2013/02/07

Post #720 AMERICAN PHOTGRAPHS

Tokyo
俺が最近買った写真集はアラーキーだけではないんだぜ。
俺にはストレスが溜まると、そのストレスを小出しにして発散するかのように、写真集を買う習性がある。
以前はCDだった。おかげでCDは800枚くらいはあるんじゃないだろうか?中古カメラやレンズがその役割を担っていたときもある。あるいはまた、パイソンの靴とかね。
この不経済な習性のおかげさんで、俺の小さな家はガラクタで溢れかえっているんだ。壁にはアラーキーや森山大道、東松照明や安井仲治の写真のポスターがあちこちに貼られている。まるでいつまでたってもマニアックな大学生の部屋のようだとよく言われるぜ。
そんな環境はかなり落ち着くが、俺が死んだ後、ゴミになってしまうのは、いささか寂しいもんだ。だから、最近は自分が死んだとき、葬儀の参加賞として参列者の皆様に配ろうかとも考えている。
俺の遺体を焼き場で焼いてる間に、ビンゴでもしてもらって、このガラクタどもを生きてる連中に押し付けよう。
何といっても、皆に盛り上がってもらいたいってもんだ。俺は湿っぽいのはどうにも隙になれない性質なんでね。
閑話休題だ。
俺はいつも脱線する。線路の無いところを走ってる電車みたいな男なんだ、勘弁してくれ。

俺は先日、ウォーカー・エヴァンズの写真史に残る古典的名作『アメリカン・フォトグラフス』を買ったんだ。まだばあさんが死んでしまう前、静岡に出張していたときに、ふと欲しくなってね、日曜日に静岡の主だった本屋を回って探してみたんだが、見つからないんでアマゾンにオーダーし、ホテルのそばのコンビニで受け取ったんだ。仕方ないだろう、欲しくてたまらなかったんだ。
1938年、まだ発足して間もないMOMA、つまりニューヨーク近代美術館から発刊された写真集の復刻版だ。
エヴァンズは若い頃、パリに渡り、ソルボンヌ大学で学んだ。作家になるつもりでアメリカに戻ってきたが、彼は写真家になった。写真に呼ばれてしまった人なんだろう。
Walker Evans American Photgraphs
  エヴァンズの写真を決定付けたのは、間違いなく1930年代に参加したFSAプロジェクトだ。
当時、アメリカは世界大恐慌の影響で、深刻な危機に陥っていた。この頃、ルーズベルト大統領が、ダムを造ったりだのなんだかんだ財政出動を行い景気回復を目指したニューディール政策ってのは、有名だ。80年ほどたった今でも、ニッポンの政治家や官僚の皆さんは、その方法が大好きだ。今回も国土強靭化の美名の元に、福祉を削って公共事業にぶっ混むわけだ!人からコンクリートだぜ!貧乏人は死んじまえって言わんばかりだな。
しかし、当時のアメリカ人はしっかりしていた。
FSAつまりアメリカ農業安定局という役所の担当者ロイ・ストライカーは、大恐慌の影響で深刻な打撃を受けた南部農村地帯の惨状を記録するために、(そしてそれは、未だかつて行われたことのない政策の効果を検証する側面もあったことだろうよ)何人もの写真家を雇い、南部の農村地帯に派遣した。
セオドア・ヤング、ドロシア・ラング、ベン・シャーンなど、多くの優れた写真家が国家的プロジェクトに駆り出された。彼らは、お互いに影響を与えあいながら、優れたドキュメンタリー写真を、演出を排したストレートフォトグラフィーの傑作を生み出した。
ウォーカー・エヴァンズは、このFSAプロジェクトの写真家のなかでも、とりわけ名高い存在だ。
そのプロジェクトに参画するなかで撮られた写真を中心に、この傑作写真集『アメリカン・フォトグラフス』は編まれている。
そして、ここには素晴らしいスナップ写真が多くおさめられている。
 
毛皮の襟巻きを身に付けたニューヨーク6番街42丁目の黒人女性。
ニューヨーク、フルトン街の女性は厳しい表情で何かを見つめている。
仕事もなくそこいらに座り込み途方にくれる男たち。
どこかの店先で、着の身着のままで眠る労働者。
破られたポスター。
白いスーツに身を包んだクールな黒人男性(これは『ハバナの下町の市民』として、知られている)。
そして何よりも、エヴァンズの代表作、まだ20代なのに乾ききったかのように疲れはてた表情を浮かべる南部の小作人の妻アニー・メイ・グシャーのポートレイト。
未曽有の不況の中、エヴァンズによって記録された写真は、ある意味で、不景気のどん底にあえぐ21世紀の俺達にも、訴えかけるものがあると、俺は思ってる。トンデモなく雄弁だ。だからいてもたってもいられなくて、出張で手に入れたのさ。確かにこの写真集は発刊以来75年を経た古典中の古典だけれど、文学でも音楽でも、そして写真でも、古典をないがしろにしてはいけない。個展を踏まえないと、前には進めないんだ。まさに、過去から未来がやってくるのだ。
読者諸君、失礼する。今日はサラリーマンのメッカ、新橋まで出張した。そこは不景気のどん底を這いずりまわるサラリーマンのおっさんであふれかえっていた。右翼のおじさんは、今日が北方領土の日だってんで、淡々と語り続けていた。サラリーマンのおっさんたちは、それには目もくれず、喫煙所にひしめき合うように、身を寄せ合うようにして、タバコを吸っていた。
俺はフィルムで靴磨きの老婆や、浮浪者みたいなおっさんを撮り続けていた。
この不景気のどん底で、写真を撮っておくことは、意義深いことだと俺には思えたんでね。

まぁ、今日はそんなところさ。御機嫌よう。 

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