2011/07/30

Post #259 祭りの夜に

俺の住む町では、この週末祭りがおこなわれている。
俺がガキの頃から、いやひょっとしたらオヤジのキンタマの中でフラフラ泳いでいた頃から続く祭りだ。七夕祭りだ。かつて、繊維産業が盛んだったころ、この地で働く女工たちは、織姫と呼ばれていたそうだ。で、女工→織姫→七夕という構図であるようだ。かつて、この地域で繊維産業が盛んだったころに始まった祭りだが、とっくに繊維産業がダメになった今でも続いている。市民の中には、もう繊維産業の時代じゃないんだから、止めてはどうかという声もあるが、例年何だかんだと人が集まるようなので、なかなか無くなりませんなぁ。
今も昔も、商店街のアーケードはけばけばしいアーチや吹き流しでこれでもかってくらい飾り付けられ、一見華やかに見えるんだ。華やかに見えるんだが、肝心の商店街は、シャッター通りだ。残念だ。残念きわまる。
Paris
ジプシーの物乞いは、ヨーロッパではおなじみだ。
俺は、基本的に神様の絡んでいないお祭り騒ぎは、好きじゃない。
つまり、地域振興とかいう美名のもと、人間の商売っ気とご都合主義で繰り広げられる、信仰の絡んでいない祭りは、どこか空虚で、これといった中心がなく、祭り特有の熱気ちゅうもんが感じられないんだなぁ、残念ながら。神様とマツワルから祭りなんであって、神と人が互いに交わるからこそ、共同体に熱気が生みだされ、神の恩恵が人々に及ぼされるわけだ。つまり、神様不在の祭りは、単なるお祭り騒ぎってことだ。祭りとお祭り、似ているようで、実は大きく違うわけだ。
だから、今夜も祭りにはいかなかった。写真を撮りにいかないのかとも思うが、みっともなく浴衣を着崩した小娘なんざ、撮りたかぁないのさ。吹き流しの下を人の流れにのってふらふら歩き、アニメのキャラクターをあしらったアーチをいくつくぐっても、なんだか物寂しいのさ。

子供の頃、やはりこの祭りに出かけたことが何度となくあった。そして、その中で最も印象に残っているのは、商店街に面した市役所の門前で、悲しげな音色でアコーディオンをかなで、白い着物に旧日本軍の帽子をかぶった、物乞いの一団の事だ。
俺は、まだ小学校に上がっていなかったろう。6、7人の傷痍軍人が、立てる者は立ち並び、足の不自由な者は、その前にしゃがみ込んでいた。立っている者も、盲人や腕の無い者など、五体満足な者はいない。そんな一団が、祭りで浮き立った気分の人々に、何度もなんども頭を下げ、物乞いしていた。そして、そこだけは暗い雰囲気が立ち込めていたんだ。そう、国家の仕掛けた戦争によって、心ならずも五体不満足になってしまった人々が、終戦直後から蘇ってきた亡霊のようにみえたんだ。
今なら、きっとNPOなんかが募金をしたりして、この戦争の犠牲者が、人々に直接物乞いすることなどないのだろう。いや、きっとあの亡霊のような戦争の犠牲者の皆さんは、もうお亡くなりになっておいでなのだろう。
子供心に、人間の肉体をいともたやすく損ない、タバコの吸い殻を投げ捨てるように命を奪っていく戦争は、本当に嫌なもんだと思ったものさ。そして、もし今の俺がそんな光景に出合ったなら、迷わず写真に撮るだろう。それを非難する人もきっといるだろう。けれど、俺は忘れてはならない戦争の記憶を、自らが経験することが出来なかった戦争の記憶と、その愚行の結末を心に刻みつけるために、写真を撮りたいんだ。
Amsterdam
この物乞いは賑やかなカラクリ車で人々に注目されている

幸いな事に、日本は豊かな国になり、物乞う人を見かけることは無くなった。ヨーロッパやアジアで目にするように、身障者が物乞いしているような光景にも出くわすこともない。
それだけでも、この国は大したもんだと思うぜ。舵取りさえ間違えなけりゃ、必ず立ち直るだろう。舵取りさえ間違えなけりゃね。

そんなことを想いながら、今日も家にこもってひたすらプリントしていた。アムステルダム25カット、フィルム1本半。もう一息でこのフィルムの分がカタが付く、もうひと踏ん張りだと思っていた時、引伸機の電球が球切れしやがった。人間も引伸機も、タマ無しじゃ使いもんにならねぇ。人間ならゲイバーなんかで使い道もあるかと思うが、引伸機は何ともならないんだ。もちろん、我が家にそんなストックがあるわけでもない。今日は食い足りない気分だが、撤収だ。残念だ、至極残念だ。残念きわまる。
読者諸君、今夜はこんなとりとめもない思い出話で、申し訳ない。失礼するぜ。

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