社会から自分が浮いているアウトローだと感じているんなら、そう、本屋に向かって犬のように走っていき、渡辺克巳の写真集をゲットするのは間違いじゃないだろう。

読者諸君、失礼する。俺は結婚式の2次会とやらにお出掛けしなくちゃならないんだ。めんどくさいが、仕方がない。しかし、そうはいっても、大騒ぎしてくるだろう。なんてったって、例のホモM社さんも一緒だからね。ふふふ…、困ったもんだぜ。

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