2012/08/30

Post #613 Gimme Wander

Haw Par Villa,Singapore
俺達は、見たままの世界が世界の全てだと思っている。
既に、各種の科学の発展がこの世界の神秘をことごとく葬り去った。
空に龍が舞うこともない。海の底に我々の世界とは異なる世界があると信じる者はいない。ケッタイナ姿をした深海魚や甲殻類だのが蠢いているだけだ。
白い雪を頂く山々に、神々が住むこともない。ただ、山があるだけだ。そこは空気が薄くて、人間の住む世界ではない。
神々が水晶の巨大な結晶に変化し、天竺から本朝に飛び来たることもない。ジェット機が飛び交うだけだ。
三本足の輝く鴉が、神の使いとして舞い降りることもない。鴉は早朝、ゴミをあさるだけの下賤な鳥に格下げだ。
天空に神々の座は既に無い。そこにはほぼ無限に広がる宇宙空間と互いに気が遠くなるほど離れた恒星が、孤独に回っているだけだ。
俺達は、それを科学の進歩のおかげだと思っている。さまざまな知識を得ることができたんだ、けっこうじゃないか、とね。しかし、世界は不可視の領域を、想像力の領域を失い、俺たちが接する世界は、確実に表面だけの薄っぺらなものに成り果てた。
かつて神の住んでいた森は切り開かれ、住宅地となった。
携帯電話など知らなかった、いわゆる未開の人々が世界を見るとき、現実に見える以上にイメージの世界が目の前に広がっていたんだろうってことは、俺には痛いほど想像できる。目の前のモノは、常に何かを象徴していた。風のそよぎは予兆を語りかけてきた。鳥のさえずりは、迫りくる不幸を告げた。タブーも畏れもなくなり、人間は世界に対する謙虚さを失った。親に対する尊敬芯を失った思春期のガキのようだ。それに比べて、21世紀に生きる俺たちの世界認識は、張りぼてのように表面だけの薄っぺらで、まったく以てお粗末きわまる。
Sir Mariamman Temple,Singapore
俺は、そういった薄っぺらな世界に、ほとほと嫌気がさしてる。驚きを求めているんだ。Gimme Wander だ。
だからどこかグロテスクな神々や仙人や怪物なんかを、大真面目に造形しているようなのを見ると、嬉しくなってくる。日本なら、さしずめ関ヶ原ウォーランドか。あそこも面白かったな。
そんな俺が今回の出張に持ってきた本は、平凡社ライブラリーから2冊、大昔の中国の仙人について書かれた『列仙伝・神仙伝』と、やはり大昔の中国の不思議な出来事を収集した『捜神記』だ。なかなかに面白いぜ。
家に帰ったら、澁澤龍彦の『高岳親王航海記』でも読み直してみたくなってきたぜ。かつて空海のもとで密教を学んだ平安時代の親王が、インドを目指して旅をするという素晴らしい小説だ。かつて、インドは、いかなる怪異すら起こりえる神秘の国だった。今はどうだ?発展途上国からいつの間にか新興国とかラベルが張り替えられて、IT大国だ。つまらん。
現実逃避?別に何と言われても構わないぜ。
俺は現実って奴にいい加減うんざりしてるんだ。ロマンのかけらもありゃしねぇからさ。そう、美しい女はクソもゲップもしないって、信じていたいだろう?現実と虚構の合間にこそ、神秘は生まれるんだぜ。
Gimme Gimme Wander!俺を驚かせてくれ!
読者諸君、失礼する。

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