2011/07/31

Post #260 I Thank You

いきなりのっけから、サム&デイブの歌みたいだが、この寝言のようなブログもついに10,000PVを達成したんだ。どうもありがとう!
分かりにくい写真と、独断と偏見に満ち満ちた長ったらしい文章の二本立てだ。他所のブログのように、素敵な写真ですねなんてコメントもほとんどない。素敵な写真じゃないから、しょうがない。むしろ、ノイジーで違和感を与えるような写真だ。けれど、ようやくここまでたどり着いたんだ。大した数字じゃ無いさ、けれど数少ない読者の皆さんに支えられて、ここまでやってきた。どうもありがとう、辛抱強く付き合ってくれた読者の皆さんのおかげだ。今後もよろしくお付き合いくださることを、厚かましくもお願いさせてもらうぜ。いや、ホント、どうもありがとう。
Paris
プリントをしている時、暗室につかっている洗面所を出て、飲み物を飲みながら一息ついたりする。そんなとき、本棚から任意に写真集を取り出しては、ながめてみるんだ。
アウグスト・ザンダー、ウィリアム・クライン、ロバート、フランク、エド・ヴァン・デル・エルスケン、東松照明、森山大道、荒木経惟などなど・・・。
俺は、正規に写真を習ったことはないけれど、自分の写真が、出来ることならそれらの偉大な写真家の、偉大な仕事の系譜に繋がっていてほしいと、プリントの合間にいつも願っているんだ。おこがましい事だけれど、そう願わずにいられない。
モノクロ写真こそ、写真のαにしてΩだと俺は思っている。出来ることなら、これからも、ジジイになってもこのやり方を変えずに、ほっつき歩いて写真を撮ってはプリントしていきたいと思う。
そして、難しい事だけれど、モノクロ写真を楽しむ人が、出来ることなら若い人が、増えてくれるとうれしい。そして、お互いの写真について、語り合ったりできたら、きっと楽しい時間を過ごすことができるだろう。いつか、そんな日が来てほしい。しかし、難しいだろうな。あんまりにもモノクロ写真は手間と時間とコストがかかるからね。
Paris
スーツで決めて、ムーランルージュに向かう俺
俺の愛するロックバンド The Whoのギタリスト、ピート・タウンゼントは、生まれながらに鼻がデカかった。子供の頃からデカい鼻のおかげでさんざん周りから馬鹿にされてきた。そのコンプレックスを跳ね返すために、ひたすらピートはギターに打ち込み、バンドを成功させて世界的なロックバンドのギタリストになった。いい話だと、俺はいつも思う。
真夏のクソ熱い暗室で、汗をぬぐいながら、あるいは真冬の厳しい寒さに震えあがりながら、それでもプリントをはじめるとやめられないのは、どうしてだろう。
足を靴擦れだらけにして歩き回り、時にはトラブルになりながらも、写真を撮り続けるのは、どうしてだろう。
いつも、心のどこかで疑問に思っていた。そして、先日暗室の赤い灯の下、現像液に浸された印画紙に、徐々に像が浮かび上がってくるのを見ながら気が付いた。
俺の中には、きっと何か欠けたところがあって、それを埋めるために、必死にやっているに違いないんだろうって。言い換えれば、それは果たされる事のない復讐のようなものかもしれない。
何かに狂ったように打ち込む人間は、きっと心の中に、満たされない欠損を抱えているに違いない。
そんな欠損など、無いにこしたことはない。けれど、何らかの欠損を抱え込み、それを埋めようと足掻いてもがいて行くことで、本当の人生ってもんが始まる気がする。その挙句、ゴッホみたいに耳を切り取ったり、太宰治のように女と心中したりすることになるのかもしれないが。

なんだか、不吉な話になってしまったな。しかし、誰しも心の中に欠損を持たない人はいないだろう。俺はその欠損を埋める手立てとして、写真を選び取ったってことだろう。
人生は短いようで長い。だから人生には暇潰しが必要だ。その暇潰しによって、自らのなかにぽかりと開いた暗くて深い穴が埋まるのなら、結構なことだと思はないか?
そう、それはそれは切実な暇潰しなんだ。
OK、今夜は久々に仕事なんだ。こんなところで失礼するぜ。
読者諸君、いつもありがとう。そして、これからもよろしく。

2011/07/30

Post #259 祭りの夜に

俺の住む町では、この週末祭りがおこなわれている。
俺がガキの頃から、いやひょっとしたらオヤジのキンタマの中でフラフラ泳いでいた頃から続く祭りだ。七夕祭りだ。かつて、繊維産業が盛んだったころ、この地で働く女工たちは、織姫と呼ばれていたそうだ。で、女工→織姫→七夕という構図であるようだ。かつて、この地域で繊維産業が盛んだったころに始まった祭りだが、とっくに繊維産業がダメになった今でも続いている。市民の中には、もう繊維産業の時代じゃないんだから、止めてはどうかという声もあるが、例年何だかんだと人が集まるようなので、なかなか無くなりませんなぁ。
今も昔も、商店街のアーケードはけばけばしいアーチや吹き流しでこれでもかってくらい飾り付けられ、一見華やかに見えるんだ。華やかに見えるんだが、肝心の商店街は、シャッター通りだ。残念だ。残念きわまる。
Paris
ジプシーの物乞いは、ヨーロッパではおなじみだ。
俺は、基本的に神様の絡んでいないお祭り騒ぎは、好きじゃない。
つまり、地域振興とかいう美名のもと、人間の商売っ気とご都合主義で繰り広げられる、信仰の絡んでいない祭りは、どこか空虚で、これといった中心がなく、祭り特有の熱気ちゅうもんが感じられないんだなぁ、残念ながら。神様とマツワルから祭りなんであって、神と人が互いに交わるからこそ、共同体に熱気が生みだされ、神の恩恵が人々に及ぼされるわけだ。つまり、神様不在の祭りは、単なるお祭り騒ぎってことだ。祭りとお祭り、似ているようで、実は大きく違うわけだ。
だから、今夜も祭りにはいかなかった。写真を撮りにいかないのかとも思うが、みっともなく浴衣を着崩した小娘なんざ、撮りたかぁないのさ。吹き流しの下を人の流れにのってふらふら歩き、アニメのキャラクターをあしらったアーチをいくつくぐっても、なんだか物寂しいのさ。

子供の頃、やはりこの祭りに出かけたことが何度となくあった。そして、その中で最も印象に残っているのは、商店街に面した市役所の門前で、悲しげな音色でアコーディオンをかなで、白い着物に旧日本軍の帽子をかぶった、物乞いの一団の事だ。
俺は、まだ小学校に上がっていなかったろう。6、7人の傷痍軍人が、立てる者は立ち並び、足の不自由な者は、その前にしゃがみ込んでいた。立っている者も、盲人や腕の無い者など、五体満足な者はいない。そんな一団が、祭りで浮き立った気分の人々に、何度もなんども頭を下げ、物乞いしていた。そして、そこだけは暗い雰囲気が立ち込めていたんだ。そう、国家の仕掛けた戦争によって、心ならずも五体不満足になってしまった人々が、終戦直後から蘇ってきた亡霊のようにみえたんだ。
今なら、きっとNPOなんかが募金をしたりして、この戦争の犠牲者が、人々に直接物乞いすることなどないのだろう。いや、きっとあの亡霊のような戦争の犠牲者の皆さんは、もうお亡くなりになっておいでなのだろう。
子供心に、人間の肉体をいともたやすく損ない、タバコの吸い殻を投げ捨てるように命を奪っていく戦争は、本当に嫌なもんだと思ったものさ。そして、もし今の俺がそんな光景に出合ったなら、迷わず写真に撮るだろう。それを非難する人もきっといるだろう。けれど、俺は忘れてはならない戦争の記憶を、自らが経験することが出来なかった戦争の記憶と、その愚行の結末を心に刻みつけるために、写真を撮りたいんだ。
Amsterdam
この物乞いは賑やかなカラクリ車で人々に注目されている

幸いな事に、日本は豊かな国になり、物乞う人を見かけることは無くなった。ヨーロッパやアジアで目にするように、身障者が物乞いしているような光景にも出くわすこともない。
それだけでも、この国は大したもんだと思うぜ。舵取りさえ間違えなけりゃ、必ず立ち直るだろう。舵取りさえ間違えなけりゃね。

そんなことを想いながら、今日も家にこもってひたすらプリントしていた。アムステルダム25カット、フィルム1本半。もう一息でこのフィルムの分がカタが付く、もうひと踏ん張りだと思っていた時、引伸機の電球が球切れしやがった。人間も引伸機も、タマ無しじゃ使いもんにならねぇ。人間ならゲイバーなんかで使い道もあるかと思うが、引伸機は何ともならないんだ。もちろん、我が家にそんなストックがあるわけでもない。今日は食い足りない気分だが、撤収だ。残念だ、至極残念だ。残念きわまる。
読者諸君、今夜はこんなとりとめもない思い出話で、申し訳ない。失礼するぜ。

2011/07/29

Post #258 Super Stupid

原子力行政を巡るイカサマが次々と露わになっている。九州電力のメール問題に続いて、今度は原子力運用の安全を管理監督する原子力保安院が、中部電力と四国電力にやらせを依頼していたんだそうだな。阿呆らしくって、もう関わりたくもないぜ。
Paris
こんな状況なのに、自民党も民主党内のかなりの勢力も、そして政治にしばしば容喙する経団連のお偉いさんも、脱原子力には反対のようで、俺はこの国に暮らしているのに、いささかうんざりだ。
そんなこと言うと、お前なんてとっととスーダンでも北朝鮮でも行っちまえよ、なんていわれてしまいそうだが、まとまった資金があれば、私だってねぇ、こんな右を向いても左を見ても、馬鹿と阿呆の騙しあいな国からとっととトンずらしたくもなりますわ。えぇ、ホント。それくらい情けないんです。
いや、冗談はさておき、未だに多くの人々が、生活の糧を奪われ、なかには、行方不明の家族を探すことすらできずに苦しんでいるというのに、そして、この事故の賠償にいったいどれほどの金が必要なのか、そしてその金はどっから捻り出してくるのかもはっきりしないというのに、未だなお、原子力じゃないと、電力コストが跳ね上がるとほざいている阿呆がいる。
挙句の果てには、電力コストが跳ね上がったら、企業はますます海外に出て行ってしまいますよと、政策に脅しをかけまくる輩が、偉そうにふんぞりかえっている。
世も末だぜ。
Paris
 しかし諸君どーだろう?親方日の丸じゃなきゃやっていけないビジネスなんて、ビジネスとは言わないんじゃないですか?不祥事があったら、自分のケツは自分で拭くのが当然だろう?俺の商売にも公的資金を投入してもらいたいもんだぜ。いや、ホントにそうなったら、丁重にご辞退申し上げますけどね。
かつて、経団連の皆様方は、正規の仕事にありつけない若い衆に、それは自己責任みたいなことをいっていたっけな。先代の会長さんは、自分とこに都合のいいように派遣法を改正しろとまでおっしゃておいでだったしな。この時俺は、我が家のCanonのプリンターを、不燃ゴミに出そうかとまで思ったもんだ。
で、自分たちのメンバーの電力関連企業のケツに火が付いたら、あれは天災だから免責の大将だって強硬に主張して、早速政府に金を出させようってかい?きっと奴らは、この国を支配してるつもりになってるんだろうな。国は金のなる木じゃなくて、その金は、俺達国民のおさめた税金なんだぜ。忘れてもらっちゃ困るってもんだ。
Paris
チャールズ・ブコウスキーは『この世の中には、悪い政府ともっと悪い政府しかない』と喝破していたが、いくらなんでもひどすぎるぜ。
まるでこの国は社会主義国だ。大企業と政治家、そして役人はみんなグルになってやがる。言いたい放題、やりたい放題、そしていつもそのつけは一般庶民さ。
一般庶民は、蟻のように働いては、気晴らしにパチンコでもやったり、新しいビールを飲んだり、野球を見るくらいしか能がないと思ってるんだろう、奴らは。
俺はもう、何も言いたくないんだ。こんな糞くだらないことに付き合っていられないんだ。
俺の人生は二度とない。しかも、刻一刻とあの世に向かって着実に歩んでいるんだ。これだけは一歩進んで二歩下がるってことはない。こんなくだらない奴らが、日本の、そして人類の未来に対してヴィジョンのない奴らが、金勘定しか出来ない奴らが、俺たち国民をカモにしてるのに、もう付き合いきれないぜ。
しかし、しかしですよ、次の選挙が来た時に、いったいどの政党を支持したらいいっていうんだろう。
どいつもこいつも、頼りにならない。どいつもこいつも、政治主導といいながら役人の操り人形になっちまうし、財界の御用聞きだ。国民が真っ当なことをいえば、集団ヒステリー呼ばわりする奴までいる。
 俺は、フランク・ザッパの名言を思い出す。素敵な言葉だ。きっと君も気に入ってくれるだろう。
『この宇宙には普遍的なものがふたつある。水素と愚かさである』
あぁ、この国にも愚かさが普遍的に存在しているぜ。いい加減にしてほしいってもんだ。
Paris
 お偉いさんやお利口さんたちが、利害や立場や主義主張で争っている間に、俺は今日も仕事から帰って、プリントしたんだ。23カット。ホントに付き合っちゃいられないぜ。俺は自分の好きに生きていくさ。それこそがこの愚かさでいっぱいの世界で、一番大切なことだからな。
何とか再生可能エネルギーを本格導入して行ってほしいもんだぜ。電気がなけりゃ、プリントだってできないしな。けど、原子力は正直もう御免だ。日本がノーマンズランドになっちまうぜ。

読者諸君、失礼させて頂きますぜ。何時までも起きてちゃ、電気の無駄遣いさ。

2011/07/28

Post #257 Shut Up 'N Show Yer Photo Once Again!

本日は、例によって仕事もなく、家に引きこもっていた。だから話すことも、そうは無い。OK、例によって『もう一度、黙って写真を見せてくれ!』ってことで、今夜も行ってみようか?
Paris
Paris
Paris
Paris
実は昨日の精神的なもんからくる不調を調整するために、行きつけの整体なんか行ってみたんだが、そのあと、頭が痛くなってしまったんだ。
キックバックだ。
東洋医学ではよくあることだ。症状が改善する前に、いったん調子が悪くなるようなことがあるのさ。OK、だから俺は昼寝をしたんだ。頭が痛いのに、我慢して何かするなんてナンセンスなことじゃないか?我慢してたら、ドバドバ金が入ってくるなんてことがあれば、そりゃあなた、俺だって我慢もするさ。けれど、そんなうまい話あるわけないからねぇ。
で、本日プリント。フィルム一本、24カット。相も変わらずパリ。しかし、あと2本ほどでパリ無間地獄から解放されそうだ。やれやれだ。
読者諸君、失礼させていただくぜ。明日は朝から振込とかで忙しいんだ。こうしちゃいられないぜ。とっとと眠らなけりゃな。

2011/07/27

Post #256 Shut Up 'N Show Yer Photo Some More!

今夜も『黙ってもっと写真を見せてくれ!』ってことで。
Paris
Paris
Paris
Paris
Paris
Paris
Paris
 どうだった?今日も大盤振る舞いだ。モノクロ写真の大漁節だ。ふふふ・・・、大漁ついでにたまには俺自身も写真で登場だ。
今日は一日なんだかイライラしっぱなしだ。
ズイブン前の事を思い出しては、忘れかけていた怒りがフラッシュバック、当てのない復讐を腸が捻じれるほど想い焦がれ、眉間に深いしわが刻みこまれる。
そうするってぇと、勢い自分の体調も崩れるってもんだ。きっと人間怒ったりすると、自分の体の中に、なんか強烈な毒素とかが出てくるんだろう。自家中毒って奴だ。俺だけなのかなぁ。
いやぁ、しかしやり場のない怒りって厄介なもんだな。仕方なく、仕事の帰りに、山の中の峠道を2、3時間走ってみたんだ。
緑の中、ヒグラシの声をききながら車を転がしてリラックスしてみようとしたんだが、うむ、なかなかリラックスしないもんだな。なんてったって激しい雨と霧にあたってしまったからな。リラックスどころの騒ぎじゃなかった。危うく谷底に転落だ。
自分で自分の感情をもっとコントロールしないと、自分自身の身が持たないぜ。ヨガでもやってみるかな?
読者諸君、失礼させていただくぜ。御機嫌よう。

2011/07/26

Post #255 Shut Up 'N Show Yer Photo Once More!

今夜も『もう一回だまって写真を見せてくれ!』ってことで。
Paris
Paris
Paris
Paris
読者諸君、失礼するぜ。最近、沈黙は金という言葉が頭に残ってるんだ。ガキの頃からお喋りだとか、口じゃあんたにゃ勝てないよとかって周囲の大人をうんざりさせてきた。しかし、本当は俺は無口なんだ。憶えておいてくれ、一人の時には、俺は一言もしゃべらない。
大事なことだ。もう一度言おう。言わせて頂こう。そう、沈黙は金だ。

2011/07/25

Post #254 Shut Up 'N Show Yer Photo

今日はこれといって話すことなんてありはしないんだ。ホントは、いろいろあるにはあるけど、俺の中で煮詰まっていないんだ。なに、そういう時もあるのさ。よくあることさ。
そこで今夜は、『黙って写真を見せてくれ!』ってことで行ってみようかな。その代り、精一杯サービスするぜぇ。じゃ、行くぜ。Ready Go!
Paris
Paris
Paris
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Paris

Paris
Paris
Paris 
それじゃ読者諸君、また会おう。手抜きだと思わないでくれよな。

Post #253 Tolerance

ノルウェーで、テロが起こった。新聞は、イスラム原理主義者の犯行だと報道していた。しかし、爆破テロを行った後、自動小銃で、青少年を何十人も殺戮した犯人は、ノルウェー人のキリスト教徒、それも自称ファンダメンタリストだった。マスコミは、すぐにわかりやすいドラマを組み立てる。しかし、いつも真実は、メディアの想像力を超えてしまうんだ。
彼は、自身のFaceBookで、日本や韓国は、反移民の単一社会なので、素晴らしいと絶賛していたそうだ。残念ながら、そう誠に遺憾ながら、俺とは意見がまったく異なる。
俺は、自分の住むこの国が、祖国を追われた難民を叩きだし、韓国や中国の人々を、その歴史的な経緯を無視して差別し、日系ブラジル人を部品のようにこき使う事を、常々恥ずかしく思っている。決して、税金をじゃぶじゃぶ投入して優遇すべきだとは言わないが、文明的な社会として、他者を受け入れるノウハウや、その基準となるルールを設けてもいいんじゃないかと常々思っている。
移民のおかげで仕事が無くなってしまうと危惧する人々がいる。
しかし、彼らは日本人のやりたがらない仕事を、低賃金でやっている。まるで、一種のカースト制度みたいだ。仕事がなくなったのは、利益を優先する企業が、日本を逃げ出して、より人件費の安い国に生産設備を移してしまったから、という面もあることには目をつぶってだ。
怒りをぶつける矛先が違う気もするんだ。しかし、人間、金や権力を持っている奴には文句は言いにくい。長いモノには巻かれろだ。いきおい、弱い立場のマイノリティーに矛先は向かう。
おかしな構図だ。
まるで、俺たちの国は、未だに鎖国を続けているみたいなんだ。俺たちの頭には、相変わらずちょんまげが乗ってるのか?そんなの相撲取りだけだと思ってたのにな。
Paris
ヨーロッパでも、近年右派勢力が躍進し、移民に対する拒否反応は強まっているということは、十分に解っているつもりだった。しかしまさか、民主主義国家の中で育った人間によって、あんなド派手な殺戮行為が行われるなんてな。想定外ってこった。異質な文化を持つ人々が身近にコミュニティーを作ったら、誰だって、不安に感じるだろう。
しかし、寛容さを以て、相手に接する必要があるんじゃないだろうか?誤解を解いて理解を深めることは出来ないんでしょーかねぇ。
差別するものは、状況が変われば、自らもまた差別されるものに、容易に立場を変え得ることに思いを致すべきじゃなかろーか?
Paris
俺達は、20世紀に起こった大きな戦争で、ある国に属する人々の考えが、一つのベクトルに束ねられてしまったことによって、どれほど大きな悲劇が起こされ、どれほど大きな犠牲をはらったことか、忘れちゃいないだろう。
杉の木しか生えていない森には、貧しい生態系しか維持されないだぜ。一度いってみるがいい、静まり返っているんだ。生き物の気配が感じられないんだ。動物たちの餌になる木の実などが少ないからだ。さまざまな植物が多様に生えているからこそ、多種多様な動物が生きていける。
人間の社会も、同じじゃありませんかね?単純に、いろんな奴がいたほうが俺は面白いと思うんだけどな。
自分と意見の違うものを、ぶっ殺したり、排斥したりしていては、俺達は最終的には、自分以外の人間を皆殺しにせざるを得ないという結果になりかねないんだぜ。
意見が違ったり、文化が違っても、同じ人間だろう?そう、この21世紀、俺達人間にとって、世界はかつてないほどに狭くなった。他の文化を持つものと擦過せずにはいられないほどに。
だからこそ、他者に対する好奇心と、寛容さと、相手の状況を理解するための想像力が必要だ。
俺は、そう思うぜ。人間、それぞれ違っていて当たり前なんだから、そんなことで殺し殺される世の中なんて、俺はまっぴらゴメン蒙るぜ。
皆の衆、俺は失礼させてもらうぜ。こんな阿呆らしい世の中には、うんざりだ。
宗教が違っていても、空はつながっている。
文化が異なっていても、同じ地球に生きているのは変わりないだろう。
肌の色や言葉が違っていても、同じ赤い血が流れているんだ。
その人々もまた、家族を思い、一生懸命に生きていたりすることには、変わりないだろう。
差別や、偏見や、国境がなくなる日が、何時か遠い未来に、人類の歴史の延長線上にやってくることを、俺は祈ってる。俺に生きてるうちは無理でも、遠い未来にそんな日が来ることを、俺は信じてる。それにはまず、俺たちは寛容さを、自分と異なるものに対する寛容さを、持つべきだと思うんだ。

2011/07/24

Post #252 Les Fragments de Paris #8

久しぶりに真面目に働くと、疲れてしまうもんだ、俺は実感したぜ。
近所の中国人のやってる中華料理屋で、安いけれど盛りだくさんの定食を食べ、家に帰るともう何もやる気がしなかった。食べてすぐに寝ると牛になると言われたもんだが、どうしようもなく眠りたくなってくる。で、目が覚めるとすでに零時を回っているのさ。まいったなぁ。
Paris
セーヌ川の左岸、サンミッシェル駅の界隈には、さまざまな国の料理店が軒を連ねているんだ。若者が多い、この界隈は、何時いっても、といっても夜しか行ったことないけれど、多くの人々でにぎわっている。で、今回は結局、トルコ料理を食ったんだった。隣のテーブルには高校生くらいの黒人の男女4人組が座っており、気の強うそうな女の子は、運ばれてきた料理が自分の予想と大きく違っていたんで、気の弱そうな男の子に押し付けていたっけな。ケバブ(つまり肉の焼いたやつ)くらいにしておけばよかったのさ。
Paris
では、読者諸君、失礼する。今日はもう遅い。日を改めようぜ。心と体を休めよう。連日しこたまプリントしていた俺には、休息が必要さ。君はどうだい?まぁ、そんなことで失礼させていただくぜ。また会おう。

2011/07/22

Post #251 Les Fragments de Paris #7

この一週間ほどで、しこたま現像した。フィルム10本分、ざっと230カットだ。道理で250枚ほどあった印画紙が無くなるわけだ。まいったなぁ。これだけやれば、しばらくはやらなくてもいいような気がするが、まだまだ道のりは遠い。ネバーエンディングだ。
Paris
しかし、あまり一度にたくさんプリントするのも考えもんだ。しっかり乾ききっていないうちに重ねてしまうんで、RCペーパーの表面が張り付いてしまうんだ。これは鬱陶しい。
まぁ、静かに水に浸してやればきれいに取れるんだが、また乾燥させねばならないのがこれまた鬱陶しいもんだ。
Paris
俺がパリで好きな場所の一つが、サクレクール寺院だ。この裏手が高名ではない画家の人がたむろしている、あのモンマルトルの丘だ。この写真を撮った直後、俺はシャツの袖に鳩のクソをひっかけられて、そりゃもう、えらい目にあったんだっけ。
よし、今日はこれにて失礼する。ヒマだヒマだと言い続けていたら、仕事がぼつぼつ入ってきた。明日は朝から仕事なんでね。とっとと片付けて眠らないといけないんだ。そろそろ生活リズムを立て直さないといけないんだよ。しかし、なんだかいつも週末に世間様がお休みの時に限って仕事が入ってくるもんだな。なんだか、それも如何なものかだな。
まぁ、そんなわけで失礼するぜ。

2011/07/21

Post #250 Les Fragments de Paris #6

ここんとこ、毎日毎日飽きもせずにプリントばかりしている。今朝も5時までプリントし、昼前にのっそり起きだして、飯食ってプリントだった。そして、今夕食を、そう、今日は土用の丑だからな、うなぎをかっくらって、これからまたプリントだ。これじゃまるで、サルのセンズリだ。止まらないぜ。紙が無くなるまで止まらないぜ。心配ご無用。今日、ネットで印画紙をしこたま注文してしまったぜ。まだまだ、こんな生活がしばらく続きそうだ。
サイコーだ。プリントしていると、全身に幸福感と充実感が満ち溢れてくる。暑いけどね。自分の写真に対して、絶大な信頼感を感じるくらいだ。
仕事の事とかいろいろと気にかかることはあるにはあるんだ。そりゃ、当然さ、大人だからね。
しかし、しかしですね、ひとたび暗室に入り、プリントをはじめると、何もかもどうでも良くなるんだ。いや、ホントは良くないけど、けどどうでもいいんだ。
この狭くて暑い暗室の中こそ俺の宇宙だ。光在れ!ってカンジで引伸タイマーのスイッチを押すのさ。そう、この時、俺は満ち足りてるんだ。パチンコしている奴より、ゴルフをしている奴より、ゲームをしている奴より、札束を数えてる奴より、女とやってる奴より、はるかに充実してる。俺の宇宙じゃ、俺は宇宙一幸せな男なのさ。どーだ、スゲーだろう。
では、最近の写真から行ってみよう。
Paris
自分で言うのもなんだけど、最近、写真が少し巧くなったような気がする。無論、誰かと比べてとかじゃなくて、以前の自分の写真と比べってってことだ。誤解のないよーに頼むぜ。俺はこう見えて謙虚な男なのさ。座右の銘は『実るほど、頭を垂れる稲穂かな』だ。若い頃、バイトしてた八百屋のばあさんに教えてもらったんだ。
それは一見、いいことのように思えるが、俺はこの状況に、若干の危惧も抱いてる。
たとえば、ロックンロールで考えてみようか。昔々、あるところにノイジーで、コードは3つだけ、リズムもあってないし、どの曲を聴いてもまるで同じにしか聴こえないパンクバンドがあったとさ。とにかくテクは無いんだけれど、がむしゃらなエネルギーが演奏にこもってるもんだから、ごく少数の熱狂的な支持者がいたりしたわけだ。
それが、長いことやってるうちに、その、なんての、演奏もなんか巧くなってきちまって、やたらエッジの効いた単調なリフよりも、やたらと小技を効かせてみたり、ストリングスなんか入れてメロディーで勝負するようになったり、唾を飛ばして怒鳴ってるだけだったヴォーカルも、なんだか歌唱力なんか身につけてきちまったりで、もう大変。
風見鶏みたいな評論家には好意的な評価をされるようになってしまい、世間の人気もうなぎ上り。ぶっ殺すとか歌ってたのが、何時の間にやら愛だのなんだの心にもないような日和った歌うたうようになっちまって、見ちゃいられない、聞いちゃいられない。小さなライブハウスで客席に飛び込んで大暴れしていたのが、いつの間にかでっかいホールでライブするようになっちまって、さあ大変。親戚中の恥さらしのイカれたアンチャンだったはずが、なんだか世間様からアーティストなんて言われるようになっちまったりするんだ。なんだか、どこにでもありそうな話だろう。
で、曲ときたら、確かにうまいんだけど、あのパワーは、迸るエナジーは、どこに行ってしまったんだ?あんなに耳障りな曲だったのに、今じゃスーパーのBGMにしたくなるようなどーでもイイ、単なる巧い曲になり下がっちまった。
結果、最初期に熱烈に支持してくれたファンにはそっぽを向かれ、一般大衆の皆さんにはすぐに消費され、飽きられるときたもんだ。めでたしめでたし。
とまぁ、長い譬えになってしまったけど、そんな危惧を抱いてるのさ。
Paris
つまり、あまり巧くなったら、マズイ。
こじんまりとまとまってしまっては元も子もない。なんちゅうのかな、写真を見た皆様が、なんじゃこりゃって、思わずひっくり返るような写真を大真面目に撮って(これ大事、。あくまで受け狙いのおちゃらけ写真じゃなくてってことで)、プリントしたいんだよ。
なんだかよくわかんねーし、下手だけど、見た人にインパクトと違和感を与え、その結果、長く記憶に残る幸せな写真。Oh Yeah! それが、それこそが、俺の理想だ。俺の目指す写真の在り様だ。
とはいえ、まだまだそれほど巧くもないから無用な心配だ。そもそも、自信満々でもPhoto Good!にチェックしてもらえない写真のほうが、はるかに多い。残念だ、まことに残念だ。残念きわまる。
今の俺ときたら、単に映像的クズ拾いだ。
しかし、よく考えたら、一枚一枚の写真の巧い下手など、実はどーでもいいんだ。意味不明な断片の蓄積によって、総体として描き出される世界。うむ、それこそが、俺の世界だ。そんな写真こそ世界の断片だ、フラグメントだ。
そんな心配は十年早い、まったくもって杞憂だ。そんなこと心配してるよりも、とっととプリントはじめるとするか。このパリ無間地獄から早く卒業したいぜ。
読者諸君、失礼するぜ。俺は今夜も明日もしこしことプリントしていることだろう。仕事もこれくらい在れば、とんでもなく儲かるんだけどな…。人生は甘くないぜ、それが人生だ、ロックンロールだ。

2011/07/20

Post #249 Les Fragments de Paris #5

思いっきりヒマでござる。そろそろ仕事がしたいもんだよ、まったく。
ヒマに任せて、昨日は真夜中にプリントし、18枚。
で、昨日の仕事から2枚、お送りしよう!
Paris
Paris
ふふふ…、どうすか?しか~し、まだまだこんなもんじゃないぜ。
今夜もヒマに任せてプリントするとするかな。あいも変わらず、パリの写真と格闘してみるつもりだ。だけどこれ、いつまでパリが続くのかなぁ。焼きたい写真は門前に列をなしてる勢いなのに・・・。とはいえ、ここで途中でやめてしまうと、続きを焼くのはいつになるのかさっぱり見当もつかないからな。紙のある限り、ヒマのある限りプリントするべしだな。
読者諸君、ヒマだヒマだという割には、至極あっさりでスマン。しかし、ラーメンだってこってり背油ばかりじゃ食傷してしまうぜ。時にはあっさりも悪くないもんだ。俺は時折、むしょうに昔ながらのシンプルなラーメンが食いたくなるのさ。

2011/07/19

Post #248 台風が近づいているぜ

台風が近づいている。今回の台風はなかなかデカそうだ。強力だ。地震に津波に台風、土石流。この国は災害でいっぱいだ。気の抜ける暇なんかありはしないぜ。しかし、何時も台風が来ると、不謹慎だとは思うが、なんだかワクワクするんだ。俺の住む治安の悪い街では、ここ何年も台風に肩透かしを食っているが、今回はマジできそうだ。なかなかに勢力が衰えない。家の中にいる限りは楽しみだ。
俺は運がイイ。まさにLucky Boyだ、いやいやLucky オジサンか。こんな夜に仕事が詰まっていたら、たまらないぜ。だいたい俺の仕事ときたら、台風だからって延期とか中止にはなりっこないんだ。仕事が切れてるのは考えもんだが、こんな時にはありがたいもんだぜ。
Paris ダリも通ったステッキ屋 オヤジは商売っ気なし
今日は午後からフィルム一本分、20カットプリント。で、キリのいいところで食事を作り、ダラダラしてたのさ。今日の夕食は茄子入りミートソースのスパゲティだ。俺の得意料理だ。家にあるもんで、適当にやっつけるんだ。ちょろいもんさ。そう、こんな日に外をほっつき歩くよりも、一人暗室に引きこもってプリントするに限るぜ。う~む、今日の出来はなかなかのもんではなかろうか。我ながら満足だ。近々読者の皆様にもお見せしよう。
今夜もうちの連れ合いはいないので、この後もゆっくり朝までプリントするとするかな。なぁに、明日もどうせ台風だし、仕事の予定もない。気楽なもんさ。
Paris
こんなチャンスはまたとないんだ。出来るときにやっとかないとな。
読者諸君、失礼する。最低でも今夜中にフィルムもう一本分やっつけたいのさ。

2011/07/18

Post #247 Calling In The MidNight

俺の住んでいる町は、名古屋の近郊、人口38万ほどだが、犯罪発生件数は全国で、そう、オールジャパンでだ、第2位だそうだ。
自転車泥棒、自動車盗難、空き巣などの犯罪は日常茶飯事。これぐらいじゃオマワリはなかなかに重い腰をあげようとしない。無能なんじゃないかって心配になるぜ。
年に一度くらいは、凶悪な殺人事件が起こる。去年も女子高生が金髪の男にメッタ刺しにされ、重傷を負った。何年か前には、街工場の経営者が、甥によって殺害され、工場のクレーンに吊るされていた。恥ずかしいことにヤンキーも未だに多い。この時期になると、文字通り五月蠅いったらない。
まじまじ考えれば、ひどい街だ。バットマンに出てくるゴッサムシティーのようだ。コウモリはやたらと飛んでいるが、バットマンはいないゴッサムシティーだ。最悪だ。
要するに、治安の悪さは折り紙つきだそうだ。仕方ない。かつてこの地域を支えていた産業が時代遅れになり、若い奴にロクな仕事が無いんだ。どいつもこいつも電車や車に乗って仕事に出かけ、この街には眠りに帰ってくるだけだ。当然ながら商店街はシャッター銀座だ。なのに、ぼんくら市長はゼネコンに大金を払って駅前再開発事業とかやっていやがる。発想が20世紀だ。話にならん。
HomeTown
そうは言っても、人間どんなところでも住めば都てなもんで、結構暮らしやすいんで、日頃はそんなこと気にもしないぜ。いちいち気にしてたら、おっかなくって海外旅行になんか行けないしな。
しかし、昨日の夜、それも真夜中2時過ぎの友人からの電話で、その事実を突きつけられたぜ。
俺の友人は、名古屋でJAI SUNG MAっていうタイ料理屋の店長をしてるんだけど、彼は賃料が安いってことで、俺の住んでいる町にガレージを借りていたんだ。彼にはバイクの趣味があって、カワサキのZ1って旧車をコツコツとレストアして、そのガレージにしまっていたんだ。何しろ、鍵がかかるからね。手間暇かけて銭かけて、やっとの思いでベストコンディションに持って行ったそうだ。彼はその後、たったの一回乗っただけで、一月くらいガレージにしまっておいたそうだ。
で、先日、時間が出来たんで愛車を転がそうかってガレージを開けてみると、Z1はキレイさっぱり無くなっていたんだ。そう、盗難だ。ガレージの鍵は、それはきれいに破壊されていたそうだ。手慣れた奴の犯行だ。
HomeTown
世の中、何が起こるか分かったもんじゃない。俺も、ガレージを借りて仕事の道具をしまってるから、気を付けないとな。
世の中、腐った奴らが多すぎる。確かに生きていくうえでは金はヒツヨーだ。それは間違いない。しかし、しかしですよ、俺自身は、汚いことして銭儲けするぐらいなら、ダラダラ寝転んで本でも読んでいたいもんだぜ。武士は食わねど高楊枝って奴さ。もっとも俺の先祖は武士ではない。俺の108の秘密の一つを明かせば、先祖は伊賀者で、農民じゃなく、木地師欄間師の非農耕民。伊賀者で農耕民じゃないって言えば、間違いなく武士じゃなくて忍者だね。まぁ、忍者ならなおさら、忍びがたきを耐え忍ぶってもんだ。エロ仙人こと自来也も言っているだろう?詳しくはナルトでも読んでくれ。
で、彼はなんでそんな時間に電話をしてきたかといえば、まぁ飲食店を遅くまでやっていたから仕方ないんだろうが、彼は実は俺のブログの読者さんなんだ。で、俺の写真を何枚か欲しいってことなんだ。別に店に飾るわけじゃないけどね。自分の部屋に飾りたいんだそうだ。結構なことだ。イイよと快諾したぜ。しかし、モノクロプリントの原版をあげる訳にはいかない。行き当たりばったりの俺だからデータなんかとっているはずもないんで、同じものは2度とは焼けないし、第一膨大なネガの山からご希望のカットを探してプリントすることなんて、無理だ。
そこで、致し方なくスキャンデータから自家印刷することにしたんだが…、俺のプリンターは結構前の奴なんで黒のねぇ、締りがねぇ、イマイチなんですわ…。これだからやっぱりプリントはやめられんですわ。モノクロの命は、黒の締りですけんのう。しかし、仕方ない。我慢していただこう。
HomeTown
ちょうど今日から、うちのつれあいが仕事で出張なんだ。そこで、俺はこの友人のために、今何枚かの写真を印刷し、今夜晩飯がてら彼の店、名古屋は栄のタイ料理屋JAI SUNG MAに出向いて、写真をお渡ししてこよう。JAI SUNG MA、心赴くままにといった意味らしい。いい機会だ。台風も近づいてきて風も出てきた。結構なことだ。
いやぁ、うちのつれあいに信用がない俺の事だからな、なかなか夜出歩かせてもらえないんだ。だから、まぁ、いい機会だ。友人と旧交を温めるにはね。
とはいえ、一つ大きな問題がある。俺は辛いものが苦手な甘ちゃんなんだ。いやぁ~、まいったなぁ。読者諸君、失礼する。まだまだしばらくは暇を持て余していそうな俺なんだ。

2011/07/17

Post #246 Les Fragments de Paris #4

何回かパリに行くと感じるのは、いわゆるフランス人、黒人、その他有色人種が、それぞれ3分の1くらいづつになっているように感じる。サッカーのフランスのナショナルチームを見てみれば、その比率はだいたいそんなもんじゃないかなと思える。まぁ、アジア系の代表選手ってのは、いないんじゃないかとも思うけれどね。
実際に統計にあたった訳じゃないんで、あくまで俺が何度か行ってみての感想だ。もちろん、それはそれぞれの地域によってずいぶんと比率は違うんだろうが。いわゆる下町的なところに行くと、黒人ばかりって地域もあるってことだ。
そういうところを、わざわざ選んで歩いて見るのも、パリじゃない別の街に迷い込んだようで、なかなかに面白いもんだ。俺自身は行ったことはないけれど、昔の映画によく出てくる、一昔前のニューヨークのようにも見える。
もちろん、パリで見かける黒人は1世、2世が大半だと思うけれど。そう、アフリカからやってきた移民だ。かつてフランスはアフリカにかなりの植民地を持っていた関係で、アフリカ系の人々が多い。アフリカには、フランスが公用語って国もあるようだし、なんだかんだ言って、この辺からの移民は多いよーだ。
Paris

その他有色人種には、モロッコ人やチュニジア人、アラブ人の中近東から北アフリカにかけての地域からきていると思しき人々、あるいはインド人、中国人やベトナム人のアジア系の人々だ。
本当にさまざまな人種の人々が混じりあって暮らしているように感じる。
その辺りが、パリって街がコスモポリス=世界都市だって感じる大きな要因だろうと思う。多少異質な人が歩いていたって、さほど気にもとめないって空気が流れているように感じるぜ。だから、なんとなく居心地がイイ。
Paris
今日は、こんなところで失礼させていただくぜ。世間は三連休らしいけれど、俺はそろそろ一週間くらいボケボケしてるぜ。こんなんで大丈夫だろうか?我ながら不安になってきたぜ。

2011/07/16

Post #245 Les Fragments de Paris #3

今日は、昔の写真をひたすらスキャンしていた。150枚位だろうか。すべてパリの写真だ。ちなみにパリには3回ほど行っている。2回目の写真は、残念ながら1枚もプリントしていない。いずれまた、と思っているうちに、ズルズルと月日が経ってしまった。そんなネガは腐るほどある。いや、保管状況によっては実際に腐ってしまいかねんから、困ったものだ。老後の楽しみなんて優雅かつ呑気なことは言ってられないぜ。まいったなぁ。一体何枚プリントしたら、この一種の負債は消えるんだろう。一体何枚印画紙を使えばいいんだろうな。気が遠くなるぜ。ガンダーラってカンジだぜ。誰も皆、行きたがるが遥かな世界だ。若い人にはぴんと来ないだろう。そう、西遊記だ。夏目雅子だ。堺正章だ、西田敏行だ、岸部シローだ。懐かしいぜ、まったく。
閑話休題。
パリの写真が、何だかんだ言って、かなりのボリュームだ。パリに限らず、どこに行っても思うんだが、皆さまがパリときいて思い浮かべるような、おしゃれで洗練された街並みなんかの写真には、俺はあまり興味が無いんだ。スマン。
むしろ、えっ!パリってこんな場所だったの?って意外に思えるような、そんな側面にレンズを向けたいと思っているんだ。例えば、こんなカンジ。
Paris
この写真だけ黙ってみると、まさかパリとは気がつくめぇ。どちらかといえば、ニューヨークの下町みたいだ。行ったことないけれど。あくまで、イメージ的にねぇ。崩れかけたような建物、仮設の塀や建物の外壁には落書きだらけ。歩いているのもさまざま人種の人々。そこらにゴミが散らかってそうな勢いだ。マロニエの花咲くおしゃれな小路とは程遠い。ここらを歩いていると、見かける人々の大半は有色人種、それも黒人だ。屈強で荒んだ目をした黒人の若い衆が、何事か喚きながら道を横切って行ったりする。とても、まともにカメラななんて構えていられない。そんなパリもあるってことだ。
行かなけりゃわからないことがある。目で見て、耳で聴いて、その場に漂うにおいを嗅ぎ、光と風を肌で感じないとわからないことがたくさんある。グーグルアースやストリートビューだけでは、分かりはしないのさ。
そんな空気というか雰囲気を、写真に収めることができたなら、そしてそんな写真を見た人に、その雰囲気の一端なりとも感じ取ってもらえれば、これはうれしーことだぜ、俺にとっちゃね。
Paris 後ろに見えるは見ざる聞かざる言わざるか?
イメージや思い込みを捨てて、目の前の現実をフィルムにおさめること、少なくとも俺の写真に出来るのはそれだけです。
失礼するぜ。明日もその延長で御覧に入れよう。諸兄諸姉、素敵な日曜日を過ごしておくれよ。