2011/09/24

Post #315 If I Should Die Tonight

うう、相も変わらず体調が、優れませんねェ・・・。
今日も今日とて、プリントするつもりでいたんですがね、ダメですわ。身体がというよりも、身体を動かす精神のほうが、その気にならないんだな。季節の変わり目には、こんなことがよく起こる。自分としては、身体が来たるべき気候に向けてチューニング中なんだと思ってはいるが、全身熱っぽく、とりわけ顔が火照るように熱くなってて、とてもクリエイティブに何かに取り組めるような心身の状況じゃないんだな。おかげで今日もダラダラと眠っている。体温計を探すのもおっくうなんだ。読者の諸君にこんな不甲斐ない姿を晒すのもなんだけれど、これが現実だ。この二日間で、百枚はプリント出来たんじゃないかって思うと、泣けてくるぜ。人生に残されてる自由時間は少ないってのに・・・。俺は老後の楽しみに、プリントを残しておこうなんてこれっぽっちも思っちゃいないんでね。
Paris
こうして少し調子が悪くなると、しばしば俺、もう死ぬんじゃないかって思う。
おふくろが39で早死にしてるから余計にそう思う。とっくに40を超えた俺だ、いつ死んでもおかしくないぜ。縄文時代の日本人の平均寿命は30歳くらいだったっていうしな。医療がなければ、人間なんてそれくらいで死んじまう弱い生き物なのさ。
だからこそ、一瞬一瞬、迸るアーク溶接の火花みたいに激しく生きていたいんだけど、昨日今日の不甲斐ない有様じゃねぇ。こんな状態じゃ、いつもヘソの下あたりに渦巻いている生命エネルギーが、自分で感じられないんだよ。俺に写真を撮らせたり、プリントさせたりさせてるのは、この下っ腹のあたりにとぐろを巻いてる生命エネルギーなんだ。それが自分で感じ取れないとは・・・、弱気にもなってしまうさ。
いつも新聞の死亡記事に目を通す。どんな立派な業績を残した奴でも、最後は新聞の片隅にちいさな記事が出るくらいだ。顔写真がついていれば大したものさ。俺が今夜死んだところで、どこかで犬が一匹死んだのと大差ない。俺のつれあいは悲しむだろうが、世の中から痴漢が一人減ったくらいのものさ。
せめて、俺の葬式は楽しいものにしてもらいたい。俺は親しい友人にはいつもお願いしている。涙は無しだ。俺の好きなロックやファンクやソウルを流して欲しいぜ。思わず棺桶から起き上がりたくなるようなとびっきりの奴をね。そう、参列者も思わず腰が動いちゃって、ステップを踏みたくなるようなイカした奴だ。
もっとも、俺は『善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや』でおなじみの浄土真宗だから、好き放題の俺の往く先は極楽往生間違いなしだ。キレーなおねーちゃんが待っててくれるとイイんだがな。で、肝心の葬式だけれど、いろいろと注文がある。今日はいい機会だから、ここに書いておこうや。誰かが憶えていてくれて、この通りにやってくれるかもしれないぜ。
まずは、俺の死に顔はニッコリ笑顔にしておいてほしいーもんだ。
ガンガンロックの流れる中で、棺桶の中の死に顔を見た親類知人が、思わず噴き出すような満面の笑顔にしておいてほしーぜ。これは自分が死ぬ時の心掛けもカンケーしてそうだ。最大限努力するぜ。
Paris
棺桶の中には、あの世に行っても傾いていられるように、グレンフェルのパープルのコートや、蛇皮の靴や、パイソン柄のスキニーデニムを入れておいておくれよ。髑髏の杖も欲しいけれど、燃え残っちまうから、誰かにやるさ。あの世に行って、幽霊みたいな恰好はゴメンだぜ。カメラも入れなくていいぜ。どうせあの世に行って写真をとっても、どれもこれも心霊写真だって言われちゃうだろうからな。
で、肝心要の葬式がはじまり、坊さんが席に着いた途端に、天井からでっかい金盥が坊さんの頭に落ちてくるとか、コミカルな演出をお願いしたい。頭を強打した坊さんが、しぶしぶお経を読みだすと、木魚のリズムに合わせて、棺桶の顔の部分に設けられてる小窓が、パタパタキーキーと開いたり閉まったりするのも小憎い演出だ。焼香の途中なんかに、棺桶がワイヤーでつられて蓋が開いたり飛び上がったりするってのも、あほらしさ満点でいいんじゃないかな。そうそう、焼香の香炉の灰の中に、爆竹なんかを仕込んどいてもらえると、スリル満点だ。気味が焼香した途端に、バチバチ!っとはじけるのさ。俺もきっと棺桶の中で笑い転げることだろう。
そう、全体的なイメージとしては、大昔のドリフターズのコントだ。8時だよ、全員集合だ!
そして、出棺の際には、マービン・ゲイの"If I Shoud Die Tonight"なんかかけておくれよ。とびっきりのブルースマン、ジョン・リー・フッカーの“Burning Hell”なんかもイイかもしれないな。これもカッコいいブギーなんだぜ。出来れば気の合う仲間たちに、お神輿みたいに景気よく担いでほしーぜ。バカバカしいのは分かってるぜ。けど、湿っぽいのは嫌いなんだよ。所詮この世から馬鹿が一人減っただけのことだ。だったら最後まで、バカバカしくいきたいもんだろ?
もちろん霊柩車は、宮型つまり、屋根が作ってあって、その上に金ぴかの鳳凰なんかが輝いてるあれじゃなきゃね。なんたって、俺はあの手のゴージャスな霊柩車を自家用車にしたいと思ってるくらいなんだ。眠りたくなったら、サービスエリアに車を止めて、棺桶の中でぐっすり眠るのさ。暑い時期にはドライアイスなんかを入れるのもいいだろう。その夢がかなう時がやってくるのさ。
そうそう、花輪なんかも一ひねり欲しーもんだ。菊の花でグラマラスなおねーさんの姿を象ってもらえたりすると、死人冥利に尽きるぜ。個人は生前、いい女を見ると、すぐにシャッターをきっていましたとか言ってね、ダッハッハ!
で、俺の糞くだらない人生をリワインドするようなスライドショーを作るくらいなら、俺の撮った糞ったれな写真のスライドショーを流して欲しいぜ。どこよりもその中に、俺の生きた証があるはずだ。
そして、何より弔辞だ。このブログには、弔辞のネタになりそうな馬鹿話をせいぜいちりばめておくとするかな。
まぁ、こんな夢みたいなこと書いたって、きっとまだ死にゃしないんだろうし、それを実現できるほどの肝っ玉の奴なんていやしないだろうな。だからこそ、こうやって書いておくんだ。これは故人のたっての願いだったって言えるようにね。
読者諸君、人間、気弱になるとどうもネガティブな事を考えちまっていけないぜ。まぁ、どうせもう少しダラダラねむってりゃケロッとするさ。けど、俺の葬式には、みんなぜひ来てくれよ。たんまり香典包むのを忘れずにね。失礼する。あの世で会おうぜ!


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