2012/12/22

Post #674 マヤの予言で世界が終わるって誰が言ったんだ

Ubud,Bali
人間ちゅうのは、つくづく世界にうんざりしてるんだろうか。
いつまでたっても、何かの折に世界の終りがやってくると大騒ぎだ。
末法思想、ハルマゲドン、ノストラダムスの大予言、数え上げたらきりがない。そして今度はマヤカレンダーの世界が終わる日だ。
一部の人々は昨日だか今日だかで、世界が終わると言って騒いでいた。古代マヤ文明のカレンダーが、たまたま昨日だか今日だかで終わっているからだということだ。中国でも、そんな話をネットで垂れ流している奴が、社会を不安に陥れる恐れがあるとして、ずいぶんと警察に摘発され、ブタ箱にぶち込まれたって話だ。さすがは共産主義国家だ。やることが徹底してやがる。
阿呆らしい。大昔の、文字も文化もほんの少ししか解明されていない文明のカレンダーが終わるからって、どうしてこの世界が終わらなけりゃならないんだ?
世紀末、ノストラダムスの時もそうだった。かく言う俺も、多感な幼少年期、あのでっち上げな予言の数々に怯えていた。人生を誤ったと言っても過言じゃないくらいだ。
だから俺は、性懲りもなくそんな無責任な流言飛語を垂れ流すバカヤローを、縛り首にしてやりたいぜ。
思えば、20世紀の俺はそれで道を誤った。
自分だけはそんな話に震え上がるような頓馬じゃないなんて言えない。
それは俺が反省する数少ないことだ。後悔ならたくさんしているがね。
だからこそ俺は、21世紀はそんな根拠もない無知蒙昧な流言飛語に踊らされず、自分の足で世界を踏みしめ、自分の手で世界をグリップし、自分自身の脳みそで考えて、生きていくことにしたんだ。どうだい、意外とまっとうだろう。

たとえ世界が終わっても、今ここに俺が生きてる限り、俺の世界は盤石で微動だにしない。
それが世界の常識だ。
そして、たとえ世界が未来永劫続こうが、俺が死ぬとき、俺の世界は終わる。コンセントの抜けたTVみたいに、突然に終わるんだ。
後には、できることなら俺の見た世界を化石のように閉じ込めた写真が少々残っててくれたなら、有難いけども・・・、まぁ無理だろうな。
跡形も残さず、初めからいなかったように消え去ってしまうのさ。
けど、安心だ。それは何も俺だけじゃない。君もあいつも、どいつもこいつも、いずれこの世界から消えてなくなる。小さな世界は日々終末を迎え、その一方で新たな世界が今も生まれている。
大きな世界が終わることに怯えるよりも、自分の世界の意味を見つけられず、俺たち一人一人が持つちいさな世界の終わりを迎える日がやってくることを畏れよう。
OK、たとえ明日世界が終わるとしても、こいつは俺の人生だ。俺の好きなようにその日まで生きてゆくさ。そしてその日が来たとき、あっさりと世界にサヨナラを告げるのさ。
それにしても、いったいどこのどいつなんだろうな。世界が終わるだのなんだの、根拠の乏しい与太話を吹かしている奴は。何を言うのも自由な世の中かもしれないが、自分の言葉には責任を負わなけりゃならないんだ。
読者諸君、失礼する。これからもそんなくだらない予言は、いくらでも現れては消えていくだろう。けれど、そんなものに関わって、右往左往するような真似だけは、ゴメンだ。
諸君もゆめゆめ、そんなネガティブな大風呂敷に包み込まれたりしないようにしておくれ。お願いだ。
世界の終わることよりも、自分の中に広がる世界を放っておいたまま、魚の群れの一匹のように生きるのは、生きてるうちに入らないんだぜ。自分自身の考えを持たず、誰かがイイというからイイんだ、なんて姿勢を持っている限り、世界は終わっているも同様なんだ。 

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