2012/07/17

Post #597 引っ掛かってること

Osaka
毎日の夜のニュースには、必ずスポーツのコーナーがあるけれど、文化芸術のコーナーってないよねぇ。それが不思議なんだよ。どうしてスポーツばかりが報道されるのか?
例えば、今週はある作家の新刊が出ますとか、どこそこの美術館でこんな展示が始まりましたとか、ほんの5分でいいからあってもよさそうなもんですけど、どうですかねぇ。
そういえば、スポーツ新聞ってのはあるけれど、芸術新聞とかって聞いたこともないですね。申し訳程度に、新聞の中ほどに文化欄なんてのが週一くらいであるにはありますが。
スポーツってのはとんでもなく盛んで、すそ野が広くって、文化芸術ってのは、それほど興味関心を持たれないもんなんでしょうか?だとしたら、さみしー話です。
そういえば、野球選手やサッカー選手になりたいとかいう坊ちゃんはたくさんおいでですが、画家になりたいとか作家になりたいとかいう子供には、なかなかお目にかかることはないですね。写真家になりたいとかいうひねくれたガキがいたら、僕、きっと可愛がっちゃうでしょうけど。

みんな野球やサッカーのこと、そんなに気になるもんですかねぇ。中日のことは気にならんでもにゃぁけどが、どうしてそればっか毎日TVで取り上げないかんの?って思います。
オリンピックやワールドカップ、それらは一種の代理戦争ですから、戦争中に鬼畜米英とか言ってた人たちの子孫たる私たち現代日本人は、そんな機会には一挙に先祖返りして、ナショナリズムの炎が胸中に燃え盛ってしまうんでしょうか。

どうにもこのニッポンの社会ってのは、いつまでたっても体育会系的なメンタリティが本流で、文化的なことちゅうのは、傍流扱いされておるような気がせんでもないんですが、僕の僻目でしょうかねぇ。
斯く言う僕は、今でこそ長年の現場稼業ですっかりスポーツマン気質と誤解されておりますが、
高校時代にはバリバリの文化系で、しかも他人とつるむのが嫌いでしたので、よくサッカー部や野球部の皆さんから意味もなく、衆を恃んだ喧嘩を吹っかけられておりました。
金子光晴の言う、健康で正しいということほど、人間を無情にさせるものはないというのは、ある意味ホントーだなと思いましたね。
確かに体育会的な人物ってのは会社組織と相性が高い人が多い気もします。その分、自分たちと価値観を共有しない者に対する寛容さには今一つ欠けているようにも感じていますが。
ですから、戦闘的な指揮命令系統の組織構造を持つ旧来型の企業さんには、やはり戦闘的組織の雛形たる体育会系の方々が好まれたようです。
何だかそれって、20世紀というか昭和というか、時代遅れな気がしますねぇ。

しかし、芸術家気取りの気まぐれボヘミアンばかりが集まった会社ってのも、意外な発想がもてはやされる昨今ですから、ちょっと面白いかもとは思いますが、如何でしょうか?ただしどうにも遅刻欠勤が多そうです。
まぁそんなことはどうでもいいかもしれませんけど、スポーツばかりがどうしてそんなに報道するに値するのか、僕は最近、どうもニュースのスポーツコーナーが始まるたびに、疑問に感じています。

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