2012/04/14

Post #506 世界中コンビニ

俺の考えでは、経済てもんは、何かを持つものと持たざる者がいてはじめて機能するもんだ。
資源を持っている奴が、金を持っている奴に売る。その資源が、他の奴が持ってないようなレアなもんだと、ドバドバ金が入ってくるだろう。けれど、どこでも掘ったら出てくるようなものだと、買いたたかれてしまうわけだ。もし、金がそこいらに転がっているようなもんで、誰しもがフツーに金の延べ棒なんかを持っていたなら、金相場なんて、成立しやしないだろう。それは子供でも分かることさ。レアなトレーディングカードに、高い値がつくというものだ。
経済活動というものをイメージする際に、俺がいつもてっとり早くイメージするのは、熱の対流現象だ。温度の高い水と、温度の低い水を同じ容器にぶち込むと、異なる温度の水どうしが、対流を起こし、容器の中をぐるぐると駆け巡る。これがケーザイ活動が活発で、資本や物資が流通している状態だ。結構なことだ。リーマョックのことなんて忘れて、景気がよくなッたら、バブルの頃のように浮かれて暮らすってのもイイだろう。
しかし、熱の対流現象は、いずれ温度が一定になって、終わる。資本がある一定のレベルで全世界にいきわたった時、世界経済は停滞するのだ。日本を見てみるがいい、今や俺達は何もかも持っている。いや、そうじゃない、自分は貧乏だって言う人だって、洗濯機やTVや冷蔵庫を持っている。世界的に見たら、これってとても便利だ。一日1ドル以下で暮らしてるような人々が、いつか車を持ち、エアコンの効いた家に家に住み、流行の服を買い、洗濯機で毎日洗濯し、録画機能付きの液晶テレビを見て、くだらないバラエティー番組で笑い転げるようになったなら・・・。その時、経済は停滞する。70億総中流だ。日本の経済が、長らく不況から脱出できない本当の原因は、そこにある。だって、みんな何でも持ってるじゃないか、今更何が必要だっていうんだい?となれば、企業は何を売って利益を得ることができるだろう?はなはだ疑問だ。
Marrakech,Morocco
しかし、幸いなことに現時点では、この世界は残念ながら不公平だ。不公平に満ち満ちている。それが世界というもんだ、当ったり前だろー!金持ちもいれば、貧乏人もいる。それこそが、この世界のダイナミズムを生み出している。かつて、アメリカと覇権を争ったソビエトが崩壊し、中国が拝金共産主義に方向転換することで、21世紀に生き残った理由はこのあたりにある。そう、コップの中で、水はぐるぐる回っているんだ。OK、これが世界の定説だ。
俺達はジャンジャン電気や資源を使い、便利な暮らしをしている。世界中が俺たちのようなペースで消費活動を行ったら、地球は一個じゃとても足りない。5つくらいは必要だろう。
極論すれば、トヨタが頑張って中国やアフリカで車を売れば売るほどに、世界はヤバいことになっていくのだ、残念ながら。そういえば、原発事故以来、余り地球温暖化の話しをきかなくなったものだ。まぁ、放射能で苦しむか、地球温暖化で酷い目に合うのか、どっちが得かよく考えてみよう。いずれにせよ、俺たちの快適な暮らしは、何か取り返しのつかないことを犠牲にして手に入れてるのさ。とはいえ、俺は善人ぶって自分の生活を改める気もないし、今更、江戸時代みたいな暮らしには、戻れはしないよな。どっちに転んだって、すっかりゼータクな暮らしに慣れっこになっちまった俺達には、今更後戻りはできないぜ。そして、便利で豊かな生活を求めている途上国(という言い方は決して好きではないけれど、他にいい言葉もないんで使わせてもらおうか)の皆様に、お前らは不便でビンボーなままでいろよという権利は、誰も持ち合わせてはいない。人間の欲望って奴には限りがないからな、誰しも豊かで便利で、快適な暮らしをしたいって思うのは、自然なことだからな。
いつもながら、また脱線してしまった。今言いたいことは地球温暖化の話しじゃない。
もし、急速に拡大し続けている、怒涛のようなグローバル資本主義によって、世界の交易がますます盛んになり、今途上国と言われる国々の生活レベルが、改善向上され続けていったら、一体ぜんたい、この世界はどうなちゃうってんでございましょうか。
それはそれでけっこなことかもしれない。ビンボーな移民が暴動を起こすこともなくなることだろうよ。
いつも、俺はイメージする。アメリカで生み出され、日本で完成されたこのコンビニエンスストアちゅう奴が、世界中どこに行っても、俺が夢見るロシアのシベリアにも、サハラ砂漠のオアシスのような小さな町にも、マングローブの生い茂る南の島々にも、どこに行っても便利に24時間営業している世界をイメージする。ついでに言うと、店員はたいてい世界中どこに行っても中国人だろうよ、きっと。
その時、世界の経済はきっと終わっている。新しいものは、誰も買わない。新しくないものも、誰も買わない。何故なら、誰もが必要なものを十二分に持っているからだ。皆が買うのは、コンビニで売ってるようなものばかりだ。
いつかきっと、そんな世界がやってくるだろう。それは便利には違いない。
けど、そんな面白みのない世界に繰り出して、写真を撮ってこようって気には、俺はさらさらならないね。
幸いなことに、パリにもセブンイレブンは無かった。マラケシュにはローソンは無かった。イスタンブールにはファミリーマートは無かった。アムステルダムにもサークルKは無かった。個人のやってる、小さな間口の雑貨屋が、未だに幅を利かせていた。日本では、すっかり見かけないけれどね。けど、それはもう時間の問題だろう。実際に、香港はコンビニだらけで、日本と同じものが買えた。ホーチミンにも今頃、コンビニが続々とできていることだろう。
冗談じゃないぜ。変なところで、世界は一つ、人類はみな兄弟かよ。たまらないぜ。
読者諸君、失礼する。いつも俺は、そうなる前に、出来るだけ、旅行をしてみたいと思ってるんだ。

世界中にコンビニが展開する前に…。 読者諸君、失礼する。よい休日を過ごしてくれたまえ。俺は君たちの分まで働かせて頂くぜ。

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