2012/01/31

Post #445 31/Jan/2012

Paris
今日で一月も終わる。早いもんだ。もう今年も12分の1終わりなのか。働いて、飯を食い、眠り、そうこうしている間に毎日があっという間に過ぎてゆく。俺はゆったりと一人プリントしたりしていたいのに、仕事は次々と舞い込んでくる。なのに、金は全然入ってこない。不思議だ。仕事と称して暇潰しとか言っていたら、これじゃまるでボランティアだ。洒落になってないぜ。
とはいえ、所詮は金の悩みだ。なるようにしかならんし、なるようになるだろう。俺は金が無くなると元気もなくなるという特異体質なんだが、いい加減、こんな守銭奴のような体質からは脱却して、金が無かったらないなりに、呑気に構えていけるような精神力を養って行かねばならんと考えとるわけですわ。
今日はまいったことに、傘の骨が鼻の穴に刺さっちまってね、ドバドバ鼻血が出ちまった。これが脳みそにまで達していたら、俺は死んでいただろう。人生どこで何が待っているかわからない。しかし、幸いにも傘は脳みそまで到達できなかった。おかげさんで、今でも洟をかむと、ティッシュにはフレッシュなイチゴジャムのような鼻血がべっとりだ。
ついてないぜ、全く。まぁ、これも人生だ、ロックンロールだ。そうでも思わないとやってられないぜ。

そうそう、ここ最近右側のガジェットに、コメントを再開すべきかどうかのアンケートを掲示していたんだが、投票数1というあまりにお寒い結果だった。
いささか悲しい現実だ。
まぁ、去年のクレーマーのようなコメントが入ってくると、俺も気が滅入ってしまうので、慎重にならざるを得ないんだが・・・。しかし、そうは言っても投票数1とはねぇ。投票してくれたあなた、ありがとう!しかも、『どちらかといえばあったほうが・・・』という控えめな投票だった訳だけれど。
残念だ。残念きわまる。
本来俺は、コメントフリーにして、写真について読者の皆の衆と、心和むようなやり取りをしたかったんだが・・。ごく一部の空気の読めない男のおかげさんで、その楽しみと喜びは奪われてしまった。全く以て、彼のおかげだよ。俺は正直って、このブログを辞めることも考えたくらいだ。
俺が彼の暴言妄言を黙って受け止め、容赦なくスパムに振り分けていけばよかったのかもしれないが、俺の包容力と許容量を上回る内容のコメントが、次から次に送られてきていたからな。
正直言って、そんな不愉快な思いまでして、コメントを受け取るのは苦痛だったのだ。
その状況に、まっとうなコメントをしたい真っ当な読者の皆さまを巻き込んでしまった事は、つくづく自分の不徳の致すところであるなぁと思っていたんだが、実はそんなに誰も、コメントしたいとは考えていなかったってことが解り、いささか残念に思う反面、安心もした。
ちなみに、例のコメントのM社さんとは、今年仕事で顔を合わせたんだが、性懲りもなく、コメントできるようにしようよと言われてしまいまして、これはやはり迂闊にコメントを再開するわけにはいかんなと、痛感した一月であった訳です。
そういうわけで、まだしばらくは、俺の独壇場って訳だ。
読者諸君、失礼する。

2012/01/30

Post #444 30/Jan/2012

Paris
本日、これといってこともナシ。
久々に、身体を動かして仕事をすると、異様に体のキレが悪くなっていることに気が付き、愕然とする。筋肉量が明らかに落ちている。今年は寒さがずいぶんコタエるなぁと思っていたら、何のことはない、基礎代謝が落ちているのだ。風邪をひいていたのもあるし、慢性睡眠不足というのもあるだろうが、体力が落ちてきているわけだ。
これはイカン。
The Who はかつて、1965年のヒット曲“My Generation”で、『ジジイになる前に死にたい』と歌って、物議を醸したが、実際にジジイになる前に死んだのは、ドラムのキース・ムーンだけだった。アル中治療の薬を飲み過ぎて、ゲロって気管が詰まって死んだんだ。ベースのジョンは、ジジイになりかかった時、ラスベガスのホテルで、コカインをキメて、コールガールとやってる最中に、心臓発作で死んだ。サイコーだジョン。俺もそんな死に方がイイもんだね。
子供もいない俺は常々、そう長生きしたいとも思っていないんだが、こんな調子では、万が一長生きしちまった時に、歩くこともままならないんじゃないか?今のご時世、ちょっとばかし調子が悪くなって、頭の方もいかれちまっても、先端医療を駆使してなかなか簡単には死なせてくれないからな。
なら、とっとと死ねばいいとかいう声が、大向こうから聞こえてきそうだが、どっこい俺も自分から死ぬ気になるほど、身体も心も弱くないし、第一まだ、行ってみたいところも、プリントしてないネガも山ほどあるんだ。そうそう簡単に死んでやるつもりもないがね。
読者諸君、失礼する。なんだか暗い話になってしまった。年を食うというのはいささか憂鬱なものだね。また会おう。

2012/01/29

Post #443 29/Jan/2012

目が覚めると、すでに日は傾き始めていた。
何ということだ。人生を無駄にしているような焦燥感だ。
よく考えれば、月末も近い。やらねばならないことが山盛りだ。貴重なOFFだというのに。
Istanbul,Turk ここでも男たちは金儲けに忙しい
俺の毎日は、何時だってこんな調子で、何を成し遂げるわけでもなく、ただ過ぎてゆくのだ。そうこうしているうちに、俺も四十路真っただ中だ。あとどれだけ時間が残されていることか・・・。
人生をトータルで見ると、これはいささか悲しい現実だと思わざるを得んな。忙しい割には、儲からないしな。仕方ない、これが俺の人生さ、ロックンロールさ。

2012/01/28

Post #442 28/Jan/2012

Amsterdam
性懲りもなく、今夜も仕事。明日は時間を作って、久々にプリントでもしてみようかと考えているんだが、どんなもんでしょうねぇ。モロッコのフィルムを少し攻めてみたいんだけれど、この寒さじゃねぇ。イマイチやる気も衰えるってもんですわ。
読者諸君、また会おう。

2012/01/27

Post #441 27/Jan/2012

HomeTown
今日は一日、眠って暮らした。今日まで仕事が続く予定だったんだが、昨日の夜で片がついてしまったんで、眠って暮らした。とはいえ、家に帰ってきたのは朝の8時。いろいろと所用を済ませて、布団にもぐりこんだときには、もう正午過ぎ。40過ぎると休息が必要なのさ。働くだけが能じゃないってことだ。
それはそうと冬は、活性が低くなるのでいけないぜ。
数少ない貴重な読者諸君、また会おう。

2012/01/26

Post #440 26/Jan/2012

昨日の夜、仕事に出撃しようとしたところ、うちの連れ合いが電話をしてきた。
どうも、25日の夜東海地震が起こるという噂が、ネット上に飛び交っているというので、不安になったということだ。
金儲けのためには、そんな流言飛語に構っちゃいられないんだ。そんな誰かの予知夢だなんだってのに付き合って、震え上がってちゃ、こちとら仕事にならん。俺は構わず出撃した。
Paris
案の定、何事もなかった。当然だ。
この手の話しは、俺はノストラダムスの大予言で懲りているんだ。あれで人生を踏み外したと言っても過言ではない。あの忌々しい『ノストラダムスの大予言』の著者、五島勉は切腹でもするのが当然だと考えているんだ。しかし、世間の皆さんは忘れっぽい。TVで外国からやって来た何やら胡散臭いおっさんやおばはんが、いついつどこどこで地震が起きるとかほざいているのを見ると、腹が立つ。起きなかったとき、奴らが謝罪した話を、俺は聴いたことが無い。風評被害なんてもんじゃないぜ。
そんな噂を流す奴は、責任を取ってほしいもんだ。一体何を根拠に・・・。そんな夢を見たからっていちいち大騒ぎするなんて、とんだ暇人だ。俺は自分の生活を切り盛りししていくことに精一杯なんだ。バカバカしいったらありゃしないぜ。第一夢で見たことが本当になるんだったら、今頃俺は、金にも不自由してないだろうし、女の子にも大人気だって!
バカバカしいッたらありゃしない。大地震が来ようが、癌になろうがならなかろうが、人間はいつか必ず死ぬ。備えをするのは大切だけれど、それに怯えて生きるのは本末転倒だ。

戦国時代最大のトリックスター松永弾正久秀は、こういっていたっけ。
『たとえば今、天の落ちるということになれば、空を見ずしているがよきなり。見てかなしむとて、落ちるべき天の落ちずしてあるべき事かは。』(『なぐさみ草』より、一部言い回しを改めた)
さすが、東大寺の大仏を焼き払い、将軍を殺し、おのれの主君の三好家を滅ぼし、信長に反旗を翻しただけの男は言うことが違う。

今、この瞬間にやるべきことをん一生懸命やってない奴は、せいぜい命を惜しめばいいのさ。もっとも、そんな奴は、どれだけ長生きしたって、ただ生きてるだけに過ぎなんだ。とはいえ、俺とてまだ死ぬ気はサラサラないが、人間いつ死ぬかなんて、見当もつかんしな。ひょっとしたら、今夜にでも交通事故で死ぬかもしれんのだ。しかし、それがどうした。今この瞬間は、生きて活きて好き放題やってるってもんだ。
そろそろ今夜も出撃だ。寝言は寝て言え!と言いたいぜ。
読者諸君、失礼する。

2012/01/25

Post #439 25/Jan/2012

Bruxelles
最近、白戸三平の『カムイ伝』にはまっています。三部構成の大長編マンガとして構想され、第一部がスタートしたのが1964年。今から50年近く前だ。にもかかわらず、第3部は未だにスタートしていない。未完の大長編だ。
非人部落に生まれた故に、強さとそれによって得られる自由を求めて忍者となるカムイ。しかし、その忍者の世界も厳然とした階級社会であり、陰惨な掟でがんじがらめであることを悟ったカムイには、抜け忍となり、次々と襲いくる追手を倒し続けるしか生きる道は無くなっていくことだろう。
最下級の農民である下人に生まれながらも、本百姓となり、皆の生活を豊かにするために苦闘する正助。正助は、隠れて文字を習い、仲間たちに教え、自分たちのことは自分たちで考えて行こうと訴える。その一方で、蚕の養殖や綿花の栽培など、新しい産業を興すことで、農民を豊かにするために試行錯誤を続けてゆく。
藩の家老の家に生まれながらも、一族全てを惨殺されながらも生き延び、藩主への復讐を誓う竜之介。生き延びるために、非人にまで身をやつした竜之介は、自らは何も働かず、唯、農民から搾取するだけの武士の在り方に疑問を抱いてゆく。
この3人三様の主人公たちが、身分制度が生み出す世の理不尽と闘い、もがき、苦しみながら生きる姿を描いた大長編マンガ、それが『カムイ伝』だ。どう、面白そうでしょう?
第一部だけで15巻もあって、まだ5巻までしか読んでないんですが、これが面白くてたまらないわけです。毎日のように、本屋に行ってはコツコツ一冊づつ買ってきて、夜勤明けのぼんやりした頭で読んでいます。忍者同士の暗闘や武士の殺し合いで、首が飛ぶ、腕が千切れ飛ぶなどの残酷描写は日常茶飯事。次から次に一揆が起こされ、首謀者は磔にされ、首が晒されるのも日常茶飯事。いまどきの人がなかなか死なないヌルいマンガとは大違いだ。
第一部、第二部、そして外伝も合わせると38巻にもなる大長編なのですが、そのテーマはズバリ、『反権力』、『反差別』、『反搾取』といったところでしょうか。
あくまでも舞台は江戸時代初期なんですが、この身分制度のような構図は、形を変えて今も俺達の周りをがっちり固めているに違いないのだ。それはより巧妙で、一見それとは気が付かないようにソフトに偽装されている。
サラリーマンを辞めた俺には、サラリーマンは江戸時代の百姓と変わらないように見えていた。そして、その下部構造として、派遣やアルバイトなどしか働き口の無い若者たちや初老の人々。誤解を恐れずいうならば、彼らは、自らの土地を持つことを許されなかった下人か、それとも生業を持つことを許されなかった江戸時代の非人のようだ。
正直、現場関係の派遣のような会社で働いていた俺は、登録アルバイトスタッフという名の、現代の下人たちを搾取しているような、後ろめたさというか居心地の悪さを、感じ続けてきた。
そして、如何に理不尽な内容でも、組織の上からの指示には従わざるを得ないという阿呆らしさ。そして、その指示が如何に理不尽で自分たちを苦しめることになっても、唯々諾々として従う同僚たち。彼らは如何に搾取され、理不尽な命令を吞まされても、自らの安逸な生活を維持するために従い、戦おうともしない。
それら全てにうんざりして、俺はサラリーマンを抜けたのだ。
俺は、白戸三平のカムイを読むことで、この現代社会が、新たに照らし出されているように感じているんだ。
あぁ、カムイや正助のように、生きることができたなら・・・。しかし、その覚悟が俺達にあるだろうか?さてと、今夜も仕事だ。そろそろ、準備しないとな。読者諸君、また会おう。

2012/01/24

Post #438 24/Jan/2012

今日でやっと仕事が一段落だが、眠るヒマもないんだ。
小忙しい。今の仕事が終わっても、次の日からまた別の仕事が始まる。一息つくヒマなんてもちろんない。資金が豊富にあって、いつも旅から旅だったら、さぞかし人生気楽で楽しいもんだろう。
しかし、人生ってそんなにあまいもんじゃあ、ないよな・・・。
Amsterdam
あぁ、せめてゆっくりとプリントしたいもんだ。睡眠不足で頭が痛くなってきやがったぜ。
さぁ、シャワー浴びて少し眠ろう。今日も朝から仕事なんだから。こんなことしてる場合じゃないだろう。
読者諸君、申し訳ないが、ここんところ毎日こんな調子だ。水際作戦だ。一日が50時間くらい欲しいと思えてくるぜ。ただし、50時間のうち、仕事が45時間とかはナシだぜ。そいつは勘弁してほしいもんだ。ワークライフバランスってのが適正じゃないと、人生は不毛地帯になっちまうことだろう。
では、失礼する。御機嫌よう。

2012/01/23

Post #437 23/Jan/2012


Paris
マロニエの花。日本では栃の木。栃木県とは、マロニエ県ということですか。

2012/01/22

Post #436 22/Jan/2012

Paris
本日、多忙につきこれっきり。これっきりと言ったらこれっきり。
読者諸君、しばらくはこんな有様だ。失礼いたす。

2012/01/21

Post #435 21/Jan/2012

Tokyo
人生楽ありゃ苦もあるさ。急激に忙しい。俺の商売、土曜も日曜も、昼も夜もカンケーない。
ヒマな時は思いっきりヒマなんだが、忙しくなってくると、急流イカダ下りのような生活だ。こんなの体にいいわけがない。いいわけがないはずなんだが、不思議なことに、ヒマな時の方が体調を崩しやすい。忙しくなってくると、嘘のように体調が回復して来たりするから、我ながら現金なもんだ。
そう、あれほど苦しんでいた風邪も、だんだんと癒えてきた。もちろん今夜も仕事だ。帳簿もやっておかねばならん、俺は小沢一郎じゃないから、天下国家のことだけ考えて、帳簿なんか見たことないなんて言ってられないんだ。
読者諸君、失礼する。こんなブログを更新していても、俺は決して暇なわけじゃないんだぜ、覚えておいておくれよ。

2012/01/20

Post #434 20/Jan/2012

仕事を終えて朝帰り、朝の5時に夕食を食いながら朝刊を見てみると、そこには、こんな見出しが。コダック経営破綻!
フィルム事業に特化していたことが、破綻原因だと・・・・。これも時代の流れか・・・。
まったく切ないモノよのぉ。
Paris
かつては、コダックのトライXに、三菱製紙の月光の特別硬調が、カッコいい写真だと思っていたのに、月光はとうの昔に印画紙から撤退、挙句の果てにはコダックまで経営破綻と来ちゃ、この道楽もお先真っ暗。トライXが無くなったら、どうする。リバーサルのE100VSが無くなったらどうする?
どんなフィルムを選択するかという時点から、写真てのは違ってくるもんだけどな。
FUJIのNEOPANって、どうなんですかねぇ。俺、使ったことないんですけども。とりあえずは、事業は継続するとは言ってるけど、先のことはわからないからな。いっそデジタルにしちまえばいいだろうって声も、世界中から聞こえてくるが、ちまちまと画像処理なんかやってられんしな。そんなことばかりやってたら、どんどん目が悪くなって、最近勃発した老眼と合わせて、いずれは遠近両用眼鏡のお世話になりかねん。
うむ、時代の流れとはいえ、時代遅れの写真道楽には、世間の風は冷たいものだ。
いやぁ~、まいったなぁ。

2012/01/19

Post #433 19/Jan/2012

Paris
さぁ、だんだん忙しくなってきただよ。体調は芳しくないけれど、金儲けは甘くないんだ。
読者諸君、また会おう。

2012/01/18

Post #432 18/Jan/2012

Paris
あまり、見てくれのイイ写真を載せ続けていると、単なる善人というか、お人よしというか、偽善者のように思われてしまわないか、心配になります。
自分としては、デビルマンのような、善と悪の入り混じった振幅の激しい人間に、魅力を感じます。
捻じれてつながり、表と裏がいつの間にか入れ替わっているクラインの壺のような人間に、興味を憶えます。そして何より、自分自身も、斯くあれかしと、いつも考えています。知性と暴力性が、一つの人格の中に渦巻いているようなニンゲンでありたいと思っています。
ニンゲンの中に潜むどろどろとした欲望の姿に、惹かれます。それとともに、人間のみが持ちうる、ある種崇高な行いにも、心を打たれます。
人間の行いは、両義的で、表面だけ見ているだけでは、何もわかりません。それでいて、表面しか写らない写真に熱中するのは、一体どうしたわけでしょうか?
ここにも、自分自身が矛盾を抱えた存在であることを、痛切に感じないわけにはいきません。

2012/01/17

Post #431 17/Jan/2012

モロッコ旅行のネガが帰ってきた。俺は自分の才能を再認識したぜ。
俺は世の中の出来事で、自分自身に一番熱中しているんだ。自分自身の作り出すものにワクワクしている。自分以外の何かに夢中になってるよりも、自分自身に夢中になっている方が、この人生、面白いんじゃないのかい?甲斐性と金回りはイマイチだが、おかげさんで楽しく生きているって訳だ。
しかし、恐ろしいことが発覚してきた。明日あたりから3月の中ごろまで、仕事が休みなくびっしり詰まってるってことだ。ほとんどが夜勤だ。昼夜逆転だ。家族に顔を忘れられてしまうぜ。こんな思いをしても、さほど儲からないあたりが、いかにも俺らしくてイイんだがな。しかし、こんな状態じゃ、一体いつになったら今回の旅行のネガをプリントできるのか・・・。正直言って、去年のヨーロッパ旅行も、飛行機の遅れで一泊したヘルシンキがプリントしていない。その前年のトルコ旅行だって、半分くらいしかプリントしていない。大阪や東京に出張していた時の写真もまだほとんど手つかずといった有様だ。まったく、時間がほしいってもんだ。こんな調子で人生あっという間に終わっちまうに違いない。きっと後には、山ほどの写真とプリントされてないネガが虚しく残されるのさ。俺以外の人間にとって、そう面白いもんでもないだろう。このブログの不人気さ加減を見れば、うなづけるというもんだ。うむ、そう考えれば、俺はこの人生を通じて、しこしことゴミを作っていることにはならないかい?
いやぁ、参ったなぁ・・・。
Bruxelles

2012/01/16

Post #430 16/Jan/2012

Rabat,Morocco
きれいだなぁ・・・。押しかけガイドに15分で1000円くらい吹っかけられたけど、何とか500円に値切り倒したウダイヤのカスバ。それくらいは可愛いもんだったと、後々気が付くことになるんだが、俺は旅先でけちけちするのは好きじゃないんだよね。とはいえ、マラケッシュのフナ広場で、へびつかいに払った2000円は、ちと厳しかった。自分自身に遊興税みたいなもんだと、言い聞かせたもんだ。
さて、そのガイドが言うには、建物の下の方に塗ってある青色は、蚊を家に近づけないためのもんだっていうんだが、果たして効果はあるんだろうか?
しかし、人はどこにいるんだ?みんな恥ずかしがり屋さんなのか?
テキトーにデジカメで撮ったモロッコ旅行編もそろそろ、一旦やめにするかな。まだフィルムはラボから帰ってきてないし、ごっそりネガが帰ってきても、そろそろ仕事が激戦区に突入する雲行きで、のんびりプリントなんてしてられないだろうけど。カラーばかりじゃぁねぇ、自分としてはなんだか自分の写真だってカンジがとぼしいんだよね。第一、シロートさんみたいでどうにもこうにもだよ。
読者諸君、また会おう。

2012/01/15

Post #429 Photographica #11

モロッコのラバトには、一泊しただけだったんだが、その宿のラウンジにスティーブ・マッカリーの『South Southeast』(2000年 Phaidon 刊)が何気なく置いてあった。この写真集は、以前からなかなかに気になってはいたんだ。スティーブ・マッカリーのベスト盤みたいな位置づけだ。
やはり、イイ。素晴らしい。俺は帰国して早々に、アマゾンにオーダーして購入してしまった。金もないのに、ご苦労さんなこった。
Steve McCurry "South Southeast" Rabat,Morocco
この写真集には、数十年もの間、何十回とインドに赴き、写真を撮り続けてきたマッカリーのキャリアの中から90年台を中心に選りすぐった60枚余りの写真が、大判の判型でおさめられている。
インド、アフガニスタン、ビルマ、チベット、カンボジア、パキスタン、スリランカ、タイ等で撮影された写真には、誰もが目にしたことのあるものも多い。
緑色の壁を背にして、赤褐色のスカーフを身につけて、青い瞳でレンズを見据えるパキスタンの少女。
インド洋の荒波の中、海面に立てた竿の上に絶妙のバランス感覚で座り、釣りをするスリランカの男たち。
ボンベイの少年は、顔も服も何かの祭儀の為だろう、真っ赤に染まったままで強い視線をレンズに向けている。
どれも力強く、何かを訴えかけてくるような写真だ。写真そのものに、視る者を惹きつける強度が溢れている。
それだけではない。駱駝の前で、少年に何かを教え諭しているようなターバンの老人。
瓦礫の中で、薄汚れた布で鼻と口、そして頭を覆った少年は、ゴーグルを額にあげ、どこか憎しみをたぎらせたような眼差しでレンズを見つめる。
若いころの高橋幸弘を思い起こさせるパキスタンの青年は、ターバンを巻いた顔をまっすぐこちらに目を向ける。それはどこか威厳を感じさせるほどの視線の強さだ。
薄暗い寺院で礼拝する人々には、窓から光が差し込み、あたかも敬虔な者たちに対する神の恩寵のようにも見える。
カンボジアの母と子は、ハンモックの上で安らかにまどろんでいる。そしてその下には、3メートルほどはありそうな蛇がいるのが見えるだろう。
全編、美しい色彩に幻惑される。
空はどこまでも青く、女たちが身に纏う民族衣装は鮮やかな赤や黄色。子供たちが売る花々は、暗い画面の中に、自ら光を放っているように鮮やかに輝く。
そして、やらせじゃないかと思いたくなるほどの、完璧な構図。
表紙にもなっている、インドも街角で撮られたと思しき一枚が、この写真集のエッセンスといってもいいだろう。
雨の中、赤いチャドルをまとった少女が、幼い兄弟を抱いて、車の窓にすがりついている。
おそらくは物乞いだろう。途上国に行くと、こういった場面にはしばしば遭遇し、同情とも、憐憫とも言えないような、どこかやましさを感じもする。つまり、どきりとするのだ。
暗い車の中、後部座席から写真家はシャッターをきる。幼い子供の視線が、レンズを通して、私たちに何かを語りかける。それが何かは、この写真を見るひとりひとりの中に内在するものだろう。
日本に、そして多くの先進諸国に暮らす我々からすると圧倒的に貧しい人々だが、その人生は決して貧しくみじめなだけのものではなく、我々と何ら変わらず、喜びと悲しみによって鮮やかに彩られていることを、そして、彼らの多くがレンズを通して私たちを見据える眼差しには、精一杯生きているニンゲンの持つ威厳を、この写真集から読み取ることは、深読みのし過ぎではないと思うが、如何なものだろう。

もちろん、写真は貧しさに苦しむ人々を、決して救済したりはしない。
神様が貧しさに苦しみ人々を決して救ってはくれないように。
ただ、かつて、その人はそこにいたということしか、写真は語ってはくれないのだ。
そう、写真集は道徳の教科書ではないのだから。
光と影、生きることの厳しさと、それが故の安らぎと喜び。
それら全てが描き出す、美しくエキゾチックなイメージ。
コンクリートとアスファルトとガラスに覆われた世界以外にも、ツンと鼻を刺す香辛料や羊の肉の焼けるような香り、むせ返るような花の香り、土のにおい、頬をなでる砂交じりの風、そんなリアルな感覚を伴った世界があることを、思い知ればいいのだ。そして、俺は、自分の暮らす世界と、どこかでつながっていながらも隔絶したこの世界が、この同じ地球の上にあることを知り、どちらが現実的なのか、ふと、考え込んでしまう。
そう、私たちは、この写真集を眺めて、自分の知らない世界に思いを馳せるだけでイイのだ。
そう、世界は美しいと。

2012/01/14

Post #428 14/Jan/2012

やはり、サレからラバトに渡る船は、手漕ぎだった。
お一人様一回約20円。働き盛りのあんちゃんが船頭だ。まったく気のないカンジでこいでいるぜ。
こちらに漕ぎ渡ってくる船に手を振ると、あんちゃんも手を振りかえす。
船には猫も一緒にのっていた。色の薄いトラ猫だ。
Rabat,Morocco
時間にしてほんの2,3分。ココに辿り着くまでが、長い道のりだった。しかし、それが人生さ、ロックンロールさ。

2012/01/13

Post #427 13/Jan/2012

憐れみを誘うような子犬を振り切り、河口を望みながらとぼとぼと行くと、人や車が集まっている場所があった。そこが船着き場かと思って行ってみると、何のことはない、小さな漁港だった。
漁港の脇の日本で言ったら海の家のようなたたずまいのバラック飯屋に座っているおばはんに訊いてみると、船着き場はまだ先だという。
俺達はとぼとぼと歩き続けた。再開発中の造成地のような場所の先に、大きな船が見える。あそこに違いないと目星をつけ歩みを進めていくと、何時しか道は無くなり、いかにも川砂が堆積した土地に、人が歩いてできたような小路が続いていた。
これを行くのか。
行った先には、無数のカモメが砂の上に座り温かな日差しにまどろんでいた。俺たちが近づくと、一定の間合いに入ったカモメが飛び立ち、少し離れたところにまた座る。そんなに気持ちがイイのか、そこは?
Rabat, Morocco
まぁイイだろう。どう見たって船着き場はすぐそこだ。川面に小舟が浮かんでいるが、まさかあれじゃないよな・・・。
眠いので、明日に続く。朝起きたら朝イチで税金を振り込んで、そのあと東京に出張しなきゃならんのでね。寝坊はできないんだ。それが、現実とかいう奴か。いやぁ、まいったなぁ。
読者諸君、また会おう。

2012/01/12

Post #426 12/Jan/2012

俺は犬に吠えられる男だ。太宰治の短編小説にも、やたらと犬に憎まれる男の話があったような気がする。手元の新潮文庫を片っ端からひっくり返せば見つかるだろうけど、おっくうだ。
近所の犬は、俺が塀の外を通っただけで、狂ったように吠えまくる。イカにもタコにも怪しいカンジが漂ってしまう。スーパーの駐車場では、車の中で留守番しているお座敷犬どもに、きゃんきゃん吠えられる。
かつて、俺のオヤジが当時付き合っていた女性の趣味で、柴犬を二匹飼っていた時など、オヤジの家の敷居をまたいだ瞬間から、いや、俺の車がオヤジの家の前に泊まった瞬間からか、俺が車に乗り込んで走り去るまで、犬が吠えっぱなしだった。
俺のお世話になっている先生の家に行けば、飼い犬のタローはこれまた狂ったように吠え続けた。幸か不幸か、オヤジはその女性と別れたんで、その柴犬は女性が引き取ってくれた。先生の犬も、老衰で死んでしまった。俺の身近から2つの脅威が取り除かれた訳だ。
俺は自分の体から、犬が吠えたくなるようなホルモンだかフェロモンだかが出ているんじゃないかって心配になるぜ。ついでに言ううと、犬上皮アレルギーを持っているので、犬に触るとかゆくなる。
まったく冗談じゃない。
モロッコで、もっとも心配だったのは、時折野犬を見かけたことだ。それも、デカい奴だ。イスラム教ではかつて犬は豚同様に不浄な生き物としてみなしていたと、南方熊楠の十二支考で読んだことがあるが、やはりそんな関係もあってのことだろうか。このあたりは、一介の旅人には窺い知ることは出来ない。しかし、一介の旅人だからといって、野犬がお目こぼししてくれる確証はない。おれからは犬が吠えたくなるフェロモンだかホルモンが、ぶんぶん放出されているのだから。
シェパードのようなごつい犬が、首輪も何もなしで、独りふらふら歩いていたりする。野良だ。飼い犬も、首輪をしていてもリードはついていない。どうなってるんだ一体。しっかりしつけてあるんだろうな?
旅の途中で訪れたエッサウィラの港町では、おっさんが連れていたこれまたゴツいシェパードが、その辺で陽にあたって和んでいる野良猫に向けて、突然猛然ダッシュして、とびかかったのを間近で見て、戦慄したことがある。猫はとっさにギャッと叫んで跳びのき、難を逃れたが・・・。こんなデカい犬に、ロケットのような勢いで襲い掛かられたら、さすがの俺でもヤバい。
犬は、苦手な生き物だ。
Rabat,Morocco
サレからラバトへと向かう船着き場を探して歩き続ける俺たちの前に、一匹のみすぼらしい犬が現れた。小さな子犬だ。しかし油断は禁物だ。俺達は、ちらりと一瞥をくれてから、すたすたと歩き続けた。しかし、意外なことにこの子犬、ちょこまかちょこまかと跳ねるようにして、俺たちについてくる。50メートルもいけば離れるだろうと思いきや、随分歩いても、離れる気配がない。しかも、どうやらこの犬、うちのつれあいではなく、俺についてきているようだ。
俺は身構えた。犬は上から手を差し伸べると攻撃されたと思ってかみついてくる。俺は用心して、手を軽く握り腰をかがめ、犬の目の前に差し出した。子犬は吠えることはなかった。大喜びだ。

意外なことに、犬は吠えもせず、俺にパタパタ尻尾を振ってすり寄ってくる。これはこれで困ったもんだなぁ。
かれこれ1キロほども連れて歩いただろうか。向こうから10人ほどの高校生くらいのモロッコ人の少年の一団がやってきた。子犬は、どうやらその少年たちに気をひかれたようで、俺から彼らに乗り換えてくれた。
さようなら、みすぼらしい犬よ。いかんいかん、少し情が移ってしまった。
気になって振り返ってみると、思春期の少年たちにいいようにあしらわれ、車道へと追いやられては、ノロクサ走るポンコツ自動車に轢かれそうになったりしている。見ちゃいられないぜ。
けど、あれはあれで可愛かったなぁ。

2012/01/11

Post #425 11/Jan/2012

今日は俺の誕生日だというのに、風邪をひいている。冴えない誕生日だ。もっとも、43にもなるってぇと、誕生日が来てもあまり嬉しいものではないがね。なんてったって、地獄にまた一歩近づいたって思わないかい?あ、思わないのね。
どうして風邪をひいてしまったのか。旅の疲れ。そう、それもあるだろう。
しかし、俺は決定的にクサイと思ってる原因があるんだ。
そう、あれはマラケシュでのことだった。間口一間もないようなちいさな民族楽器屋で、俺はケッタイな笛を買ったんだ。ねずみ男のような民族衣装を着たすれっからしのおやっさんからね。
なかなか吹っかけてきたんだが、値切り倒して結構納得プライス(それでも2、3000円のもんだ)で購入したんだ。竹でできた笛で、先っぽには動物の角がラッパ状についている。接合部分には金属で装飾がしてあるし、まろやかで且つすっとぼけた低い音が出る。このすっとぼけた間抜け感が大切だ。ゲージュツにはなりそうにない。
俺はその笛を買うなり、宿までブオブオ吹きながら帰って行ったんだ。そう、リコーダーの練習をしながら家路を辿る小学生のようにだ。いくらモロッコでも、そんなタワケはそうはいない。道行くモロッコ人の老若男女も、物珍しそうに見ていたっけ。おかげで、そのあと何回か、モロッコ人のおじさんから、あんた笛吹いてただろうとか言われたなぁ。なかには英語で苦笑いしながら、『あんた下手クソだなぁ』なって言ってる店のオヤジもいる。
しかし、みんな笑っている。いいぞ。俺はこういう愉快なノリが大好きなんだ。
Rabat,Morocco
宿からの帰り道には、向うで言うところの小学校があるんだが、ちょうど低学年の小僧たちの下校時間だった。娯楽に飢えたガキどもの前に、モジャモジャ頭の外国人が、みょうちきりんな笛をブオブオ吹かしながら、楽しげなステップを踏んで現れたら、どうなると思う?入れ食いだよ、入れ食い。
俺はあっという間に10人くらいのガキどもに取り囲まれた。どいつもこいつも小学校1,2年ってカンジだ。ちなみにモロッコじゃ、これくらいのガキが夜中の11時になっても、路地の少し広い道や小さな広場で、クタクタのボールでサッカーをしている。元気いっぱいだ。荒木経惟のさっちんの世界だ。
これが日本だと、こうはいかない。知らないおじさんに声をかけられタラ、逃げなさいだ。子供たちも、白けた目で見てるだけだ。それどころか、不審者出没情報とか言って、保護者にメールが送信されてしまう。冗談じゃない。俺は愉快なノリで行きたいだけなのに。それが日本の現実という奴だ。ケツの穴が小さいぜ。現実逃避もしたくなるってもんだ。
ガキどもは口々に、『俺にもやらせて』『俺にも吹かせて』と大変な騒ぎだ。コイが泳ぎまわってる池に、パンくずをぶちまけたような騒ぎだ。
問題は、この笛、構造的に7センチほどの竹製のマウスピースをジュッポリと口の中に突っ込まないといけないということだ。吹いていると、喉の奥にあたって、思わずゲボが出そうになるくらいだ。憧れのあの子のリコーダーにこっそり間接キスなんてもんじゃない。間接ディープキスだ。ぐっちょぐちょだ。しかも、中には当然のように青っ洟垂らしたような奴もいる。
しかし、それで『こら、ガキども、どっか行け!』なんて言うのは俺の柄じゃない。言うなれば、ココでビビっちゃ、漢スパークスの名が廃る。それに考えれば、モロッコの平均月収は日本円で25,000円から30,000円てとこらしい。2500円もする様な笛、いくら近所で売っていたって、買えないよな。よし、俺に任せろ、ガキどもよ!そう、俺はガキどもに、吹かせてやったさ。次から次にだ。奴らは奪い合うようにして笛を吹いていた。ちいさな口の奥まで笛を突っ込んでな。どうだガキども、満足したか。
で、見事に風邪ひいちまったって訳。久しぶりに鼻をかんだら、青っ洟が出ちまったぜ。まったく世話ねえや、我ながら。仕方ない。それが人生だ、ロックンロールだ。

2012/01/10

Post #424 10/Jan/2012

俺達は、モロッコの首都ラバトの空港に到着したんだ。ちいさな空港だ。飛行機から降りると、とぼとぼと暗い駐機場を歩いて、空港の建物に入り、適当な入管検査を受けた。係りのおやっさんは、ロクに見もしない。取材目的だとみなされると、フィルムが没収されるという話も聞いていたんだが、全く以てそんな気配もない。本当にそんなんでいいのか?って思うくらいで拍子抜けもいいところだ。
そこにはアジズというタクシーの運ちゃんが、俺達を迎えに来てくれていた。気のよさそうなおっさんだ。
俺達はアジズのくたびれたベンツタクシーに乗り、宿に向かった。2、3メートル、場所によっては5メートルくらいの高さの城壁にぐるりと囲まれた旧市街(これをモロッコではメディナというんだ)の、入り組んだ路地の奥にある小さな宿だ。だからタクシーは途中までしか入ってこれない。道幅は2メートルくらいだ。旧市街はどこもそんなもんらしい。薄暗い路地のあちこちで、ヒマそうな若者がたむろし、子供たちが珍しそうにこちらを見ている。
宿は、首都ラバト郊外のサレという町にある。かつては栄えた町だったんだが、何百年か前には海賊の根城になってすっかり荒れ果てたそうだ。でもまぁ、今は海賊もいないし、静かな田舎町って風情だ。
次の日、俺達は河をへだてた対岸のラバトに行くことにした。タクシーで行けばあっという間だが、それじゃ面白くない。宿の女将さんのジャンヌに道を訊ね、俺達はブラブラと旧市街の城壁に沿って歩き出した。まずは船着き場に行かなければね。彼女が描いてくれた地図には、手漕ぎボートの絵が描いてある。この21世紀に手漕ぎボートか?面白い。
そして、温かな日差しの中ブラブラと歩いてゆくと、城壁に上れるポイントがあったんで、上ってみることにした。ひょいと城壁に上ってみるとそこには、一面の墓地が広がっていた。何百年もの間、人々が葬られてきた広大な墓地だ。墓地の向こうには、俺たちが目指すラバトの街が見える。
Rabat,Morocco
それはなかなかに壮観で、こんな墓に入るのも悪くないなと思えるような墓地だったんだ。

2012/01/09

Post #423 09/Jan/2012


Rabat,Morocco
帰ってきました、日本の皆さん。改めて、今年もよろしくお願いします。

モロッコの首都、ラバトにて。3人の青年に出会う。
彼らは自分の持っているデジカメで、1人づつ俺と写真におさまった。
旅の出だしとしては、最高だ。
俺はアラビヤ語で、自分も彼らの写真を撮らせて欲しいと頼んだが、若者たちは残念そうに首を振った。しかし、嫌なのではなかった。彼らは3人とも聾唖だったのだ。言葉を持てない彼らにとって、写真は思い出そのものなんだろう。
けれど、彼らにはそんな暗さは微塵もなく、身振り手振りで俺の意図を察してくれて、自然な笑顔で3人肩を並べて写真に収まってくれた。
再び会うことはないだろうが、この若者たちの将来に幸あれ。

2012/01/08

Post #422 08/Jan/2012

Paris
そろそろ、味噌煮込みうどんが食いたくなってくる頃だから、帰ろうかな。