2012/10/07

Post #643 無頼

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先日、ある人から、『いいかげん俺のことを認めて、俺の舎弟、門下生になりなさい』なんて訳の分からんことを言われてしまった。曰く、自分の配下になったものは全力で守るが、自分に敵対する者は全力で排除するという。

小さい。余りにも人間が小さい。ペットボトルのキャップほどの器しかない。

俺はふざけるないう思いで、お断りした。
鶏口となるとも、牛後となる勿れだ。史記の蘇秦・張儀列伝だ。
歴史に学ばぬやつは、器が小さい。
すると奴はこういった。『君は今、一億円をどぶに捨てたも同然だ』
やれやれ、せめてこういうことは目の前に現ナマを積み上げていってほしいもんだ。くだらん。ますます、こいつの手下になどなりたくもなくなってくる。タカが一億だと?戦闘機の買えるくらいのはした金などいらないと、昔むかし、ブルーハーツのヒロトは歌っていた。地を這うようにして小銭を稼いでいる俺だが、金で自分の人間性を丸ごと叩き売るようなマネは、ゴメン蒙る。
先日、読んだ漫画の中に、こんなセリフがあった。
『あんた方が誰だか知らないが、子分や部下にはなりたくない。俺は他人の価値を生きたくないからだ』 思わず胸が熱くなる。
誰かの手下になるということは、誰かの価値観に殉ずるということだ。
俺の主人は俺だけで充分だ。百歩譲って、俺のつれあいだ。
自分でこういうことを言うのもなんだが、俺はいままで常に自他の価値観の相克に怒り、苦しみ、戦い、敗れ去ってきた。無頼の落ち武者だ。百戦百敗関羽張飛抜きの劉備玄徳と言った哀しさだ。
しかし、人生の戦いは自分がギブアップし無い限り、けっして負けではないということだ。這いずるようにしても、自分の力で生きていく限り、それは敗者ではない。今更ちゃちな金に目をくらませて、誰かの手下になるなど、人生の敗北、いや屈辱以外の何ものでもない。俺には俺の矜持がある。
奴は最後にこう言った。『無頼ではたかが知れているぞ』
ありがとよ。何でもかんでも、金の額で計ってる奴に、目にもの見せてやりたいもんだ。
いや、所詮わかりあえないもんかねぇ。
読者諸君、失礼する。所詮はオイラは無頼派だ。自分の死に場所は自分で決めるさ。

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