2012/05/17

Post #536 眠るのも仕事のうちか‥

今日は心地よい一日だった。眠って暮らしたんだ。もったいないような気もするが、今夜も明日の夜も夜通し仕事だ。しかも、明日の昼間も仕事が入ってる。眠れる時に眠っておくのも仕事のうちだろう。
何といっても、今年に入ってからずっとブッ飛ばして働いてきたからな。まぁ、今更そんなこと言わなくても、お馴染みの読者の皆さんは、とっくにご承知のことだろう。しかし、あえて言うけれど、ちっとも儲かっちゃいないんだけどね。この儲からなさは一体なんだろうか?まるでボランティアで働いてるのに毛が生えたようだ。通帳を見ると思わず笑えてくるほどだ。たまには濡れ手に粟の仕事をしてみたいっちゅうもんだ。
Paris
しかし、この世の中は甘くない。20年近く日本の産業構造の最底辺を這い回ってきた俺には分かる。甘い話なんてないんだ。昨日の夜もNHKのニュースで、大学生が運営している投資グループに投資した人々が、すっかり騙されて銭を巻き上げられたという話をやっていた。どいつもこいつも、上手い話にすぐのせられる。俺に言わせれば甘ちゃんばかりだ。苦労が足りない。投資と土地転がしで儲けるような人間にはなるなと、俺は親から教えられている。楽して儲けた金は身につかないからだ。
俺がガキの頃はバブル真っ盛りで、土地転がしで儲けた奴がごまんといた。今は投資で生計を立てているという話をよく耳にする。しかし、俺に言わせれば、投資って要は一種のギャンブルじゃないか?儲かるか儲からないかは、投資した時点ではまったく分からない。そして儲ける奴がいる陰には、必ず損をしてる奴がいる。要は地に足がついていないのさ。
そういう俺の親は、事業が行き詰まり、家も土地も銀行にとられてしまった。俺はだから、裸一貫、自分の体一つで商売しているんだ。いくら銀行でも、俺の体そのものを奪うことはできやしないさ。もっともその前に、奴ら俺なんかには、金を貸してなんかくれないけれどな。ダッハッハ!
いつも暇な時、ふと考える。富の源泉とはどこから来るのか?価値の源とはどこから来るのか?ずんずんさかのぼって考えると、いつもそれは人間の文明を超えた自然そのものにさかのぼってしまう。これほど科学が進んでも、人間は無から有を生み出すことはできない。自然の営みに翻弄されるしかない。人間がモノを喰って、水を飲んで、空気を吸って生きていく以上、価値の源泉は必ずや自然に行き当たってしまう。カネの価値とて、国家が担保しているからこそ、紙切れに価値が生まれるのだが、その国家というものも、現時点では領土=大地という自然力と、国民という生命体の持つ生産力によって成り立っている。そう、地に足がついていないと文字通り、国家だって富だって、もちろん俺たちの生命だって成り立たないということだ。
うむ、話が大きく脱線してしまった。まぁ、一言で言うなれば人間はもっと謙虚になる必要があるんじゃないかってことだ。つつましく働き、今日の糧を得る。そう思えば、俺の儲からなさは、神様の恩寵のようにも思えてくるぜ。出来ればもう少し欲しいけれどな。

読者諸君、俺はこれから夕食をこしらえて腹を満たし、仕事に出撃せねばならぬ。いつまでも寝言のような妄言を吐き散らしているわけにはいかないのだ。今日はこのあたりで失礼する。御機嫌よう。

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