2012/07/15

Post #595 久々にELTOPOを観てたんだ

夕方、TVをつけると予定通りつまらなかった。いつものことだ。
仕方なく俺は、その辺に積んであるDVDから任意に一枚つまみだし見ることにした。映画を見て、イメージというか美的センスを養うのは、悪いことじゃない。写真を自分のイメージで撮ろうとは思わないけれど、撮るべき場面に立ち会った時、瞬時に気が付かず反射的に写真を撮れないようでは話にならんのだ。その反射神経を養うためには、やはりカルトな映画を観たり、いろんな写真集を見てみたり、美術館に行って絵を見てきたりすることが、絶対に必要だ。

今日俺が選んだDVDは、その点では申し分ない。1970年の傑作、アレハンドロ・ホドロフスキーの伝説的カルト映画『EL TOPO』だ。主演も監督自身だ。これは強烈な映画だ。ジョン・レノンはこの映画を見て、ホドロフスキーに当時の金で45万ドル払い、上映権を手に入れるほど惚れ込んでしまったくらいだ。
虐殺シーンあり、動物虐待的なシーンもあり、フリークスが次から次に出てきたり、黒人差別が露骨に描かれていたりと、どこを切ってもイケナイ映画の臭いがプンプンする。現在じゃとても作れないだろう。1970年前後という、奇跡のような時代だからこそギリギリ製作出来たんじゃないかと思う。俺自身は高校生くらいの80年代後半、リバイバル上映かなんかで見て、かなりの衝撃を喰らった口だ。
その頃、やはり映画を見た荒木経惟も強烈にインスパイアされたようで、写真時代紙上で『エロ・トポ』というタイトルで、S嬢、M嬢各一名、さらにはふんどし一丁の蛭子能収、平口広美をキャスティングして、エログロな荒木ワールドを強力に展開している。まぁ、名前が『EL TOPO』のパロディーって以外はなんも関わりないんだけど。そこはご愛嬌だ。
Tokyo
もう40年以上前の映画なんだが、これは映画史上に残るカルト映画なんだ。
ざっくり説明すると、前半はカルトなウェスタンムービー。最強のガンマン、エル・トポ(スペイン語でモグラ)は子供を連れて砂漠の町に現れる。そこはすべての住民が虐殺されていた。
エル・トポは住民を虐殺したならず者一味(これも倒錯者やホモ満載)を容赦なく撃ち殺す。そして、子供を置き去りにして、ならず者の首領の女と砂漠へと赴く。
エル・トポは砂漠で、様々な奇跡を現す。彼が撃った岩からは水が迸る。女はエル・トポの愛情を信じきることが出来ず、愛情の証しに砂漠にすむ4人の銃の達人を倒すように懇願する。
4人の達人は、どれもエル・トポの技量をはるかに上回っていた。しかし、愛欲に突き動かされるエル・トポは汚い手を使って3人まで撃ち殺すことに成功する。そして、最後の達人は、自然そのものと一体化した仙人のようなジジイで、銃さえ持っていなかった。それどころか蝶を捕まえるようなタモで、エル・トポの撃った弾丸を弾き返す。しかし、この老人は勝負にも自らの命にも、何の意味もないことを、自らの命を絶つことによってエル・トポに示す。
エル・トポは、4人の達人を倒したが、それによって彼自身の心は砕け散り、女にも捨てられ、瀕死のところをフリークスに拾われ、永い眠りにつく。
そして、数十年の歳月の後、目覚めたエル・トポは、既にかつての冷酷なガンマンではなくなっていた。彼は地下の洞窟に閉じ込められたフリークスを救うために、偽善と背徳と暴力に満ちた町に赴き、そこで得た稼ぎで、モグラのようにトンネルを掘っていく・・・。
まぁ、概略としてはそんな話だ。しかし、ストーリーは抽象的なシンボルを組み合わせることで、全体を通じて、身勝手で冷酷なガンマンから自己犠牲を厭わぬ聖者のような人間へと至る、主人公の精神の向上を描くためのものでしかない。言葉は最小限で、見る人間にくどくどと説明することはない。見るもの自身がその意味を考えてゆかねばならない映画なのだ。
そして、全編砂漠の明るい日差しの中、印象的なシーンが、時に残酷に、時に美しく繰り広げられる。ほんと、イイ映画だぜ、好き嫌いはあるだろうけどな。本当に良いものは、タイムレスにイイのだ。
こういうのを見ると、写真を撮る目も肥えてくるってもんだ。

読者諸君、失礼する。EL TOPO、機会があったら君も見てみるといいぜ。

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