2013/12/31

Post #1005

Budapest,Hungary
読者諸君、今年も一年ありがとう!
滑稽なカンジの写真で今年を締めくくらせてもらうよ。
この人がなんのコスプレしてるのか、それを俺に言わせるのは野暮ってもんだぜ。
わかった人だけ、クスクス笑ってくれたらいいさ。
さぁ、こんなおっさんのくだらないブログなんて見るのは止めて、紅白見たり、往く年来る年見たり、ラストスパートで年賀状書いたりしておくれよ!
読者諸君、失礼する。よいお年をお迎えください。

2013/12/30

Post #1004

Dubrovnik,Croatia
今日はプリントごっこが大漁節だ。
39枚もプリントしてしまった。男として、早い!と言われるのは、時に辛いものではあるが、プリントに関しては、早いのは悪くない。量がさばけるからな。
今回は今年のプリント納めだ。
明日は、年賀状を作っておくらにゃならねぇからな。
大掃除より、年賀状より、まずはプリントごっこだぜ。
死ぬまでやめる気はないぜ。
しかし今から水切りしないといけないんだなぁ・・・。
ヒビあかぎれが心配だ。これだけは憂鬱なんだよなぁ・・・、特にこの季節。
仕方ない、あきらめて始めるか。
というわけで、今日はあっさり失礼する。
読者諸君、御機嫌よう。

2013/12/29

Post #1003

Praha,Czech
なんとなく、写真を大きくしてみた。写真のブログっぽくていいだろう。もっと早くこうしておけばよかったよ。
今日は真冬の歩け歩け大会だった。
先日来、うちの内縁のカミさんとは冷戦状態が続いており、二晩続けて俺は居間のホットカーペットの上に、毛布にくるまって眠る羽目になっていた。
そして今日、外に煙草を吸いに行く態で外に出て、近所の川に向かうと、川の上流に向かってひたすら歩いて行った。
何しろ、ここんとこ二日くらいロクに食事もしてなかったんで、すきっ腹に空っ風、寒さが身に凍みないわけにはいかない。
しかし、俺は何時間も歩き続けた。
俺を導いてくれた川は、何時の間にやらちょろちょろとした小さな流れになり、暗渠になり、さかのぼることはできなくなってしまった。
そこで俺は、自分の家の墓参りに行くことにしたんだ。そのまま歩いて行っても、ほんの数キロだ。
墓参りは久々だ。
そのうち俺もここに詰め込まれることになるんだろうから、せいぜいうまいことやっとかないとな。死んでからも居場所がないってのは辛い。
で、そっから昔の実家の近所の知人でも訪ねてみようかと思ったんだが、やめた。
こんな、震え上がってすきっ腹な俺が行っても、迷惑だろうよ。
疲れたからと言って、都合よく喫茶店があるわけでもない。
ふと、かつて住んでいた家の傍の道、40年も前の出来事を思い出したよ。
通っていた幼稚園から、何故かその日俺は一人でとぼとぼと家路を目指して歩いていたんだ。
知れた距離なんだが、4歳だか5歳だかの小僧には、それは不安な道のりだったろう。
俺は泣きべそをかいていたよ。
そこに、俺のおふくろが自転車に乗って現れて、俺を家まで連れて行ってくれたというだけの話だ。
今日まで、ずっと忘れていた。
しばしば、居づらくなると、俺はふっと歩いてどこかに行ってしまうんだ。
冬の冷たい空気が清々しい限りだ。このままどこまでも歩いていけたらいいのにといつも思う。
そういえば、カメラを持ってくるのを忘れていた。

しかしあれだな、田舎道を歩くと、どうにもこうにも自民党支持者がそこらじゅうに住んでいるらしく、曲がり角ごとに、例の『日本をとりもどす!』といった我らがビッグブラザー安倍首相のポスターが貼られていて、胸糞悪くなる。田舎者は自民党は大好きなのさ。もし、黒のマジックを持っていたら、見つけるたびに、ポスターの中で自信満々な安倍首相の顔に、ヒットラーみたいなちょび髭を書き足してやりたいところだったぜ。

俺は、全体主義者、国家主義者は嫌いなんだ。
ロックンロールの対極にある存在だからな。
ついでに言うと、警察も空港の入管の職員も嫌いだぜ。

まぁ、それはいい。結局俺はすきっ腹のまま、5時間ほど歩いて家に戻った。すっかり日も暮れていたし、蛇革の革靴でカツカツ言わせながら20キロくらい歩いたんで、足の裏もすっかり冷え切り、痺れしか感じなくなっていた。次からはもっとあったかい靴で出かけよう。

読者諸君、失礼する。俺の貴重な一日が、こうしてつまらない感じで過ぎて行ったのさ。途中球形で立ち寄った神社で聞いていたヒヨドリの鳴き声は、なかなか心に染みたよ。

2013/12/28

Post #1002

Plaha,Czeh
俺が旅行に行っているうちに、日本はとんでもない方向に進んでいた。
①PKO活動の一環として、南スーダンに展開している自衛隊が、国連からの求めに応じて、前線で活動する韓国軍に、1万発の機関銃の弾丸を供与した。
武器輸出3原則が、あっさり破られた。さすが、安倍総理。戦後レジームからの脱却は速やかに進んでいるらしい。

②沖縄の仲井真知事が、安倍総理と会見して、辺野古埋め立て反対、普天間基地の県外移設のい方針をあっさりと転換。毎年3000億円ももらえるってんで、方針転換ときたもんだ。さすがは安倍総理、長年のごたごたも、金の力で無理やりにも解決か。まぁ、しょせん自分の金じゃないから何でも言えるよね。民意を無視も、戦後民主主義を否定するという方向で、戦後レジームの脱却というわけか。

③それでもって、安倍総理、政権運営一年を機に、靖国参拝。
俺は帰りの飛行機で配られる新聞の見出しを見て、驚いて、へらへら笑っちまったよ。
今このタイミングで・・・?アメリカ首脳陣が失望したっていうのは、もっともだよ。
まぁ、日本を取り戻すというのは、大日本帝国を再建するっていうことなんだろうな。
第二次世界大戦の戦勝国主導で作られてきた戦後レジームから脱却した先には、何のことはない天皇陛下万歳って言いながら、無謀な戦争ができる国がまっているということか。
そんときには、なんでも秘密で、政府に批判的な奴はとっととしょっ引かれることになるのさ。

バカバカしくて、何も言う気になれないぜ。
この国は、自民党のビッグブラザーたちのおかげで、どんどんとんでもない方向に進んでいく。これは面白くなってきたな。俺たちは、歴史的な転換期もしくはドンづまりに差し掛かっているのさ。
まったく次の選挙が楽しみだ。俺たち国民そのものが問われることになるんだからな。
後から振り返って、2013年は、この国の歴史の転換点だったってことにならないといいけれど、みんな金さえ儲かれば、なんでもいいんだろうか?

読者諸君、失礼する。カミさんとけんかして、昨日の夜から口もきいてない俺さ。

2013/12/21

Post #1001

Budapest,Hungary
かつて、写真家の中平卓馬は「とりあえずの敵が最大の敵」という名言を残した。
いいこというなぁ。
俺の敵はとりあえず、あれだ、自民党だよ。
漢一匹、相手にとって不足はないたぁ、このことだ。
アベノミクスとかに期待してるあなた、あなたのところにはうまい話は回ってこないから安心して!
しょせん、この世の中ってのは権利は無視され、義務は押し付けられるという、どうしようもない仕組みになってるんだから。期待するだけ無駄だって。
まぁ、それはおいおい皆にも分かってくることだろう。しかし、わかった時には、往々にして遅きに失しているというものだ。
俺は、高校時代、私立滝高校の社会科教師光岡先生から『一を聞いて十を知るが、二から九がまるっと抜けている』と絶賛された逸材だから、そこん所がわかりすぎるくらいわかる。
何事も、わからない奴にはわからない。ケツに火がついてもわからないものさ。
そもそも、お上を当てにしてる時点で、人生終わったって感じがするけどね。

まぁ、そげんこつはどうでもヨカよ。
明日から、旅行に行ってくるぜ。台湾だ。いい年こいて自分探しの旅だよ。なんせ、年明けたら45歳だ。四捨五入したら50歳だ。人生五十年。もう死んだも同然だ。リビングデッドだ。もう死んでるんだから、怖い物無しといったところだな。
夜市で散々食ってくるぜ。で、歩きながらマシンのように、写真を撮ってくるのさ。
カバンの中にはフィルムで山盛りだ。X線には気を付けないとな。
皆の衆、楽しみにしていてくれよ。
よって、明日からしばらくまた開店休業だ。

読者諸君、失礼する。中華航空に乗っていくのが、名古屋人としては気がかりなんだどね。なんせ、昔あそこの飛行機は名古屋空港で墜落して、たくさんの乗客が焼け死んだからな。

2013/12/20

Post #1000

遂に、千回だ。
ある意味思い万感だ。皆の衆、よくぞここまで付き合ってくれたもんだ。感謝するよ。ありがとう。君たちのささやかな暇つぶしにでもなれたのなら、俺としても満足だ。
我ながら毎日のように、よくぞこんなマスターベーションのようなことを続けてきたものだと呆れ返るぜ。相手はいないが精力絶倫といった風情だ。
そこで今日は長年のご愛顧に感謝し、昨日のプリント34枚の中から、10枚をお送りしよう。
俺は常々、最終回になったら、みんなに言っておこうと思ったことがあったんだ。それはこうだ。
地球の皆さん、さようなら。

Budapest,Hungary

Budapest,Hungary

Budapest,Hungary

Budapest,Hungary

Budapest,Hungary

Budapest,Hungary

Budapest,Hungary

Budapest,Hungary
           
Budapest,Hungary
Budapest,Hungary

やはり、写真は一度にたくさん見たほうがいい。一枚一枚気取ったタイトルをつけて、鑑賞するなんてしゃらくさいことは、全日写連のおじ様達に任せておこう。俺の写真には全く似合わない。
目に映るものを、自分が反応したものを、その瞬間に辻斬りのように切り取って、ずらりと並べて、気に入ったのを持っていきなよというのが、俺の好みだ。
ずらりと並べるところに、イメージとイメージが響きあって、面白い感覚が生じる。どこか、ザッピングやネットサーフィンにも通じる感覚だと思う。
そんなところが、正統派の写真愛好家の皆の衆に、見向きもされない理由だとも思えるがね。

で、親愛なる読者の皆さんとはお別れしようと思っていたんだけど、時節柄、猪瀬東京都知事が辞任したのに歩調を合わせてるみたいで、今辞めるのは、なんだか格好悪い。
別に俺は猪瀬氏とは何らかかわりがないけれど、何か符合のようなものが感じられると嫌だ。

思い返してみれば、俺の写真はいったん置いといても、(まぁ、俺は結構自分じゃ面白いと思っているんだがね)もしここが中国だったら、俺が日頃憤りに任せて書き散らしてるような駄文は、すぐに削除されちまうかしちまうだろう。北朝鮮なら、ネット自体がないんじゃないか?
なんてったって俺は反権力、反体制が売りだからな。これを旗印にして30年くらい世渡りしてきたんだ。おかげさまで金回りはすこぶる悪い。
で、もしここが中国みたいな現実の全体主義国家ならば、俺のブログは次から次に削除され、俺が外を出歩くと警察にマークされたりするんだ。それでもやめないと、きっと自宅軟禁されたり、俺の名前を検索しても、表示されないようになるのさ。艾未未みたいにね。艾未未はそれを逆手にとって、強大にして凶暴な中国共産党をコケにしまくっている。たいしたおっさんだ。もっとも俺は、艾未未みたいな有名人ではないので、何を言っても嵐の中の屁の一発、何の影響力もありゃしないんだがね。

けど、ここは日本だ。言いたいことは何でも言える。まだ、現時点では。
この日本には、まだ今のところ、骨抜きにされつつあるけれど、世界的に見てもなかなか出来のいい憲法があって、思想信条の自由や、言論の自由が保障されている。まぁ、自民党政権にお任せしておけば、それも風前の灯火って気がむんむんしてくるんだけどね。

そこでだ、世の中は悪無限で、ロクでもないことばかりが深く静かに進行しているわけだが、たとえ誰も読んでいなくても、何も声を上げなかったら、俺はその悪だくみを、無為にして認めてしまったことになっちまうと思ったわけだ。
知らん顔して自分のことだけ考えて生きていくことで、とんでもない悪事の片棒を担いでしまうことになるわけだ。
冗談じゃない。悪いけど俺は、気に入らないことを断固として認めるつもりはない。トイレットペーパーじゃないんだから、そうそう長いものに巻かれるのは御免蒙る。

だから、ブログを止めるのは、やめる。
文句は言わせないぜ。

ノリとしては、ジェームス・ブラウンのマントショーみたいなかんじだとおもってくれたらいいよ。
どうせ知らない人ばかりだろうからあえて言っておけば、ステージの上で、力尽きてへたり込んでしまった風情のジェームス・ブラウンに、MCのおっさんがマントをかけると、いきなりJB、力強く立ち上がってマントを吹っ飛ばすって奴だ。最高にカッコいい。さすがはセックスマシーン、MR.ダイナマイトだ。憧れるぜ。

それについて、とやかく言う人もいるかもしれないけど、一切取り合わない。
弁解だの釈明だのに、費やすような時間はどこにもない。
俺がやると言ったらやるのさ。誰の手も借りていない、俺だけのプロジェクトなんだから。

だからこれからも今迄通りだ。
だからと言って、誰にも迷惑なんかかけないだろう?
もちろん、自民党の下衆野郎共には迷惑かけてやりたいけどな。
もちろん、くだらない身辺雑記もあるだろう。
もちろん、君たちに言えないような話も多々あるさ。それは俺の胸の中にしまっておこう。その方がきっと美しい。

全体重をのせて、ここまでやってきたんだ。これからも同じようにやっていくってだけの話だ。幸い、先日の健康診断によれば、体重はこのブログを始めたころよりも8キロくらい増えている。あのころは一挙に8キロ痩せて、医者から胃癌じゃないかって疑われたくらいだった。それが今じゃどうだ。お尻だってムチムチしてるぜ。もうじき45歳だけれど、ロックが体中に染みわたってるから、ますますもって年齢不詳の元気の良さだ。静かに暮らしのはもったいないんだ。PVも、鬱陶しいリファラースパムもどうでもイイ。ごく少数精鋭の読者の皆の衆がいてくれたら、それでイイ。
不人気な方が、俺は死んだ後にしか理解されないタイプなんだって思えて、自己陶酔できるってもんだ。
Budapest,Hungaryにて、著者近影

そんなわけで、読者諸君、これからもよろしくお付き合いを頼むぜ。身勝手なのは承知の上だ。
失礼する。明後日から、台湾旅行だ。そっちも楽しみにしてろよ!

2013/12/18

Post #999

Dubrovnik、Croatia
国家安全保障戦略策定。
新防衛大綱、中期防衛力整備計画発表。
中国を念頭に自衛隊を増強だそうな。
結構なこった。
みんなはとっくに忘れてるみたいだけど、我らがビッグブラザーたちは、麻生太郎の言葉通りに、ナチスの手法に学んでいるんじゃないかって思えてくるぜ。
そのうちに朝鮮人を強制収容所に入れたり、北朝鮮や中国に電撃作戦を仕掛けることにはなりゃしないだろうな。

俺たちの憲法は、とっくに踏みにじられている。
9条だけじゃない。
今度の国家安全保障戦略では、俺たち国民も愛国心を持つように強要されるんだ。
思想信条の自由もあったもんじゃないぜ。
自分の身に引き寄せて考えてみてくれよ。
誰かを愛するように強制されて、そいつを愛したりするもんか!
隣の親父が俺を嫌ってるってんで、こっちもトカレフをこっそり買ってきたりしてたら、仲よくする気になんかなりっこないだろう。
戦争ってのは、必ずどっちかが勝ち、どっちかが負ける。50%の確率だ。
そして、たとえ勝ったとしても、その痛手は計り知れない。
震災の比じゃないぜ。
つまり決して、割のいい選択肢じゃないんだ。
痛い目を見るのは、どっちにしても国民なんだ。
しかし、俺たちの選んだ親愛なるビッグブラザーたちは、中国との戦争に備えてる。
戦力を増強すれば、抑止力になると思ってる。火薬庫の前で煙草を吸ってるようなものさ。
たいていの戦争は、自衛のためという大義名分で始まる。

戦争したがる奴が、平和を守ってるらしい!
笑わせんじゃねぇ、この野郎!

このブログを始めたころは、個人的なイロイロで失意のどん底だった。
そして今、人類の進むべき方向に対して完全に逆行する、日本の保守反動勢力の大活躍大躍進を前に、無力感で打ちひしがれている。
今年もこんなさみしー感じで暮れていくのか。
俺は徒労感でいっぱいだ。

読者諸君、失礼する。兵は凶器也。2500年くらい前の中国の爺さんもそういっている。こんなことばっかり言ってるから、誰からも相手にされないのさ。

2013/12/17

Post #998

Dubrovnik,Croatia
自己満足の向こう側へ踏み出したい。
サルのせんずりにはあきあきだ。
いっそ、電子出版で写真集でも作ろうか。
それとも、親しい人にだけ、毎日メールで写真を一枚づつお送りしようか。
今後の身の振り方を思案中。

読者諸君、失礼する。

2013/12/16

Post #997

Dubrovnik,Croatia
土曜日に久しぶりにプリントしてみたんだが、寒くて仕方ないぜ。
季節はとっくに冬になっていた。暗室の寒さが堪えるし、水洗の水の冷たさもこれまた肌身に凍みる。心が折れそうだ。
しかし、プリントしなけりゃならないネガは、まだ何十本とある。
泣き言を言っていられない。
このブログが終わったとしても、俺の写真を撮って、プリントするという営みは、変わらない。
今度の日曜日から、また台湾なんぞに繰り出して、写真を撮ってこようかと思っているんだ。
もう働くのはうんざりさ。
人生の目的と手段をはき違えちゃ困るってもんだ。

読者諸君、失礼する。ブログを辞めた後、どうしようか思案中。何かいいアイディアはないもんかねぇ。まぁ、そうそうこんな写真、見たいって奴もいないからどうでもイイか。

2013/12/13

Post #996

HomeTown/Nagoya
このブログも、あと数回で店じまいだというのに、PVは日々ウナギくだりだ。
誰も注目してはいない。さみしくもあるが、反面言いたいこと言っても、炎上したりする気遣いもないってことだ。気楽なもんだ。今日も好き放題言わせてもらうぜ。
仕方ない。どいつもこいつも自分のことしか、自分の稼ぐ金や使える金のことにしか興味はないからな。そんなもんさ。俺はそんな奴らを尻目に、夕日の中に消えてゆくのさ。仕事に行かなけりゃならないからな。あばよ。

ここんところ毎朝、仕事から帰ってきて新聞を見るのが恐ろしくなってきた。新聞をとるのを止めようかと思うくらいだ。気が重くなるような、恐ろしくなるような事しか載っていない。
それはほとんど、人間の愚かさが招いたことだ。フランク・ザッパは『この宇宙には普遍的なものが二つある。水素と愚かさだ。そして、愚かさは水素よりもはるかに多い』というようなことを言っていた。そうだとすると、新聞の一面に載っていることが愚かしく、愚かしいがゆえに恐ろしい結果を生み出すであろうことは、明明白白だ。そして、そんなことをしでかしている連中は、実にたちの悪いことに、自分たちを優秀な人間だと勘違いしているというのが、悲劇的というよりもむしろ喜劇的ですらある。

そう、日本の皆さんの大好きな自民党の諸センセー方のたゆまぬ努力によって、日本は着々と取り戻されているのだ。
戦前みたいな全体主義国家へと回帰しているのだ。
一億総中流から、貧富の格差が激しい社会へと回帰しているのだ。
ドバドバ儲かっている企業の法人税をまけてやり、その穴埋めに貧乏人からむしりとるように巻き上げた税金をぶち込むということだ。
海外にも、日本の優秀な技術で生産された武器をじゃんじゃん売って、世界のたいていは罪のない貧乏人を減らすのに役立てるということだ。Ok、地球は人口過密だからな。少しでも減ってくれた方が住みやすくなるってもんだろうよ。
でもって、都合の悪いことはずっと秘密。リークされた秘密を報道すれば、たちまち懲役さ。
この調子じゃ、治安維持法やら憲兵隊みたいなのが復活するのも、時間の問題だろう。大杉栄のことが懐かしく思い出されてくるぜ。
法律は改正されて、派遣労働者はどんな商売にも認められるようになる。若者は脂ぎった年寄りどもに奴隷のようにこき使われ続けるのさ。まるで、現代の小作農だ。蟹工船だ。
老人ばかりが優遇され、若者は満足な仕事もない。当然、子供なんて増えるわけもないだろう。
この国の未来は暗澹たるものだ。

もはやこの国には、自由も民主主義も形だけのものしかないのさ。いや、最初からそんなものはなかったのかもしれない。俺が思うに、今にこの国は、日本中の皆さんが大好きな独裁国家北朝鮮や、全体主義国家中国のような国になっちまうだろう。

金と権力を持ったマザーファッカーの行使する自由と、こぎたねぇコソ泥どもが寄り合って談合するような薄汚れた民主主義。
そう、自由も民主主義も手垢どころかクソにまみれているということさ。

良識ある市民たる俺たちにできるのは、新聞を読んで暗澹たる気持ちに浸るか、デモに参加しては、本質的にはテロ行為と変わらないと、偉そうな頓馬野郎から小バカにされるくらいだ。
しかも憂鬱な事に、そんな下衆野郎を選んで、クソくだらない出来そこないの法律を作らせているのは、他ならぬ俺たち国民自身だということだ。
驚くぜ。まったくもって驚き入ったぜ。
俺たちは目先の利益につられて、とんでもない下衆野郎に、大きな権力を与えちまったのさ。
俺は逃げ出したいぜ、この悪夢のような国から。
けど、ふと思った。
俺はガキの頃から、この世の中の漠然とした悪しきものが我慢ならなかったんだ。それは粘着質を帯びた空気のように、日本の社会に蔓延していたんだが、みんな全然それを気にもしていなかった。空気に混じったPM2.5みたいなもんだからな。ずっとこの年まで、そんな息苦しさを感じていたんだ。
そして、もし敵がはっきりしてくれたら、どんなに戦いやすいだろうって思っていたんだ。

しかし、はっきりしたぜ。あのビックブラザーどもが俺たちの敵だって。
カダフィだって、ムバラクだって、ベルルスコーニだって、金正日だって、あの自民党のマザーファッカーどもよりはずっとマシだったてな。
どっかの国に逃げ出す算段を夢想するのは止めだ。
どうやって、あのファシストどもに、靴の中に猫のクソが入っていたような気分を味あわせてやれるのか、よく考えてみよう。
わくわくしてくるぜ。
フランク・ザッパだって、ポール・ウェラーだって、忌野清志郎だって、時の権力者や巨大な産業構造を批判してきたんだ。権力にたてつく事こそ、おもしれーってもんだ。
とにかく、自民党にだけは投票しないようにしよう。
市議会選挙だって国政選挙だって、自民党と名のつく奴らには、徹底して敵対してやるぜ。
奴らに任せていちゃ、日本は暗い国になっちまうんだ。
けれど、奴らをひきずりおろしたって、根本的には何も変わらない。
ショッカーだって、首領を倒したと思ったら、ネオショッカーだのデストロンだの、次から次に同じようなのが出てきた。それだけじゃ根本的な問題解決にはならないんだ。

最大にして根本的な問題解決法は、俺たち自身の中にある。

それは、簡単だ。しかし、最も難しい。
つまり、俺たち国民自体が、社会に蔓延る淀んだ空気を読んで、二本足のイワシって勢いで阿呆の大群のように流されていくのを止めるってことだ。
自分の目で見たもの、自分の聴いたこと、自分が肌で感じたことを基にして、自分の頭で考えて、自分の意見を持つことだ。
何事も、自分の体験を基にして、自分の身に引き寄せて考えてみることだ。
そして、自分の意見に基づいて行動してゆくことだ。
もし俺たちがマトモな常識を持っているんなら、自分の自由への誇りと、他人の自由に対する寛容さを持っているんなら、もう少しまともな社会が生まれるはずだ。
新聞を読むのが怖くなくなるような社会が。

読者諸君、失礼する。
政権批判ばかりしてるから、PVがウナギくだりなんじゃない。俺の写真がつまらないからさ。それだけのことさ。

2013/12/12

Post #995

Singapore
もっと時間が欲しい。
もしくは、眠らなくても平気な体力が欲しい。
のんべんだらりと暮らすには、人生は長すぎるけれど、
何かに打ち込もうと思うならば、人生は短すぎる。

読者諸君、失礼する。

2013/12/09

Post #994

Essaouira,Morocco
寒くなって、日が短くなると、憂鬱な気持ちになってしまう。
寒くなってくると、人生の短さに、怯えるような気持に陥ってしまう。

仕事に追われてとんと写真も撮っていないし、プリントもしていないと、人生を浪費しているような悲しい気分になる。
短いこの人生で、銭金のために働き、疲れ果てて眠るだけでは、生きたことにはならない。
さっさと死んだ方がマシだ。
安楽に暮らすために生まれてきたわけでもあるまいし。

読者諸君、失礼する。

2013/12/06

Post #993

Essaouira,Morocco
日本の政治には、本当にうんざりした。
俺は、死んだ母親から『人に言えないような事はするな』と育てられてきたんだが、どうやら政治家だの官僚だのという奴らは、人に言えないようなことが大好きなようだ。
秘密秘密で、誰もみなびくついてるような卑屈な社会がやってくるのさ。スウェーデンとかノルウェーとかに亡命したいくらいだ。
どこか僕のようなクズ野郎を受け入れてくれる、太っ腹で民主的な国はありませんか?できれば美人が多い国がいいですが、この際わがままは言いません。

都合の悪い真実は隠され、責任はあいまいにされ、何も気が付かないうちに俺たちは取り返しのつかないところに進んでいくんだ。屠殺場に放り込まれる豚みたいにな。

冗談じゃないぜ。

しかし、あのろくでなしどもを選んだのは、他ならぬ俺たち国民だってことに、憮然とするしかなかった。

武器だってばんばん輸出して、金儲けできるようにするっていうしな。
武器ってのは、俺や君や君の大切な人たちと同じ人間を、単なる肉の塊に変えることができる文明の利器のことだ。残念ながら、肉屋に持って行っても、この肉は売れやしない。
この便利な道具を売りさばいてる連中のことを、かつては死の商人とか言ったもんだが、最近は言わないようだな。職業差別ってことになるんだろう。ブラックゴースト団(石ノ森章太郎の名作サイボーグ009に出てきた悪の秘密結社。世界中に物騒な武器を売りまくり、チャーミングなサイボーグを作ったりしてた)も肩身の狭い思いをしなくてよくなったってことだ。
日の丸に髑髏の顔でも書き込むがいいさ。
俺は人殺しの道具を売りさばくより、電動こけしでも売ってる方が、世の中のためになると思うんだけどなぁ。まぁ、武器は利ザヤがデカいんだろう。少なくとも電動こけしよりもな。

世の中が悪くなっている。

この上は、アノニマスやらウィキリークスに頑張ってもらうしかないと思えてくるぜ。
ロシアに亡命したスノーデンにも頑張ってもらいたいもんだな。

誰にも言えないことばかりじゃ、空がまた暗くなるぜ。

読者諸君、失礼する。俺たちに自由と真実を。家畜のえさのようにただ与えられるだけの自由と大本営発表の真実ではなく、自ら掴み取るものとしての自由と真実を!

2013/12/05

Post #992

Budapest,Hungary
金さえ儲かれば、自分の思ったことが思ったように言えなくてもかまわない。

生きてゆくためには、筋が通っていなくたって一向に構わない。

声を上げれば、社会的に信用されなくなってしまう。

この社会では、みんなとおなじが至上の価値だ。

妻子がいるから、理不尽な事でも受け入れるしかない。

たまりにたまった鬱屈は、酒でも飲んでごまかすしかない。

与えられた労働、

与えられた娯楽、

与えられた価値観、

人生に意味なんて考えるような奴は、そのうち自殺するものさ。

そうこうするうちに、誰もみな、どいつもこいつも何も考えないようになり、

いつしか地主の顔色ばかりを、おどおどうかがう卑屈な小作農のような、

うつろな目をして電車の中で、日経を読むような、

今日一日を如何に生きるよりも、老後の安楽を気に病むような、

ロックなんて聴いたこともないような、

心のうちにブルースなんてないような、

母親のおまんこからではなく、工場の鋳型から出てきたような、

程よく太った人間の姿をした二本足の奇妙な家畜のような、

そんなつまらない奴になってしまうのさ。

お陰様で、悪党どもはやりたい放題。

法の名のもとに、不正義がまかり通る。

あぁ、どこに亡命しようかなぁ。

もちろんそれは俺が俺でいられるところへだ。

さて、いつの日か俺が俺ではなくなって、

俺がそんなつまらない奴になってしまったら、

君は俺を殺してくれるだろうか?

仕方ない、君だって妻子や老後が大切だ。

無理にとは言わないさ。

誰も殺してくれなかったら、夜の街へトカレフでも買いに行くんだ。

自分の頭を吹っ飛ばすためにね。


読者諸君、失礼する。

けど、つまらない奴は、トカレフで頭を吹っ飛ばそうなんて、考えもしないかな?

なんてったって妻子や老後や社会的な信用が大事だからな。けど、死んじまったなら、何もかも関係ないのさ。

2013/12/02

Post #991

Istanbul.Turk
自民党のあきれる話が続いている。今度は自民党幹事長の石破茂だ。俺、あいつの慇懃無礼な話し方が、前々から嫌いだったんだよね。
秘密保護法案に反対するデモをして、単なる絶叫戦術はテロと変わりがないと言っているようだ。以下にその発言そのものを石破本人のブログからコピーしてみた。


今も議員会館の外では「特定機密保護法絶対阻止!」を叫ぶ大音量が鳴り響いています。いかなる勢力なのか知る由もありませんが、左右どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはないでしょう。
 主義主張を実現したければ、民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきなのであって、単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない本来あるべき民主主義の手法とは異なるように *1 思いますhttp://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/より

線引きして決してある部分は、早々に撤回した問題個所なんだそうだ。
くそ、このオマンコ野郎め、よくも言ったな!
どんな発言にも、責任が伴い、いったん口から出てしまったからには、撤回なんて本来できっこないんだってことをよく覚えてろよ。

民主主義の根幹には、デモっていう行為が実はセットされている。俺はそう感じている。
ヨーロッパの国々に目を向ければ、しばしばデモが行われている。まるで一種の祝祭空間のように。
そして、デモがある臨界点を超えたとき、ピープル・パワーが動きだし、時代や政治を動かしていく。
ヨーロッパだけではない。未だ混乱が収束する気配のない中東でも、アラブの春という一連のデモによって、政権が変わったりしたのは記憶に新しい。

日本はたまたま、太平洋戦争に惨敗し、アメリカによって民主主義が与えられたから、民主主義にデモが必須だってことがわかりにくいかもしれないが、どこの国だって権力者は好き勝手やりたかっただろうし、国民は自由を求めていただろう。
まっとうな選挙もなければ、民意を主張し、社会をよりましなものにするためには、デモが欠かせないのさ。そういえば、この日本の国にも、ろくでもない選挙制度しかない。田舎に住んでる奴の1票と都会に住んでるやつの1票では、その価値が全く違うのだ。保守政治屋に都合のいい制度になってるんだ。そして、そんな政治屋の一番恐れているものが、ピープル・パワーだ。

そう、ピープル・パワーだ。

民主主義だからこそ、結社集会の自由が憲法で認められており、主義主張を自由に述べる権利が憲法により認められている。
ゆえにこそ、デモも民主主義のルールに則った一つの民意の表現方法なのだ。

そんな集会結社の自由もなく、民意を主張する機会のなかった旧共産圏の国々で、次々とゼネストや巨大なデモがおこり、政権を倒していったのを、俺たちの世代は見ているはずだ。
デモが本質において、テロと変わりないっていうんなら、催涙弾の水平発射やゴム弾や実弾を使った強制排除とかしてみてはいかかがだろうか。その時には、現在の自民党政権はあっさり倒れることになるだろう。シリアの独裁的な政権と何ら変わりはしないぜ。

石破茂がアホなこと言うのは、奴らは本当はピープル・パワーを恐れているからだ。そして反面、国民を見くびっているからだ。自分たちが先の選挙で大勝したことで、好き勝手にやれるように国民から白紙委任されたと勘違いしてるからなんだ。


単なる絶叫戦術がその本質においてテロ行為と変わらないんなら、日本のクソくだらない選挙運動ってのは、その本質においてテロ行為と変わらないってことだろうね。街宣車でひたすら名前を連呼し、誰も聞いていないのに駅前で演説するあれだ。
道理で日本の政治家ってレベルが低いと思ったよ。
デモもできないような、従順な家畜のような国民ばかりの国。
都合の悪いことは、未来永劫秘密にしておけるような国。
こういう国家を、俺は民主主義国家とは言わないと思うぜ。

読者諸君、失礼する。自由になるのに簡単な道なんかない。俺は自民党の敵だと公言するぜ。えっ、とっくに知ってたって?こりゃまた失礼しました。

2013/11/28

Post #990

Budapest,Hungary
都合の悪いことは、秘密にするんだ。
何が秘密かは言えないけれど、秘密を知った奴は、豚箱に放り込めるのさ。
自分がどんな秘密を知っているのか、そいつが知らなくてもイイ。
民主主義の皮をかぶった、独裁国家だから。
アメリカの属国だから、もうすぐ憲法も変えるぜ。
世界中に武器を売りつけて、アメリカ様の番犬になって、世界中で戦争するのさ。

冗談じゃないぜ。
だから俺はいつも自民党はやめておけって言ってたのに。

ふん、だからどうしたっていうんだ。
権力や法律で俺をビビらせることができるなんて思ってるんじゃないだろうな。
バカバカしい、しょせんどんな法律だって、人間どもがそれぞれに、頭の中に思い描いた幻想の産物じゃないか。

読者諸君、失礼する。世の中が悪くなっている。これもみな国民の皆さんが選んだ自民党の先生方のお陰様だ。先生と呼ばれるような下衆野郎になるよりも、マザーファッカーとか呼ばれていたいぜ。

2013/11/26

Post #989

Rabat,Morocco
いい年をして、こんなことを言うのもなんだけど、真面目に働いていると、至極つまらぬ奴になってしまったように感じられてくる。
世間様一般で言うところのまじめに働くというのは、大きなシステムの中の歯車の一つに落ち着くことのようにも思える。
だとしたら、つまらなくて当然だろう。
そこにはどこか自己疎外の風が吹く。打ち込めば打ち込むほどに、自分とは関係のないシステムの中に、没入してゆく羽目になるのだ。
つまらなくて当然だろう。

女の子のけつでも追っかけまわしてる方が、よっぽど面白いぜ。
年甲斐もないって?
勝手に地球が太陽の周りをまわってくれただけさ。

読者諸君、失礼する。出来ることなら、放蕩無頼の徒に堕ちてしまいたい俺なのさ。

2013/11/25

Post #988

Singapore
雨が吹き荒れている。もう少し寒ければ、これが雪になるのだろう。

俺は常夏の国への旅を思い出す。

まったくの偶然で、この日本に生まれて、ここで生計を立てて生きている。
選んで望んでここに生まれてき訳でもないので、日本人が良いの悪いのととやかく言う筋合いでもない。たまたまさ。

時折、日本の社会の息苦しさにうんざりしては、ふらりと旅に出る。
旅に出れば、それは自分の生活にも自分の社会に対しても、ある意味で無責任な状態なので、無重力状態のように、気楽に過ごすことができるし、言葉も通じぬ見知らぬ街を気に入ったりもする。
けれど、そこを自分の安住の地とすることができるかというと、なかなかそうもいかないのさ。

そうなったとたんに、社会と自分の生活に対する責任が強力な重力でもって、俺を捕らえにかかることだろう。無責任な旅人の目には見えなかったあれやこれやが、目をつぶっても見えるくらいになってくることだろう。それできっと、その街も人々も、嫌になってしまうことだろう。

だとすると、ジプシーのように、一所に定住することなく、漂泊し続けるしかないのかもしれないが、それとて苛烈な営みで、日々の糧を得るのにも、日毎夜毎の骨折り損のくたびれもうけだ。

自由になるのに簡単な道なんて、どこにもないのさ。

読者諸君、失礼する。今年の年末にはちょっと台湾に行ってこようかと思ってるんだ。決して儲かっているわけではないがね。

2013/11/24

Post #987

Rabat,Morocco 
日本の政治のくだらなさには、もうずっとうんざりしているはずなのに、秘密保護法案をめぐる与野党の駆け引きとも言えないような猿芝居には、心底うんざりだ。

読者諸君、失礼する。人間に必要な秘密なんて、男と女の間の秘密で充分だろう?ちがうかい?

2013/11/20

Post #986

Dubrovnik,Croatia
国民の皆さんが大好きな大好きな、自民党の皆さんは、現代民主主義の大原則ともいうべき、三権分立ということがまるで分っていない。
国民の皆さんが、景気を良くしてくれるってんで、大好きな大好きな大好きな自民党の皆さんは、憲法は主権者たる国民から為政者、官僚、公務員、そして天皇に対する命令だということを解かってはいない。
この文章の中の自民党を、中国共産党に変えたって、さほど違和感はないだろう?
今やこの国は自民党独裁なのさ。
奴らにとって民主主義なんて、合法的に権力を掌握するための方法にすぎないんだ。
その程度のもんさ、皆さんが絶大に支持している自民党ってのは。
で、皆の衆、自民党さんのおかげで、たいそう潤ったって話じゃないか?本当かい?

戦争したり、武器を海外に売りさばいたりしたくてうずうずしてるくせに、都合の悪いことは国民に未来永劫秘密にしておきたいくせに、それを平和を守るためと抜けしゃあしゃあと言い放つ恥じらいのなさ。
正直に、武器や原発を海外に売りさばいて、大儲けしたいと言えばいいじゃないか。

どうしてみんなおかしいと思わないんだろう?
お金さえあれば、どれほど道義から外れたことでも、自分たちの自由を脅かすようなことでも、支持してしまうのだろうか?
俺たちは家畜じゃないんだぜ。自分たちで自分たち国民自身の生きてゆく道を選ぶことができるはずなのに、どうしていつもこんな奴らばかりが選ばれるのか?
ウンコ食ったら40万円、って歌を大昔のパンクバンドが歌っていたが、私ども日本人は金さえもうかりゃ、クソを食べるようなことになってもいいっていうんですかねぇ。俺はそういう趣味の人じゃないんで、御免蒙るぜ。

俺は、憲法改正にも秘密保護法にも絶対に反対だ。
国民の皆さんが、大好きで大好きで、自分たちの代表につい選んじゃう自民党の皆さんは、俺に言わせたら、世襲貴族だ。見てみろよ、二世議員、三世議員ばかりじゃないか。満員電車に揺られたことも、重い荷物も背負ったこともないような奴らに、人が生きることのブルースを、そしてそれが故の自由(セルフィッシュではないよ)の大切さを、噛みしめたこともないような奴らを、俺は自分たちの代表にしたいとは思わない。
このクソみたいな世界の中で、一番きれいなもの、それは俺の、あんたの、それぞれの自由。
自由民主党のいう自由ではない。ヴォルテールやルソーからやり直せって言いたいぜ。

読者諸君、失礼する。自分の頭で考えてみよう。

2013/11/19

Post #985

Praha,Czech
本日、なんだか腹が減ったので、写真だけでご勘弁を。

読者諸君、失礼する。人生の意義はどの辺にあるものか、日々思案中。

2013/11/18

Post #984

Praha,Czech
俺はご存じのとおり、昼夜逆転の生活を送っている。不健康極まりない。
くだらない仕事をして、朝一番の電車で家に帰り、飯を食って眠る。
昼過ぎに目を覚ますと、雑事を片付けてるうちに、出撃の時間がやってくる。
くだらない人生だ。しかし、大方の人間はくだらない人生を送っている。俺はこれでも好き放題やってるところもあるので、まだましな方さ。君はどうだい?君の人生は充実してるかい?

そんなわけで、少し中身のある文章を書こうと思うと、なかなかまとまった時間がないとできないんだ。わかるだろう?
それで、ここんとこ、ブログの更新が滞っているわけさ。
まぁ、イイだろう。どこからも苦情も来てないし、続きを待ちわびる声もない。期待されてないのはさみしいことだが、気楽な事でもあるってことさ。
Praha,Czech
どこまで話したっけ。そう、プラハ王宮でヤロスラフ・クセラのポスターを見かけたところだ。
俺は探し回って王宮内のギャラリーを見つけたんだ。
俺は、イジー大聖堂が見られなくても問題ないけれど、これが見られなかったら一生の不覚だと思って、カミさんとチケットを買って、ギャラリーに飛び込むように入っていった。
そのエキシビションのタイトルは“Jak jsem potkal lidi”、英語にすれば“How I met People”だ。
どうやって僕は人々と出会ったか?なかなかいいぞ。2013年の4月26日から8月18日まで開催しているようだ。俺は運がいい。写真の神様に愛されているのさ。

そこはかつて、王宮の建物と建物をつなぐ回廊だった場所をギャラリーに改装したような、ずいぶんと細長いギャラリーだった。その細長い空間の両サイドに、ヤロスラフ・クセラのモノクロ写真が、時代とテーマごとに分けられて、ずらりと並べられている。
どれもモノクロだ。俺好みだ。写真はやっぱりモノクロがいい。

1946年生まれのヤロスラフ・クセラはプラハ技術大学を卒業し、キャパやブレッソンあるいはウィリアム・クラインやアントニオーニの映画“欲望”なんかの影響を受けていたようだ。
いいねぇ。やはり俺好みか。

写真は1970年代のものから始まる。プラハの春の直後からだ。
共産主義体制の中で生きる人々の生活、その多くは街角でのスナップショットだ。どこか荒み、重苦しい雰囲気をたたえている写真が多い。まぁ、それは多分に俺の偏見かもしれないが、実際に女性たちはつかれた顔をしているし、男たちは倦み疲れたような表情で、ジョッキになみなみ注がれたビールを飲んでいる。
ジムの更衣室や女子寮なんかで撮られたとおぼしきヌード写真は、生々しい人間の存在感を感じさせてくれる。
共産主義をたたえるパレードの写真はどこか嘘くさい雰囲気をしっかりととらえている。誰も共産主義に満足していないのに、参加して、愉しそうにしていないといけないのだという雰囲気が、写真の中からにおってくる。
そして、そのにおいは89年の革命の写真に繋がっていく。
人々は熱狂し、街に繰り出す。ろうそくを灯す人々。チェコの国旗を振りかざすひげ面の老人。かつて、プラハの春の時には、ソビエトの戦車隊によって蹂躙されたヴァーツラフ広場に、再び集まる何万人もの人々。国旗を掲げる少女は、新しい時代の到来を告げる女神のようにも見える。
しかし、社会の価値観が根底から覆されたそのあとに待っていたのは、混乱と退廃だった。
街中で胸や尻をあらわにして客を求める売春婦。
一日中酒を飲み煙草を吹かしている年若いホームレス。
乞食へと落ちぶれてしまった人々。パブでは、トップレスの、あるいは裸の女性が現実に打ちのめされた男たちに、様々な性的なサービスを提供している。そこには愉楽の姿が見て取れるが、底なしの虚無と退廃が口をあけているようにも見える。
俺は、坂口安吾の堕落論の一節を思い出す。
しかし、写真家はそんな現実を前にして、たじろいだりしてはいけないのだ。
目の前の出来事に、レンズを向け、シャッターを切る。
何を思うかは見る人次第だ。

俺は、クセラの写真を見て、自分の中で何かが震えるような感覚を覚える。
カメラ一つを武器にして、世界そのものとわたりあうこと。
写真を撮るということの困難さと、それを不断に積み重ねてきた者の不撓不屈さを。
君にもぜひ、ヤロスラフ・クセラの写真を見てほしい。いや、見るべきだ。

http://www.jaroslavkucera.com

このサイトはチェコ語だけれど、そこで見ることのできる写真は、君にも何かを伝えてくれるだろう。
伝わってこないような奴は、どうでもイイ。面白い顔の猫の写真でも見てるがいいさ。

俺は、とても重たいクセラの写真集を買ってホテルに戻った。重たくてホテルに戻るまで、何度もうんざりしたくらいだ。しかし、一人の写真家の長年にわたる軌跡を収めた写真集だ。重くて当然さ。その前にも、ヴィクトル・コラーのこれまた重たい写真集を買っていたので、飛行機の重量制限に引っかかるんじゃないかって不安だったけれど、何とかどちらも持って帰ってくることができた。


その表紙は、70年ごろのある夜、彼が自分のカメラに残っていたフィルムの、最後の一コマで撮ったという、売春婦とホテルに向かう男の写真だ。背徳の香りが漂っている。とりわけ女性のお尻のあたりに。
そんなものを撮ったからって、世界がどうこうなるわけじゃない。
もちろんそうだ。
けれど、自分の目の前に展開している世界を切り取ること、それしか写真家にはできはしないし、それ以上に写真家にとって素晴らしいこともないようにも思える。
写真と撮る者の一人として、俺でも撮っちゃうだろうなって思うよ。
読者諸君、失礼する。やっと、クセラについて書くことができた。
どうしてこんな素敵な写真家のことを、日本では誰も知らないのか、俺には全く腑に落ちないぜ。ぬるい写真が大流行りだからか?クソ喰らえってんだ。

2013/11/11

Post #983

Praha,Czech
久々の更新だ。
体調を崩していたんだ。北海道からはるばる読者さんも来てくれた。俺は2日ほど仕事をさぼって、彼を方々に連れまわしたんだ。名古屋の街の中では一緒に写真を撮り歩き、手羽先を食い、熟女キャバクラに行って楽しいひと時を過ごしたんだ。次の日は、高速を飛ばして馬籠妻籠あたりまで足を延ばした。充実していたんだ。
しかし、そのあとがいけなかった。久々にひどい風邪だったんだ。仕事はこれ以上休めないしな。
頭がくらくらしてた。緑色のグミみたいな痰が口から飛び出してきやがった。
冗談じゃない。俺は自分が痰製造機になったように感じていたよ。
で、しばらくブログも休んでみた。PVはウナギくだりだ。予想通りのことさ。
飽きられちゃいけない。飽きられる前に、もっと刺激の強いのを供給していかないと、忘れ去られてしまうのさ。何しろ情報化社会だ。スゲー勢いでくだらない情報が地球を駆け巡って、君の所に殺到している。しかし、本当に重要なものはほとんど見ることはできない。
君にとって、本当に重要な情報は、そう、俺のこのブログの更新だけだといっても過言じゃないだろう。
なにしろ、この文章の中には、リアルな存在そのままの俺が封じ込められているんだからな。
こんなバカはそうはいない。楽しんで行ってくれ。

ヤロスラフ・クセラの話だ。
チェコには四泊五日滞在していた。五日目はほとんど朝一番で空港に向かったし、1日目は昼ごろに到着したんで、賞味三日半の滞在だ。
その初日に先日のヴィクトル・コラーを見ることができた。これはラッキーだった。しかし、ヤロスラフ・クセラはどこに行ったんだ?その展覧会は、一体全体どこでやってるんだ?
二日目は電車に乗ってクトナーホラに行き、三日目にはツアーバスでチェスキー・クロムロフに行くことになっていた。
チェスキー・クロムロフでは、ヤン・ステグの写真展がやっていたんだが、これは帰りのバスの時間が迫っていたんで、見ることはできなかった。
今思えば、見ておけばよかったと後悔することしきりだ。小さな町の広場には、写真クラブや写真館があったりする。なんというか、チェコ人の写真への関心の深さが伝わってくる。
で、問題のヤロスラフ・クセラはどこでやってるんだ?
あの、カッコいい写真を、俺は見たいのさ。

しかし、やみくもに歩き回ってみても、見つけることはできない。
俺たちは、やたら高圧的で共産主義の香りを漂わせるアテンダントのおねーさんが乗っているバスに揺られ、プラハに帰ってきた。トイレに行きたいといっても、NO!と拒否される。驚くぜ。洩らしちまったらどうしてくれるんだよ?
しかし、明日一日見つけることができなかったなら、もうこの道の写真家について、深く知る機会はないように思われた。
Praha,Czech
で、四日目。俺とカミさんは朝からユダヤ人街をぶらつき、午後からプラハ王宮に行ってみることにした。まぁ、お約束だ。プラハに行って王宮に行かないのは、パリに行ってルーブル美術館とかエッフェル塔とかに行かないのと同じようなもんだろう。
俺たちが行ったときには、少し時間が遅かったんで、王宮だの教会だの拷問博物館だのなんだかんだをパックにしてみるチケットは、買わないほうがいいと言われたんだ。時間が足らなくて無駄になっちゃうだろうってことさ。仕方ない、俺とカミさんは、王宮だの教会だの大聖堂だのを、外から見るだけにとどめておいたんだ。
で、そうこうしているうちに、ふと気になる写真が目に入った。

こ、これは・・・。もしやこいつはヤロセラフ・クセラ?
俺が探し求めていたものは、すぐそばにあるってことだ!
いったいどこにあるんだ?俺はプラハ王宮を駆け回った。

読者諸君、次回に続く。

2013/10/29

Post #982

Essaouira,Morocco
本日、多忙につき写真のみ。
ヤロスラフ・クセラの話はまたおいおいね。
読者諸君、失礼いたす。

2013/10/28

Post #981

Praha,Czech
プラハのユダヤ人街のはずれに位置するホテル・マクシミリアンにチェックインした俺たちは、部屋でコーヒーを飲んで一息つくと、すぐに写真を撮りに出撃した。
ホレショヴィツェ駅で見かけた、あの超かっこイイ写真が気になっていた俺は、うちのカミさんがフロントでチェックインしている間に、ロビーにおいてあるさまざまなフライヤーに目を通した。
もちろんチェコ語ばかりだからよくわからないんだけど、写真くらいはわかりそうなもんでしょう?
しかし、そこでは何の手がかりも得られなかった。仕方ない、犬も歩けば棒に当たるの精神で行くか。
俺たちはまず、プラハの旧市街の中心、旧市街広場に行ってみることにした。
この広場には、ど真ん中にカトリックに反旗を翻したチェコの宗教家ヤン・フスの巨大な像がある。このジオラマ仕立ての像を取り囲むようにして、カフェが並んでいたり芸人が楽器を演奏していたりもする。また、この広場には有名なからくり時計のある時計塔があり、とんでもない数の観光客が、時を告げるからくりを見に押し寄せる。
プラハは、ボヘミア王国、神聖ローマ帝国の首都という輝かしい歴史のある重厚な街並みがあり、世界中から人々が集まる観光都市でもある。また、どこか共産主義体制による抑圧と、その後の急速な資本主義の発展に伴う、社会の矛盾が、風景の中にわだかまっているようにも感じる。
だから、写真を撮っていて飽きない。
そこの路地を曲がって一枚、その店の前で一枚、てな具合でぐんぐん写真を撮り進んでいく。パリで写真を撮っているのと近いフィーリングだ。
確かに、ここは写真大国だろうなと思う。見ようによっては360度、どこを切り取っても写真になってしまうからだ。
Praha,Czech
旧市街広場にやってきた俺は、ふとある建物の前に掲げられたこれまた素敵な写真に目が釘付になっていた。
巨大な二枚の写真が掲げられている。


右手には、いかにも共産主義時代に建てられていった風情のうらぶれた労働者向け団地をバックに、5メートルほどの盛り土の上にブリーフ一枚でたたずむ一人の幼児の写真。
日差しは強くない。季節は秋なのか。どことなく寒々しさと、切なさが伝わってくる。しかし、それでいて何かを雄弁に語りかけてくるような、物語性を孕んだ奥行きのある写真だ。

左手には木の電柱が並ぶグルーミーな風景の中、一台の車が屋根の上に巨大な鹿のような動物を括り付けるようにして乗せて、おそらくは走っている情景を後ろから捉えたものだ。鹿はハンターによって狩られたのだろうか。その四肢には力なく、頭部は助手席の外側にダラリと垂れ下がっている。霧にかすんだ向うに大きなビルが見える。文明と野生、死と生が交錯する。

これまたカッコいい写真だ!いったいこの国はどうなってるんだ?

俺はその写真の上に記された名前を読んでみた。

VIKTOR KOLÁŘ

ヴィクター・コラーか、それともヴィクトル・コラーか・・・。
いずれにしても、俺の知らない写真家だ。
俺は写真をまじまじと見ながら立ちすくむ。
一人の男が寄ってくる。俺に音楽は好きかと聞いてくる。どうやらここで今夜室内管弦楽のコンサートがあるので、チケットを買わないかということらしい。俺が適当にいなしていると、あんたは学生か?と聞いてくる。よしてくれよ。俺はもう44歳なんだぜ。どうやら東洋人は彼らの目には若く見えるようだった。
正直言って、この男が入り口付近にうろうろしているので、この建物に入ってゆくのが億劫だったが、写真の魅力には勝てない。俺はイイ女にも弱いが、カッコいい写真には、もっと弱いのだ。
そこはプラハ市民ギャラリーだった。14世紀だかに建てられた由緒ある建物で、かつては教会として使われていたとか、王族が一時期住んでいたとかいう話だった。1988年から修復され、市民ギャラリーとして使われているということだ。
しかし、そんなことはどうでもイイ。問題はヴィクター・コラーだ。

コラーは、1941年にポーランドとスロバキアとの国境にほど近いチェコの東の炭鉱都市オストラバに生まれた。13歳の頃、アマチュア写真家だった父親から写真の手ほどきを受けたようだ。彼は、1964年に60枚の写真からなる個展を開き、写真家としてのキャリアをスタートさせた。そして自らの故郷である炭鉱町オストラバで小学校教師や図書館の司書、兵役などを経た後、写真を生涯の仕事にすることに決めた。
1968年のことだった。
そして、プラハの春がおこり、ソ連軍を中心とするワルシャワ条約機構軍が、プラハめがけて進軍していった。当然、国境地帯の産業都市オストラバも、その進路上にあり、ワルシャワ条約機構軍によって蹂躙された。
コラーはカナダに亡命した。
彼ははじめ、マニトヴァ州で鉱山や冶金や写真ラボの労働者として暮らしつつ、写真を撮ったようだ。のちに助成金を受けてモントリオールに移り、作品を発表した。先にあげた車の上に鹿の死体を載せた写真はこのころのものだ。これもカッコいい!
彼には、同じように国外亡命したクーデルカのように、亡命者として西側世界で活躍し続ける道もあっただろう。しかし、彼は5年のカナダ亡命ののち、チェコに、オストラバに戻ったのだった。
彼は、オストラバが、オストラバの人々が忘れられなかったのだ。
そう、彼は写真を通じて世界と格闘するための舞台を、自らの生まれ故郷である炭鉱都市オストラバと定めたのだ。
彼は、共産政府からマークされ、1984年まで写真の仕事を続けることは禁じられた。製鉄所の労働者として、劇場の裏方として働きながらも、彼はオストラバの人々を、石炭産出量の減少に歩調を合わせるようにさびれていく故郷を撮り続けた。
そうして、1984年からフリーランスの写真家として活躍し続けている。
彼のHPを見てみてほしい。いくつかの写真を見ることができるだろう。
http://www.viktorkolar.com/kolar.htm

写真展は、まだ始まったばかりということもあってか、落ち着いた雰囲気で見ることができた。
ぐいぐいと引き込まれる。グレートだ、グレートな写真だ。骨太な写真だ。
過酷な労働に従事する炭鉱府は、真っ黒に汚れた顔のまま、鋭い眼光をこちらに投げかけている。
大型犬を連れて散歩する男の向こう側には、真昼間から男が一人道端に倒れ伏すように眠っている。
製鉄所だろうか、鉄骨の隙間から差し込む光に向かって、二人の男がうつむき加減で歩いてゆく。
絶望したように頭を抱えうつむく女の、タンクトップから除く背骨は、深い陰影を描く。
コンクリートの塊の上に投げ出されたアオサギの死体は、衰退してゆくコミュニティーを暗示しているかのようだ。
TESCOというイギリス系のショッピングセンターの看板の前で綱渡りをする男は、社会の変化に翻弄されながらも、写真に憑りつかれ、写真を通して世界を、そして故郷の人々の人生を掴み取ろうとしてきた写真家本人のイメージに重なってゆく。

共産主義時代から現代にいたるまで、オストラバに暮らす人々の生活が、そこに刻まれたリアルな生活感が、写真を通じて伝わってくる。

見る者に、何かを訴えかけてくる素晴らしい写真が続いていた。
当然ながら写真は目に見える物しか映らない。そうじゃなかったら、それは心霊写真だ。
しかし、見る者自身に写真に写っている人々に対する想像力のかけらがあるならば、写真は目に映らないものまで語りかけてくる。
行間を読むというやつだ。
わからない奴にはわからない。
わかる奴だけわかっていればいい。
けれど、それがわからないような奴と友達になりたいとは俺は思わない。
案内係のおばあちゃんたちに、思わず 『グレート!』と語りかけてしまうほど素晴らしい。
おばちゃんたちは、俺の味わってる感動を知ってか知らずか、ニコニコと笑っている。それでいいのだ。
俺は売店で早速写真集を買い求めた。
その写真集の最後に収められていたのは、綱渡りの男の写真だった。

君にもぜひ、コラーの写真を見てほしい。次回は遂にあのヤロスラフ・クセラだ。
読者諸君、失礼する。今回を入れて最終回まで20回、できる限り全力で行かせてもらうぜ。

2013/10/27

Post #980

Praha,Czech
地下鉄で行くのか、トラムで行くのか、それが大きな問題だ。
俺がATMで引き出した金を使って、キオスクみたいな売店で切符を買った。
プラハでは、地下鉄もトラムも同じ切符で乗れるのだ。
どっちにするか、よく考えてみよう。
頼みの綱のタブレットは、ハンガリーからの車中、カバンの中に入れておいたペットボトルからの水で、ウンともスンとも言わなくなっている。お陀仏だ。
トラムの乗り場へと続くアンダーパスの横には、青年がぐっすり熟睡している。
いったいどうなっているんだ?すがれた風景は別にして、ここは国際電車も発着する駅じゃないのか?さすがは旧共産圏、侮れない。
結局、トラムは乗り換えがよくわからないのと、本数が少ないので地下鉄で行くことにした。
そして、地下鉄の乗り場に行くために駅に戻り、ふとさっき目に入ったポスターが、気になりまくって写真に撮ったのだ。
Praha,Czech
カッコいい写真だ。
この世界には、二種類の写真しかない。カッコいい写真と、つまらない写真だ。
この世界に満ち溢れている写真の大半は、つまらない写真だ。おかしな顔の猫とか、昼に食べたラーメンとか、露出が多いだけで官能的とか言ってるようなレベルの低いつまらない写真だ。
俺が見たいのはそんなんじゃない。
俺が見たいのはカッコいい写真だ。
そんなカッコいい写真が、こんな寂れた駅に貼ってある。
プラハ、なんて文化レベルの高い街なんだ!
思えば、プラハにはヨセフ・スデクがいた。かつて、クーデルカもいた。
どうでもいいが田中長徳も、東京と並んでプラハを拠点にしている。まぁ、彼のことはどうでもイイ。なぜどうでもイイかというと、チェコにはすごく分厚い写真文化があるのに、そんなことは一言も紹介しないで、やれライカがどうしたこうしたと、そんなことばかり言ってるじゃないか?
写真はカメラが重要なのではない。重要なのは、カッコいいか、つまらんか、それだけだ。
野郎ども、よく覚えとけ!
カメラメーカーの口車に踊らされてはいけない。
閑話休題。
この、超カッコいい写真を俺はまじまじと見た。
蓮っ葉な感じの女が、煤けたような街角で、ぞんざいな感じで煙草に火をつけている。ちょっとファンキーな服装センスと、時代がかった髪型から、俺はこの写真は1970年代のものとみた。
60年代末のプラハの春が、ソ連を中心としたワルシャワ条約機構軍によって粉砕された後の、東西冷戦構造が、鉄のカーテンが、世界を真っ二つに引き裂いていた時代だ。
それが、当時のチェコスロバキア(このころはチェコはスロバキアと一つの国だった。)に暮らす者にとって、どんな時代だったか、想像も及ばない。
クーデルカも、作家のミラン・クンデラも祖国を追われた。
不自由な時代だったのだ。もちろん、現在が不自由のない時代になったとは言わない。抑圧は形を変えただけのことだ。
女性の背後にはベビーカーが見える。ひょっとしたら、この女性はシングルマザーなのかもしれない。
生活に疲れ切っているような風情が、生きることの重みが、ズシリと伝わってくる。
そして、そんな社会で、写真を撮っていくこと、人間の真実の姿に肉薄してゆくことが、どれほどの社会的な格闘を写真家に強いたのか?
カッコいいぜ!
わからん奴には死んでも分からん。しかし、それでイイ。
わからん奴は、面白い顔の猫の写真でも見ていればいい。それで十分だ。

そして、そこに印字されている名前は『Jaroslav Kučera 』ヤロスラフ・クセラ。
どうやらこのプラハのどこかで、この超カッコいい未知の写真家の写真展が、絶賛開催中だということが俺には分かった。写真の神様(つまり写神だ!)、ありがとう!
俺は、この写真展を必ず見ると決意して、カミさんとともに地下鉄に乗り、ホテルに向かったのだった。
読者諸君、失礼する。
この話は続く。このブログにけりをつける前に、どうしても紹介しておきたい。
日本では、彼のことはほとんど知られてはいないのだから。

2013/10/26

Post #979

Praha,Czech
ハンガリーのブダペストから、長距離列車に乗ること6時間。プラハ・ホレソヴィツェ駅に着いた。
本当は、プラハ本駅で降りたほうが宿にも近いし、市街地中心なので良かったんだろうが、うちのカミさんがハンガリー国鉄のサイトで買った乗車券は、プラハの町はずれ、寂れきったホレソヴィツェ駅に着くものだったのだ。後で気が付いたのだが、このホレソヴィツェ駅の直前に停まった駅がプラハ本駅だったのだ。
道理でたくさんの乗客が降りてゆくと思った。
一緒にハンガリーから乗ってきたインド人の家族も、訳の判らんところに降りることになって、ずいぶんと不安そうにしていた。
何しろ、国際列車が停まる駅にしては、ずいぶんとこじんまりしているし、線路は工事中で砕石が山となっているような有様だ。大丈夫か?
こちとら、プラハなんて全く初めてなんで、旧共産圏はこんなもんなのかしらんといぶかしみつつも、納得しつつも、外に出てみれば、まったく素っ気ない田舎の貨物駅みたいな雰囲気だ。

おもわず、どうやってここからホテルまでたどり着くか、途方に暮れる。
英語は通じそうにないし、ユーロは使えない。
観光案内なんて気の利いたものはどこにも見当たらない。
こいつはいい。

コンクリート打ちっぱなしの、ついでに雑草が継ぎ目からちょろちょろ顔を出してそうなロータリーの脇には、日本でいうところのたこ焼き屋みたいな佇まいのハンバーガー屋なんかがあって、ムチムチしたチェコの娘っこがハンバーガーを買っている。
いかにも生活に倦みつかれたようなおっさんが、太陽の光だけはタダなんだというような顔をして、野良犬のようにぶらぶらしている。
とりあえずATMで金をおろさないとな。うちのカミさんは売店でなんとかユーロで切符を買おうとしたり、両替しようとしている。しかし、うまくいっっていないようだ。俺はゆっくりと煙草を吹かしてから、がらんとしたコンコースでATMを探し、カードを突っ込んでチェコ・コルナを引き出した。これでホテルまで移動することができるってもんだ。任せとけってんだ。
コンコースでは、さっきの娘っこたちが、突っ立ったまま、もりもりとハンバーガーをカッ喰らっている。そりゃムチムチもするはずだ。
Praha,Czech
俺は、あとあと振り返ってみると、近代的で壮麗な外観を持つプラハ本駅じゃなくって、このホレソヴィツェ駅で降りてよかったと思ってる。いやむしろ、旅というのはこうでなくっちゃな。
なぜって、この駅に降りたことによって、俺は日本ではさほど知られていない写真大国、チェコの片鱗を垣間見ることになったのだ。
しかし、それは明日にしよう。あんまり長いと書いてるほうも疲れちゃうけど、読んでるほうも疲れちゃうだろう?
読者諸君、失礼する。期待しないで待っていてくれたまえ。

2013/10/25

Post #978

Bruxelles
Hope I die before get old

from"My Generation" The Who

読者諸君、失礼する。人生五十年だ。

2013/10/24

Post #977

Praha,Czech
プラハ市内、ホテルジョセフのラウンジから。
読者諸君、失礼する。