2011/10/31

Post #352 Halloween

世の中はハロウィンだそうだ。
繁華街に行けば、ここ何日かそんな恰好をして浮かれた老若男女を目にする。ハロウィンとは何の縁もゆかりもないような蕎麦屋の店先に、Happy Halloween! なんて貼ってあるのを見ると、思わず苦笑いだ。日本人は、なんでもへーきで受け入れる。その不見識とすら思えるほどの不定形さが、日本人の真骨頂なんだろう。OK、せいぜいみんな楽しんでくれ。この不景気な世の中、羽目を外して楽しむのは、悪いことじゃないぜ。おまけに今年は世界の人口がついに70億を超えたとか言って、お祝いムードだ。何が目出度いもんか。こんなんじゃ、そのうち人間の重みで地球がつぶれてしまうわ。TVのノー天気な報道に、いささかげんなりするぜ。人間が増えたって、地球の資源は限られているんだぜ。所詮俺達は月や火星じゃ暮して行けやしないんだ。きっとそのうち、紛争や資源の奪い合いが激しくなるに違いない。仕事だって、ますます少なくなってしまうだろう。一体どうするつもりだよ?浮かれてる場合じゃないだろう。
しかし、俺は会計監査のように、全く浮かれてなんかいやしない。
俺がもし浮かれていたら、馬鹿笑いをはじめないうちに、悪い知らせを耳打ちしてくれ。
なんせ仕事は気が抜けない段階に差し掛かっているんだ。毎日が山場だ。しかも月末だ。振込だの引き落としだのと、いろいろと金も出ていくんだ。それになにより、出張中でも帳簿はきっちりと〆ておかないとな。なにしろ来月末は俺は決算なんだ。そろそろ準備をしておかないと、ケツに火がつくってもんだ。去年の決算はひでぇ目に遭ったんだ。何がハロウィンだ、収穫祭だ。俺はなんだか、永遠に収穫期を迎えることのない、哀れな農夫のように働いているのさ。おかしなもんだぜ。
HongKong
ちょうど二年前の今頃、俺は香港に行っていた。さしたる展望もなく、後ろ足で砂をかけ、つばを吐き捨てるようにして会社を辞めた直後だった。働くことにうんざりしていた。見通しがつかず、毎日近所の河で、呑気に水面に浮かんでいるカモを眺めて過ごしたんだ。
そうさ、この先一体どうするもんかと、毎日悩んでいたんだ。悩んでいても、旅行には行ける。悩んではいても、写真は撮れる。不思議なもんだ。
あれは不安な時期だったけれど、不思議と充実した旅だった。
ハロウィンが巡ってくると、いつもあの頃のことを思い出す。
そう、ハロウィンが来ると初心に帰ってしまうのさ。
読者諸君、今日もこれまた結局、どうでもイイ、内容のない、ごく私的な話でスマン。俺は私小説が大好きだったんだ。太宰治とかね。それじゃ、失礼させてもらうぜ。君たちにとって、この10月は実りある一か月だったかい?浮かれているうちにもう今年も残りわずかになっちまったぜ。人生だって、おんなじように過ぎていくのさ。有意義に過ごしてくれよ。じゃぁ、また会おう。

2011/10/30

Post #351 Nightscene #2

Paris
Today,I Can't write on Japanese. Maybe, it will be a Trouble of Blogger or Google.
Cause tonight, I send to you today`s POST #351 with My Photgraph only.
Dear Audiences, Sorry. It's my Life,it's Rock &Roll too. See you next time. Bye

2011/10/29

Post #350 Les Fragments de Paris #9

Paris
こんなゆったりまったりした日曜日の過ごし方も、悪くないだろうさ。まぁ、どのみち俺は仕事だから、カンケーないぜって言えば、カンケーないけどね。
読者諸君、今日はこれで失礼する。素敵な日曜日を送ってくれたまえ。

Post #349 Naked Eye #20

どうしてだろーか、出張していると話すほどの内容がない。
単に宿と現場の往復だけだからだろうか?世間は金曜の夜というのに、俺は早々に宿に引き上げてぐったり疲れ切っている。コンビニ弁当ばかり食ってちゃ、今一つ元気も出ねぇってもんだ。く~ッ、しこたま肉が食いたいぜ!そうだ、肉だぜ。出来ることなら、牛肉がいいなぁ、いやたまには馬刺しなんかも食いたいもんだ。生姜醤油にさっとつけて頬張ったときの喜びったらないぜ。
まぁ、俺が毎晩コンビニ弁当なのは、そもそも俺がどこかの店に入って、独りで飯を食うことが大嫌いだからだ。言いようのない侘しさが胸にこみ上げてくる。残念なことだ。しかし、まぁもし仮に一緒にご飯を食べにってくれる素敵な女性なんかがいたら、すぐに金が無くなっちまう。困ったものだ。
Tokyo
読者諸君、ブログを書きながらうとうとしていたいたら、ついうっかり日付変更線を越えてしまった。残念だ。残念きわまる。まぁ、だからってどうってことはないんですがね。明日の土曜日だって、俺にはカンケーない。仕事だ、仕事。たまには休みがほしいってもんさ。
読者諸君、失礼する。

2011/10/27

Post #348 Naked Eye #19

今日は仕事の山場だった。
いつまでたっても進んでいる気はしないが、毎日じりじりと進んでいる。そういう時は、精神的にもかなり疲れるもんだろう?何、俺も君たちと同じ非力な人間だってことさ、所詮。
だから、眠っていた。眠ることで脳の中の情報をデフラグしないとやってられんぜ。
なに、諸君、心配は無用だ。大人だったら、誰だってそんなときもあるだろう。俺もこう見えて世間様並みってこった。収入も世間様並みだとうれしいんだがね。
Bruxelles
今日お届けする写真はブリュッセルのとある駅の構内だ。俺は初めて降り立ったブリュッセルの駅で、さまざまな民族人種の人々が行きかうのを見て、うきうきしたものだ。よく考えれば、ブリュッセルはEUの本部がある場所だ。分かるかい、言うなればヨーロッパの首都機能を持つ街なのさ。小便小僧だけじゃないのさ。君たちもTVのニュースくらいは見てるだろう。毎日ドイツのメルケルやフランスのサルコジをはじめとするEU各国の首脳が集まって、借金ダルマのギリシャをどうするか話し合ってるのが、そのブリュッセルさ。こじんまりとしたいい街なんだがね。
読者諸君、失礼する。シャワーを浴びてすっきりし、ぐっすり眠って、疲れをいやすのさ。そう、これが俺の人生だ。ロックンロールというより、地道なブルースだ。

2011/10/26

Post #347 自由と放埓

世の中には、ずいぶんたくさん勘違いした奴がいる。
これは自明のことだ。彼のフランク・ザッパは『宇宙には普遍的に二つのものが存在する。水素と愚かさだ。』という名言を遺したが、全く以てその通りだ。石を投げれば勘違い野郎にあたると言っても過言ではない。
なかでも、俺がイラつく勘違い野郎は、好き放題やることを自由だと思っている奴だ。
人には誰にも自由がある。それは人類がさまざまな問題を乗り越え、長い年月にわたって培ってきた、比較的新しいコモンセンスだ。うむ、自由とは現代の偶像無き宗教といってもいいんではなかろうか。
その意味では、俺も自由の信徒であり、自由の使徒でありたいと思う。
けれど、自由ということは何をやってもお構いなしというものでは、ない。
そんなものが自由なら、殺人も、強姦も、詐欺も、強奪も、そう、あらゆる悪徳が人間に許されてしまう。諸君、想像してみてくれ、そんな自由な社会はお断りだ。ゲヘナの火に生きながら焼かるべしだ。
自由とは、常に自分自身で周囲の状況を判断し、自らなすべきことを自発的に行い得るということではないだろうか。クラーク博士だったっけ?学長として赴任した学校の校則を如何にするかと問われて、『紳士たれ』の一言でかたずけてしまったのは。

『汝の欲するところを為すべし』という自由は、『思うところに従いて則を越えず』という自制心がなければ、唯のケダモノとかわりない。

そしてなにより、自由には絶対的に、責任が伴う。

どう振る舞おうが俺の自由だろう!と息巻く御仁をよく見かけるが、それによってぶん殴られたり、仕事を失ったり、相手とタイミングが悪ければぶっ殺されたりすることを受け入れる覚悟があるのかと訊きたいものだ。それがわかっちゃいない奴は、いくら年齢を重ねていても、単なるガキだ。そして、トーゼン、そんな連中に自由を云々する資格などなかろう。そんなのは単なる放埓であって、自由でも何でもない。
バカらしくって、そんな奴らとはお友達になりたくもないぜ。
Barcelona
かつて、宮沢賢治が詠ったような『億の巨匠が並んで生まれ、しかも互いに相おかさない そんな世界』がいつかこの地上に打ち立てられる日が来ることを俺は信じている。神様を信じるように信じている。悪いかい?3年後とか5年後とかの話しじゃないぜ、気が遠くなるような未来の話しさ。誰もが自由にふるまって、なおかつ互いに傷つけあったり、誰かの幸福を踏みにじったり、他人の自由や尊厳を損なったりすることのない、夢のような社会だ。そう簡単に実現するわけもない。何千年、いや何万年も先の話しだろう。ひょっとしたら、そんな社会が実現する前に、人類は滅んでしまうかもしれない。けれど、俺はそんな世界がいつか実現する事を、最後の審判がやってくることを確信しているエホバの証人の皆さんように、堅く、堅く信じている。そして、今日の一日が、その未来につながっている事を、俺は知ってるんだ。どれだけまわりに自由と放埓をはき違えたバカヤローが便座や薄汚れたまな板の上に繁殖しているバイキンのようにうようよしていようがね。

だからこそ、せめて俺は自制心と責任感を持った自由人でありたいと思っているんだ。
読者諸君、失礼する。渡る世間はアホばかりだ。

2011/10/25

Post #346 嗅覚

毎日、白金台5丁目のウィークリーマンションから1キロほど歩いて恵比寿駅に行く。
そこで山手線にのり、原宿まで向かう。男の現場は原宿だ。周囲には小娘と、誤飲なキャッチセールスを展開する黒人ばかりだが、そここそが俺の当面のステージだ。
こいつをクリアしなければ、次には進めない。面倒なことばかりの仕事だが、一筋縄ではいかない現場ほど、やりがいがあるというものだ。そう、達成感もあるだろう。だからといって報酬が高いわけでもないがね。
毎日毎朝、5分ほど電車に乗っていくんだ。恵比寿の次が渋谷、渋谷の次が原宿だからな。あっという間だ。居眠りするヒマもありゃしないんだ。もちろん読書なんて出来ないぜ。そうそう、痴漢に間違われないように気を付けないとな。とはいえ、ほんの5分ほどだ。本当は歩いたってたかが知れている。俺の友人には、紀伊半島を歩いて一周し、大阪まで言った奴がいる。驚くぜ。
で、毎日ぼんやり外を眺めていた。渋谷駅のあたりにビックカメラが見える。一度行かねばと俺の嗅覚が告げていた。そんな時には何かがあるのさ。俺の嗅覚は鋭いんだ。特に物欲が絡むとね。本当に欲しいモノ、俺に使って欲しがっているモノが俺を待っている店には、自然と引き寄せられ、もうこれは俺を待っていたんだという、珍獣を発見する。
そして、永年の修行の甲斐あって、欲しいものは即座にGETすること出来るようになった。お金の手持ちがなければ、即座にカードをきる、金額が高ければ、迷わずリボ払いだ。ふふふ、この境地に達するまでに、どれほどの逸品を逃したことか。しかし、迷って逃すようなものは、所詮は必要のないものだったということだ。本当に必要なものがわかっていれば、人生はシンプルだ。金の心配だけしてりゃいんだからな。
Amsterdam
てなわけで、俺は自分の嗅覚を信じて、つい先日仕事が比較的早く終わった時に、行ってみたんだ。そう、金力は絶対必要条件だが、あまりに疲労していると、気力体力が削がれるし、珍獣を発見したときの瞬発力が鈍るんだ。ちゃんとカードを持っていたかどうか、胸のポケットに手をやって確認するための瞬発力だ。
そう、そうして気力体力充分の俺が、ビックカメラ渋谷東口店で見出したもの。それは、発表しよう。既に生産中止になったFUJIの六切りモノクロ印画紙、100枚入りケース二箱だ。
しかも、商品入れ替えの為の見切り品ちゅうことでお安くなっている。
俺はこの二箱を鷲掴みにして、レジへ一直線だ。そうして、俺はカードを差し出していたのさ。そして元気よく『一括払いで!』
俺にとって印画紙は、次元大介のマグナム44、五右衛門の斬鉄剣、峰不二子のお色気のように欠かせないものだ。
毎朝感じていたあの、いかなければ、行けばわかるさという感覚は、この印画紙が俺に向かって訴えかけてきたものなんだろう。
よし、今度この仕事を片付けて家に帰ったら、ジャンジャンプリントさせてもらうぜ。楽しみだ。これでこそ、男の仕事にも張りと潤いが出てくるってもんだ。
それじゃ毎度まいどでなんだけれどいつもの奴を言ってみよう!親愛なる読者諸君、失礼するぜ。

2011/10/24

Post #345 Naked Eye #18

今日はホントいっぱいいっぱいです。
セックスピストルズ直伝のDo It Myself精神を炸裂させて、働いてしまいました。
ちょっとした充実感と、激しい疲労感。早くシャワー浴びて眠りたいんだ。
駅からの帰り道、ずっとニールヤングのBirdsという曲を口ずさんだり、口笛で吹いたりしながら帰ってきたのさ。あれは確か、名盤Afgter The Goldrushに入っていたっけ。
Paris
そんなわけで、今日は失礼する。まだまだ先は長い、手加減しながらいかないと、また痛風で苦しむ羽目になっちまうってもんだ。アディオス、アミーゴ!

2011/10/23

Post #344 The Dictator was killed

昨日の夜、うちの連れ合いと電話で話していたら、『あんたが禿げる夢を見た。禿げには気をつけなさいよ』なんて言われてしまった。確かに髪を洗うと、びっくりするほど抜け毛が多い。とりわけ、東京に出張してからより多いような気がする。放射能の影響だろうか?まぁ、ごく一般的な成人男子に比べるとかなり髪が長いんだから、同じ本数抜けても、そのボリュームはかなりのものだ。それに、日常的にはしばっているし、くせ毛で絡まっているから、髪を洗うと一挙に毛が抜けたように感じる。ココは俺もかなり心を砕いているところなのである。正直、ハゲはゴメンだ。
何故、彼女がそんな夢を見たかといえば、リビアのカダフィ大佐が拘束された時の映像をニュースで見たからだそうだ。あのくせ毛が、逃亡生活によってかなり薄くなっていたらしい。そりゃ薄くもなろう。
俺が生まれた年に、クーデターを起こし、リビアの王の如くに振る舞っていた独裁者、人民の兄貴、カダフィはついに死んでしまった。何とも寂しい気がする。世界からアクのあるプレイヤーがまた一人減ってしまったのだ。ちょっぴり残念だ。何故って、俺は結構カダフィのことは気に入っていたんだぜ。
日本から輸入した回転ベッドを愛用していたり、国力の違いをモノともせず、アメリカにくってかかってみたりした。さすがは狂犬と言われた男だ。その挙句NATOに空爆されても、間一髪しぶとく生き延びた。さすが悪役っぽいぜ。フランスに行ったときにはエリゼ宮の庭に、わざわざ巨大なテントを建てて、自分は遊牧の民ベドウィンなのだと誇示してみたりもした。さすが非常識だぜ。アフリカ大陸の国々に団結を呼びかけ、石油でしこたま儲けた金を、惜しげもなくアフリカ諸国にばら撒いて国際的な支持を集めてもいた。さすが成金のオヤジのような気前の良さだ。
自らブルドーザーを運転して、刑務所の壁をぶっ壊してみせては、反政府分子を釈放したりもした。この大向こうを狙った芝居がかったところも素敵だった。かと思えば、著名なシェイクスピア研究家として、世界的に認知されていた。意外とインテリなのだ。
外遊の際には、必ず身辺警護にカダフィガールズと呼ばれる女性兵士を引き連れていたってのも、チープな悪役っぽくて、どこか滑稽なこけおどし感が漂い、何とも憎み切れないアル・アフ、つまり兄貴だった。
もっとも、俺がリビア人だったなら、そんな呑気なことも言っちゃいられないだろうが、俺は長年カダフィ大佐の底抜けに人間臭いエピソードの数々に好感を抱いていたんだ。主義主張の問題じゃなく、あくまで人間としてね。そう、純粋に俺から見ておもしれーオヤジだったってことだ。
古くはナポレオン、そしてヒトラー、ムッソリーニ、スターリンってのもいたな。昔のPUNKバンドじゃないぜ。最近では独裁者の生息地帯は中東・アフリカに移ってフセイン、ムバラク、そしてカダフィ・・・。独裁者の末路は常に悲惨だ。ムッソリーニの死体は裸に剥かれて電柱に吊るされていた。モグラのように隠れていたフセインは、まるでホームレスのようだった。そしてカダフィ。自らが愛用していた黄金のピストルで、頭を撃ち抜かれて死んでしまったのだ。盛者必衰の理を感じるほかない。
Paris/カダフィの落ち目もこのチュニジアの革命から始まった
独裁者、或いは古くは王が殺されるというのは、日本ではあまりピンとこないかもしれないが、世界的に普遍的なことだ。大昔からそうだ。大昔には、白髪が生えた王は殺されることもあった。虫歯が出来ただけでぶっ殺された王様だっていた。国民の前で年に一度全力疾走できなければ、王位を奪われ、殺される王もいた。アルカイックな世界では、王は常に強く若々しくなければならなかったんだ。ロックスターよりも苛酷だ。何故かって?
もし、生命力の衰えた王がいつまでも国土に君臨していたならば、その国では作物は実らず、水は涸れ、さまざまな天変地異が起こると人々に信じれれてきた。だから、身体機能の衰えてきた王は容赦なく人々に追われるように王位を簒奪され、命を奪われたわけだ。そして、若く力強い王が即位することになるんだ。そうすることによって、国土の衰えた生命力を、乱れた自然の調和を取り戻すことができると考えられていたんだ。リビアも豊かな国になれるのだろうか?
俺がまた、冗談を言ってると思っているだろう。そう思っている君はぜひともフレーザーの名著『金枝篇』を読んでみるとイイだろう。これは何年か前のアニメ、エウレカセブンの中で、重要な登場人物の一人ホランドがいつも読んでいた本だ。民族学の歴史的名著だ。上下二巻、殺される王について、偏執狂的にくどすぎるほどの例証をあげて、持論を展開している。これは面白い本なんだけれど、なかなか読破出来ない。
しかし、今回の出張で暇潰しに読んでみようと思って持ってきたんだ。チョイとエウレカセブンのホランドをまねてみたい気もあってね。そうしたら、カダフィが殺害された。仕方ないカダフィもすでに78歳だ。俺が生まれた頃から、ずっと独裁者だったんだ。髪だってかなり薄くなっていた。王が殺されるには充分な、そう充分すぎる理由だろう。もっと早く、若い奴に道を譲っておけば、殺されることもなかっただろう。そう、体力の衰えた王は、殺されてしまうのさ。世界の、国土の豊穣と平和のためにね。
読者諸君、また会おう。今回はちょっといつもとケイコーと対策が異なっていたかもしれないな。それでもイイさの。さらば国民の兄貴、そしてViva La Revolution!
新しいボスに会ってみるがいい。きっと前のボスとそっくりだろうよ。そんなことにならないようにしてもらいたいぜ。人々が、銃を手にして戦うような国じゃ、写真なんて危なっかしくって撮っちゃいられないさ。

2011/10/22

Post #343 My Contax Broke Down

どうやら、俺のコンタックスT3が壊れてしまったようだ。
フィルム給装。即ち巻き上げが不良で、フィルムを入れてもカウンターが00で点滅したままで、臨戦態勢にならんのだよ。どうも最近、シャッターをきって、フィルムを巻き上げるときに、ギシギシした音がすると思っていたんだが、まぁ、あかんですわ。ぶっ壊れちまったんだ。要修理だ。病院送りだ。俺より先にダメになっちまうなんて、根性のない奴だ。鍛え方がたりないのか、それとも酷使しすぎたのか?はっきりしてるのは、こいつは今やもう、使い物にはならないってことだ。また、出費がかさむぜ。今月末までに市県民税を払わねばならないってのに・・・。こりゃますます働かなけりゃならないな。
しかし、最大の問題は当面はどうするかだ。まだ3週間は出張したままだ。おいそれと修理に出すわけにもいかないぜ。
仕方ない、こんなこともあろうかと思って密かに用意していた、コンタックスT3初号機(こいつはいつもリバーサルを入れて撮っている奴なんだが)を投入しよう。ちなみにいつもモノクロを撮っているのは、データパックのついたT3弐号機だ。どちらも黒。やはり男のカメラは黒でなくっちゃ。しろとか赤とかありえないぜ。
カメラを持たずに外出するのは、不安だ。武士が刀を持っていないような、あるいはパンツをはき忘れてきたような、そんな不安感がある。
コンタックスT3に関して言えば、フィルム給装系のユニットが脆弱で壊れやすい。以前もフィルム巻き上げ軸の小さな爪が折れてしまった事で、巻き上げることが出来なくなっちまって、修理に出したことがある。
Tokyo
しかし、今回の故障には明確に思い当たる原因がある。池袋北口で国家権力の手先糞ったれなオマワリに職務質問された際に、ついかっとなってフィルムを引っ張り出してしまった時に、どうやら無理なテンションがかかってしまったようだ。(2011/09/30Post 『つまらねぇ、写真なんてもうやってられないぜ!』http://www.blogger.com/posts.g?blogID=4504767697228722712を参照)
自業自得ではない。みんなあの豊島区のオマワリどもが悪いんだぜ!そして、俺を痴漢まがいの犯罪者呼ばわりしやがった小娘ども!カメラ壊せとか言ってやがったけな、よかったな、あんたらのご希望通り俺のカメラはぶっ壊れちまったぜ。これをぜひあいつらに教えてやりたいもんだ。いや、ホントに、思い出したら異様にムカついてきた。不愉快だ。不愉快きわまる。オマワリも、自意識過剰な小娘もだ。そんなに写真撮られたりするのが嫌なら、顔にパンツでもかぶっとけてんだ!オラァ!ちょっとそれは面白いな。
まぁイイ。所詮は過ぎたことだ。いくら悔やんでも後の祭りだ。過去の怒りにとらわれていると、今日が台無しだ。出張から帰ったら、早速修理に出そう。どこで出しても同じではあるが、なじみの店で出したいもんだからな。
腹減ったなぁ、そういえば今日は晩飯も食わずに、うとうとしていたんだ。金が欲しくて働いて、眠るだけさ。
読者諸君、失礼する。ラーメンでも食いに出かけるとするぜ。

2011/10/21

Post #342 Gloomy Sky #3

うう、忙しい。忙殺という言葉があるが、その状況に向かって錐揉みしながら毎日が落下している感覚だ。たった今の今まで仕事のメールをジャンジャン送っていた。
まぁ、いいさ。誰だってこの日本に住んでる奴は、何かしら忙しいもんだ。それが日本人の国民性だ。かつて世界中からエコノミック・アニマルと馬鹿にされていただけのことはある。人生の満足度だって、そりゃ低かろう。馬車馬か奴隷のように朝も早くから夜遅くまで働いていちゃ、頭がおかしくなってしまうというもんだ。さすがに年間3万人が自殺する国だ。交通死亡事故死者よりも、自殺する奴が多いくらいだ。おかしな国だ。しかし、ひょいと視点をずらせば、そんなのどれもしょせんは金儲け。少しくらい遅れたって、失敗したって、殺されるようなこともないし、世界が終わるわけでもないのさ。もっと気楽に行きたいもんだ。
Amsterdam/我が国も風力発電で脱原発してくれよ
曇った空も、いつかは晴れるさ。そして陰気な雲の上には、青空が広がり、その空は無限の宇宙につながっている。その宇宙から見たら、毎日毎晩飽きもせず、納期だ信用だの、利益だ信頼だので上や下への大騒ぎの俺たちのなんてけち臭いことか。我ながらうんざりするぜ。
しかし、この日本に生きてる以上、そんなスナフキンみたいに自由気ままに生きるのは、至難の業だね。やれやれ、世間の連中のことはともかく、俺の暮らしに垂れ込めるこの雲は、いつになったらすっきりと晴れるのだろうか。線路に飛び込めば、すぐに晴れるさってのはナシだぜ。

読者諸君、失礼する。ミストのような雨が降り続いている。俺には関係ないが、週末がやってくるというのに、残念なことだ。お出掛けの予定が流れてしまったんなら、暇潰しに俺のブログでも読んでみてくれ。しょうもないぜ、きっと。

2011/10/20

Post #341 Fetishism

本来、性的な対象でないものに性的な興奮を覚えることを『Fetishism』というのだが、俺はよく、俺の写真を見た人から、足フェチだと指摘される。
ふむ、俺は苦笑いしながらいつも思うのさ。『当たらずも遠からずだ』ってね。
足フェチじゃないと思うんだよ。むしろ俺はストッキングとかタイツとかに対する嗜好性があると思うんだ。俺の中では、それは女性の象徴のようなものだからだ。
いやいや、だからって干して女性のストッキングを盗んだり、夜道で女性を襲って掃いているストッキングや網タイツを無理やりに脱がせてしまうようなことは、無い。それは犯罪だ。ただでさえ、国家権力の走狗オマワリどもから職務質問を受けやすい独特のオーラを放っている俺のこった、そんな変態じみた犯罪行為をしていたら、一年の半分は刑務所入りだろう。一年のうちの半分は、何かしら故障して、ディーラーの修理工場に入っていたと言われる昔のジャガーみたいだ。人生の楽しみが半減だ。
しかし、問題としては写真をずらりと並べてみると、やはりそんな性的な嗜好がうかがえるような傾向にあるのは否めんことだ。
あ、そうそう、誤解が無いように言っておくと、男がストッキングやタイツを穿いていたとしても、決してぐっとしないから。中世のフランスの貴族とかのように、イイおっさんが白いタイツとかはいて俺の前にしゃしゃり出てきやがったら、きっと俺は、不快感のあまり吐き気を催すだろう。もしくはローリングソバットをお見舞いしてやるぜ。
やはり、ストッキングやタイツが女性のはくものだという点が重要なんだろう。中身もそれなりに重要なんだ。しかし、それなりだ。やはり目が行ってしまうのは、黒くて少し透けてるようなストッキングや、厚手でも光沢があったり、目を引くような柄がプリントされているタイツだったり、少し肉付きの良いももやふくらはぎに食い込むようにまとわりついている網タイツだったりするわけだ。
うむ、これではますます変態だと勘違いされてしまうわ。まいったなぁ・・・。
Amsterdam
俺のような好青年が、いやむしろすでに好中年か、寂しいことだ、何故にそんな性的な志向性を持つようになってしまったのか。疑問は尽きない。ここはひとつ、よく考えてみよう。
精神分析学の開祖・フロイトは、フェティシズムの原因の大半は、幼児期のトラウマにあると考えていた。ふむ、幼児期にねぇ。俺は自分の記憶の海に潜り、普段は表面に上がってこんような、そう深層海底水のような記憶を漁ってみる。あった、あった。ありましたよ。
この地球にやってきて間もない子供の頃、俺は私立のカトリック系の幼稚園に通っていた。キリスト教に関することは、この幼稚園時代に学んだことが、基礎になっている。毎月貰っていた旧約聖書や新約聖書の内容を翻案した絵本の図柄を、今でもはっきりと覚えている。神の命令に逆らったヨナが、クジラから吐き出されるシーンなんか今でもはっきり覚えている。
この頃、冬になると俺はタイツをはかされていた。俺はそれが嫌で嫌でイヤでしてね。何故ってすでに幼稚園の年中さんくらいで、タイツなんかは女の子のはくもんだっていう堅固な認識があった訳だ。しかし、はかされてしまった。それが俺の、まだ生みたて卵のように新鮮な心に、トラウマとなってしまったんだろう。
幼い子供をお持ちの読者諸君、もしくは今後子供を授かる可能性のある読者諸君。子供を育てるときには、くれぐれも変なトラウマを植え付けないように、心掛けてくれたまえ。
今日はいささか疲れているんだ。俺はそろそろ休ませていただくぜ。なんせ、明日も朝から男の仕事が俺を待っているんだ。失礼させてもらうぜ。

2011/10/19

Post #340 Gloomy Sky #2

仕事で帰りが遅くなったのに、そそくさとコンビニ弁当でわびしい夕食をかっ喰らい、少年サンデーと思わず買ってしもうた白戸三平の『カムイ外伝』を読んでいたら、すっかり遅くなってしまった。
誰だ!中年サンデーとか言ってるのは?あ、俺か?ヤングサンデーでも漫画サンデー通称漫サンでもない、れっきとした少年サンデーだ。40男でも、少年の心は必要だろう?
仕事の写真を整理し、お客にメールを送っていたらこれまたすっかりこんな時間だ。
ブログの更新をせねば。誰に約束したわけでもないけれど、毎日更新するのは、自分との約束だ。
これはおろそかにはできん。
しかし、こんな時には、あっさりと流す。スマン、皆の衆。
Bruxelles
一見、昨日と同じ写真だけれど、実は違う。
マンネリでも飽きなきゃいいのさ。
読者諸君、また会おう。明日も俺はこの大都会のど真ん中で、地を這うように働いているだろう。

2011/10/18

Post #339 Gloomy Sky #1

陰鬱なカンジの空が好きなんだ。
ブルースの香りがする。思わず何か不吉なことがその空の下で起こっていそうな気すらする。
Bruxelles
だから、空はいつもしっかりと焼きこむようにしているんだ。青く澄み渡った空も、しっかり焼きこむことで、ざらりと不気味な空になるのが写真の不思議なところだけれど、その粒子感は原版を見ないとわかってもらえないかもしれないな。

それはそうと、祝中日ドラゴンズ、セ・リーグ連覇。
ありがとう、落合博満監督!あんたのオレ流采配を俺達は忘れない。
最後の花道に、日本シリーズ優勝を願ってるぜ!ありがとう!
出る杭打たれる日本社会に、空気を読んでは事なかれの日本社会に、寡黙にオレ流を貫いた落合監督を、いつまでも忘れないぜ!
しかし、来期は高木守道か・・・。う~む、何だかなぁ・・・。やってられないぜ。

2011/10/17

Post #338 Naked Eye #17

今日から原宿で仕事をしているんだ。若者の街だ。俺がガキの頃もそうだった。竹の子族とかいう訳のわからん、ファッションの連中がごまんといて、何だか訳の分からん踊りを踊っていたっけ。
若い子はいつだって、訳の分からん格好をしたがるものだ。まぁ、俺にしても年長者からは、訳の分からん悪趣味なファッションセンスだと酷評されるんだが。
それにしても、この街で売っている商品は、どれもこれも子供だましのものばかりだ。そのせいもあって、俺のような中年には、この街は何だか居心地が悪い。変わった格好の女の子を見るのは、悪くはないんだが。
現場のすぐ周りには、黒人のアンチャンたちがたむろして、どうでもいいような服や帽子を売ってる店がある。通りを歩けば、そんな黒人ばかりだ。
しかし、俺の仕事は始まったばかり。緊張と慄きで心はいっぱいだ。構っている暇はない。
Paris
いくつになっても、初めての現場に赴くときには、結構緊張する。極端に口数が少なくなるか、異様に饒舌になるかだ。しかし、今では一人で商売をしているので、現場に向かうあいだ、ひっきりなしにハイテンションでジョークを飛ばしまくったりすることは、めっきり少なくなった。独りでそんなことをやっていたら、間違いなくシャブ中だ。職務質問されたら、一発で逮捕されちまうだろう。
けれど、だからといって押し黙っていたりすると、異様につかれる。やはり酒を飲むのも、仕事をするのも、賑やかにやったほうが勢いでうまくいくような気がするぜ。
読者諸君、失礼する。君たちは仕事如きで緊張したりするんだろうか?所詮単なる金儲けなんだから、そんなに固くなることもないとは、いつも思ってはいるんだがね。

2011/10/16

Post #337 Naked Eye #16

本日、特にお話しするようなこともない。
今日から東京に出張している。恵比寿界隈に宿をとっているんだ。新宿や池袋と違って落ち着いたところだ。結構なことだ。職務質問とかされないことを祈ってるぜ。
Bruxelles
今日はいささか食べ過ぎてしまった。明日から現場乗り込みだといのに、不覚だ。
こうしていても眠くて仕方ない。だから今日はさっさと眠らせていただくかな。
読者諸君、失礼する。時にはこんな日もあるってことさ。

2011/10/15

Post #336 不機嫌な一日

昨日の夜中に、つれあいと口論になり、おかげで今日は一日、憮然として暮らした。
たいていのことは我慢するように心掛けているが、風呂にゆったり浸かっている時に写真を削除しろと言ってきたのだ。俺がのんびり風呂につかっている時に、大抵もめごとは起きる。かなわないぜ。
結果的に削除された写真に関しては、先日のPOST Fearless Drunkerを参照していただきたい。
内心は憤懣やるかたないのだが、そんなとことで、もう付き合いきれんから出ていくとか言われると、まったくかなわんもんだ。
一体どこに行くっていうんだ、夜中の3時に?
やれやれ、仕方ない、ココは一つ削除には応じるとしよう。
しかし、自分が納得いっていないことを表現するために、まったく大人げないけれど、写真のあった個所にこれ見よがしに削除されたことを大きく書いておくか。

だいたい、うちの連れ合いが俺のブログを見ると、ロクなことがない。
スピード違反していることが発覚して、さんざん説教を喰らったこともある。あの時も風呂につかっていたっけ。まいどまいどご苦労さんだ。

今回は、俺の写真がわいせつ物陳列にあたると主張していたのだが、それは違うと思うんだがね。生殖器が写っているような写真なら、それで検挙されても仕方ないが、どこにもそんなものは写ってはいない。写っていたのはおっぱいくらいだ。だからどうした?
うちの連れ合いは、極度の心配性だ。
俺がそれで逮捕されると確信している。そして、俺が逮捕されたら、無実を証明するように努力尽力するどころか、とっとと見捨てると公言している。いつもそういう事を言われると、籍が入っていないということが大胆なもんだなと感心するぜ。

しかし、そんな事を理路整然と説明してみても、納得はしないだろう。話せば話すほど、おかしくなるばかりだ。俺には、法の許す範囲のなかで(まぁ、これもところ変われば事情も変わるだから相対的なモノだが)表現の自由があるが、家庭の中では、法律論とか憲法解釈とは別次元の要素が働くものだ。
よって、まったくもって不本意ながら、削除。
俺の表現の自由を放擲することを余儀なくされた対価に、何を主張しようか真剣に昨夜は考えた。条件闘争って奴だ。しかし、まぁなんかで穴埋めできるようなもんでもないしな。さんざんゴネては見たけれど、何もいい考えは思い浮かばなかったんだ。
おかげで、今日は一日不機嫌だ。眉間からしわが消えることがない。

俺は、大好きなメープルソープの写真集を想う。
メープルソープは、日本では花の写真でおなじみだが、奴はほんまもんの変態だった。
性器、それも男性の性器のオンパレードだ。
メープルソープは正真正銘のホモだったからね、最初の頃はそんなんばっかりだ。
さすがに、そんな写真をこの日本でおおっぴらに評価するわけにもいかないから、花の写真とかが取り上げられるんだろうが、あれはAIDSで体力が衰えたメープルソープが、人間の生殖器の代わりとして撮った、植物の生殖器に他ならないんだぜ。そう、花とは植物の生殖器官なんだ。
まぁ、今回の投稿をウチの連れ合いが見たなら、波乱必至だろうな。
投稿そのものを削除しろと言われかねん。
今日はこの辺にしておこう。もう遅いか?
本日、プリント。フィルム一本。24カット。今年の春のブリュッセル。ただ今乾燥中。
よって、今日は昨日プリントしたトルコの写真をのせておこう。
Istanbul,Turk
付き合いきれんから出ていくだの、俺が家賃を払っているにも関わらす出ていけだのと言われたが、どうせ明日から一月近く出張だ。その間一度も家には帰ってこないんだ。お互い頭を冷やすにはもってこいだろう。
読者諸君、失礼する。俺は不機嫌なんだけど、どうぞ皆さんは御機嫌よう。

2011/10/14

Post #335 雨の日はプリント

本日、久々にプリント。トルコはイスタンブルのアジア側の町、カドキョイでのスナップ20枚。

出来のほうは、うむ、今一つか。仕方ない。上手く行くときもあれば、今一つな時もある。とはいえ、やはり今一つでは気分も高揚しないもんだ。なかには、こりゃイイってのもあるにはあるんだけど・・・。ずいぶん前に、師匠から下された厳しい評価を思い出す。『印画紙の無駄』 実際に、たった20枚焼くのに、ずいぶんと印画紙を無駄にした。そう、失敗だ。
今更ながら、忙しさにかまけて前回プリントして以来、一月以上ブランクがあったことが悔やまれる。いくら忙しいとはいえ、1日2日くらいは引伸機にフィルムを突っ込むことくらいできたのではなかろーか。
しかしまぁイイ。済んだことだ。ぼやいても始まらない。この借りは明日返させてもらおうか。
つまり、明日もプリントするつもりなんだが、はてさて、どうなるものかな。
Paris
本当なら今日ももう少しプリントしておきたかった。しかし、客先から呼びつけられたりしたからな。これぐらいが精いっぱいだろう。こう見えても、結構小忙しい男なんだぜ。
しかし、そろそろ涼しくなってきたんで、現像液の温度が下がってきた。こうなると、現像液に印画紙をぶっこんだ時に、なかなか像が浮かんでこないんで、時間がかかってどうしようもないぜ。せっかちな俺にはまどろっこしいッたらありゃしないぜ。何より印画紙の水洗が難儀になってくると思うと、気が重いな。
Paris
とはいえ、来週からまた長期出張だからな、やれる時にやっておくか。明日も雨だって話だしね。
読者諸君、失礼するぜ。Have A Nice WeekEnd!

2011/10/13

Post #334 元祖肉眼レフの思い出

先日、フィルムの入っていない写真を使って写真を撮るふりをして、俺を犯罪者扱いするオマワリや、自意識過剰に肖像権を振りかざすバカ女どもをけむに巻いてやろうと考えていたと話しただろう?そう、『肉眼レフもしくは警察官に対するユーモラスな抵抗』という話しだ。あのときの肉眼レフってのは、俺の発明じゃないんだ。実はそれには元祖肉眼レフの先人がいた。俺がこうして書き記していなければ、その方は後世に残ることもないだろうから、忘れないうちに書いておこう。いや、決してネタが無いわけじゃないんだがね・・・。
もう10年近く前になるだろーか。夏の終わりの夕暮れ時、俺は行きつけの写真屋まで、ラボから帰ってきたフィルムを受け取りに行ったんだ、自転車に乗ってね。
道すがら、ベルトに着けたケースから愛用のコンタックスT3を取り出しては、どうということのない地方都市の路地裏をパチリパチリと撮っていた。薄汚れた看板や、猫が覗いているような家々の隙間なんかだ。ルートはいつも気まぐれだ。信号が赤なら、行ったことのない方向にぷいとまがってしまったりする。陽は気まぐれってことさ。
で、市民病院の横にあるグランドで、俺はそのお方に出会ったんだ。
それは頭にタオルを巻いたじいさんだった。白い肌着にステテコ、腹巻もしてたんじゃないだろうか。今となってはおいそれとお目にかかれないファッション・センスだ。トラッディショナルな爺さんスタイルだ。
しかし、それだけならどうちゅうこともないじいさんなんだが、その手にはしっかりと一眼レフが握られていた。そして、沈みゆく夕陽にカメラを向けたり、グランドでサッカーに興じる子供たちを撮っていた。こんななんでもない風景を切り取ろうとは、このジジイ、只者じゃないな。俺は直感したぜ。
HomeTown/元祖肉眼レフじいさん
俺は、そのおじいさんの放つ常人ならざるオーラに魅かれて、つい話しかけてしまった。
実は俺は、尋問のプロだ。初めて会った人からも、いろんなことを聴きだしてしまう才能がある。俺の前では、大方の人は、自分の出身や家族構成や血液型なんかをすぐに話してしまう。面白くなってしまう程だ。君たちも、俺に会った時にはよほど気を付けてかからないと、不用意にいろいろ話して後悔することになりかねんぜ。ふふふ・・・、君たちに会うのが楽しみだな。
俺は、このじいさんにちと興味があったんで、いろいろ聞いてみた。しかし、かなり昔の事なんで、細かいところは覚えてないんだな。残念。
じいさんが、夕陽を眺めながら、頭の中から言葉を拾い集め、不明瞭に発音していたところを解析すると、このじいさん、すぐ近くのお好み焼き屋の店主の父親らしい。一階が店舗で2階が住居。とはいえ何軒かの店舗が並ぶ長屋のような建物なので、どうにも家の中には居場所がないようだ。
なので、表に出て、趣味の写真を撮っているんだという。
しかし、俺はこの年金暮らしのじいさんが、やたらとシャッターをきっていることに、いささか違和感を覚えた。カメラは当然デジカメではない。フィルム代や現像代も、失礼ながらこのじいさんには決して安いものではないだろう。にもかかわらず、じいさん気の向くままにカメラを構え、老眼をモノともせず、ガンガン激写している。
おかしい。
自分で言うのもなんだが、一を聴いて十を知る、ただし2から9は抜けている俺の怜悧な脳みそが、フル回転していた。そうして導き出された答えは、そう、肉眼レフだ、これしかない!
俺はこのじいさんが自分の網膜をフィルムにして、脳裏にこの世の情景を、そう遠くないいつか、永久にオサラバしてしまうであろうこの世の情景を、写し取っているに違いないって思ったんだ。
そう思えば、夏の夕暮れの風景なんて、死んでいくときに、ふと脳裏によみがえらせるのにもってこいの哀愁が漂ってるんじゃないかな。西方浄土ってカンジもするしな。極楽往生間違いなしだ。
俺は、じいさんに決めポーズを撮ってもらい、同じ写真の修羅道を歩むフォロワーとして、じいさんのポートレートを撮らせてもらい、その場を後にした。いつまでも付き合ってると、写真屋が閉まってしまうからね。
あれから、ずいぶんな歳月が過ぎた。俺もすっかり中年だ。じいさん、今でも達者に肉眼レフで写真を撮っているだろうか。それとも、もうとっくにあっちの世界に行ってしまっただろうか。結構丈夫そうだったからな。ひょっとすると、今でもあのグランドの隅で、一眼レフを構えて、肉眼レフと洒落込んでいるかもしれないな。
ジジイになったら、そんな写真の楽しみ方も悪くないって、俺は常々思ってるんだ。
HomeTown/じいさんだけじゃ寂しいんでもう一丁!
読者諸君、今日は一日、来たるべき仕事の段取りで暮れてしまった。やらねばならない事とやるべき事と、やりたい事は必ずしも一致しない。その中で、うまいこと落としどころを探っていくのが、人生の醍醐味ってことだろう。明日こそは、そう、明日こそはプリントしたいもんだ。

2011/10/12

Post #333 仕事と称して暇潰し

今日は、東京へ日帰り出張だった。
朝も早くから新幹線に乗り、どこかのオヤジの身体から放たれる歯垢の腐ったような臭いを嗅ぎながら、俺は一路東に向かった。新幹線のシートには、日本中のオヤジの臭いが染みついている。日本のサラリーマンのルサンチマンが染み込んでいるのさ。思わず朝から不機嫌になるぜ。
しかしそんな思いまでして東京くんだりまで出かけてみても、今日の仕事は、次に始まる仕事の打ち合わせに過ぎんのだ。
こんなものは、仕事とは言わん。経費を使っただけだ。もちろん、その経費も自分自身の体を痛めつけるようにして稼いだ金なんだが・・・、複雑な気分だ。俺の仕事は机の上では進まんのだ。現場で実際にモノが形をとって、はじめて銭が生まれるんだ。だから、はるばる東京まで打ち合わせに行ったからって、仕事をしているような錯覚に陥ってはいけない。
そんなもん、言うたら、仕事と称して暇潰しだ。
Tokyo
暇潰しか・・・。
かつて写真家深瀬昌久は、どうして写真を撮るのかっていう質問に対して、『暇で退屈だからさ・・・。』と答えたという。
うむ、俺自身は人生たぁ、何十年の暇潰しだと確信しているので、仕事と称して暇潰しとは、言いえて妙だ。忙しい忙しいなどと言いながら、所詮は暇潰しをしているだけなんだ。ちなみに、俺のホームタウン名古屋には、ひつまぶしというのがある。いつもこれが暇潰しと音が似てるなと思っているんだが、そういうことばかり言っていると、歯糞の腐ったような臭いのオヤジと同列に扱われかねん。要注意だ。
Tokyo
さてと、来週からほぼ一か月の東京出張だ。毎日原宿で仕事をする羽目になっちまったんだ。もちろん、休みは無い。竹下通りの裏通りだ。周囲にはなぜか屈強な黒人のアンチャンが掃いて捨てるほどうろうろしている。こいつら、大阪のアメリカ村とかにもいっぱいいるけど、一体なにしに来てんだろう?細い路地をおしゃれなおねーさんが通り過ぎる。チョイとイカれたカンジの女が、いつまでもタバコを吸っている。なかなか雰囲気があるじゃないか。やれやれ、こんなところで一月も仕事かよ・・・。まったく・・・、また写真撮っちまうじゃないか。
今度は職質は無しだぜ。
読者諸君、仕事と称して原宿界隈で暇潰ししている俺を、もしも見かけたら声でもかけてくれ。
そんなクレージーデイズが始まる前に、本当の俺の暇潰し穀潰し、プリントでもしたいもんだ。気候もいいしな。何といっても芸術の秋さ。仕事と称して暇潰ししてるよりも、かなりクリエイティブだからな。
それじゃ、失礼する。

2011/10/11

Post #332 Fearless Drunker

昨日の夜、昔の写真を見ていたら、我ながら驚いたぜ。
これはマズイ。ハッキリ言わせてもらって狂人スレスレ、クレージーだ。

やたらとお色気と死の影が強い。
なかには、自分自身でも目を背けてしまうようなものもある。悲惨だ。轢かれて口からはらわたがマンガのように噴出した猫の死体など、自分でもうんざりだ。こんなの見て喜ぶのは変態野郎だけだろう。
まぁ、それも目の前の現実として冷静に、いや、激しい憤りと悲しみをもって撮っていたんだが、残念なことに、そんな俺の心の動きは写真には写らない。
だから弁解のしようもない。
しかし、あえていうなれば、ドブネズミみたいに美しくなりたい、写真には写らない、美しさがあるから、by Blue Hearts だ。そんなの見せても、変態野郎だと誤解され、君たち親愛なる読者の皆さんを不快にさせ、挙句の果てに愛想をつかされちまうのが関の山さ。

しかし、今からしてみると、まったくもって遠慮ってもんがない。肖像権なんて糞食らえと言わんばかりに、ところ構わず写真を撮っていた。いや、その頃は肖像権なんて言葉、知らなかったぜ。
いやはや、俺もスッカリ大人しくなってしまったものだ。

先日、行きつけのカメラのキタムラの店員の朋ちゃんから、『先日、ヤフーニュースを見ていたら、電車の中で眠っている女性の寝顔を撮ったとして逮捕された人がいたそうですよ。弁護士の人がコメントしていたんですけど、たぶん有罪にされるって書いてありましたよ。Sparksさんも気を付けてくださいね。』と注意されてしまったんだ。

ぎゃふん!
やれやれ、世知辛い世の中になったものでござる。天才アラーキーにも地下鉄の座席に座っている人ばかりを撮った『SUBWAY LOVE』という傑作写真集があるが、あれもいまどきなら、さっさと逮捕有罪判決、ブタ箱行きだ!
しかし、その頃の俺は、そんなもの屁の河童で写真を撮りまくっていた。満員電車の中でも撮っていた。撮ったらまずいところでも撮っていた。当然、電車の中で眠っている人の写真も、ごまんとある!
ハイ、有罪確定!弁護士さん、助けておくれよ!
仲間と飲みに行けば、キャバ嬢を撮り、立小便する仲間を面白半分に撮っていた。フラッシュの光に小便が見事なアーチを描きながらきらめいていたぜ。中にはチンが写っていたのもあったな。
そんなもん、ココで見せられるわけ、無いだろう!
いやぁ~、俺は普段あんまり酒は飲まない方なんだけどねぇ。痛風も怖いし、仕事がいつも夜討ち朝駆け、深酒なんかした日には、男の仕事に差し付けるのさ。けれど、飲みに行けば、誰よりも大騒ぎし、笑い転げる。楽しい酒が好きなんだな。そうすると、つい羽目を外してしまうっての?あんまり大騒ぎしすぎて、見も知らないお客さんが、帰り際に俺に握手を求めてくることもしばしばだ。君のおかげで楽しかったってね。

いや、誤解を避けるために言わせてもらえば、最近はそんなことないんですよ、さすがに。もう40過ぎだし、いい加減落ち着いてますってば。

で、男同士で盛り上がって、調子にのっておっぱいパブに行けば、そこでもこっそり写真を撮っていた。
よくやったもんだ。今思えば、冷や汗ものだ。
もしばれてたら、かなりやばいことになっていただろうな。
そういえばこの時も爆笑&爆笑の大盛り上がりで、確かどっかの見も知らぬおっさんからビンゴの景品のエッチグッズも貰ったような気がするな。で、一見すると前後不覚の大盛り上がりの状態で、レーセイに写真を撮っていたりするわけだ。我ながら油断も隙もあったもんじゃない。肖像権やプライバシーの木になる方々は、俺に近寄らない方がイイ。しかし、これはまずいな。本当に冷や汗もんだよ・・・。
まさに恐れ知らずの酔っぱらいだ。
とまぁ、そんなことでそん時の写真を一挙4枚ほど後悔、いや公開しておこう。もう今更時効だろう?なんせ、もう7,8年も前の写真なんだから。まぁ、なんだ若けの至りって奴でさぁ。
ふふふ・・・、これでガタガタ言うのは、どちらさんも野暮ってことでお願いしますぜ。
そんじゃ、行くぜ、ワン、ツー、サン、シ!
HomeTown/何やら淫靡な怪しい雰囲気
HomeTown/ステージの上では一体何がどうなってんのか?
HomeTown/なに?!
この箇所の写真④は、表現の自由と倫理を巡る家庭内の論争に起因する諸般の事情により、削除されました。
詳細については、おってご報告いたします。関係者の皆様に、お詫び申し上げます。


女性読者のみなさん、不快な思いをさせて申し訳ございません!

もちろん、最近はこんな写真、撮りませんよ。けど、これとて俺の前に生起していた、現実なんだから、カメラがあれば反射的に撮っておりました。素面じゃとても出来ないけどね。
あの頃の俺ときたら全く以て恐れ知らずの酔っぱらいですわ。

さてと、読者諸君、明日も俺の朝は早い。東京に出張なのだ。とっとと眠らなければならない。
今日はこれで失礼する。ご批判は甘んじて受けさせて頂くが、どうぞどちら様もお手柔らかにお願いしたいぜ。

2011/10/10

Post #331 Happy BirthDay Mr.Moriyama

今日、10月10日は写真家・森山大道の誕生日だ。
森山さん(あえてこう呼ばせて頂きたい)は1938年生まれなので、今日で73歳だ。俺とはおよそ、30歳違う。俺にとっては当然前人未到の領域だ。正直、そんな年齢になった自分の姿は想像がつかんね。1938年生まれということは、俺の中学高校時代の師匠、A先生と同じ年か。そういうと、実感が湧くな。最近の70代はなかなかに皆さんお元気だ。喜ばしいことだ。おそらく森山さんも、毎日のようにカメラを持って、狩人のようにまだ見ぬイメージを求めて歩き回っているからこそ、お元気なんだろう。歩くことは健康の基本だというのがよくわかる。
還暦あたり、つまり20世紀末あたりから、森山さん再評価の波は高まり、次々と、まさに怒涛の勢いで写真集が発表されてきた。写真のお好きな読者諸君なら、よく知るところだろう。おかげさまで、俺の小遣いはいつも逼迫していると言っても過言ではない。そんななかでも、俺が、このブログを覗いてくれている君たちに、ベストとして挙げるのは『新宿』(2002年月曜社刊 600ページ 524カット収録 全B/W)だ。
森山大道 『新宿』 2002年月曜社刊 重版未定
モノクロの写真、それも一目で夜、ノーファインダーで撮ったと思しき輪郭の定かならぬ写真の表紙に、ショッキングピンクのタイトルが踊っている。
その光と影のコントラスト。
思わず手が伸びる。そして、手に取った時に感じるその重み。
600ページ、524カットは伊達ではない。ズシリと来るのは、単に物理的な重みだけじゃないだろう。
毎日のように新宿を歩き回り、何千本、何万カットもの写真を撮り、そのうえで選び出された写真たち。その行為の重みを感じることができる。
モノクロ写真ばかりで、一切の文章も説明もない。しかし、確かにそこには、大いなる混沌、欲望の坩堝たる世紀末都市新宿の姿がくっきりと写し取られている。
しばしばノーファインダーで水平線は傾いている。
時に被写体はぼやけ、影の塊のようにもなっている。
ぞして何より、モノクロならではの黒の締り。それは時に大胆に画面を焼きつぶすが、エロスすら感じさせる。ぞぞっとくるわ。

ひょんなことから写真をはじめ、ストリートスナップという自分のスタイルが出来てきた頃、この写真集に出会った。その頃の俺は、リバーサルで無謀にも夜景を撮り、ノーファインダーで道行く人々を撮りまくり、ひたすら路地から路地を歩き回っていた。
誰に教わった訳でもなく、自分の撮りたいものを突き詰めて行ったら、そんなスタイルが確立しつつあった。今見ると、凶暴なまでに写真を撮っている。残酷な現実にカメラを向けたものもある。ここで見せると、問題になりそうな写真も多々ある。見たいかい?そのうちね。その頃俺が撮っていたのは、こんな写真だ。もちろん、ショックの少ないモノだけど、どう?
この頃、俺はこんな写真を撮っていた。イケイケだった。
もちろん、森山大道なんて、全く知りもしなかった。ただ、自分の欲望と衝動の赴くままに、リバーサルフィルムをガンガン消費していた。今日、久しぶりに見てみると、あまりにイケイケで我ながら少しビビった。怖いもんなしで写真を撮りまくっていた。もし、撮っているのを見つかったなら、ただじゃすまないような類の写真も多々あった。馴染のラボの店員さんも他の人の写真ならこれはお断りしますけど、Sparksさんの写真だから、まぁ仕方ないってカンジで諦めていたほどだ。そうだよね、井上君、三村君。
この本を手にしたのは、ちょうどこの頃だ。
俺はショックだった。
こんな写真が撮れるなんて。現実をそして、写真はこんなもの(といっては失礼だけれど)でもゼンゼンOKだ。俺の方向は間違っていなかったと確信した。この写真集は、俺の仲間内でも評判で、俺にモノクロへの転向を勧める仲間もいたっけ。
けれど、この写真集を手にしたことで、かえってモノクロに行くことが躊躇われた。どんな写真を撮っても、森山大道の劣化コピーだと言われてしまうんじゃないかって心配していたんだ。読者諸君の中には、そんな風に感じている人もいるんじゃないだろうか。しかしまぁ、俺にとって、森山大道はビートルズのようなもんで、イギリス人がどんなロックをやったところで、何かしらビートルズの影響を感じないわけにはいかない。そして、それを恐れていたら、自分たちのロックなど出来やしない。だから、開き直ってやる。この開き直りの精神が、熟するのに、いささか時間ときっかけが必要だったんだ。
しばらくして、母方の祖父の3回忌に、親戚のおじさんから古いFUJIの引伸機をもらった時、腹をくくった。もう、行くしかないって開き直った。モノクロ写真をやれと、モノクロ写真をやるのが必然だと、背中を押された気がしたのだ。
今なら解る。たとえ同じ場所で、同じアングルで撮ったとしても、写真とは、その場限りの一回性のものなんだから、全く別の写真にしかならないってことが。同じ光は、二度とない。

はじめて、森山さんの写真集を、この『新宿』を手にしたときの胸の高鳴りを忘れられない。
それは高校生の時に、The Whoの1stアルバム“My Generation”を聴いた時以来の衝撃だった。いまでも、自分の写真の方向性に悩んだときには、夜、独りでこの『新宿』を開いてみる。そして、自分が間違ってないんだと確信する。自分が写真のバックボーンに連なっていると確信する。
森山さん、ありがとうございます。
森山さん、誕生日、おめでとうございます。
この声が届くかどうかわかりませんが、いつまでも、路地から路地を彷徨うようにして、スゲー写真を撮ってください。及ばずながら、俺も頑張ります。

2011/10/09

Post #330 Fragment Of Fragments #21

本日、これといってことも無し。
強いて言うなれば、15年ほど続けてきた習慣を、一旦やめる決心をしたくらいかな。タバコとかじゃないぜ。ふふふ・・・、諸君に当てることができるかな?なかなか意外なものだぜ。諸君が俺に抱いているイメージを覆し、塗り替えるほど、せせこましい習慣だ。
それは家計簿だ。
むしろお小遣い帳といったほうがいいかもしれないな、俺の場合は。家賃や保険の支払いから、拾った一円に至るまで、毎日毎日、克明かつ詳細に記入されていた。漏れもいささかあったにはあったが、まぁ、税務署に持っていくわけじゃないから、さほど気にはしちゃいなかったんだがね。
しかし、最近のクレージーきわまる仕事の連打で、記憶も朦朧、チェック不能になってしまったんだ。つまり、余りに仕事が忙しすぎて、缶ジュースをどれだけ飲んだとか、もう把握しきれなくなっっちまったんだ。いやフツーはそこまで几帳面にやっちゃいないだろう。しかし、意外なほどに神経質な俺なのさ。ほとんど病的まなでに記録したがる性分なんだ。記録すると決めたなら、記録していかないと気持ちが悪いんだ。
何というか、それを見れば、いつどこに行って、何をしたかが克明に思い出すことができるって思うのさ。だから、永年続けてきた。もっとも、墜落寸前の低空飛行で日々の生活を切り抜けているから、墜落つまり引き落とし漏れや赤字を回避するためにも、必要だと言えば必要だったんだが・・・。
しかし、一旦やめだ。
収拾がつかなくなっちまった。あまりにクレージーな仕事が続いたおかげで、何もかも混乱状態だ。まったく自己管理がなっていないぜ。反省するぜ。
HomeTown/Nagoya
家計簿に記載されるのを待っていたレシートの山は、全てゴミ箱にぶち込まれた。すっきりしたと同時に、何だか物寂しいものだ。自分で決めたことを自分で果たさなかったという思いで胸がうずく。
もちろん、俺以外の人間にとっては、どうでもイイことだが・・・。俺には大切なことだったんだぜ。日記みたいなものさ。
けれど、今じゃこのブログが日記のようなものだから、まぁ百歩譲って、良しとしておこう。
しかし、金に関してはやはり扱いを慎重にするべきだろう。
今日も実際に、仕事の売掛帳に不備が見つかった。この修復には、いささか時間と手間がかかりそうだ。すくなくとも、独り静かに取り組まなければ、気が散ってしまうしな。今日買ってきたばかりのJeff Beckの名盤“Blow By Blow”も、途中で訊くのをやめてしまったほどだ。あまりに素敵なギターなので、とても集中できなかったんだ。もうすぐ俺の会社も決算だというのに、これではまた、今年も正月明けに大変な思いをすることになりそうで、気が滅入るぜ。
HomeTown/Nagoya
読者諸君、失礼させてもらうぜ。君たちもお金のことはきっちりしておいた方がイイ。きっちりしているつもりでも帳簿は合わなかったりするもんだ。困るんだよね、まったく。こう見えても青色申告事業者だからな、俺は。お調子者の俺の人生、いつだって金のことで気苦労が絶えないのさ。まぁ、これも人生さ、ロックンロールさ。

2011/10/08

Post #329 A Sewing Machine Shop Of Izmir

今日も一日眠って暮らした。人生の貴重な一日が台無しだ。
妙に目が乾く。ドライアイかと思い目薬を差してもどうもいけない。熱っぽいことに気が付き体温を測ると熱もあるじゃないか。まるで体のブレーカーが落ちてしまったようだ。まぁ、そんなときもあるさ、人間だもの。初公判の夜にいきなり尿路結石で入院するような人もいるくらいだ。仕事が一段落ついて、体調を崩したって悪くはないさ。世間は秋の行楽真っ盛りだろうが、調子にのって出かけると、これまた体調を崩してしまうだろうし、高速だって混んでいることだろう。大人しく眠っているのに限る。I'm Only Sleepingだ。
ふと、去年の夏の旅行で訪れたトルコの地方都市イズミルの事を思い出した。排ガスもうもうのメインストリートに面したローマ時代の遺跡、その遺跡と道をへだてた一画に広がる活気あふれるバザール。礼拝の時刻を知らせるモスクのアザーン。どれもとびきりエキゾチックで、素敵な思い出だ。そんな中でも、ひときわ思い出すのが、イズミルの下町のミシン商のことだ。
Izmir,Turk
その朝、俺とつれあいは古代アゴラと呼ばれるローマ時代の遺跡を探して、イズミルの街の路地をうろついていた。ガイドブックのちいさな地図と、前の日にバス会社のおやっさんからもらったイズミルの街の観光地図が頼りだ。ガイドブックの地図は小さすぎ、もらった地図はすべてトルコ語だ。これはなかなかに難しいオリエンテーションだ。そうこうしているうちに俺達は、観光客なんて、まずいそうにないブロックに迷い込んだ。
そこでうろうろしている俺たちに声を掛けてきたのが、このミシン商のおやっさんだった。
中央でおどけたポーズをとっているのが社長だ。その隣が英語の得意な番頭さんだ。ついでに左の子供は、社長のご子息だそうな。むくむく太っている。
おやっさんは俺達を見つけると『あんたら日本人かい?まぁここに座ってチャイ(トルコでよく飲まれる紅茶だ)でも飲んで休んでいくとイイ』と声を掛けてきた。日本人的な感覚で、いえいえお構いなく、なんて言う間もなく、何が何やらわからぬ間にどこからか丸い椅子が出され、俺達は座るように促された。おやっさんはそこらを歩いているチャイ屋のアンチャンに声を掛け、自分たちの分も合わせてチャイを注文してくれた。
そしてチャイが届けられると、ミシンの天板を机にして、皆でチャイをすすりながらよもやま話に花を咲かせたんだ。大人も子供も、そこにいる誰もが話の輪に入っていた。仕事はいいんかい?と突っ込みたくなるほどだ。まぁ、ほとんどしゃべっていたのは社長さんと、通訳担当の番頭さんだが、そうじゃない人々も、終始ニコニコと笑っていたっけな。
どうにもトルコでは日本人は好かれているようだが、ここまで歓迎してくれるのはなかなかないぜ。ありがたい事だ。
Izmir,Turk
社長さんと思しきおやっさんは、頼まれてもいないのに、『俺がボス、つまりはプレジデントで、こいつは俺の右腕の営業担当。こいつは俺の倅で、あいつは機械担当で、そっちの子供はあいつの息子だ』なんて次々紹介してくるんだ。で、社長は英語の得意な番頭を通じて、自分は日本製のミシンを扱っていること、なかなか商売は順調な事などを話し続けた。
聞けば年齢は俺とさほど変わらないようなんだが、従業員を雇い、手広く商売しているようだ。大したもんだ。
みんなニコニコしている。楽しそうだ。店といっても、ミシンは道路にずらりと並べられている。日本人の感覚はここじゃ通用しないんだ。オンザロードのミシン展示場なのさ。路地を抜ける地中海の風に吹かれながら、中年の機械担当のオヤジさんが、ニコニコしながらミシンを整備している。
見れば、店の中はもちろん、道路をふさぎそうな勢いで並んでいるミシンの大半は日本製だ。そう、JukiやBrotherなんかのミシンが、ユーラシア大陸の反対側で人々に愛されているのさ。俺の死んだオフクロが、俺が子供の頃内職で使っていたミシンとよく似たミシンが、このアジアの涯に勢ぞろいだ。俺は少しうれしくなったな。
社長は、ムチムチと太った息子に、今から商売を仕込んでると言っていた。番頭さんは、観光客は誰も彼もイスタンブルに行くばかりだが、イズミルはイスタンブルよりも、ずっとアットホームで人情がある街だから、もっと多くの観光客に来てもらいたいと語っていた。確かに俺もそう思う。こんなに素敵な町なのに、ガイドブックの扱いはたったの見開き2ページだ。
チャイを飲み干すと、社長は従業員の息子に、水を買ってくるように言いつけて、俺たちに振る舞ってくれた。そう、真夏の地中海沿岸は結構暑いのさ。
そして、おやっさんは俺たちにどこに行く気かと尋ねた。俺達はアゴラに行くんだというと、そこに居合わせた誰もかれもが、ミシン店の店先の路地を奥に進んでいくように指差して、口々に説明してくれた。ありがとう、イズミルのミシン屋さん。
もう、この懐かしい人々に会うことはないかもしれない。
けれど、この人たちが今日も幸せに暮らしていることを、願わずにはいられないのさ。
読者諸君、失礼させてもらうぜ。君達がもしトルコに行くことがあったなら、イズミルに行ってみることをお勧めするよ。そうしたら、このイズミルのミシン商の店先を覗いてみてくれないか。きっと彼らは君たちのことも大いに歓迎してくれることだろう。ガイドブックに載っているようなところを見て回るだけの旅じゃ、つまらないもんだぜ。自分の足で歩き回り、人と触れ合うような旅。それがイイのさ、それがサイコーなのさ。

2011/10/07

Post #328 少し休ませてくれないか?

足を引きづりながら、近所の整形外科に行くと、案の定痛風と診断された。
ふ、思った通りだ。幸い今日はつれあいも休みだ。思いっきり甘えてダラダラさせてもらったぜ。それでも、お客さんに見積もりやら請求書やらを持っていかなくちゃならないんだ。例によって髑髏の杖でもついて、思いっきり不調をアピールさせてもらうぜ。なにしろ、こんなにひどい痛風発作は久しぶりだ。やはり、ラーメンばかり食っていたのがいけなかったのか。それとも、夜に昼を継ぐような働き方か、いろんな原因が考えられるってもんだ。
けど、どうだっていいのさ。これは少し体を休めろって言う、神様のおぼしめしだ。出来ることなら、痛くないメッセージにしていただきたかったんですが・・・・、ロックンロールの神様、次からはよろしくお願いします。なにしろ、この痛さは尋常じゃないんでね。
Paris/あんたも痛風かい?それともけがかい
そんなわけで、今日は失礼する。身体と心を休めるんだ。
そうそう、今年のノーベル平和賞が中東とアフリカの3人の勇気ある女性たちに贈られたことを、俺はうれしく思うぜ。いつも言うように俺は、世界の半分を占めている女性にもっと活躍してもらいたいと思っているのさ。なんてったって、女性はまず痛風に罹らないしな。何はともあれ、心から嬉しく思う。とりわけ、女性が抑圧されている地域から受賞者が選ばれたことで、喜びもひとしおだ。
それでは読者諸君、失礼致す。御機嫌よう。良い連休を過ごしてくれたまえ。俺もゴロゴロダラダラとしつつ、自分の体を大切にさせてもらうぜ。まったく、たまにはそんなときもないと、マジで倒れちまうってもんだ。

2011/10/06

Post #327 この世で俺が夢見るモノ

やっとこさ、クレージーな仕事を片付けて、旅館のユニットバスに湯を張ってボロボロの体を湯船に沈めた。目が覚めたら朝の6時を回っていた。のろのろということを聴かない体に鞭打って、荷物をパッキングする。少し間がある。9時ころまで眠るとするか。目が覚めた時には、12時だった。やばい、チェックアウトだ。今日は夕方17時30分から地元で仕事なんだ。
新幹線の中で音楽を聴き続けながらうとうとしていると、電光掲示板のニュースで、ハッカー集団アノニマスが、ニューヨークのデモに連帯を表明して、ウォール街に攻撃することを表明していた。

俺も、アメリカの若者たちの、持たざる若者たちの行動に、連帯を表明させてもらうぜ。
Paris/持たざる若者は世界中どこにでもいる、連帯しよう!
俺なんかが連帯を表明したって、蚊が止まったほどの影響力もないかもしれない。けれど、俺には
この世でいつも夢見ているものがあるんだ。魅力的な女性とかイカシタ車とかじゃないぜ。そんなちんけで安っぽいモノじゃない。なんだと思う?
そう、それは『自由、平等、博愛』だ。
フランス革命だ。人類の社会が究極に行きつくべきところだ。それは今はまだ、砂上の楼閣のようなものかもしれない。行きつくことの出来ない理想上の世界かもしれない。けれど、行きつくことができるかどうかは、今日ここに生きている、俺やあなたの一歩一歩にかかっているんだ。
誰も自由を奪われず、人として尊重され、虐げられたり、搾取されたり、傷つけられたりしない。そこには、国境もない、戦争もない、立場や肩書で、容姿や財産で、人が分け隔てられることのない社会。
俺はそれこそを、いつも思い描いている。無鉄砲で行き当たりばったり、ハチャメチャな人生に見える俺の人生だけれど、その行いの根底には、いつだってこの夢が、自由と、平等と、博愛が美しいハーモニーを奏でている。それを手にするためには、それぞれの立場で、闘争し続けていかないという大きな矛盾をはらみながらも、いつも俺の目は、俺がこの地球からおさらばした後に訪れるだろう夢のような社会を思い描いている。
夢かもしれない?けど、その夢を見てるのは、俺一人じゃないだろう。きっとたくさんいるのさ。

読者諸君、そろそろ痛風で痛む足を引きづりならも、愛車のMINI COOPER CLUBMANに乗って、仕事に出撃しなけりゃならない。俺がそんな夢を見ている男だと、笑ってくれても構わないけど、いくら君たちに笑われようが、俺はこの夢を、でっかい夢を信じて、今日も地を這う虫のように地道に生きていくんだ。マイホーム、イカシタ車、セクシーな女、それがどうした?些細なもんさ、俺の夢見てるものに比べたら。金がない?気になりゃしないぜ。俺が誰からも搾取してない証しだからな。

OK、もう一度最後に言わせてもらおう。

俺はNYの持たざる若者たちに、連帯を表明するぜ!
地球の反対側で、彼らを応援している。日本の若者たちも、愚痴ばかり言ってないで、闘え。自由モ平等も、自分たちで戦わないと、手に入らない。そして、自ら勝ち取ったモノでなけりゃ、ニンゲンは決して大切にしないんだ。

2011/10/05

Post #326 バカらしくてやっちゃいられねぇさ

ゆとり世代と言われる連中がいる。
俺から言わせると、責任感もなく、甘ったれた馬鹿野郎ばかりだ。
こんな連中と組んで仕事をするのは、貧乏くじを引いたようなものだ。冗談じゃない。そんなのにもすっかりうんざりして、一人で商売しているというのに、またぞろ元請の甘ったれた小僧のおかげで、俺は泣きたいほど悔しい想いをしている。
四十男が、悔しさにむせび泣くほどの事をしでかしてくれても、そいつは全くヘイチャラだ。カエルの面に小便だ。責任感もないくせに、すぐに泣き言を垂れ流し、結果も出していないくせに、自分は一生懸命やっていると弁解する。そして、挙句の果てには給料が少ないとぼやく。開いた口がふさがらないとはこのことだ。殴る蹴るの暴行を、いや制裁を加えてやりたくなる。実際、俺が若いころには、舐めたことをすれば、年長者から、否応なしの制裁を受け、悔しさと自分の不甲斐なさを噛みしめて、成長したものだ。
しかし、今時の小僧どもは違う。いい年こいて全く責任感もなく、どれだけ相手に迷惑をかけているのか、想像する能力も持ち合わせちゃいない。少しきつく言えば、感情的になって逆切れするから始末が悪い。
自分の仕事も満足にこなせない奴が、一人前ぶったことをぬけぬけとほざくのを聴くのは、胸くそ悪いものだ。俺は心の中で、叫び続けているんだ。
そう、人生はそんなに甘くないんだぜ。
Amsterdam
俺は疲労で痛風の発作が出ている足を引きずりながら、ネオンきらめく雨の歓楽街を抜けてホテルにたどり着く。21時間働いても、お客からはグデグデしているだけだと罵倒される。俺は悔しくて、涙を流す。傘を持っていなくてよかった。この流れる涙も、篠つく雨に紛れ、誰に悟られることもないだろう。この悔しさを、ゆとりの小僧にも味あわせてやりたいが、人生の苦みを渋みを味わう舌を、人生の底に流れるブルースを聞き取ることのできる耳を持たない奴に、何を言っても無駄だろう。自己弁護をたっぷりと聞かされ、しまいには逆切れされるのが関の山さ。
何を言っても虚しいだけだ。馬鹿らしくってやっちゃいられねぇ。連れ合いが待っている家に、とっととトンズラしたいぜ。しかし、俺は大人の男だ。そんな無責任なことが出来るわけがないだろう。悔しくても、やり遂げなけりゃならないんだ。疲れ切った体に鞭をうって、痛風で痛む足を引きずるようにして、自分の出来得るベストを尽くさねばならないんだ。たとえどんなに悔しくてもな。

読者諸君、これだけは言っておきたい。腐った木には、釘は打てないんだ。人間は基礎が大切だ。ガキのうちに甘やかして育てると、ロクな大人になれっこないんだぜ。ふやけきったガキどもに、本当に必要なのは、屈辱と挫折だ。もっとも、人間の足腰のできていない奴は、そんな挫折や屈辱を味わった途端に、噛みしめることもなく、吐き出してしまうことだろう。
バカらしくって、付き合っちゃいられねぇ。けれど今夜も、眠るヒマもなくまた仕事だ。この世の中、何のコネも資本も無く、会社の後ろ盾もなく、男一匹生きていくのは、ヒジョーにキビシーものなのさ。
単騎、荒野を行くがごとくさ。しかし、それが人生だ。本物の人生だ。ロックンロールさ。

2011/10/04

Post #325 マジでオマワリ相手に遊んでるヒマはない

それどころか、眠るヒマすらない。おとといの夜に仕事に出かけ、今日ホテルに戻ってきたのは、午後1時だ。40時間以上、仕事をしている。途中、真夜中の現場で力尽き、死体のように眠っていた。
死んでしまうわ、こんなんじゃ。
命を懸ける仕事なんてないが、仕事で命を落とすことはママあるってこった。
肉眼レフ大作戦とか、日本警官人名録とかいって、馬鹿なことしてる暇があったら、さっさと眠らせてもらうぜ。
Paris
今回は、本当にヘヴィーな仕事だ。タフじゃなければ、やってられないぜ。
読者諸君、世間は経費圧縮のために、工期を圧縮している。おかげさんで、俺の寿命も圧縮されそうな勢いだ。冗談じゃない。たまらないぜ。おやすみなさい。

2011/10/03

Post #324 勝負は一時おあずけだ!

ついさっき、仕事から帰ってきた。朝の5時30分だ。
しかし、8時には再び現場に戻って、職人さんたちの陣頭指揮をとらねばならないんだ。しかも、今夜は最後の山場で、激戦区だ。もちろん、眠ってる暇なんかあるわけがない。
世界の涯の島国の首都、東京くんだりまでやってきても、相も変わらず愛も分からず、クレージーな仕事ぶりだ。ひきつった笑いが止まらないぜ。
Tokyo
出張中の俺を気遣って、普段は俺のブログに見向きもしない連れ合いが、珍しくブログを見て、俺と自意識過剰な被害者ずらした女どもと警察とのやり取りを見て、心配してくれたんだ。で、昨日のブログ、つまりフィルムの入っていないカメラで街撮りするという『肉眼レフ作戦』を見て、今度は馬鹿なことやってないで、大人しくしているようにとメールを送ってきた。
警察ともめても意味ないし、万一、逮捕されるようなことがあったら、わたしぁ、あんたのこと見捨てるとおっしゃる。これはこれで、いやーまいったなぁ、だ。さすが、籍が入っていないとこの辺のフットワークは実に軽い。軽くヘヴィーなパンチを繰り出してくる。蝶のように舞い、蜂のように刺す、まるで全盛期のモハメド・アリだ。
豊島区池袋のオマワリたちは、俺の仕事が意図せず激戦区に突入してしまった事と、俺の連れ合いの強烈な牽制球によって命拾いしたんだぜ。悪運の強い奴らだ。チョイと大袈裟か?
まぁいいさ、いずれ顔が凹むような強烈なのをお見舞いしてやるぜ。そう、スカンクの屁みたいに強烈な、皮肉の利いたのをお見舞いしてやるんだ。憶えてろよ、畜生め!
国家権力の末端との戦いは、一時おあずけだ!
仕事が忙しくてそれどころじゃないんだよ!
楽しみは取っておいた方が味わい深いものさ。
読者諸君、いささか拍子抜けだがご寛恕願おう。
そうそう、肖像権にビビりあがってる皆さんに朗報!
公務中の警察官には、肖像権はございません!
みなさん、警察官を見かけたら、どんどん写真を撮ってあげましょう!
もしも奴らが文句を言ってきたなら、『やましいことをしているんじゃないのなら、写真を撮られても平気なはずじゃないですか?それとも、何か違法な越権行為とかしているところなのですか?』と聞いてみるのはいかがでしょうか?
うひょ~、楽しみだ!
日本中のストリートスナッパーのみんな、頑張って日本中のオマワリの紳士録を作ってやろうぜ!ダッハッハッハッハ!

2011/10/02

Post #323 肉眼レフ、或いは警察官へのユーモラスな抵抗

読者諸君、ご機嫌いかがかな?俺はご機嫌斜め45度だ。
俺はこの不愉快極まりない池袋に、そう、俺を犯罪者呼ばわりする自意識過剰な女たちと、違法な職務質問を行う順法意識の欠けたオマワリのうろつくこの池袋にいるんだ。
冗談じゃないぜ、早く帰りたいってもんだ。
とはいえ、夜通し働いて気が付けば昼前まで働いて、やっと眠りにつけば、電話で起こされるという有様だ。そうそう出歩いたりしているわけでもないんでね。ビジネスホテルの狭い部屋に閉じこもって、ベッドに丸太のように転がっているのさ。
ちなみに丸太と人間を表現するのは、戦争中に中国で派手に悪さをしていた、悪名高い我が帝国陸軍の731部隊を想いださせる。毒ガスや病原菌を戦争に使うために、拉致連行してきた中国人を実験台にしてぶっ殺しまくっていたそうだ、お国のためにね。
その実験台にしていた中国の皆さんの事を、丸太と呼んで人間扱いしなかったらしい。
国家が個人の自由を抑圧していくと、こんな非人道的なことをいずれおっぱじめるって見本だ。今でも、奴らが作った毒ガスの処理に、日中両政府は多額の資金を投入している。嘆かわしいことだ。まぁ、イイんだけれど。

ホテルの部屋に潜伏中とはいえ、俺が帰ってきた頃には大抵掃除をしてくれている。まぁ、自分の家じゃないので仕方ない。自分の家じゃ、そんなに頻繁に掃除なんてしないんだが。
そんな時、俺は夜勤明けの疲れた体を引きづって、街をぶらつく。どこかに気持ちのイイ公園でもあれば、芝生やベンチに横になって、ひと眠りできるのだが、お生憎さま、このいけ好かない池袋の街には、そんなほっとするスペースなどない。だから人間はトゲトゲぎすぎすしてしまうのだろう。
あぁ、緑が恋しい。マロニエの花咲くパリのリュクサンブール公園を思い出すぜ。あそこでは、綺麗に手入れされた芝生の上や、マロニエの木陰のベンチで、恋人たちが、いい大人が、子供たちが、横になって、楽しげにしていたり、昼寝をしていたりしたものだ。
Jardin du Luxembourg,Paris
日本でそんなことをすれば、たちまちオマワリがやってきて、これまた職務質問だ。サイテーだ。クソムカつく警察国家だ。1984だ。俺たちの自由はまやかしの自由だったんだ。オマワリどもは憲法を読んだことなんかないんだろう!
あぁ、パリに引っ越したいぜ。アデュー、ジャポンのムカつくオマワリども!
しかし、それも今は遠い。俺はこのごみごみした、電車の線路と百貨店と、夜通しぶらつく若者と、朝からギラギラしている風俗店ばかりの街に押し込められ、カメラも持つことを警察から制止され、鬱屈した日々を送っている。
吹き抜ける風には、嫌な臭いが混じっている。排気ガスと、風俗店のボディソープの香料の入り混じった臭いだ。そして24時間で営業し続けるラーメン屋のねぎの腐ったような臭いだ。
しかし、そんな白く塗りたる墓(これ、イエス様のお好きな表現ね)のように、表は綺麗胃に取り繕って、裏にはどろどろとした物欲と性欲とがしのぎを削っているような街に立つと、俺の目にはあらゆる景色がハイコントラストのモノクロ写真になってはっきり見えてくる。おお、主よ、見えてくるのです。
スゲー超能力だ!これぞまさに肉眼レフだ!
もうカメラはいらないんじゃないかってほどだ!
しかし、残念ながら肉眼レフの写真では、君たちに何も見せてあげることはできない。残念きわまる。
やはりカメラがないとね・・・。
しかし、そもそも一体あの警察の奴らは、どんな権限があって、俺の私権を制限しているのか?
一体どんな権限で、俺の財布の中身や、持ち物の検査をし、免許証の照会までしているのか?
しかも、自分の階級氏名を名乗ることもなく。
俺がどんな趣味を持っていようが、どんな格好髪形をしていようが、どんなライターを使ってどんな煙草を吸っていようが、奴らにはこれっぽっちもカンケーのないことだ。
くせ毛でモジャモジャしてたら覚醒剤をやってそうなのかよ?
目つきが悪けりゃ、犯罪者なのかよ?
調べてみれば、何らかの犯罪に関わっていることが明らかなもの、もしくはまさに罪を犯そうとしているモノ以外に、みだりに職務質問をしてはいけないと、職務質問法には書いてあるそうだ。
更に調べてみると、逮捕した人間に関しては、武器を所持していないか身体検査することが法によって許されているに過ぎないのに、俺は持ち物検査をされ、俺のプライバシーは権力によって丸裸にされてしまう。
しかも、あの勘違いした奴らは大抵こういうんだ。
『やましいモノじゃなかったら、見せることが出来るでしょう?見せられないっていうのは怪しいってことじゃないですか?怪しくないんなら堂々と見せればいいじゃないですか?』
つまりは見せなかったら犯罪者確定ってことだ!とんでもない脅し文句だ!警察は恥を知れよ!
正義ぶった小娘の肖像権は保護されて、俺の人権は、ほかならぬ警察によって蹂躙されているんだ。そいつはあんまりだ!
これは明らかに職務質問法の定める警察の権限を逸脱している。
法律を犯しているのは奴ら自身なんだ。
クソ!あんな国民の自由を抑圧してイイ気になってる奴ら、許しちゃおけないぜ。
怒りが燃え上がってくる。このまま負けるのは、面白くない。よーし見てろよ。
明日から抵抗だ。パルチザンだ。ゲリラ戦だ。パルメザンで、ゲリ腹とは訳が違うぜ!
しかし、正面からぶち当たっても面白くない。奴らに付け込む隙を与えるだけだ。
そこで、俺が思いついたアイディアを、親愛なる皆の衆にだけそっと教えよう。
題して、『肉眼レフ大作戦だ!』
明日から、ホテルの部屋の掃除中、カメラを持って繁華街をぶらつくのさ。
で、職務質問されたらこっちのもんだ。写真を撮られたとかいって警察に届ける自意識過剰ちゃんがいれば、なお良しだ!
俺はその時、奴らをぎゃふんと言わせるのさ。
そう、俺がこれ見よがしに振り回し、写真を撮ってるこのカメラには、なんとフィルムを入れないでおくのさ。さあ、ぎゃふんと言え!
写真を撮られた?どうやって撮るのさ?フィルムも無しで?
肖像権?写真も撮れてないのに何いってんの?
あんたたちこそ、俺を痴漢みたいに扱って、訴えてやろうか?
うふふ・・・、いひひ・・・、俺のこの常識を覆すユーモラスな抵抗作戦に、引っ掛かった奴らは唖然とするだろう。こいつぁ見ものだ、たまらないぜ。腹の皮がよじれちまうぜ!
ついでに片栗粉とかも、小分けにしてポケットに入れておこうか、おまわりに見せてやったら、覚醒剤かと思って大騒ぎだろう。こいつぁイイ!、傑作だ!思わず生活に張り合いが出てくるってもんだ!
Tokyo/こんなの撮るから痴漢扱いされるんだろう?
紛らわしいことするんじゃないって?イイだろう?ここは北朝鮮じゃないんだぜ。
あの戦争に負けたおかげさまで、国民は憲法によって自由を保障されているんだ。
フィルムの入ってない肉眼レフカメラで、エァギターならぬエァフォトをガンガン撮りまくろうが、誰にも迷惑かけちゃいないし、俺の自由さ。片栗粉を持って歩くのだって俺の自由さ。これは面白い。これはすでに一種のパフォーマンスアートだ。
君たちにその写真をお見せできないのは、これまた残念きわまるがね。一度くらいは真剣にやらぜてくれないか?腹の虫がおさまらないのさ。
よし、明日天気が良かったなら、フィルムの入ってないカメラを持って、肉眼レフでガンガン写真を撮りまくるぞ!燃えてきたぜ!
こんなバカなことを思いつくなんて、全く俺もフツーじゃないぜ。
しかし、馬鹿なことを真剣にやることで、そこには大きな意味が生じるとは思わないかい。だってこの世の中のたいていの奴らは、真面目に物事に取り組んで、ばかげた結果になってるんだぜ?バカげたことを真剣にやってみると、面白いことになるとは思わないか?
こいつぁ、いい!池袋の皆さん!世界初のエァフォトグラファーSPARKSの登場を、待っていてくださぁい!国家権力の手先、自由市民の敵対者たるケーサツの皆さん!今度俺に職質したら、目にもの見せてやるぜ!首を洗ってまっていやがれ!ダぁハッハッハ!
意味ないだろうなんて言わないでくれよ、面白ければ何でもいいのさ。しかし、君たちに肉眼レフの写真をお見せできずに残念だなぁ・・・。あぁ、俺のこの目玉がゾナーやテッサーやビオゴンだったらよかったのに。

2011/10/01

Post #322 ココが思案のしどころだ

昨日の件があって、俺は悩んでいる。
この道をこのまま進み続けるべきか、大人しく立ちどまり、権力や世間の皆さんの肖像権とやらを尊重すべきか。
見ることと、写真を撮ることの間には、一体どんな違いがあるのか?
カメラを持って歩かないようにとは、いったいどういう意味なのか?誰もがケータイ電話を持ち、それにはまず間違いなくカメラがついている時代に、何故、スナップシューターだけがカメラを持つことを禁じられねばならないのか。
警察官の言葉が、呪縛のように俺の中に響いている。
俺にぶつけられた憎悪の塊が、俺を揺さぶる。
ココが思案のしどころだ。
かつて、アンリ・カルティエ・ブレッソンは目立たないカメラを切望していたという。なので、彼はブラックペイントのライカを愛用していたという。
ブレッソンが、ウィリアム・クラインが、北島敬三が、森山大道が、荒木経惟が、同じような状況に陥った時、どうするだろうか?
写真評論家の飯沢耕太郎氏も、ここ十年ほどの間、肖像権の問題によってスナップ写真の衰えが激しいと嘆いていた。そしてそれが将来、この時代の風俗習慣流行を検証することを難しくしていくだろうと予見していた。
俺達は、いつの間にか、ジョージ・オーウェルの『1984』のような、奇妙な世界に、ビッグブラザーなる権力に常に監視され、自由のない世界に生きているようになってしまったようだ。
権力の手のひらの上にのっている限りは、自由に生きているように錯覚しているが、ひとたび、自律的に何かを始めると、すぐに向こうからオマワリが二人連れでやってきて、俺を職務質問する。
全く嫌な世の中だ。
不正義と退廃がはびこっているというのに、それらはプライバシーや肖像権の名のもとに権力によって擁護され、記録として残すことは許されないことだろう。そういった人間の姿こそ、もっとも生々しく、もっとも俺を惹きつけるものなに。
Paris
権力にとって、カメラは拳銃のように危険なものなのか。
英語では、撃つのも撮るのも同じShootだ。オマワリが目を光らせるのも解かる。
俺は、夜勤明けの睡眠不足の身体一つで、都会の群衆に対峙するとき、まるで素っ裸で対峙しているように感じる。何を見ても、俺にはそれがモノクロの写真になって見える。拳銃一丁も持たずに戦場に放り出されたような気分だ。
ココが思案のしどころだ。
親愛なる読者諸君、とりわけコメントをよせてくれたたけはらさん、M社さん、Aria_msさん、ありがとう。心から感謝しています。
俺は独房のようなビジネスホテルの部屋で、一人自分の行方を模索している。