2012/02/09

Post #454 09/Feb/2012

Paris
ニンゲンは弱いから群れるのではなくて、群れているから弱いのだという、有難いお言葉を目にした覚えがある。うむ、その言葉を目にして、目から鱗が落ちた気がする。
どんなに力強く見える人も、一皮剥いてその内面を覗いてみたならば、ひょっとすると、弱い者なのかもしれない。
確かに、会社なりなんなり、何かの組織に属しているニンゲンで、この人は勁い、質実剛健だと感嘆させられるような人を見たことが無い。その手の人々は誰しも、組織という器に護られている。組織の中で、個々人の責任の所在はあやふやに溶解し、無責任なくせに、偉そうなことをほざくバカヤローを、俺は今までうんざりするほど見てきた。どいつもこいつも自分の立場でものを言っているだけで、大局的なモノの見方が欠落しているんだ。
たった一人で、社会に対峙した時に、そんな態度をとれるのかい?たった一人じゃ、自分のケツを拭くのは、自分一人しかいないんだぜ。
だから、組織に属していると、人間がひ弱になってしまうのかもしれない。仕方ない。組織に属して、言われるままにしていた方が、生活だって安定するし、金回りもよくなるってもんだ。しかし、そんなんで勁いニンゲンを、残念ながら見たことが無い。だからこそ、群れているから弱いのか。
独りで勁い。自分の行いに対して、全責任を負うこと。それは本来当たり前のことなはずなんだけれど、何か困ったことがあると、やれあいつが悪いの、それ民主党が悪いの、なんといっても景気が悪いの、そもそも俺は運が悪いのと、自分の責任はこれっぽっちも認めずに、自分以外の誰かや何かのせいにする奴の多いこと。地球の人口の約98%はその手合いだろうよ。
自分の弱さを認め、それを直視し、自分の過ちを認め、その責任を負う。自分のなすべきことは責任を持ってやり遂げる。それでいて、その成果を鼻にかけることもない。あたりまえのことをあたりまえにこなしただけのことで、なにも特別なことなどしていないといった風情。
なんだかこうやって書いてみると、道徳の教科書みたいで決してかっこよくは見えないかもしれない。むしろ泥臭い。けれど、そういう人間は、きっと勁い人だと信じている。
独りで勁い。それこそが俺の理想です。もう二度とサラリーマンになんて、なりたいとも思いませんね。それがどうしたって言われると、身も蓋もないんですがね。
読者諸君、失礼する。イロイロと俺もバカらしくてやりきれないことが、たくさんあるのさ。

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