2011/07/25

Post #253 Tolerance

ノルウェーで、テロが起こった。新聞は、イスラム原理主義者の犯行だと報道していた。しかし、爆破テロを行った後、自動小銃で、青少年を何十人も殺戮した犯人は、ノルウェー人のキリスト教徒、それも自称ファンダメンタリストだった。マスコミは、すぐにわかりやすいドラマを組み立てる。しかし、いつも真実は、メディアの想像力を超えてしまうんだ。
彼は、自身のFaceBookで、日本や韓国は、反移民の単一社会なので、素晴らしいと絶賛していたそうだ。残念ながら、そう誠に遺憾ながら、俺とは意見がまったく異なる。
俺は、自分の住むこの国が、祖国を追われた難民を叩きだし、韓国や中国の人々を、その歴史的な経緯を無視して差別し、日系ブラジル人を部品のようにこき使う事を、常々恥ずかしく思っている。決して、税金をじゃぶじゃぶ投入して優遇すべきだとは言わないが、文明的な社会として、他者を受け入れるノウハウや、その基準となるルールを設けてもいいんじゃないかと常々思っている。
移民のおかげで仕事が無くなってしまうと危惧する人々がいる。
しかし、彼らは日本人のやりたがらない仕事を、低賃金でやっている。まるで、一種のカースト制度みたいだ。仕事がなくなったのは、利益を優先する企業が、日本を逃げ出して、より人件費の安い国に生産設備を移してしまったから、という面もあることには目をつぶってだ。
怒りをぶつける矛先が違う気もするんだ。しかし、人間、金や権力を持っている奴には文句は言いにくい。長いモノには巻かれろだ。いきおい、弱い立場のマイノリティーに矛先は向かう。
おかしな構図だ。
まるで、俺たちの国は、未だに鎖国を続けているみたいなんだ。俺たちの頭には、相変わらずちょんまげが乗ってるのか?そんなの相撲取りだけだと思ってたのにな。
Paris
ヨーロッパでも、近年右派勢力が躍進し、移民に対する拒否反応は強まっているということは、十分に解っているつもりだった。しかしまさか、民主主義国家の中で育った人間によって、あんなド派手な殺戮行為が行われるなんてな。想定外ってこった。異質な文化を持つ人々が身近にコミュニティーを作ったら、誰だって、不安に感じるだろう。
しかし、寛容さを以て、相手に接する必要があるんじゃないだろうか?誤解を解いて理解を深めることは出来ないんでしょーかねぇ。
差別するものは、状況が変われば、自らもまた差別されるものに、容易に立場を変え得ることに思いを致すべきじゃなかろーか?
Paris
俺達は、20世紀に起こった大きな戦争で、ある国に属する人々の考えが、一つのベクトルに束ねられてしまったことによって、どれほど大きな悲劇が起こされ、どれほど大きな犠牲をはらったことか、忘れちゃいないだろう。
杉の木しか生えていない森には、貧しい生態系しか維持されないだぜ。一度いってみるがいい、静まり返っているんだ。生き物の気配が感じられないんだ。動物たちの餌になる木の実などが少ないからだ。さまざまな植物が多様に生えているからこそ、多種多様な動物が生きていける。
人間の社会も、同じじゃありませんかね?単純に、いろんな奴がいたほうが俺は面白いと思うんだけどな。
自分と意見の違うものを、ぶっ殺したり、排斥したりしていては、俺達は最終的には、自分以外の人間を皆殺しにせざるを得ないという結果になりかねないんだぜ。
意見が違ったり、文化が違っても、同じ人間だろう?そう、この21世紀、俺達人間にとって、世界はかつてないほどに狭くなった。他の文化を持つものと擦過せずにはいられないほどに。
だからこそ、他者に対する好奇心と、寛容さと、相手の状況を理解するための想像力が必要だ。
俺は、そう思うぜ。人間、それぞれ違っていて当たり前なんだから、そんなことで殺し殺される世の中なんて、俺はまっぴらゴメン蒙るぜ。
皆の衆、俺は失礼させてもらうぜ。こんな阿呆らしい世の中には、うんざりだ。
宗教が違っていても、空はつながっている。
文化が異なっていても、同じ地球に生きているのは変わりないだろう。
肌の色や言葉が違っていても、同じ赤い血が流れているんだ。
その人々もまた、家族を思い、一生懸命に生きていたりすることには、変わりないだろう。
差別や、偏見や、国境がなくなる日が、何時か遠い未来に、人類の歴史の延長線上にやってくることを、俺は祈ってる。俺に生きてるうちは無理でも、遠い未来にそんな日が来ることを、俺は信じてる。それにはまず、俺たちは寛容さを、自分と異なるものに対する寛容さを、持つべきだと思うんだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿