2013/01/29

Post #711 What's Strength For Us?

HomeTown
強さとは何か?
税務署に申告書類を出し終わって、多少肩の荷が下りたところで、ふと考える。
空手バカ一代や全盛期のアントニオ猪木を見て育った子供の頃の俺にとっては、それは腕っぷしの強さだった。北斗の拳を見てみるがいい。強さは正義だった。しかし、どれほど強くなろうが、人間は一発の銃弾で絶命してしまうか弱い生き物だ。そうじゃないかい?
そこで、人間は武器を取るわけだ。
俺も昔、カミさんと喧嘩して、包丁持って追いかけてくるカミさんから、全力で走って逃げたことがある。まぁ、体格差を顧慮すれば、まずまずのアドバンテージだが、さすがに命に関る。近所のばあさんに、夫婦げんかで警察呼ばれたのはあんたたちじゃろうって、からかわれたっけな。もう15年くらい前の話しだよ。
包丁よりも、拳銃のほうが威力もあるし、スマートだ。
当然のことながら、拳銃よりもマシンガンのほうが、マシンガンよりも、戦車のほうが、戦車よりも戦闘機、以下ミサイル、核兵器と、まったくきりがないぜ。下らない。しかし、それが強さだと信じている連中は世界中にゴロゴロしている。朝鮮半島辺りにもそんな3代目が、出来そこないの核兵器をひけらかして、強がっている。客観的に考えれば、阿呆だと思える。鉄パイプを持って歩いているヤンキーとさして変わらない。待てよ、そういやそんなの最近見ないな。日本の若者も賢くなったってことか。

もう少し、現実的な強さを考えてみる。
格差社会の昨今では、それはやはり資本力だろうか?金庫のなかでブンブンとうなるほど金があれば、それは結構なこったろう。憧れるぜ。金を持っていれば、我慢しなくてもいいだろうし、口うるさい連中も、揉み手で愛想笑いを浮かべてくれるだろう。金があれば、権力だって手に入りそうだ。
それで行けば、俺は激弱だ。どっかのバカが、俺のことを『自分一人食ってくだけで精いっぱいのクソ野郎』と評してくれたが、まったくその通りだ。本当過ぎて落ち込んでしまうわ。こんな失礼な、心のこもった言葉をかけてくれた奴のことを、俺は一生許さないがね。
しかし、それが本当の強さなのだろうか?
俺は正直に言って、腕っぷしの強さや使い道に困るほどの金に憧れないことはないけれど、そういった力を振りかざし、力の無い者を見下したり、力づくで従わせたりするのは、どうにも性に合わない。いけ好かないというか、そういう力に対して、反骨精神を発揮してしまいたくなる。俺にも意地があるのだ。正面から当たって行ったら、暴力や資本力、あるいは権力によってゴキブリのように叩き潰されてしまうだろうから、斜めからおちょくってみたり、悪態をついてみたりするのがイイだろう。
もし力があるのなら、自分よりも力の無い人のために、少しは使ってみるのがいいんじゃないのか?そうじゃなかったら、北斗の拳に出てくるラオウの手下どもと何ら変わらんじゃないか?
そういや、フィリップ・マーロー(元祖ハードボイルド探偵小説の主人公だよ。作者はレイモンド・チャンド―だよ)のセリフでもあったっけな。
『強くなければ生きてゆけない。優しくなければ、生きていく資格がない』
かっちょイイ~!

強さの概念は、きっと人の数だけあることだろう。そうだろう、なんせこれは抽象的な概念なんだからな。
俺ならば、困難な状況に置かれたとき、奥歯を噛んで耐え忍び、這いずりまわってでも活路を見い出して、自分の力で一歩一歩すすんでいける、そんな強さが欲しいと思うんだ。なんてったって、人間が生きることが困難を伴わなかった時代なんて、今まであった例はないからな。

読者諸君、失礼する。俺達は自分のポジションから逃げることはできない。立ち向かうしかないんだ。 

0 件のコメント:

コメントを投稿