2012/11/19

Post #661 Israel Stop Strike Gaza!

HomeTown
俺が現場でヒーヒー言ってる隙を見計らって、イスラエルはガザ自治区に空爆を始めた。死者はすでに90人を越えているそうだ。このままいけば空爆や艦砲射撃に止まらず、地上戦にもなりうる恐れがあると報道されている。実際に地上戦に突入したらガザを支配しているハマスを支援しているイランとの戦争になるのではと危惧されている。そうなったら中東はひっちゃかめっちゃかだ。
俺が現場でのたうちまわっている間に、世界はこれだ。まいったなぁ。
ガザでは2002年にもイスラエルの攻撃によって1000人近い住民が亡くなっている。
2008年から2009年にかけての攻撃では、1300人に上る人びとが殺されている。犠牲者の大半は一般市民で、おまけに3分の1は未成年の子供たちだった。住民への無差別攻撃が行われたんだ。酷いもんだ。ちなみにこの時のイスラエル側の死者はたったの13人。どれだけ非対称な戦闘、つまり一方的な攻撃だったかがわかるというもんだ。今回もきっと、もっとひどいことになるに違いない。
俺はいつも不思議に思う。
どうして、ヒットラー率いる第三帝国ドイツ人によって、民族浄化、つまり民族を根こそぎ滅ぼしてしまいそうな弾圧・虐殺を受けたユダヤ人=イスラエル人が、他の民族、おもにパレスチナに住むアラブ人に対して、永年にわたって酷い仕打ちを続け、一般市民まで巻き込んで軍事行動を行い、自分たち以外の民族を苦しめ続けるのか?かつて自分が酷い目にあったからと言って、今、他者を傷つけることを正当化するのは、理解に苦しむというもんだ。
信じる神が違ったとしても、同じ人間であるには変わりはないはずだ。空爆した先にいるのは、自分たちと同じように、赤い血が流れ、家族をいとおしむ人々なんだぜ。たとえそれがハマスの構成員だったとしても。いや、そもそも家族を虫けらのように殺されれば、俺だって徹底的に抵抗するだろう。
平和ボケしていると言われても構わないが、よく言われることだけど、戦争や虐殺では物事は解決しない。それで解決するときは、自分以外の他者を完全に殺しつくした時だけで、そんな世界には何の未来もない。他者を攻撃するのはたやすい。しかし、辛抱強く話し合い、妥協点を見い出し、憎しみの連鎖を断ち切ることにこそ、本当に勇気と知恵が必要だ。
あえて、市井の無頼漢ながら言わせて頂く。
イスラエルは、直ぐにガザに対する攻撃をやめるべきだ。

それはそうと、世界の主要国の外相や国連事務総長などが、続々とイスラエルに押しかけ、地上侵攻を思いとどまるように説得していたり、説得してゆく予定だそうだ。ひるがえって、我が国のドメスティックきわまる政治家どもの振る舞いを見ていると、世界的な見識もなく、理念もなく、ただ権力の掌握と自らの保身だけしか頭にないとしか思えない。日本以外の国は、アメリカと中国と、韓国と北朝鮮しかないとでも思っているんだろうか。視野が狭すぎる。見識が無さすぎる。
旅に出れば、日本人が世界の人々から尊敬されているのがわかる。そして今日までの中東の歴史に、とりたてて深く関わっていない日本こそ、和平に関してもっと積極的に動くべきだと俺は思うぜ。まぁ、なんでも事なかれ主義の我が国の政治家・官僚の皆さんに、そんな決心が出来るとも思えないがね。俺はそんな日本人であることが、時々恥ずかしくなってくるのさ。
読者諸君、失礼する。自分がされて嫌なことは、他人にはしないことだ。それが個人レベルでも、国家レベル、民族レベルの話しでもね。

2012/11/18

Post #660 どっこい生きてる

Paris
余りに長いこと更新していなかったので、死んだんじゃないかと思われていたかもしれない。しかし、かろうじて生きている俺さ。どうも、ご無沙汰してます。疲労が募り抵抗力が低下し、性質の悪い風邪をひいてて、もうフラフラだ。声だって、かすれて出なくなったくらいだ。ヴォーカリストじゃなくってよかったぜ。しかし、そんな有様でも仕事は休めない。どうなってるんだ一体?これじゃ死んだって不思議じゃないぜ。
けど、実際に死んだのは桑名正博や森光子、ついでに政治評論家の三宅さんなどで、俺じゃない。あと、現場で落っことした俺のデジカメだ。そう、インドネシアで先代のデジカメを落っことして壊してしまったんで、8月に買い替えたばかりのデジカメを、落として壊してしまった。たまらないぜ。
今回の仕事は、心身ともにヘヴィーだった。過労死という言葉が何度も脳裏をかすめたほどだ。車の運転をしていて、ガードレールに突っ込みそうになったことなど日常茶飯事だった。冗談じゃない。この程度のことで死んでたまるかってんだ。
いつも思うのだけれど、本当に死んでしまったら、どうやって読者諸君にお別れしたものか、考え込んでしまう。家人に頼んでおくべきだろうか?悩ましい問題だ。しかし、人間いつ死ぬのかなんてまったく分からないものだ。一期一会、毎度まいどの更新を、人生最後のモノとしてもいいようにしておかねばならんな。
最後の言葉は決めてあるんだけどね。せっかくだ、一応ここに書いておくとするか。
『地球の皆さん、さようなら』だ。

武士道のバイブルみたいに扱われてる葉隠なんかには『武士道とは死ぬことと見つけたり』とある。昔の侍のなかには、朝起きた瞬間に、自分が死ぬことをシュミレーションして、毎朝ヴァーチャルに死んでから一日の活動を始めたような強者もいたそうだ。死人だから、腹を切れと命じられれば、直ぐに切腹できたし、真剣での命のやり取りに躊躇なく飛び込むことができたわけだ。
俺も現場で、仲のイイ職人さんが『監督、しんどくって、もう死にそうだよ』というたびに、『一度死ねばいいぜ!そうしたら二度とは死なん。いくらでもマシンのように働けるぞ!』と冗談とも本気ともつかないことを言ってやったものだ。これは葉隠精神に由来してるんだがな、その辺のブラックユーモアが君にもわかってほしいぜ。どちらかと言えば、ゾンビみたいな気もするがね。

読者諸君、今日はこんな程度で失礼する。まだ体調は本調子じゃない。しかも、今月一杯はまだまだクソ忙しい俺なのさ。まったく、暗室にこもって、現像液のムカつくにおいが体に染み込むほどにプリントしたいもんだよ。

2012/11/01

Post #658 余暇

Tokyo
よく、余暇を楽しむ大人のためにといって、この手のDVDを個室で閲覧する店を目にする。何だかバカらしくって入ったこともない俺だけど、一番の不思議は、世間の皆さんには『余暇』と言いうものがあるのかぁということだ。
仕事はもちろん、ヴェリー・ハード・ワーキング・マンなんで遊んでるような暇はないんだが、ヒマに任せて呑みに行ったりだの、やることもないからからブラブラしてみようかなんてのは、あまりない気がする。
仕事がなくたって、やりたいことは山ほどあるし、身のまわりのことだってやらなければならないことが山盛りだ。たとえば、家の掃除とか、コーヒーカップの茶渋取りとかね。極端に言えば、眠っているのだって、自分のテンションとアビリティを維持するために眠っているわけだから、無為ってわけじゃないんだよねぇ。街をぶらついていて、よく職質されることもある俺だが、それだって写真を撮るためにぶらついているんであって、何の目的もなくただうろうろしてるわけじゃない。
『余暇』かぁ・・・。そういう感覚って、実感したことが無いねぇ。人生は短すぎるし、やりたいことはたくさんあるんだ。一日が100時間くらいあったなら、いや、原子力発電所のように稼働し続ける不滅の体力があれば良かったのに。そうしたらきっと、俺はもっとガンガン傑作をモノにできたと思うんだが、どうだろうね。

読者諸君、失礼する。少なからぬ読者諸君に、俺の体調のことでご心配をかけたことを、この場でお詫びさせていただくぜ。どうもありがとう。けど、もうOKだ。俺は元気だ。もちろん足はまだ痛むが、いつまでも寝込んでいるわけにはいかないからな。腹を括ってガンガンイケイケで仕事に取り組んでるんだ。明日も朝6時から仕事だ。とっとと眠らせていただくぜ。どうもありがとう。