2011/05/07

Post #176 Tales from Riverside Of Mekong

総理が浜岡原発の停止を要請し、俺の住む中部地方の連中は戸惑っている。俺は賛成だが、中には景気に影響するとか心配する声もある。首都圏はとっくに計画停電を経験し、すっかり薄暗いというのに、自分たちさえよけりゃいいのか?少し暗くなったくらいで、財布のひもが固くなるなんて、まるで家畜や電照菊みたいだな。光合成でもしてんのかい?そろそろ俺たちのライフスタイルを見直す時期が来たってのが、分かってないなぁ。だいたい真夏にネクタイをするなんて、正気の沙汰とも思えないぜ。昔は開襟シャツとかあったんだけどな。パリッと糊のきいた開襟シャツに、扇子ってのも、粋なもんだぜ。
そもそも、世界中の人々が日本やアメリカの生活レベルを求めだしたなら、どうやってもエネルギーは資源は、喰いもんは足らないんだ。地球が5つはいるくらいだって言われてる。

俺は、何年も前に行ったベトナムを思い出す。
Mekong River,VietNam
ホーチミンの街の真ん中を流れるメコン川。
その西岸には、結構な都市化が進んでおり、高層ビルも立ち並び、かつてフランスによって植民地にされていた頃に、ヨーロッパのような都市計画がされていたこともあり、異国情緒が漂う。
しかし、メコン川の川端では、子供がフルチンで泳いでいたりする。カメラを向けるとにっこり笑って、飛び込んでくれたりしたっけ。
VietNam
船着き場で、フェリーに乗って、東岸にわたってみるとイイ。一回5円ほどで乗れるフェリーには、エンジンをかけたままのカブやスクーターが満載だ。排気ガスとアイドリングの音で、むせ返っている。
これが船の上だなんて、信じられないくらいだ。
徒歩の俺たちは、細い階段を上って、2階席に乗るんだ。バイクを見下ろして、川面を渡る風に、暑さを忘れるんだ。
俺は、のんびりと時間が過ぎていく感じがして、船は好きなんだ。特に渡し船ってのはいいもんだ。

そうして、風に吹かれていると、人間は、きっと温かいところで生まれたに違いないぜって思えてくる。ダラダラ汗をかきながらも、リラックスして生きていけそうだ。大昔の人間はその辺になっている果物でも食いながら、結構楽しくやっていたんだろうなんて、想像してしまうぜ。
実際に、ヨーロッパ人が、大航海時代にカリブ海だかで見つけた現地人たちには、労働という概念がなかった。
あこぎな文明人たちがそんな彼らに規律を教え、労働を仕込んで、奴隷にしようとたくらんだところ、その人々はうんざりして、子供を作るのをやめちまったり、原因不明の病気になったりして、一人残らず死に絶えてしまってて話を聞いたことがあったな。

フェリーが東岸につくや否や、エンジンをかけたままのバイクやスクーターは、一斉に飛び出してゆく。ほとんど舗装もされていないような道を、砂埃を巻き上げながら、爆走していくんだ。まるで、オートレースのスタートのフラッグが振り下ろされた瞬間のようだ。
うろうろ歩いていると轢かれてしまうぜ。
Leftbank of Mekong,VietNam
そこは、本当にタイムスリップしたんじゃないかって疑いたくなるような、素敵な村だった。
未舗装の道の両側に、粗末なバラック建てのような商店や住宅が並び、そのすぐ裏手には、緑豊かな森が横たわっている。ところどころに、南国特有のとぷんとした小川が流れている。川面には棕櫚のような木々の葉が影を落とし、その隙間から差し込んだ光が、きらきらと反射している。
時折、極彩色に彩られた小さな寺院が目に入る。
道端では、よれたランニングシャツを着たおじさんが、椅子を出して座っている。俺達の姿を見ると、何故だか軍隊式の敬礼してくれたっけ。ひょっとしたらこのおじさんはベトナム戦争の時の戦士だったのかもしれない。

子供たちの歓声が聞こえてくるので、ふと目をやると、何もないような空き地で、小学生くらいの子供たちがバトミントンをしている。
幸せそうだ。俺達からしたらとんでもなく貧乏なんだろうけど、スゲー幸せそうだ。こんなに幸せそうに遊ぶ子供を、日本ではすっかり見なくなったような気がするぜ。
俺は、なんだか涙が出てくるほどに感動してしまったのさ。その、幸せな風景に。何もないけれど、ここには幸せに暮らしている人がたくさんいるってね。
俺達は、なんでも欲しがる。1億2千万人の日本人が、飯を食っていくために、あくせく働き、必要ないものも必要だと思い込み、稼いだ金でそのガラクタを買うために、必死になって働いてる。真面目なふりを装うために、真夏でもネクタイを締めてみたりする。そして、そのために電気をガンガン使って、冷房をガンガンに効かせるんだ。OK、原発は必要なんだろう?そうやって俺たちが暮らしていくためには。けれど、そうして、死ぬほど働いて手に入れた快適な暮らし、その先にあるのは幸せなのかい?それとも、さらに何かを求める欠乏感なのかい?人間の欲望には、まったく限りがないんだぜ。バラックに住めとは言わないが、もう少し俺たちは自分自身のライフスタイルを見直してもいいんじゃないのかい?
おっと、もうこんな時間だ。さっさと飯を食って、仕事に出かけなけりゃな。そんなことほざいてる俺自身が、風邪気味の体に鞭打って働かなきゃならないとは、まったく因果なもんだぜ。
それでは読者諸君、また会おう。君たちがこれを目にする頃、俺は真っ暗な道で、車を飛ばしているだろうか?

2 件のコメント:

  1. まったくもって正論だと思います。
    食べて寝る、極端に言えば必要最低な条件ってそれぐらいで、あとは娯楽ですからね。
    ...とか言ってパソコンのキーボード叩いてるんだから僕も贅沢慣れしてるんだけど。
    とりあえず、自動車をほぼ使わないのと、ケータイやゲーム機持ってないってのは、多くの日本人よりはベトナム的かも。

    時々思うんだけど、太陽光や風力などなどの発電ってもっと大きく展開できないのかねぇ。。
    なにか障害があるんでしょうか。

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  2. 太陽光や風力には、なんだか既成の電力会社が余った分を買い取らないとかいう、制度的な問題があると聞いたことがありますよ。どうも政治家、官僚、メーカー、電力事業者がグルになって既得権を守っているように感じます。日本は海に囲まれているので、潮力発電なんかもいいかもしれません。

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