2013/01/31

Post #713 世の中が悪くなっている!

Tokyo
最近、メディアでは歴史認識(なんかこれ自体が胡散臭い言葉な気もするが)などに関して、いわゆる愛国的な日本人の皆さんの意向に沿わない発言をする人を名指しして、国賊だとか売国奴なんて非難する言説を目にする機会が増えたような気がする。
週刊誌やネットニュースは、特定の個人をそのように非難し、それによって読者の溜飲を下げているのだと言わんばかりだが、どうにもそんな風潮が俺には鼻につく。世の中が悪くなっていると、つくづく実感するぜ。
この手の言説は、どうにも俺には昭和初期から戦中にかけての言論弾圧を思い起こさせて、生理的に嫌悪感を感じるのだ。

国賊?

売国奴?

一体ぜんたい何時代の話しだよ?
今にきっと非国民だとかいいだすに違いないぜ!
冗談じゃない、笑いが止まらないぜ。大政翼賛会にでも入ってるのかい?
いいぞ、進め一億火の玉だ!
欲しがりません勝つまではだ!

俺は思わず吹き出しそうになる。そんな時代がかった言葉を持ち出してきて、どういうつもりなんだろう?俺達は21世紀に生きているんだぜ。国賊とか売国奴とか、とっくにカビの生えたような不愉快な言葉を軽々しく使うなんて、ジャーナリストとしての資質を疑ってしまうぜ。
まったく、マスコミ自体が2chみたいになっているんじゃないのかい?
戦争というものは、いつの時代でも、他国の住民を大量に虐殺したり、女性を強姦したり、性的に搾取したり、住民を強制労働させたりするという側面を伴っている。それはどんな大義名分があろうとも、必ずや大なり小なりありうることだ。もっと言うなら、戦争とは自分の国の国民を他国の軍隊を使って殺戮することだ。
だからこそ、俺は日本国憲法第九条こそ、易々と変えるべきではないと思っているんだ。何故って、紛争解決の手段として、戦争を行う権利を国に与えていない以上、俺たち日本人が、二度とよその国の住民を虐殺したり、強姦したり、奴隷にしたりしなくて済むんだ。人間のなかにはそういう禍々しい本性が潜んでいる。それを戦争という手段を禁じることで、封じ込めているんだからな。俺は、人のイイ親父さんが、戦争に行った途端に、目を三角にして、他国の人間をぶっ殺したり、他国の女性を強姦同然にやりまくったりする姿など、決して見たくない。
俺は死んだおばあさんから、大陸でおこった目を覆いたくなるような話を、たくさん聞いて育った。
だからこそ、戦争なんて御免だ。
しかし、いまどき、そんな事を言うと、国賊とか売国奴と言われるんだだろうか?
メディアが権力のウォッチドッグを自認していたのは、もう遠い昔の話しなのかい?
奴らは戦争中、自分たちの先人たちが、大本営発表を鵜呑みにして、嘘っぱちの報道をして戦争の片棒をかついできたことの反省なんて、すっかり忘れているに違いないぜ。
だからって、戦前に先祖返りしたみたいな昨今の言説は、目に余るってもんだ。いや、まるで右翼の街宣車の演説みたいだ。民度が低いぜ。
自民党政権や石原慎太郎なんかの言うことに異を唱えると、反日的日本人だの、国賊だの、売国奴だの言われちゃ、たまらないってもんだろう。そういう事を言わないのは、反日的新聞として悪名高い朝日新聞だけかい?ふふふ、俺はこれからも朝日を購読し続けるぜ。
この手の言説を弄するバカヤローは、自分を完全に正しいと信じているんだろう。一体ぜんたい、この人たちは何の権利があって、自分と意見の異なる人物を国賊や売国奴、はたは戦犯呼ばわりしているのだろーか?
この手の連中に限って、自分たちの言説が非難されると『言論の自由』を護れとかいうに違いないぜ。目に浮かぶさ。安全地帯から、他人を狙い撃ちし、貶める、それは俺には卑劣な行いに感じられるぜ。ただ単に時代の雰囲気に迎合した事を書いてるだけで、正義漢ぶるのは止めにしてほし―ぜ。2chよりも、右翼の街宣車よりもたちが悪いぜ。

自分と意見が違う人間を、排除するのは簡単だ。
しかし、それでは私たちはどんな未来にも辿り着くことはできない。
客観的で科学的な事実を拾い集め、正々堂々と意見を戦わせ、真実に迫ってゆくべきだ。それを軽々しく、国賊だの売国奴って、言論人としてレベルが低すぎるぜ。噴飯ものさ。
民主主義の基盤には、『君の意見には反対だが、君が意見を述べる権利を、私は必ずや擁護する』という精神がある。
素晴らしいぜ。俺は民主主義者でいたいからな。国家主義者や大政翼賛会みたいな連中から褒められるよりも、国賊とか非国民とか言われた方が、民主主義者の勲章のような気すらしてくるってもんだぜ。
読者諸君、失礼する。日本はいつから軍国主義国家になっちまったんだ?

2013/01/30

Post #712 仕事のオファーは次々来るが・・・

Paris
今日は朝から歯医者に行き、虫歯をガリガリと削りまくり、勢い余って美容院に行って髪も切ってきた。過重な労働で毛先が傷みまくって、髪が絡まってしょうがなかったんだ。よく人からはメドゥーサみたいな頭になってますよと言われるぜ。仕方ないだろう、オフクロゆずりのくせ毛なんだから。
で、そのあと金策に走り回って金を工面してきた。葬式代の負担分も払わなけりゃいけないし、仕事の資金繰りだって必要だ。
なんせ忙しいくせに赤字なんだからな!おかしなもんだぜ。
そんな火の車で高速道路を突っ走ってるような暮らしぶりのくせに、次から次に仕事を頼みたいって電話が入ってくる。OK、二つ返事でやって差し上げたいんだが、如何せん、俺の身体は一つしかない。ここ一週間で、ざっくり5、6件の仕事をお断りしてるんだ。痛恨だ!
いくら俺が、伊賀忍者の末裔(これは、マジ!俺の先祖は伊賀出身の服部氏で、俺の推理ではバリバリの忍者だ。その証拠に、俺は天井裏に潜んで仕事をするのが得意なんだ。水の上を歩くのは、ちょっと無理だけどね。)だからといっても、影分身とかで同時にふたつの現場をこなすことはできない。そんなことしたら、チャクラを使い果たして、マジで死んじまうってばよ!まったく、ナルトじゃないんだぜ、俺は。
俺の仕事は、言うなれば先着順なんだ。このために割のいい仕事を逃してしまうこともある。残念だ。残念きわまる。そんな訳で、儲けは薄い。そこいらのオヤジの禿げ頭ほどにも薄い。シャビシャビだ。俺の稼ぎは水で薄められていくのさ。税務署に書類を持って行っても、こっぱずかしいったらないぜ。
俺の働くクレージーな業界では、仕事の繁忙期はいつも重なる。一挙に波が来て、一挙に波が引く。冗談じゃないぜ。年間を通して仕事が平均的にあって欲しいもんだが、俺の都合では物事は動かない。悲しいことだ。

閑話休題

昨日税務署に行って、税務署の担当者と話をしていたら、税務署のおっさん、『自民党に代わったから、これから景気よくなるんじゃないですか』とほざきよった。
ナイーブだ。この東海神州日本国ではナイーブは繊細なとか意味でつかわれることが多いが、本来はむしろ世間知らずの間抜けみたいなニュアンスだ。もちろん、俺が使うナイーブは、本来の意味だ。
一度下がった単価は、もう上がらない。いくら景気が良くなってもね。そして、アベノミクスとやらで円が安くなり、いくら企業が儲かっても、労働者に分配しないことには、景気は絶対に上向かない。企業栄えて、国民飢えるだ。そして、仮に給料が増えたところで、年金や医療、それから育児などの公共福祉を充実させて、国民の心に巣食う漠然とした将来の不安を取り除いていかなければ、不安で不安で、おちおち金なんか使えっこないってことだ。
ガソリンも上がる、海外からの輸入食料品の価格も上がる。そして消費税も上がるし、今月からは、震災復興税ってことで、所得税額が微妙に上がっている。労働者諸君、給与明細を見直してみ給え。源泉所得税額が、微妙に変わっていることに気が付いているだろうか?その一方で、弱い立場の人々への福祉は切りつめられる。その理由は、非正規労働の蔓延で、所得水準が下がってしまったために、生活保護のほうが割が良くなってしまったからだという。どうにもおかしな世の中だ。
これで、所得が上がらなかったら、直ぐにこの経済政策は行き詰るはずだ。そうなったら、またぼくちゃん総理は、体調不良で降板か?俺の業界では、倒れるまで仕事しろ、倒れたら這ってでも仕事しろと言われるんだがな。
円安だ、日経平均1万円突破だとか言って、浮かれていられるのは今のうちだけだぜ。俺は実際に金をこの手に握ってからじゃないと、信用しないぜ、いつだって。
公共事業って、相も変わらずゼネコンにばかり金を落としてどうするつもりだろう?確かに、末端の労働者の中には、特に建築関係、仕事が終わるとすぐにパチンコ屋に行ったり、キャバクラ、オッパブ、風俗に繰り出す連中も多い。現に、俺がついこの間まで出張していた静岡のキャバクラは、連日名古屋から仕事に来た職人で大盛況だったと聞いているんだ。何といっても、自分が一日に稼ぐカネよりもたくさん使ってくれるような連中が現場にはゴロゴロいやがるからなぁ。他人事ながら心配になってくるぜ。しかし、それが景気刺激なのか?
土建屋建築屋だけが商売じゃない。ギャンブルと水商売だけが商売じゃない。もっと幅広い層に恩恵がいきわたるような政策を、誰か考えてくれんもんかね。いつまでも20世紀前半に発明されたケインズ流の景気刺激策では、すっかり産業構造の変わってしまったこの21世紀、上手くはいかないんじゃないのかい?いったいぜんたい、エコノミストやらおえらい経済学者さんたちは、この未曽有の危機的な状況に、何をしてるんだ?毒にも薬にもならん事をTVで垂れ流して、小遣い稼ぎしてるようにしか見えないぜ。
結局、自分自身しか頼りに出来ないってことだな。頑張って働くしかなさそうだのう、頑張りたくないけど。
読者諸君、失礼する。俺は自分のことも心配だけど、母子家庭の人々や、仕事にありつけない若者たち、身寄りもなく年老い働くこともできない人たちの事が、とても心配だ。植木等みたいに言ってみたいぜ。金の無い奴ぁ、俺んとこ来い。俺もないけど何とかなるさってね。 

2013/01/29

Post #711 What's Strength For Us?

HomeTown
強さとは何か?
税務署に申告書類を出し終わって、多少肩の荷が下りたところで、ふと考える。
空手バカ一代や全盛期のアントニオ猪木を見て育った子供の頃の俺にとっては、それは腕っぷしの強さだった。北斗の拳を見てみるがいい。強さは正義だった。しかし、どれほど強くなろうが、人間は一発の銃弾で絶命してしまうか弱い生き物だ。そうじゃないかい?
そこで、人間は武器を取るわけだ。
俺も昔、カミさんと喧嘩して、包丁持って追いかけてくるカミさんから、全力で走って逃げたことがある。まぁ、体格差を顧慮すれば、まずまずのアドバンテージだが、さすがに命に関る。近所のばあさんに、夫婦げんかで警察呼ばれたのはあんたたちじゃろうって、からかわれたっけな。もう15年くらい前の話しだよ。
包丁よりも、拳銃のほうが威力もあるし、スマートだ。
当然のことながら、拳銃よりもマシンガンのほうが、マシンガンよりも、戦車のほうが、戦車よりも戦闘機、以下ミサイル、核兵器と、まったくきりがないぜ。下らない。しかし、それが強さだと信じている連中は世界中にゴロゴロしている。朝鮮半島辺りにもそんな3代目が、出来そこないの核兵器をひけらかして、強がっている。客観的に考えれば、阿呆だと思える。鉄パイプを持って歩いているヤンキーとさして変わらない。待てよ、そういやそんなの最近見ないな。日本の若者も賢くなったってことか。

もう少し、現実的な強さを考えてみる。
格差社会の昨今では、それはやはり資本力だろうか?金庫のなかでブンブンとうなるほど金があれば、それは結構なこったろう。憧れるぜ。金を持っていれば、我慢しなくてもいいだろうし、口うるさい連中も、揉み手で愛想笑いを浮かべてくれるだろう。金があれば、権力だって手に入りそうだ。
それで行けば、俺は激弱だ。どっかのバカが、俺のことを『自分一人食ってくだけで精いっぱいのクソ野郎』と評してくれたが、まったくその通りだ。本当過ぎて落ち込んでしまうわ。こんな失礼な、心のこもった言葉をかけてくれた奴のことを、俺は一生許さないがね。
しかし、それが本当の強さなのだろうか?
俺は正直に言って、腕っぷしの強さや使い道に困るほどの金に憧れないことはないけれど、そういった力を振りかざし、力の無い者を見下したり、力づくで従わせたりするのは、どうにも性に合わない。いけ好かないというか、そういう力に対して、反骨精神を発揮してしまいたくなる。俺にも意地があるのだ。正面から当たって行ったら、暴力や資本力、あるいは権力によってゴキブリのように叩き潰されてしまうだろうから、斜めからおちょくってみたり、悪態をついてみたりするのがイイだろう。
もし力があるのなら、自分よりも力の無い人のために、少しは使ってみるのがいいんじゃないのか?そうじゃなかったら、北斗の拳に出てくるラオウの手下どもと何ら変わらんじゃないか?
そういや、フィリップ・マーロー(元祖ハードボイルド探偵小説の主人公だよ。作者はレイモンド・チャンド―だよ)のセリフでもあったっけな。
『強くなければ生きてゆけない。優しくなければ、生きていく資格がない』
かっちょイイ~!

強さの概念は、きっと人の数だけあることだろう。そうだろう、なんせこれは抽象的な概念なんだからな。
俺ならば、困難な状況に置かれたとき、奥歯を噛んで耐え忍び、這いずりまわってでも活路を見い出して、自分の力で一歩一歩すすんでいける、そんな強さが欲しいと思うんだ。なんてったって、人間が生きることが困難を伴わなかった時代なんて、今まであった例はないからな。

読者諸君、失礼する。俺達は自分のポジションから逃げることはできない。立ち向かうしかないんだ。 

2013/01/28

Post #710 Rue Jean-Henri Fabre,Paris

Paris
とても大切なことだから、そっと言わせてもらおうか。
全ての死にゆく人たちを畏れよう。
それは、一つとして同じものなどないのだから。
弥栄!
読者諸君、失礼する。

2013/01/27

Post #709 Cinema Amal,Fes,Morocco

Fes,Morocco
明日から、戦線復帰だ。
今ふと気が付いたんだが、去年は結構忙しかったはずだ。その証拠に、去年の正月休みに行っていたモロッコの写真もネガのまま放置されているものが、かなりあるんだ。
にもかかわらず、去年は赤字だったってのは、どうにも解せんな。
今年はどうだろうか?できることなら儲かって欲しいが・・・、このご時世難しいもんだねぇ。
読者諸君、失礼する。

2013/01/26

Post #708 Vanitas

Tokyo
通夜の夜、棺に収まった祖母の死顔を写真に撮った。
モノクロフィルムと、デジカメを持ち合わせていなかったので、携帯のカメラで撮ったのだ。
あらゆるものが、時間の流れの前に敗北し、やがては消え去ってしまうという摂理から逃れられない以上、私たちがカメラを向け、写真にとどめる被写体は、全てがヴァニタス(ラテン語で空虚を現す言葉だ)であると言える。
かつて、バロック期の美術界では、人生の空虚さを現すものとして、生命の無い静物画が盛んに描かれた時期がある。卓上に置かれた髑髏、消えゆく命の隠喩としてのパイプ、そしていずれ腐ってしまうであろう果物などが、その画題として好まれた。
つまり、あらゆる写真は、被写体が一時的な現象に過ぎないことを示すヴァニタスに他ならないようにも思える。わたしも、あなたも、いずれは消える。一枚の写真を遺して、ということだ。
祖母の顔はエンバーミングを施され、安らかなものだった。そこには、(つまらん仕事に忙殺されていた私自身は見てはいなかった)死に至る末期の苦しみの翳もなく、穏やかなものだった。
私は、どうしても写真におさめなければならないという、使命感と決意で写真を撮ったのだ。
私は、叔父や弟たちとともに、一晩棺のそばで過ごした。そして時折、にぎやかな雰囲気を好んだ祖母が、目をあけるのではないかと思ったものだ。そして、そんな気配もないと悟ると、棺の蓋を叩き、祖母に起きる様に促したのだった。。
この正月に見舞った際に、眠っていた祖母を無理やりにでもおこして、言葉を交わしておけばよかったと心の中で悔やんでいたのだ。まぁ、実際に起きられても困っただろうけど

私は出棺間際、棺が開けられ、子供たちや孫たち、そして幼い曾孫たちの手によって、棺いっぱいに満たされた花の中に埋まるようにして横たわる祖母を写真におさめたかった。
しかし、それはできなかった。
私の決意を上回る、忌避感。
その眼を赤く泣き腫らした親族たち、すすり泣く叔母たち。まだ死そのもが理解できずに、周囲の雰囲気に一体化するかのようにして涙する幼い者たち。そして、一気に堰が切れたかのように棺に取りすがり号泣する弟。
これは、できんな。奥さんの死の一部始終を写真におさめた荒木経惟の偉大さが、意志の強さが、改めてわかる。あれこそは、本当の芸術家にしかできない仕事、いや私事だ。私のような小者には、親族の非難や無理解をモノともせず、この悲しみの中、レンズを向け、シャッターをきることなど、できないのだ。
私は、奥歯を噛みしめ、棺に収まった祖母の頭の後ろに、守護者のように立ち尽くす。きっと、私は周囲からは何かに怒っている人のように見えたに違いない。
私は、泣き崩れる人々の肩に手を添える。号泣する弟の背に、慰撫し力を込めるかのように掌を添える。
私は、非情なのだろうか?30年前に母が死んだ時から、葬儀の席で泣く事を、自らに禁じてきた。
私は、すっかり冷たくなった祖母の頬に手をそえる。痩せ衰えた頬の下、頬骨に添わせるように指を曲げて。
私は弟や従弟達とともに棺を担ぎ、霊柩車に乗せて送り出す。小学二年生の従妹の息子もともに担がせる。棺の重さが命の重さの喩であることを知ってほしいと願いながら。
私は祖母のひきつったような骨ばった手を懐かしく思い出す。そして、元気なうちに写真に撮っておけばよかったと、後悔した。

読者諸君、失礼する。身近な人を写真にとっておくべきだと、改めて思ったよ。まぁ、ピースとかしてたらがっかりだけどね。 

2013/01/24

Post #707 今日は通夜だったのに

Tokyo
必死に仕事の段取りをして、通夜に間に合うように帰ってきた。
いくら葬式だからって、仕事を放り出してしまうわけにはいかない。俺の代わりは俺しかいないのだ。最小限、いや、出来る限りの手を打っておかねばならないだろう?
そうこうしている中、登録していない番号から、俺に電話がかかってきた。
電話に出るとそれは、親父が昔付き合っていた女性からだった。俺にはすぐに分かった。彼女は俺と年もさして違わない。気さくな性格の庶民的な女性だったんだ。で、親父と一緒に暮らしていた頃には、今回亡くなった祖母と一緒にビールを飲んだり、実の家族のようにストレートに付き合ってくれていたんだが、親父が新しい女を作ったんで、追い出された様な格好になっていたわけだ。面倒なので、仮にSさんとしておく。
Sさんは、『おばあさん、亡くなったんだねぇ』と切り出した。
『どうして知ってるの』と俺。
『近所の斎場の前を車で通りがかったら、おばあさんの名前が大きく出ていたんで、あぁ、亡くなったんだってわかったんだわ』とSさん。
『そうか、いろいろお世話になったよね。今夜通夜で、明日葬儀だから、もしよかったらぜひともお別れに来てやってよ』
『いや、私は行くわけにはいかないけど、心のなかで祈ってるわ』
『そうか・・・、生前は本当にありがとう。また、落ち着いたら連絡するよ』俺は電話を切った。
Sさん、ありがとう。
で、肝心の通夜なんだが、夜食の弁当を買いに行って、そこでオヤジと大喧嘩になってしまった。
父親相手に、『表出ろ!この野郎!』と激高し、表に連れ出した。俺はかなり頭に来ていて、思わず蹴りをお見舞いしそうな衝動を抑えるのに必死だったんだ。俺の蹴りは実はなかなか強力だ。すんでのところで、もう一軒葬式が出るところだったってことさ。うちのカミさんは、二人ともどっちもどっちだわ、いい加減にしてよ!と、二人の間に入って大変な思いをして暴力沙汰になるのを防いでくれた。
なんだよ、クソ親父め、下らない見栄ばかり張りやがって。それは昨日今日始まったことじゃない。
30年前に、オフクロが死んだ時にも、見栄を張り過ぎて、オフクロに一度もあったこともないような仕事の関係の雁首野郎が、神妙そうな顔をしてずらりと並び、本当に家族で送ってやることが出来なかった。
思えば、それがきっかけで、随分と親族の中が悪くなってしまったんだ。
俺のオヤジは学習しない男だ。人の気持ちがわからないムカつく奴なんだ。若い頃に時代の波に乗って成功したおかげで、人間性がおかしくなっちまってるんだ。金回りの悪いニンゲンを見下すような発言ばかりする。今回も弁当屋で10人前頼んだおかげで、俺たちの次に頼んだお客の弁当のほうが先に出たのが気に入らなかったようで、早く作れみたいなことを抜かしやがった。
偉そうに。
弁当屋のパートの主婦の方々も、安い賃金で、一生懸命に働いているというのに、なんだよこの偉そうな物言いは。俺は瞬間的にカチンと来て、黙ってろ!と吐き捨てるように言っちまった。
俺の声はデカい。俺は頭に血がのぼると、遠慮しない。思い上がった奴が大嫌いなんだ。そういう奴は、自分より羽振りのイイ奴に対して、異様にニコニコとへりくだるんだ。俺はそんな奴の子供であることが嫌で仕方ない。
挙句の果てには、葬儀の金の話しでぐずぐず文句を垂れ流しやがった。
自分が見栄張って、必要以上にデカい斎場を借りるもんだから、金が懸って仕方ねぇんだろう。俺は金もないのに見栄を張るってのが、大嫌いだ。金が無いないで、開き直って笑っていたいってのに。
そもそも葬儀は、まずは心の問題だろう。そうじゃないかい?
祀るには、いますが如く、つまり死者がそこに現にいるように、誠心誠意努めるべきだ。見栄を張る場合じゃないってことだ。まったく、こんなことをしてたら、うちのばあさん、棺桶の中でも落ち着いて眠ってられなくって、ゾンビみたいに起き上がってきちまうに違いないぜ。冗談じゃねえってんだ。
読者諸君、失礼する。ぷんすか

2013/01/23

Post 706 Mement Mori

Tokyo
案の定、祖母が死んだ。お客さんと一杯やっている時に知らせが入った。
どんな人間も、いつ死ぬかはわからない。もちろん俺も。
だからそこ、毎日触れ合っている人に対して、真剣に向き合う必要を痛感する。
俺達は、自分も誰も彼もが、いずれは死ぬ存在だということを、往々に忘れている。
読者諸君、失礼する。南無阿弥陀仏。

2013/01/22

Post #705 実は今、ちょいと困ってるんだよ

Osaka
私事で恐縮だが、と書いて、毎回必ず私事しか書いていないことに気づき、ちょいちょいっと面白くなる。
私事で恐縮だが、俺の93歳になる祖母が、危篤だ。
しかし、俺は出張で静岡だ。男一匹の渡世、まだ息があるうちに、ケツをまくるなんて無責任なこともできん、というのが実情だ。この商売に携わっている連中は、離婚や親の死に目に会えないといった事では、芸能人並だ。狂った業界なのさ。
とはいえ、仕事は一時のことに過ぎないが、人の生き死には必ずいつでも一回こっきりだ。離婚に関しては何回もできるけれどね。何度も死ぬなんて、ジャンプのマンガか、007くらいのものさ。その重要性は本来比べることもできない。
だからこそ、困っているんだ。
今まさに仕事は山場だ。ここで放り出すわけにはいかない。俺の仕事は信用信頼が第一だ。俺はなんの組織の後ろ盾もないんだ。自分のキャラクターだけが売り物なんだ。
一度放り出せば、理由の如何を問わず、この狭い業界では、今後商売ができなくなる。そうなれば、今度は俺が危篤だ。練炭を買う金も残っちゃいないってことになっちまうだろう。
この件については、もうしばらく悩んでいることにする。いよいよとなったら、決断する必要があるだろうけどな。

思えば、俺が戦争反対論者になったのも、リベラルな思想の持ち主になったのも、もとをただせば、この祖母の影響だ。
俺は子供の頃から、戦争中は軍人が威張って、嫌な世の中だったといった話をこの祖母から何度も聞かされて育った。言いたいことも言えない嫌な時代だったって、この祖母が本当に忌々しそうに語るのを、子供の頃から見て育った。
大陸で軍関係の商売でべらぼうに羽振りが良かった祖父と、小さな子供たちを連れて、命からがら日本に引き上げてきた話は、何度も聞かされた。祖父は、その時子供たちこそが自分の宝だといって、涙を流していたと、祖母から何度も聞かされた。その子供が長じて、嫁を迎え、ガキを孕ませて生まれてきたのがこの俺だから、この時大陸から上手いこと引き上げてこられなかったら、俺はきっとこの地上にいないわけだ。感謝。
戦後、祖母は祖父と子供たちを連れて、鹿児島の実家の弟のもとに頼って行ったそうだ。
素寒貧の引き揚げ者の祖父と、薩摩隼人の弟は、一緒に竹林に竹を伐りに行き、竹製定規の材料として売りさばいたという話を聞いたことがある。ずいぶんと時代を感じる話だ。竹の定規なんて、小学校の時以来、使ったこともないぜ。もちろん、そんなので家族が養えるわけもない。その生活を支えていたのは、祖母の行商だったそうだ。
この弟が共産党員だった。そして祖母は、自分は共産党員ちゅうわけではなかったが、政官業の利権構造に胡坐をかいた自民党が大嫌いだった。選挙はいつも共産党に入れていた。
俺の基礎は、思うにこの祖母によって方向付けされている。

だから、本当は帰りたい。しかし、帰ったからといって、何ができるだろう。俺はイエス様じゃないんだぜ・・・。写真を撮るくらいしか出来ないだろう?まぁ、それで充分と言えば充分なんだけどね。俺が写真を撮った人間は、実は皆、極楽往生間違いなしだと思ってるんだ。

電話越しに、祖母に声を掛けた。祖母の呼吸は、俺の声にこたえるように荒くなったという。意識もないのにだ。しかし、死の瞬間も、視力は無くなってしまっていても、聴力によって、人間はかなり細かく状況を把握しているという研究を読んだこともある。臨死体験なんかを事細かに見ていくと、そういうことらしい。ほら、あれだよ、自分を見下ろすような視点で、自分のまわりに取りすがる親族を見ているとかいうヴィジョンは、聴覚が脳内で視覚に返還されているってことらしい。するってぇと、やはり祖母は俺の声が聞こえて、応えようとしていたのだろう。
うむ、なんとか俺が仕事をやっつけて、帰ることができる日まで、もってほしいものだ。
だいたい93年も生きたんだから、あと1週間やそこら、待ってくれてもいいだろう?
頼む!
読者諸君、失礼する。 

2013/01/21

Post #704 Leopard In The Underground

HomeTown/Nagoya
自分を取り巻く世界の、その理不尽を含めて、受け入れること。
自分自身を、世界そのものと対峙するものとして考えるのではなく、この世界をかたちづくる、要素の一つとしてみなすこと。

2013/01/20

Post #703 Man,Woman and chair

Singapole
今日は日曜日なので、仕事はない。しかし、家に帰ることもできないんだ。家に帰るよりも、ホテルに泊まっていた方が安上がりなんだ。おかしなものさ。
いろいろと溜まっている事務仕事を片付けたいもんだが、ココは自分の家じゃない。ビジネスホテルだ。10時から15時の間には、ベッドメーキングやら掃除やらで落ち着かないだろう。
俺は、ホテルを出て、すぐそばの港に行き、水上バスに乗って海の散歩を楽しんできたのさ。
清水~日出町までおよそ20分、250円。乗客は俺だけ。貸切だ。素晴らしい。
遠くに富士山が見える。三保の松原と思しきものも見えるではないか。この手の風景は、非常に強い磁力を持っている。俺はその磁力に逆らって、そういった風景を極力撮らないように心掛けているんだ。
しかし、天気もいいし、風もない。最高だ。俺は、飛行機も好きだが、船も大好きなんだ。しかも250円で貸切クルージングとは!君も一緒ならよかったのに、残念だよ、残念きわまる。
インダストリアルな工場や、フォトジェニックな造船所のクレーンなんかを俺はビシバシと撮りまくった。
そして、船を降りた俺は、ちびまる子ちゃんでおなじみの巴川沿いに歩き続け、写真を撮り続けた。
こうして、みしらぬ街が、身体に刻み込まれてゆく。
ずっと歩いていると、指先が冷えてきて、もう8年ほど前に、丸鋸で切り落しかけた左手の人差し指の先が、痺れてくる。構うものか。右手の人差し指じゃないんだ。シャッターを切るのには不自由しないぜ。いや、大昔のドイツのカメラ、イハーゲーのエキザクタはシャッターが左だったよなぁ。アレは確か家に一台あったはずだが、残念なことに俺向きじゃないってことだな。
しかし、この旅先の町の人々はどうなってるんだ?俺みたいなカッコいい中年男が歩いていても、声もかけてこないなんて。俺はさみしく、かつ退屈してるんだぜ。誰か、俺に声を掛けてくれないモノかねぇ、孤独なんてつまらないものだぜ。とはいえ、おまわりに声を掛けられ、職質喰らうのはゴメン蒙るけどね。
読者諸君、俺は退屈してるんだ。あんまり退屈だと、人恋しさのあまり、その気もないのにキャバクラなんかに繰り出して、要らん金を使ってしまいそうで、ハラハラしてるんだ。頭の弱い小娘相手に、酒を呑むなんて、この年になると虚しいの一言なんだ。この寒いのに、ビールなんか飲んで、痛風発作を起こすってのも笑えないオチさ。あぁ、大人しく溜まってる仕事を片付けるとするか。

失礼する。

2013/01/19

Post #702 Wires and Wired

VietNam
今まで泊まったたいていのビジネスホテルには、たいてい無難なカンジの水色のUTPケーブルが伸びていて、それでLANにつながっている。モロッコやバリ島では、たいてい無線LANだったのに。だから、ノートパソコンはOKだけど、Wi-Fiモデルのタブレットはつながらない。サミシーことだ。
で、その水色のケーブルを見ながら、ぼんやり考えたのさ。
日本の景気回復のために、行政は電線地中化というのをよくやっている。
ヨーロッパなんか行くと、街の景観を守るために、たいてい電線は地下に埋められていて、職人さんはまず、敷石を剥がして、穴掘りから始めている。御苦労なこった。
しかし、日本の空は、電線がないと、物足りない。
アジアじゃ、町の美観なんてこと考えずに、ガンガン電線をひきまわしている。
極東アジアの日本の町の景観の重要にして欠かすべからざるポイントだ。俺はそう思っている。
電線地中化工事の終わった後の、スカスカした景色を見ると、そこからは人間の営みの痕跡がかき消されてしまったように味気なく感じる。
ヨーロッパは石造りの建物に刻まれた歳月の重みが、人間の営みを感じさせるけれど、ニッポンの新建材とガラスで出来た清潔で安っぽい建物から電線を消し去ると、なんだか現実感というか生活感が失われ、風景そのものが舞台の書割のように感じられる。
いや、俺だけだろうか。
駅前から電線を消し去り、喫煙者を締め出し、明るく清潔なだけで深みの無い街が増えているように俺には思えるんだ。どうだろう、君の街はどうだい。
薄暗い小路に時代遅れの小さな飲み屋が並んだような、生活感が腋臭のように匂い立つ横丁はは残っているかい?
駅前の電線に、夕暮れ時に集まり、ネオンに惑っていつまでも鳴きやまない雀の群れはいるかい?
薄暗い高架脇の電柱に、痴漢に注意の看板が張り付けられているかい?
どこの駅前も、同じようなロータリー、同じようなチェーン店の居酒屋、そしてマクドナルド。
退屈しちまうぜ。
俺が写真に撮りたいのは、人間の気配がムンムン漂う景色。それはいつかはなくなってしまうような景色だ。俺は清潔なだけで人間臭さの無い街は物足りないのさ。
少なくとも、写真を撮るとき、電線がないと少し物足りないってものさ。

読者諸君、失礼する。よい週末の夜を過ごしてくれ。俺は今夜もビジネスホテルで一人さ。退屈だよ、まったく。

2013/01/18

Post #701 Street Light,Bicycle And Woman with Boots

HomeTown/Nagoya
今夜は、写真だけ。眼が疲れてるんだ。ビジネスホテルの部屋は空気が乾燥している。ドライアイになりそうだ。ベッドに腹ばいになってパソコンをいじっていると、目が疲れちまうんだ。
写真には何よりも目が大切なんだ。たとえ、俺の節穴みたいな目だとしてもね。
だから、今夜はとっとと灯りを消して、俺の血走った目を休ませたいんだ。

読者諸君、失礼する。

2013/01/17

Post #700 Crane,Wire and Gloomy Sky!

Osaka
今回でこのクソったれなブログも700回だ。
我ながら飽きずによくやるぜ。そうそう暇人でもないのに、よくやるぜ、呆れるぜ。
UPした写真はとっくに千枚を超えている。
写真は一枚一枚でインパクトがあるのが望ましいのかもしれないが、ある一定の量に集積されると、質より量の領域に突入する。薄利多売だ。ちりも積もれば山となるだ。仕事といい、写真といい、それが俺のスタイルだ。

俺はたった一枚で、読者諸君を感心させるような、インパクトのある傑作を撮りたいわけじゃないんだ。それが出来れば、苦労しないよ。
俺の視点で切り取った写真を、グロスにして叩き売るようにして、イメージの集積によって描かれてゆく俺の世界を築き上げ、そこに君を招待したいのさ。
俺はいつも自分の写真のサムネイルを見て、目もくらむような想いを味わっている。
その世界では、パリもバリも、イスタンブールも大阪も、マラケシュも東京も、アムステルダムも俺の住む名古屋も、バルセロナも香港も、一つの地平にフラットに、隣り合わせに存在する。
そう、それが俺の世界なんだよ。
グローバルっていうのはちょっと薄っぺらだ。うむ、何といったらいいんだろう。そうだな、お気に入りの写真集や小説やカメラやCDが山積みの俺の部屋にいながら、世界のいろんなところに同時に存在しているような不思議な感覚にとらわれるんだ。

けっしてシャブ喰ってるわけじゃないぜ。

俺はランダムに並んでいる自分の写真を眺めていると、そんな不思議な気分になってくるっていうことさ。
そこは路上の世界でもある。何故なら俺の写真のほとんどは路上で歩きながら撮られているからだ。そう、まさにOn The Roadだ。
俺の撮りたいものは、全て路上に転がっている。
俺は今、富士山の見える町に来ているけれど、富士山を撮りたいなんて、ちっとも思わないぜ。そんなのケータイで撮って、友達に送るくらいの扱いでちょうどいいのさ。富士には、月見草がよく似合うBy太宰治の心意気だ。そもそも俺が撮らなくても、誰かがとっくに、もっと上手に撮ってるんだからな。
俺は昔から、その手の写真を風呂屋のタイル絵か、人畜無害のカレンダーみたいで、好きになれなかったんだ。そういうものは、自分の眼で見るに限る。それに、その手の万人受けする写真を撮りたいって人は、日本全国通津浦々、どこにだっている。
他人と同じことをしていちゃ、名もない群衆の中にうずもれてしまうぜ。そうだろう?
世界に70億人もいるのに、自分はたった一人なんだぜ?そんなのつまらなくないか?俺はひねくれ者なのさ。俺は俺の道を行かせてもらうぜ。

それよりも俺は、寂れた路地の看板や、道行く冴えないサラリーマンや、誰からも顧みられないようなポンコツな人々、そしてこの寒空の中、惜しげもなく足を晒して闊歩する御嬢さんたち、そんなものに心惹かれてるのさ。そいつらは、いつだって路上に転がっている。時折オマワリに職質されたりするのも路上だがね。仕方ない、俺はいつだって反体制だったんだからな。職質くらいされるってもんさ。OK、俺の魂の叫びを聴いてくれ!

ぐうぇあぁぁぁぁっ!
写真とりてぇぇぇぇ!
プリントしてぇぇぇぇ!

まだまだ君たちが見たことが無い写真が、山ほどある。それどころか、俺自身も見たことない写真が山ほどあるんだ。家に帰れば、プリントされてないネガの山が、ブンブンと唸りをあげているのさ。
マンネリでも飽きなきゃイイ。天才アラーキーもそういっている。
同じ道を歩いても、同じ人間に出くわしても、まったく同じ瞬間なんてない。
そして、その唯一無二の瞬間を切り取るのが写真だろう。
その意味において、飽きるわけがないだろう。
まぁ、忙しさにかまけて、心が折れるときはあるだろうけれどね。
OK、この44歳のファンキー・ガッツ・マンの冒険というか道楽に、これからも付き合ってくれる心の広い君たちよ。これからもよろしく頼む。
ほとんど反響もなくって、底なしの穴に毎日ひとつづつ小石を投げ込んでいるような寂しさも時には感じるが、まぁイイだろう。俺の話しが自己完結しすぎてて、突っ込みどころがないんだって思っておくよ。そう思い込んでいた方が、俺も君も幸せでいられるってもんだ。
とはいえ、時折コメントをくれる数少ない理解者の皆さん、本当にありがとう。個別に名前は挙げないが、宇宙に向けたメッセージに、何万光年も離れたところから返信があったように嬉しく思ってるぜ。君たちのおかげで、俺は今日もこうして、思い上がったくだらない駄文を書き連ね、へたっぴな写真を見せびらかすことができるってものさ。
おぉ、自分の才能の無さにひっくり返りそうだぜ。
君たちこそ、俺の支えなんだ、ありがとう。いつか君たちと、じかにお目にかかることのできる幸せな日の来ることを、俺はいつだって夢見ているよ。

読者諸君、失礼する。俺はシャワーを浴びて、飯を食いに出かけるのさ。御機嫌よう。 

2013/01/16

Post #699 すっかり疎遠な友人からの年賀状

Osaka
先日、大阪方面に住んでいる友人から年賀状が届いた。
友人といっても、もう何年も年賀状のやり取りしかしていない有様だ。そんな友人が、何人かいる。寂しいがそれが現実だ。年齢とともにだんだん疎遠になっていく。仕方ない、それぞれ生活を背負っているんだからな。訳の分からない道楽者のおっさんと遊んでいるヒマはなかなかないわな。
俺は、一度20歳の時にカルトな宗教にはまって、学校も辞め、家も飛び出してしまった経験がある。しかも25歳で見切りをつけ、そこから夜逃げして娑婆に戻ってきたから、若い頃の友人は、ほとんど皆縁が切れてしまっている。仕方ない、自業自得だ。仕事で付き合いがあるのは、あくまで仕事の付き合いで、心が通い合うことってのは、余りないってのが誰も彼もホントのことだろう。こう見えても人当たりがよくって、営業向きだと言われるが、自分を偽って人当たりをよくしているように感じているので、そんな言葉をかけられると、いつも意外に感じているくらいだ。
そう、俺は正直言って友人が少ない。ずっと反体制でやってきたから仕方がないか。
だから、年賀状だけでもやり取りしている友人すら、貴重だ。

そこには東松照明が死んで、何故だか俺の写真を思い出したと記されていた。
それはまた、光栄なことで。

狂ったように写真を撮っていたい。自分の眼玉そのものがカメラだったらとすら思う。
見慣れた町を歩いていても、地球を一周して辿り着いた見も知らぬアジアの町を彷徨っているようにして、写真を撮っていたい。
そして、引き籠って憑りつかれたように、プリントしていたい。
そして、それを他でもない君たちに見て欲しーのさ。
それこそが、自分が生きていた証しのような気がしているんだ。
しかし現実は、なかなかそうはいかないね。自分に残されてる時間がどれだけあるかわからないけれど、金が欲しくて働いて、眠るだけじゃ、人生物足りないからね。
読者諸君、失礼する。 

2013/01/15

Post #698 So Far, Far Away

Paris
昨日買ったと言ってた森山大道の『Tales Of Tono』は、実はもともと持っていた。うちのカミさんに無駄使いしやがってと、嫌味を言われたぜ。
初出は確か76年だかそれくらいだったと思うけど、何年か前に出た光文社文庫版を持っていたんだ。もちろんタイトルは『遠野物語』だ。そう、柳田國男の遠野物語の世界に魅せられた森山大道が、汽車に乗って遠野に行って、実際に行ってみるとそんな神秘的なところでもなく、ごくフツーの日本の田舎だったってんで、ちょっと自らの思い込みを軽く反省しながら写真を撮ってきたという写真集だ。
写真よさようならで、写真の極北まで行ってしまった森山大道は、次第に世間様から飽きられ、忘れられ始めていたという。自分自身でも写真に対してイマイチ手ごたえを感じられなかったと語っていた時期だったとか書いていたような記憶がある。出張中なので、その辺を厳密に精査することが出来なくて、申し訳ない。そんな中で徐々に写真に対する自信の揺らいできた頃に、かねてから気になっていた遠野に赴き、撮影されたものだったと記憶している。
今では、日本中どこに行っても見ることができないような土俗的な雰囲気の漂うドキュメンタリー的なスナップで構成された写真集だ。黒っぽい力強い写真が並んでいる。遠野撮影旅行の道行きと、遠野への思い入れを語った、写真集としては長い文章がついている。森山大道は、実に読書が好きな方で、文章もうまい。この写真集、俺は好きだよ。
今度の買ったのはその英語版。
出版社はTATEとある。
どっかで聞いたことがあると思えば、そう、ロンドンのTate Modernだ。テムズ川のほとりにそびえる、旧発電所を改装した現代美術館だ。何故、Tateから出ているのかといぶかっていたら、今朝の朝日新聞(俺は昔っから入試に出る朝日新聞だ。野球は中日ファンだが、中日新聞ではない。田舎くさいのだ。もちろん読売なんて、選択肢にも入ってこない。産経は右寄りだから却下。俺はリベラルなんだ)の文化欄に森山大道が載ってるじゃないか。しかも、その記事によればTate Modernで、森山大道とウィリアム・クラインの二人展がやっているとのことだ。
http://www.tate.org.uk/whats-on/tate-modern/exhibition/william-klein-daido-moriyama
Tate Modern/William Klein+Daido Moriyama Exhibition
行きてぇ!
もちろんロンドンは昔っから行きたかった。しかし、物価も高いし食いもんもマズイって評判だったので、未だに行ったことはないんだが、これは行きたい。しかし、今の俺にロンドンはあまりに遠い。暇も金もありゃしないぜ。しかも会期は今月20日までだぁ?冗談じゃないぜ。金があっても行けっこねぇだろう!
写真を通じて、ニューヨークと東京という二つの都市の生活を俯瞰する展示であり、またクラインと森山大道の写真の関係性にはじめて焦点を当てる展示であるとTateのサイトには書いてある。
そんな御託はイイんだ。
クラインと森山大道、俺の中では写真の両巨頭だ。リスペクトだ。最も好きな写真家二人だ。
ロックで言えば、そうだなThe WhoとSex Pistolsか?いや、マニアックすぎて誰も分からんか?これならどうだ、ポール・ウェラーとオアシスか?それでもダメ?じゃぁ、思いっきりくだけて、マドンナとレディーガガ?いやなんかずれた。まぁそんなこたぁいいわ。
とにかくこれはゼータクな写真展だよ。羨ましすぎるぜ。写美もそれくらいやってくれないもんかねぇ・・・。
しかし、やっと21世紀になって、プロヴォーク(高梨豊、森山大道、中平卓馬などが同人となって3号まで発行された同人誌だよ)に代表される、俺が生まれた頃の日本の写真ムーブメントが欧米で評価されてきたように思う。確かに欧米の写真とはかなり異質だ。写真の印象派というか、むしろ野獣派だったりするときもあるくらいだからな。アレ、ブレ、ボケ、フツーの写真の美意識常識をはるかに超越している。一歩間違えれば、そう、ヘタウマだ。まぁ、何はともあれ俺はそのあたりを私淑するものとしてうれしいよ。
ちなみに、クラインの傑作、『New York』は、1956年だったっけ、にパりで出版されている。そして長いこと、アメリカでは受け入れられてなかったな。今からすると信じられない話だけど。まぁ、もっとかっちりした写真がアメリカ人は好きだったのかもしれないな。アンセル・アダムスとかね。だからだろうか、クラインはそれからほとんどずっとパリに住んでるんじゃなかったっけ?

見に行きたいもんだな、この展示。まぁ、ロンドンに行ったら行ったで、写真撮りまくってくるんだろうけどね。
読者諸君、失礼する。ロンドンは遠い。懐に北極振動並みの寒波が押し寄せている俺には、とても遠いったらないぜ。

2013/01/14

Post #697 Dickson Road,Singapore

Singapore
昨日、また写真集を買ってしまった。荒木経惟『愛の劇場』、森山大道『Tales Of TONO』の2冊。森山大道の方は、サイン入り。つい買ってしまうわな。
読者諸君、失礼する。

2013/01/13

Post #696 A Crossing Once More

Singapore
今日はこれだけ、今から美術館にクリムトを見に行くんだよ。グスタフ・クリムトだよ。きっとおばはんがいっぱいで、押し合いへし合いなんだろうな。
ああいうところは、平日に見に行くに限るぜ。
読者諸君、失礼する。

2013/01/12

Post #695 A Crossing

A Crossing,Singapore
今日は久々に家に帰ってきているんだ。これから掃除をしよう。集中して取り組みたい仕事があるんだ。そのためには、清潔な環境が必要だ。この季節、何故だか部屋中ホコリまるけだからな。
読者諸君、失礼する。

2013/01/11

Post #694 また一歩、地獄に近づいた!

Hong Kong
今年もまた、誕生日がやってきた。まったく嬉しくはない。むしろ、悲しいくらいだ。誰も祝ってもくれないしな・・・。ぶっちゃけ言って、またひとつ、地獄への道のりの一里塚を越えた気分だ。
人生はとっくに折り返し点を過ぎている。肉体は衰えを隠せやしない。なのに、陽暮れて道遠しといった有様だ。いつまでも若いつもりでいたらこの有様だ。
読者諸君、失礼する。

2013/01/10

Post #693 Midnight Madness And Beyond

ふと、真夜中の狂気という言葉が頭をよぎり、イロイロと考えていたら、高校生の頃聴いていたGBHの〝Midnight Madness And Beyond"ちゅう、ドしょうもないハードコアパンクのアルバムが聞きたくなってしまった。
で、You Tubeで探してみたわけだ。便利な世の中になったもんだ。あれから25年以上経ったこの21世紀に聴き返してみると、やっぱり好きだわ。・・。
この重量感あふれる単調でノイジーなリフ。ひたすら同じリズムのドラム。とって付けたようなギターソロ。がなり立てるような激しいヴォーカル。たまらん。血が滾るわ。中年よ、草食男子よ、マカとか飲むよりハードコアでも聴け!ってカンジだ。
しかし、アマゾンにオーダーするかどうか、悩むなぁ・・・。このジャケットも凄く好きだし・・・。けど、音楽は一度聴いたらしばらくはごちそうさんだしなぁ・・・。
Morocco
この手の音楽は、興味の無い方にとっては、ただ喧しいだけだ。お勧めはできん。大人しくAKBでも聴いていてほしい。
けれど、人生の意義に懐疑的になっていた俺は、毎日こんなのばっかり聴いて、モヒカン刈りで学校に通って、職員室で消火器をぶっ放したりして悪態をついていたわけだ。なにしろ、俺の通っていた学校はフツーに勉強してさえいれば、そこそこの大学に自動的に送り込んでくれるくらいのクソ学校だった。まるで、工場のようにそんなつまらん奴らを大量に生産していたんだ。まるで二本足のブロイラーだ。
俺が痛風の発作を起こした時に通ってる整形外科の院長は、その学校で同窓生だ。
3Dになったスネ夫のような小生意気な奴だったのに、すっかりつまらないおじさんになってやがる。すぐに検査したがるから、金は持ってそうだが、女にはモテないぜ、きっと。子供を連れて歩いている姿と言ったら、じじむささを絵に描いて額にぶち込んだような有様だ。ヤニの無いタバコのように物足りないぜ。まったく狂気のかけらもありゃしない。少しは俺を見習ってほしいぜ。
たまに電車に乗った時に見かける元同級生と思しき男は、何の特徴もなく枯れ果てた中年になっている。ひたすら目をつぶり、真冬だというのに、電車の中で汗をダラダラ流している。けれど、ひたすら目をつぶって、汗も拭かずに耐えている。
一体何が楽しくて生きているんだろう?教えて欲しいぜ。俺はそいつが手を伸ばせば届くところに立って、ヘッドフォンで携帯に何千曲とぶち込んだハードなロックを聴いている。ドラムが刻むリズムに、自分の心臓の鼓動を同調させている。今日も戦うためのエンジンは温まってるぜと言わんばかりだ。もちろん、この社会に対して忍耐力を持つ従順な彼の方が、俺なんかよりもはるかに実入りがイイことは間違いない。しかし、俺は彼になりたいとは思わない。ゴメン蒙る。喜怒哀楽を極端なまでに吐き出しながら、人間的にのた打ち回って生きていたい。マンガの中から抜け出してきたような男でいたい。
正直言って、世間様一般的に言えば、俺はルーザーだ。しばしば、俺がそんな高校を出ているにもかかわらず、実入りが悪いことを馬鹿にするやつがいるくらいだ。
くだらない。俺の真価はそんなところにはないんだ。そう、重要なのはそこじゃない。俺には俺の価値観があるってことだ。戦闘機が買えるくらいのはした金などいらない、と昔々、ブルーハーツのヒロトは歌っていた。俺はそれを聞いた時、ごもっともだと思ったぜ。
OK、実は当時から、俺にははっきり分かっていたんだ。
生死の問題に比べたら、金の問題なんてのは些細な問題だということが。自分自身をがっちりホールドすることが出来なくちゃ、どれだけ銭があろうが、意味がないのさ。
そして、東大生を年々輩出し、時折淫行教師を排出するこの進学校の先生の言うことを聞いていたら、周りの奴らと同じことをしていたら、そりゃつまらない大人になってしまうだろうってことが、俺にはよく解っていたんだ。
俺の弟たちは、結構素直に先生たちの言うことを聞いたので、3人とも優秀な大学に入ってしまった。きっと優秀な反面教師が身近にいたんだろうよ。ある意味つまらない奴らだ。そんなんじゃ女の子にもてやしないぜ。事実、俺の弟は、キャバクラに行っても烏龍茶しか飲まないくらいつまらない奴だ。とはいえ、今の俺は女よりもむしろ肉体労働系の男どもに大人気だがな。たまには女の子にもててみたいぜ。まぁ、今更モテモテでも面倒だけどな。
そんな奴らのようになりたくなかったから、俺はまわりに悪態をつきまくり、極力勉強しないようにしていた。そうして空いた時間に、近所の女子高に通ってる彼女の家に入り浸っては昼日中から人生を楽しんでいた。
そのおかげで今日の俺があるともいえるだろう。
どいつもこいつも、真夜中の狂気がたりないってカンジだ。真夜中に狂気を抱いているからこそ、人間的に生きることができるんじゃないのか?
ブログを書くのは、ある意味で真夜中の狂気の入り口。まぁそんなに深入りせず、さっさと寝てるけどね。
写真をプリントするのは、ある意味で真夜中の狂気。なんてたって暗室作業だからね。そして写真は、その向こう側に開いた窓。俺は自分の写真が、そんな写真であって欲しい。
読者諸君、失礼する。

2013/01/09

Post #692 Arond Bugis,Singapore

Singapore
今日はなんだか疲れているんだ。
身体が重たい。俺には休息が必要だ。とはいえ、大した仕事もしていないが、これが年を食うっていうことさ。
書きたいことが何も湧いてこないぜ。俺はまったく中身の空っぽな人間だっていうのか?
人間の皮を被った『空』という訳か。そりゃある意味即身成仏だ。大乗仏教だ。空の思想か。
存在の本性は、悉く皆空であり、生まれることもなく、滅することもなく、増えることもなく、減ることもない。汚れることも、穢れがなくなることもなく、ただ仮の現象として存在しているように見えるにすぎぬというこった。実在は空と異ならず、空は即ち実在そのものであるというアレだ、般若心経だ。
中身がカラッポというのは、世の善男善女が意味もよくわからず有難がる般若心経的に言うと、空に一歩近づいたということが言えよう。俺が何を言っているのかよくわからない人は、仏壇にでも行って般若心経をよく見てみるとイイ。そんなぶっ飛んだことが書いてある。シャブ喰ったくらいでは、そこまでぶっ飛んだことは言えないというものだ。
閑話休題。
ずっと昔から、高校生くらいの頃から、人生の価値を稼いだ金の多寡で測るという価値観を胡散臭いものとして考えてきた。
当時は、バブル真っ盛りで、勉強してイイ大学に入りさえすれば、イイ会社に入ることができ、金の流れる川から自分の家まで運河をひいて、イイ暮らしができる。豊かな人生が送れると信じられていた。一億総中流の時代だ。
俺は中高一貫の進学校に通っていた。その学校は俺と同世代の教師が、学校内で生徒とセックスばかりしていたことを不覚にもブログに書いて、それが何故だかおおっぴらになってしもうて、クビになってしまった事で有名になった学校だ。当時、俺の周りはエリート・サラリーマンの倅の秀才君たちか、地方政治家や医者、それから中小企業の社長の倅とか、そんなんばっかりで、将来効率よく金を稼ぐために、毎日勉強しているか、親の威勢の良さに胡坐をかいた道楽息子ばかりだった。要はがり勉君と遊び人ばかりだったという訳だ。
俺は、彼らに共通する価値観、とどのつまり、人生の価値は生涯年収によって測りうるという価値観に、大いに疑問を抱いていた。
孔子も言っている。『肉食つまり羽振りがよくってイイものを喰ってる奴らは、卑しい』と。
それが、俺の転落の始まりだった。
ではなぜ、俺がそんな価値観を抱くに至ったのか?
どうでもイイことだけど、思い返してみようかな。
中学2年の時に、母親が癌で死んだ。
俺を筆頭に4人のバカ息子を残して38歳で死んだ。今の俺よりも若い。俺は母親には叱られた記憶しかない。整った顔立ちにくせ毛の母は、何故かとても厳しい人だったのだ。癌で死ぬ少し前まで、スリッパで俺の横面をはたいていた。
その母が、3か月ほど入院した末に、身体中に癌を転移させて、見る影もなく萎れて死んだ。死体を運んだ時、その軽さと固さに、母親は人間から、単なる物体になったことを痛感した。
同じ物質で構成されてはいても、なにか最も重要なものが、それを魂と呼んでもいいかもしれないな、失われてしまった事で、人間は単なる物体に変わり果ててしまう。まさに人間とは現象にしか過ぎないことがわかる。遺体をみなっで持ち上げ運んだ時の感触と衝撃を、今でもはっきり思い出すことができる。悲しみよりも不気味さの方が勝ってしまうほどだった。

人間とは、いってぇなんだ?

俺が写真で人間を撮ることにこだわるのは、人間の存在の儚さ、そしてそのネガである不気味さを、この時に感じてしまったからかもしれない。まぁ、今思えばの話しだけどね。

人生とはいったいなんだろうか?

いくら金があろうとも、人は等しく死を受け入れるしかない。
そして、死によって人は無に帰してしまう。その意味で、全ての人生は徒労のように思えた。
人の生きる意味が、たくさん金を稼ぎ、資産を形成し、安楽な生活を送ることにあるとは、どうしても思えなかった。どれだけ金を稼ごうが、あの世には持っていけないからだ。かと言って、刹那の快楽を追い求めるようなニヒリスティックな蕩児にもなれなかった。残念だ。
母親の死を契機に、そんなことを考え始めたことが、俺の人生の没落の始まりだった。重度の中2病だ。以来30年が過ぎようとしている今もなお、全快していない。
さて、少し眠ろう。読者諸君、失礼する。
俺はいつか消える。だからこそ、俺のことを書いておきたくなったのさ。まぁ、君にとって面白い話とも思えないけれどね。悪かったなぁ。 

2013/01/08

Post #691 カメラを持った男の怪しさに関する考察

Amsterdam
街中で仕事をしていると、昼休みなんかにカメラを持って歩いている男を見かける。
女の子がPENなんかを持って歩いていても、気にもならない。風景の中に馴化しているんだ。全然異様な感じがしない。写真が好きなの?そう、素敵ですね、とか言ってあげたくなる。どんな写真を撮っているのか、少しだけ興味が湧くが、きっと俺の好みではないと思う。
白いキャノンのズームだか328だかをカメラに取り付けている男も散見する。
俺は、あの手の存在を主張しまくるカメラは好きではない。白いデカいレンズが、撮ってます、撮ってますって自己主張を、街中にまき散らしているように感じる。風俗街の真ん中で、あんなカメラを振り回していたら、直ぐに強面のアンチャンに事務所まで引っ張られていくことになっちまうだろう。野生動物なんかどこにもいないコンクリートだらけの町中で、あんなデカいレンズを使って、いったい何を撮っているんだろう?うんと離れたところから、スナップのような写真を撮っているのだろうか?俺にはよくわからない。使ったことが無いからな?まず第一に、重くて疲れちまうぜ。
ブレッソンは、カメラを目立たせたくないので、黒いライカばかり使っていたという。ファインダーや採光窓すら黒いライカがあったら最高だと言っていてという話しすら、なんかで見たことがある。
そうだろう、そうだろうとも。
ブレッソンはきっと、写真を撮ることの中に、窃視狂的な後ろめたさが潜んでいることをわきまえていたに違いない。
デカいデジカメを持ち歩いている人のなかには、中国人も多く見かける。彼らはあからさまに観光客といったオーラを発散している。だから、何故カメラを持っているのか理解しやすい。
人は、理解できないモノには、胡散臭さを感じてしまうのかもしれない。

最近俺が見た中で最もノイジーだったのは、エプソンのRD-1だかに、Mマウントのレンズをつけて写真を撮り歩いていた男だった。彼はせわしなくせこせこ歩き回り、ふと立ち止まったかと思うと、カメラを構えて難しい顔をして、ビルの上のほうだとかを、アングルを変えながら何枚も撮っていた。
すごく変だ。
表情は真剣そのもので、その眼はどこか狂ったような真剣さに溢れている。しかし、そのレンズの狙うほうを見ても、俺にはなんもピンとは来ないんだがね。まぁ、人間の価値観や興味関心は様々だから、仕方ないか。けれど、俺ですらよくわからんのなら、世間一般ピープルに、何が面白いのかわかるわけもないんじゃぁなかろーか。分からないモノを怪しく感じるのは、世の常だ。一概に彼が間違っているわけではない。間違っているのは世間のほうだ。
しかし、そうは言ってもこの男、どうにも周りが見えていないように見受けられた。善男善女の群れの中に、静かな狂人を放り込んだようにすら感じる。
そりゃ、職質されたって仕方がない。そんな気がする。
おい、ヤバイな。俺も写真を撮って歩いている時には、そんな風に見えているんだろうか?
だとしたら、こりゃ職質されても、致し方あるまい。もっとも、俺の場合、シャブの売人かなんかと間違えられて職質されたようにも思える節もあるんだが。
しかし、不思議なことに女性(たいては俺の内縁のカミさんだけど)と一緒だと、職質されない。
男が、独りで、カメラを持って、そこいらをうろついている。そして、カメラを構えて写真を撮っている。
やはりそれがどうにも不審者とみなされ、何らかの(軽)犯罪者というか、(性)犯罪者予備軍のような印象を与えてしまうのかもしれない
どうして、写真を撮っていると、職質されるのだろうか?その答えの一端が、そこにある。
狂ったように集中して写真を撮っていると、何かしら犯罪者めいた狂気を身に纏ってしまうからなのだ。その証拠に、俺は観光客候の中国人が写真を撮っていて職質されたという話を、聴いたことが無い。いや、実際にはあるのかもしれないけれど、寡聞にして俺は聴いたことが無いぜ。
そして、もう一つ。PENとかぶら下げたカメラ女子が、写真を撮っていて、職質されたという話も、これまた聞いたことが無い。どうしてだ?
写真というのは、あくまで光学的かつ科学的(アナログ派の俺は化学的と書きたい。この違い、解ってもらえるかな?)な技術の結晶なので、男が撮ろうが、女が撮ろうが、何ら変わりない、はずだ。
しかしながら、いったい俺達ちんのついた人間がカメラを持つと、どうしてもオマワリ達を刺激してしまうのは、何故なんだ?
純粋に写真に対する狂気のなせる技なのか、それともカメラを持った男は、こっそり女性のスカートの中を撮ったりするモノだという偏見があるのか?みんながみんな植草教授じゃないんだぜ。
(もっとも俺はスカートの中の布きれよりも、そのまた中のほうに興味津々だがね。ダッハッハ!そういうこと言うから、これまた職質のフラグが経つのか?勘弁してくれよ。軽いジョーク、アメリカンジョークさ。セクハラで訴えるってのは、頼むから無しだぜ。)

そこで俺は考えた。ゲージュツなんか1ミリも理解する能力の無い、オマワリどもの職質攻撃からみをまもり、のびのび写真を撮る方法をだ。

そう、女装してカメラを持って歩いてみるってのはどうかな?

ふむ、これは新しい切り口のような気もするが・・・、どうだろう。うまく行けばするりとピンチを切り抜けられそうだが・・・、あまりに怪しすぎて、職質どころか速攻逮捕されそうだな。それはそれでなかなか面白いぜ。やれやれ・・・。

本音の話をするならば、俺としては気になるのは、やはりフィルムカメラを持っている男だ。
それも、ニコンF3みたいな一眼じゃなくて、レンジファインダーだ。あれは東京写真専門学校の学生が実習で使ってるようにも見えるから、却下。
やはり俺の好みはレンジだよ。軽やかで、如何にもスナッパーという感じがするだろう。首からぶら下げるのはダメだ。いつでも構えてシュートできるように、右手一本でホールドして、しかも人差し指はいつもシャッターにかかってる。俺の引き金は軽いんだぜってカンジさ。
そう、レンジファインダーさ。カッコよく歩き、滑らかに写真を撮り、さっと風に翻るようにすぐに歩き出す。そんなカンジがしないかい?
インドネシアであった中華系シンガポール人の男性はミノルタCLEだった。
その時、俺が手にしていたのはコンタックスG2だ。ちなみに、俺のG2はチタンカラーだ。限定盤のブラックはヒジョーに高価だったので、手に入れる気にはならなかった。いや、正直に言うと21㎜のビオゴンや、16㎜のホロゴンのブラック仕様がなかったので、買う気にならなかったのだ。パンダみたいなカメラなんて、俺の美学には合わない。
そんなことはともかく、俺達はお互いのカメラをたたえあった。デジタル全盛の今だからこそ、通じ合う心と心だ。
アムステルダムであった写真の男性は、ライカM3だった。
もちろん俺はコンタックスT3だった。日本で出会うライカのユーザーが、どことなくこれ見よがしなカンジがしてしまうのに、アムステルダムの彼は、かなりのマニアっぽい雰囲気をかもしながらも、爽やかに自然なカンジでライカを使いこなしていた。出来ることならまたどこかで会ってみたいものだ。
写真を撮ってたら職質される。夜中にクラブで踊ったら検挙される。
まったく、ケツの穴の小さいしょぼくれた世の中になったもんだぜ。
俺達はお上に家畜のように管理されて暮らすのは、まっぴらごめんさ。その役どころは、自民党LOVEな愛国主義者の皆さんにお譲りするぜ。

読者諸君、失礼する。今日は疲れてるのさ。風呂に入って体を休めたいのさ。

2013/01/07

Post #690 Once...,Rue du Faub.du Temple

Paris
自分のプリントした写真を見ながら、それがどこだったのかを思い出すのは、ちょっとした暇潰しだ。この写真も、グーグルストリートビューで撮った場所を確定することができた。2年前の春に歩いた道のりを反芻しながら、地図を辿り、写真と比べ、かつてその場所に差していた光を思い返す。
まるでそれはヴァーチャルな旅のようだ。
地球の資源を損なわない、人畜無害な旅だと言えるかもしれない。ついでに言うと、財布にも優しい。しかし、いささか嫌味な言い方に聞こえたら申し訳ないが、俺の場合は実際に行ったことがあるからそれは奇妙なリアリティーを伴うショートトリップなんだが、行ったことが無いところは、なかなかイメージしにくいものだ。
世界は広い。あとどれほど生きたとしても、全て見ることなんか出来っこない。
見果てぬ夢だ。
東松照明が、82歳で死んでしまった。
高齢だ、致し方ない。人間は誰しも死んでしまうものさ。むしろ、十分に生きたと言わねばならないだろう。
報道では、原爆とナガサキ、沖縄と基地などをライフワークとして取り組んだ高名な写真家という書き方が目立つ。代表作は太陽の鉛筆だってね。
いや、太陽の鉛筆も素晴らしいんだけれど、俺の個人的な好みで言えば、沖縄から島伝いに台湾、フィリピン、インドネシアと伸びていった南島シリーズが一番好きだ。あんな写真が撮れたらイイだろうなと、いつも憧れている。
さようなら、東松照明。なんだかさみしい気分です。

読者諸君、失礼する。俺の好きな年寄りは、最近次々と死んで行っているような気がするよ。

2013/01/06

Post #689 Porte de Clignancourt,Paris

Paris
いろいろとやってるうちに、もう今日はこんな時間だ。
今日は仕事が休みだったので、静岡の町に出かけて本屋に行ったり、県立美術館に足を運んで、インカ帝国展なんか見ちゃったりして、結構充実して暮らしていたんだが・・・。
本屋で、写真関係の本を物色していた。
テクニックに関する本が山ほどある。しかし、今時モノクロプリントのテクニックに関して深く突っ込んで教えてくれるような本はない。いまどき写真と言えばデジタルが当たり前だからだ。
俺はこれといって誰かに教わった訳でもないけれど、自分の写真のスタイルからすれば、機材も撮影の方法も、そしてプリントも、今更何かを読み込んで学ぶようなことは無いように感じている。
ある意味、自分のスタイルが(我流ではたから見るとおかしなものかもしれないけれど)確立しているのだ。
誰かに教えられることなんか、たかが知れている。
俺は、かつてキース・ムーンが『俺はキース・ムーン・スタイルの世界最高のドラマーなんだ!』といったように、スパークス流の世界最高であればいいと思っている。
けれど、切望しているのは、光をもっと巧く扱えるようになることだ。
光に感応して写真を撮り、その光を印画紙の上にもっと巧みに表現できるようになりたいと、心の底から切望している。写真は光と影によって描かれるものなのだから。
読者諸君、失礼する。

2013/01/05

Post #688 ビジネスホテルの小さな部屋で

Osaka
出張中のホテルの部屋で俺はブログを書いている。
今日は単に打合せだけだったから、夕方にはホテルに戻り、やることもこれと言ってない。しかも、明日は日曜なので、現場も休みだ。何をして暮らしたらいいんだ。
不要な散財をしないように、まわりに写真のような楽しげな界隈の無い良い子の住んでる良い街を選んだのさ。賢明な俺だ!なんといってもここはちびまるこの舞台となった清水だからな。そんな青少年によろしくないようなお店は、見当たらない。それどころか土曜日だというのに、夕方5時過ぎには商店街の人通りもまばらだ。退屈しのぎにカメラを持ってぶらついてみたが、何も撮ることなく、早々に西友によって弁当を買い込み、ホテルに戻ってがつがつと食うと、やることはもうなくなってしまった。味気ないとはこういうことだ。
これが大阪だの東京だと、思わずカメラを持って夜の繁華街をぶらつき、こんなおねーさんなんかを写真におさめ、ついでに一杯やって独りでどんちゃん騒ぎということにもなりかねんのだが、それで残るのは後悔と写真だけだ。
去年は赤字だったので、そんなことになったらダメージが大きすぎる。だからこそ、この街に宿を撮ることにしたのだ。おかげで、初日から夕食は西友の“満足洋食弁当、タイムサービス10%値引きします”だ。味気ないとはこういうことだ。
だから、夜は長い。TVをつけることもなく、ネットでニュースなんかを見ながら暮らしている。
本当は、やるべきことは山ほどなんだが、この旅先の部屋では何ともしようがない。
そんなものさ。
いつも、出張でみしらぬ街に泊まると、この街には一人の知己もいないことを思い知らされて、やるせないような寂しいような気分になる。そういうところは俺も人並みだ。俺がブログをはじめたのが、出張先のウィークリーマンションだったのもうなずけるというものだ。
ふと、すっかり暗くなった交差点を渡るとき、いったいぜんたい、俺はどうしてこんなところで、こんなことをしているのかって、悲しくなるような疑問が胸の奥から突き上げてくる。
いやぁ、それは仕事だからでしょ、とかいうことじゃなくって、その、なんだ、もっとこう根本的にですね、自分の人生に数々あったであろう分岐点をですねぇ、その都度その都度、成り行きと目先の利益に釣られて選んで、その挙句として、こんなところで侘しくあてどなく街をぶらつくようなおっさんに成り下がってしまったのかという、悔恨痛恨の思いがふつふつと胸の奥から湧いて出てくるのであるよ。
あぁ、高校生の頃は、自分はなんにでもなれると思っていた。世の中と人生を舐めていたんだ。
けれど、今思えばとんだ中二病だったと思えてくるぜ。なんてったって、バビル2世くらいは楽勝だと思っていたからな。未来は無限の可能性に満ちていたし、自分には何か才能があると楽観的に思い込んでいた。バブル景気真っ最中で、将来はバラ色や桃色に輝いているように感じていたぜ。
もっとも、当時からあんたはサラリーマンには向いてないねって言われていたけれど、まさかここまで向いていないとは思ってもみなかった。
その挙句が、これか・・・。
まぁ、今更やり直せるようなもんでもないけど、もうちょっと何とかしたいねぇ。忙しくっても儲からないしね。とはいえ、誰かの手下になってへいこらしてるわけじゃないからまだイイと言えばイイんだけどね。
うむ、この出張中、少しばかり自分がどこで道を誤ったのか、思い出してみるのもいいかもしれないな。とはいえ、後悔すれども反省せずの俺だから、単なる暇潰しになるのは目に見えているぜ。
読者諸君、失礼する。 

2013/01/04

Post #687 Jalan Legan,Bali,Midnight

Kuta,Bali
明日から静岡に出張だというのに、帳簿がまとまらない。
頭の中はとんでもなく煮詰まっている。俺は、どうにも数字が苦手なんだ。直感とか感覚とかで生きているようだ。インド人のようにはサクサク暗算できるようなタイプじゃないんだ。抽象的なモノも苦手のようだ。具体的で感覚的なモノを志向するアジアの民なんだ。
どうせ、赤字だからそんなに一生懸命やっても報われないのが悲しいんだけどね。

読者諸君、今夜もとっとと失礼させていただくぜ。
今年ものっけから心安らかとはいかないなぁ・・・。

2013/01/03

2013/01/02

Post #685 At Hawkers,Singapore

SIngapore
新年。この先何事もなかったと仮定して、ボケもせず、つまり確固たる自意識を保持したままでこの地球にいられるのは、おおよそあと残すところ25年と気が付き、慄然とする。
ことによると、それは15年かもしれないし、5年かもしれない。
どっちにせよ短い時間しか残っていない。人としてやり残したことは山ほどある。このまま昨日と同じ明日が来る保障などない。
正月早々なんだが、人生は一寸先は闇だ。
しかし25年か・・・。あっという間だ。
そこから逆算して、いろいろと重く暗い決意を新年の抱負として抱く。
いささか人には言えないかもしれないな。
それが結果自分を幸福にするか、不幸にするのかはわからない。
しかし、人生はそんなもんだろう。
目隠しして壺を振る、危うい丁半博打のようだ。

読者諸君、失礼する。

2013/01/01

Post # 684 A Happy New Year 2013

Singapore
読者諸君、新年明けましておめでとうございます。
旧年中のご厚誼に感謝いたします。
本年もよろしくお願いいたします。とはいえ、やってることは去年と何ら変わりないだろうから、変な期待は抜きにして、お付き合いくださると幸いです。
では、今夜はこれで失礼いたす。