2012/01/25

Post #439 25/Jan/2012

Bruxelles
最近、白戸三平の『カムイ伝』にはまっています。三部構成の大長編マンガとして構想され、第一部がスタートしたのが1964年。今から50年近く前だ。にもかかわらず、第3部は未だにスタートしていない。未完の大長編だ。
非人部落に生まれた故に、強さとそれによって得られる自由を求めて忍者となるカムイ。しかし、その忍者の世界も厳然とした階級社会であり、陰惨な掟でがんじがらめであることを悟ったカムイには、抜け忍となり、次々と襲いくる追手を倒し続けるしか生きる道は無くなっていくことだろう。
最下級の農民である下人に生まれながらも、本百姓となり、皆の生活を豊かにするために苦闘する正助。正助は、隠れて文字を習い、仲間たちに教え、自分たちのことは自分たちで考えて行こうと訴える。その一方で、蚕の養殖や綿花の栽培など、新しい産業を興すことで、農民を豊かにするために試行錯誤を続けてゆく。
藩の家老の家に生まれながらも、一族全てを惨殺されながらも生き延び、藩主への復讐を誓う竜之介。生き延びるために、非人にまで身をやつした竜之介は、自らは何も働かず、唯、農民から搾取するだけの武士の在り方に疑問を抱いてゆく。
この3人三様の主人公たちが、身分制度が生み出す世の理不尽と闘い、もがき、苦しみながら生きる姿を描いた大長編マンガ、それが『カムイ伝』だ。どう、面白そうでしょう?
第一部だけで15巻もあって、まだ5巻までしか読んでないんですが、これが面白くてたまらないわけです。毎日のように、本屋に行ってはコツコツ一冊づつ買ってきて、夜勤明けのぼんやりした頭で読んでいます。忍者同士の暗闘や武士の殺し合いで、首が飛ぶ、腕が千切れ飛ぶなどの残酷描写は日常茶飯事。次から次に一揆が起こされ、首謀者は磔にされ、首が晒されるのも日常茶飯事。いまどきの人がなかなか死なないヌルいマンガとは大違いだ。
第一部、第二部、そして外伝も合わせると38巻にもなる大長編なのですが、そのテーマはズバリ、『反権力』、『反差別』、『反搾取』といったところでしょうか。
あくまでも舞台は江戸時代初期なんですが、この身分制度のような構図は、形を変えて今も俺達の周りをがっちり固めているに違いないのだ。それはより巧妙で、一見それとは気が付かないようにソフトに偽装されている。
サラリーマンを辞めた俺には、サラリーマンは江戸時代の百姓と変わらないように見えていた。そして、その下部構造として、派遣やアルバイトなどしか働き口の無い若者たちや初老の人々。誤解を恐れずいうならば、彼らは、自らの土地を持つことを許されなかった下人か、それとも生業を持つことを許されなかった江戸時代の非人のようだ。
正直、現場関係の派遣のような会社で働いていた俺は、登録アルバイトスタッフという名の、現代の下人たちを搾取しているような、後ろめたさというか居心地の悪さを、感じ続けてきた。
そして、如何に理不尽な内容でも、組織の上からの指示には従わざるを得ないという阿呆らしさ。そして、その指示が如何に理不尽で自分たちを苦しめることになっても、唯々諾々として従う同僚たち。彼らは如何に搾取され、理不尽な命令を吞まされても、自らの安逸な生活を維持するために従い、戦おうともしない。
それら全てにうんざりして、俺はサラリーマンを抜けたのだ。
俺は、白戸三平のカムイを読むことで、この現代社会が、新たに照らし出されているように感じているんだ。
あぁ、カムイや正助のように、生きることができたなら・・・。しかし、その覚悟が俺達にあるだろうか?さてと、今夜も仕事だ。そろそろ、準備しないとな。読者諸君、また会おう。

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