2013/05/31

Post #831 世界の車窓から ONCF その3

Morocco 
世界の車窓から、今日もモロッコ国鉄ONCF、マラッケシュ~カサブランカ間の車窓をお楽しみください。
窓の外に、小さな町が見えてきました。どんな人たちが住んでいるのでしょうか・・・。
しかし、電車は止まりません。私たちには想像するしかないのです。
読者諸君、失礼する。

2013/05/30

Post #830 世界の車窓から ONCF その2

Morocco
今日も、モロッコ国鉄ONCFの車窓からの景色をお楽しみください。
なんか、手抜きっぽいけど、しばらくこれでいこう!
読者諸君、失礼する。

2013/05/29

Post #829 世界の車窓から ONCF その1

Morocco
世界の車窓から。
今日はモロッコ国鉄ONCF、マラケシュ~カサブランカの車窓をお楽しみください。
読者諸君、失礼する

2013/05/28

Post #828

Essaouira,Morocco
昨日も、ヒマに任せてプリント、32カット。出来は今一つか。
仕方ない、上手くいくときもあれば、ダメな時もある。それが人生だ。ロックンロールだ。
読者諸君、失礼する。

2013/05/27

Post #827

Little India,Singapore
ふと、思いついてカミさんと犬山までドライブした。俺の家からはほんの20キロほどだ。近いんだけど、何年も行っていないからな。
近年すっかり整備された感のある城下町をぶらつき、菜飯田楽なんか喰ったりした。面白い爺さんにとっ捕まって、ながなが話を聞かされたり、『殿ォ~!一大事でござる』とか言いながら、犬山城を駆け上り、駆け下りで、なんだかすっかり疲れたよ。
写真はもちろん、犬山ではない。シンガポールのリトル・インディアだ。写真は挿絵ではないので、問題ない。二つのメディアがあるのに、どうして同じことを伝えにゃならないんだ?
読者諸君、失礼する。

2013/05/26

Post #826

Essaouira,Morocco
空一面に、鳥が狂ったように舞っている。
夢のような風景。
読者諸君、失礼する。

2013/05/25

Post #825 徒労感にまみれる

Singapore
車の保険の免責10万円を払いに行こうと車に乗り込むと、うんともすんとも言わない。
バッテリーがダメになってしまっているようだ。
ついてないぜ、まったく。
弱り目に祟り目だ。
不本意ながら、バッテリーを交換する。
請求書を見て、腰が抜けそうになる。気になるお値段、工賃込の36,000円!
このおれの人生、いつだって、金策に走り回る羽目になるものさ。
まるで、落語の熊さん八つぁんみたいだ。冗談じゃないぜ。
そんなイロイロをかたずけて、心底うんざりし、家に引きこもり、プリントをする。
平日の昼間から引き籠ってプリントしているってことが、即ちヒマだってことだ。
それは、いずれ資金繰りが悪化するということに他ならない・・・。
それを考えると、不安になってくるが、風が凪いでいる時に、舟をこぎ出しても仕方がないんだと、自分に言い聞かせる。
旅行に備えて、フィルムだって結構な本数揃えておく必要があるというのに・・・。
そろそろ、市県民税も払わなけりゃならんしな・・・。
まいったなぁ・・・・。
そもそも、こんなプリントしたって、誰が見てるんだよ・・・。
ブログのPVは、ロシアやポーランド、ウクライナだの殻のリファラースパムばかりだ。
追跡すると、もれなく名古屋の欲求不満の女と、ライブチャットが楽しめるという素敵なご案内だ、クソッ!
そんなことを考えながら、41カット。
ふと、暗室の中、我に返り、そもそもこの営みそのものが徒労なんじゃないかって、思う。
まぁ、どうでもイイか。写真も人生も、どうせ暇潰しだ。

読者諸君、失礼する。

2013/05/24

Post #824


Ubud,Bali,Indonesia
思いっきりヒマでござる。
読者諸君、失礼いたす。

2013/05/23

Post #823

Jogjakarta,Indonesia
昨日は、朝イチから新幹線に乗り込んで新宿に向かい、仕事関係者に落ち合った。
ブログばかり書いてるせいか、2時間近く寝坊してしまったのだが、何とか30分のロスで済んだのは幸いだったといえるだろう。
で、そこからすぐに特急かいじに乗って、甲府まで仕事の下見に行き、今度はそのまま中央線をスーパーあずさで松本まで、そして松本から名古屋まで特急しなのでといった具合で、とんぼ返りで戻ってきた。いったいぜんたいどれだけ動けば気が済むんだよってくらいだったんだ。仕事1時間、移動は計10時間ほどにもなっただろうか?何をしたって訳でもないが、なんだか疲れたよ。
窓の外では、ヤンキーがブイブイ走り回っている。愚かな奴らだぜ。自己表現の方法を、他に思いつかないんだろう。思えば哀れなことよのう。

読者諸君、失礼する。

2013/05/22

Post #822 つまりはそういうことさ

Little India,Singapore
古い洋楽をかけながら、窓を開け放して車を走らせていた。
いい気分だ。マーサ・アンド・ヴァンデラス、マービン・ゲイ、ザ・バンド、ジョン・リー・フッカー、ハウリング・ウルフ、エタ・ジェイムス・・・・。どれもシンプルで厚みのある音だ。それぞれのグルーヴの中に、ブルースが流れている。うむ、しっかりと地に足がついてる感じがするぜ。
しかし、今時こんなの聴く奴なんて、どこにいるっていうんだ?
こんなに素敵な音楽を知らないなんて、残念な話なんだが・・・。
どいつもこいつも、AKBを聴いてるのか?それともきゃりーぱみゅぱみゅかよ?俺の仕事の関係の職人さんには、仕事中ずっとKARAを聴きながら仕事をしてる奴もいる。あれは正直言って、俺にはかなりこたえる。

しかし、仕方ない、時代にあっていないのだ。俺も、俺の好きな音楽も。はっきり言えば、時代遅れなのさ。
どんなに素晴らしいモノでも、新しいモノを売るためには、それより前のものは、古臭くて陳腐だってことにしていかなけりゃ話にならないのさ。たとえそれが、どんなにタイムレスで素晴らしいモノであってもね。なにしろ人びとは飽きっぽいんだ。よっぽど好きじゃないと、次から次に消費していくだけだ。
そして、以前の流行を人々の頭から追い出すために、次から次に、より刺激の強いモノが送り込まれてくる。早いリズム、強烈なビート、やたらと転調が多いひねくりまわしたようなメロディー、挙句の果てには何を言ってるのか、何を伝えたいのか、さっぱりわからない予定調和の歌詞。
俺にはついて行けないぜ。ついて行く気もないけどね。

まぁ、俺の写真も、そうなんだろうな。
俺の写真が素晴らしいかどうかは別にして、流行じゃないんだ、フィルムでモノクロで自家現像なんて。時流に取り残されてるんだ。それがいくら、写真の根本であり究極であると言ってもね。
画像処理しまくったような鮮やかな写真が皆さんのお気に入りなら、俺の写真はお呼びでない、こりゃまた失礼、てぇカンジだ。

俺からすれば、その手の写真と俺の写真は、野球とベースボールくらい違う。いや、野球とクリケットか?どっちでもイイさ。つまりはそういうことさ。

かつて、写真てのは、かなり特殊な趣味だった。
だいたいカメラ自体がとんでもなく高かった。家や車並みに高かった時代もあった。しかも知識と経験に裏打ちされた技術が無ければ、マトモな写真はとれなかった。
しかし、今では誰でも携帯電話でキレーな写真が撮れるんだ、けっこうな時代になったもんだよ。
だが、本当の問題は、技術や経験、機材の問題ではなかったんじゃないかと思う。
それだけの時間とカネとジョーネツをつぎ込んでまで、何故写真を撮るのかという、動機の部分だったようにも思える。
もちろん、ケータイでキレーな写真が撮れ、それが瞬間的に世界中に共有することができるこの21世紀には、写真に動機はいらない。何故と問いを発する前に、もうケータイで撮ってるんだからな。
誰もがイメージ通りの風景を撮り、キレーだと盛り上がり、目の前の猫を撮り、可愛いと盛り上がり、食い物の写真を撮っては、おいしそうと盛り上がる。

世界中に、安い共感が広がっていく。広がっては行くが、深まってはいかないんじゃないのかい。地に足がついていないように思えるのは俺だけかい?

そんなこと言ってると、世間からジジイ扱いされちまうぜ。いや、今時はGさんたちだって、フォトショップを使いこなして、せっせと電線を消したりしてることだろう。驚くぜ。
自分のイメージ通りの世界を、写真に撮りたいってのは分からなくはないけれど、世界に対して、素直に向き合い、その光を受け止めるってのが、写真だと思ってるんだがな。
新たな現実に直面するときにこそ、その出会いによって自らの自意識が解体され、瞬間的に再構築されるというのに・・・。
まぁ、誰もそんなこと考えて写真なんか撮らんか?

まぁイイさ。俺は商売でやってるわけでもないんだから、流行じゃないからって、止めるつもりもないし、時流におもねるつもりもないのさ。
だって、俺自身が好きでやってるんだからな。
まぁ、所詮は人生の暇潰しさ。

読者諸君、失礼する。俺はいつも自問自答するんだ。何故、写真を撮るのかって。好きだからじゃ、答えにはならないんぜ。そこが難しいとこさ。 

2013/05/21

Post #821 Shrimp And Noodle

Singapore
ついさっき、仕事を終えて帰ってきた。
飯を喰らい、食器を片づけることもなく、ゴロリと床に横たわる。このまま、眠ってしまいたいが、そうもいかない。書類を作ったり、メールを送ったりしなけりゃならないんだ。
いや、少しくらい眠ってもイイんじゃないかなぁ・・・。
まぁ、どっちだっていいや。どっちにしろ、命まで取られるわけでもないしな。

可愛くもなく、キレイでもない、特別なことが写っているわけでもない。
ただ、自分の眼前にあるものを、フィルムにおさめ、暫くの間、撮ったことすら忘れるほどに放置して、自分のうちに沈潜させ、時を置いてモノクロプリントする。
俺はニンゲンに興味津々で、自分のまわりの世界の断片を拾い集める、映像的なクズ拾いなんだ。
白と黒からなるモノクロ写真にしてしまうことで、俺の私的な経験は、経験の持つ生々しさが脱色され、どこか抽象性を帯びるようにも思える。
抽象性を帯びることで、それはある種の最小公倍数的な普遍性を持つにいたりはしないかなと、夢想したりもする。
それを自分の写真の流儀とすることで、世の中のいわゆる写真の大潮流に、独り逆らってみたく思うのさ。

可愛いだけの猫の写真は、見飽きた。
あり得ないような彩度の、目にも鮮やかな風景写真は、見飽きた。
風呂屋の書き割りのような予定調和のとれた写真は、見飽きた。
誰かの食った昼飯の写真も、見飽きた。
自意識過剰な自分撮り写真も、見飽きた。

そして、読者諸君はどうだろう?
毎度まいど、意味の分からないようなモノクロ写真は見飽きただろうか?
OK、そういう人もいるだろう。
けどこう見えて、俺は自分じゃけっこう面白がってるんだぜ。どうせ人生にも写真にも、たいそうな意味なんてありゃしないんだよ。

読者諸君、失礼する。

2013/05/20

Post #820

Singapore
サマードレスの女の子を見ると、心が弾むね。
読者諸君、失礼する。

2013/05/19

Post #819 "1968"

Fes,Morocco
今夜は久々に現場に出撃だ。怠けて暮らしていたわけではないが、やっておくべきことが山盛りだ。仕方ない。どんな小さな仕事でも、やはり乗り込みの時には不安と慄きが胸中に渦巻いているもんだ。遊びじゃないんだからな。仕事で動くからには、きっちり成果を出さなけりゃならないんだ。
それが玄人っちゅうもんだ。
ここんところ、俺の住んでるアパートの外壁工事が行われている。窓の外には足場が組まれ、職人さんがごそごそやっている。落ち着かないもんだ。けっ、せんずりもこけやしねぇぜ。
仕方なくカミさんと近所のショッピングモールに出かけ、夏向きの服なんか買ってきてしまった。思わぬ消費刺激策だ。
で、家に帰ってみると東京のお客さんから安全大会のお知らせが届いていた。
6月28日に、原宿の明治神宮にある会館で、年に一度の安全講習会をやるから出席しろとのお達しだった。うむ、このお客さん、最近めっきり仕事が減ってるんで、あまり気は進まないんだが、これも大人の付き合いだ。仕方ない、はるばる東京まで行くついでに、恵比寿の東京都写真美術館でもよって、なんか見てくるか?ちょうど金曜日だからあそこは夜8時まで開館しているしな、なんて道楽方面には頭の回転が良くなる俺だ。
さっそく、写美のサイトをチェックしてみると、これは実に俺向きの展示をやってやがるぜ!これはこっちがメインで、安全大会がついでになりそうだな・・・。

『日本写真の1968』
http://syabi.com/contents/exhibition/topic-1870.html
詳しくはリンクを見て欲しいものだけど、1968年という、日本の写真にとって重要なターニングポイントを基軸にして、300点近い写真が展示されているという。
まずは、東松照明を中心に多木浩二、内藤正敏、中平卓馬らが埋もれていた明治以来100年の写真を集めた「写真100年-日本人による写真表現の歴史展」。
そしてこの時の多木と中平の出会いから生み出されたアレ、ブレ、ボケで有名な「PROVOKE」(これについては、このブログでも何度も取り上げているので、興味のある読者諸氏はサイドバーで検索してくださいな)。
70年安保闘争に呼応するかのように、その闘争の過程が内側から撮影された「写真の叛乱」。
そして牛腸茂雄や鈴木清、荒木経惟によって『なんでもないこと、極めて私的なことが写真になりうる』という、今では当たり前のようなことが当たり前ではなかった時代に発表された「コンテンポラリー写真」。
どれも現在の日本で写真を撮っている以上、避けることのできない重要なテーマだ。もちろん、自分の食った昼飯をSNSにアップするだけの写真とて、この豊穣にして肥沃なる1968年という時期に源を発していると言っても過言ではないと思うぜ。
1968年。
この年食った俺ですら、オフクロの腹の中だった。いや、ひょっとするとまだオヤジの金玉の中だったかもしれない。けれど、その時期こそ、アメリカともヨーロッパともどこか違う肌触りの日本の写真の確立期だったんだと思っている。そして、折に触れて俺は、その頃の写真の地平の上にこそ、自分が撮ってる写真が乗っかっていることを感じている。お釈迦様の手の上の孫悟空のように、どこまで離れてみたと思っても、そこから抜け出せないんだ。
見たい、どうしても行きたい。今すぐにでも行きたいくらいだ。
しかし、まだしばらく我慢だ。東京まで出向くのも、なんか口実がないとな。金だってかかるし。
てなわけで、そん時は仕事と称して道楽だ。

読者諸君、失礼する。いつまでも遊んじゃいられないのさ。

2013/05/18

Post #818 Flag

Kuta,Bali,Indonesia
昨日に引き続いて、バリ島クタビーチの夕暮れ時。
風にたなびく旗を見かけて、思わずメープルソープのボロボロの星条旗の写真を思い出して撮ってみたんですが、まったくオレ流になってしまった。
思い起こしてみれば、この国がおかしくなっってきたのも、2001年の同時多発テロに続く、アフガン侵攻、イラク侵攻のあたりで、アメリカさんから“Show The Flag!”とか言われたくらいからだったように思える。
アメリカをはじめとする連合国に押し付けられたという憲法を改正し、アメリカさんの戦争の片棒を担げるような軍隊を持ちたいとは、これ如何に?
読者諸君、失礼する。

2013/05/17

Post #817 水平線の終りには・・・

Kuta,Bali,Indonesia
四方を海に囲まれたこの日本の国では、古来、常世の国、ニライカナイ、補陀落浄土など、海の向こうの海上他界の存在が信じられてきた。
フィリピンから、インドネシア、パプアニューギニア沿岸部、そしてニュージーランドやポリネシア諸島に至る広範な太平洋の島々にすむ人々は、かつて台湾あたりから小さなアウトリガー船、つまり船の横に船の姿勢を安定させるための構造物を設けた船で、水平線の終わりを目指して漕ぎ出していった人々の末裔だ。
このヤポネシア=日本列島にも、ひょっとするとそんな人々が黒潮に乗ってきて、日本人のルーツの一つになっているかもしれない。

余りにくだらない低レベルな憲法改悪論議が、人気絶好調の自民党の皆さんによって繰り広げられている状況にうんざりした俺は、自分御プリントした写真をしみじみと眺めながら、ふと、水平線の終わりにあるという、海のかなたの異界へと思いを馳せる。
ふと、海のトリトンの主題歌なんかが口をついちゃったりもする。
(若い人は知らないだろう。手塚治虫先生原作の大昔のマンガだ。海のトリトン、デビルマン、仮面ライダー、バビル二世、カムイ・・・。大切なことはみんなマンガから教わった。昔のヒーローはなぜかみんな孤独な存在だった。馴れ合うことの格好悪さよ。)

論語の公冶長篇に七に『子曰く、道行われず、筏に乗りて海に浮かばん』とある。
礼治主義とでもいうべき孔子の理想を受け入れて登用してくれる国もありそうにないので、うんざりした孔子は、いっそ東の海に筏を浮かべて亡命しようかなぁなんて考えたって話だ。
理想主義ってのは、いつの時代も現実に打ちのめされるものだ。

時代を先取りしている我が国の憲法は、理想主義的であり過ぎると、自民党のセンセー諸氏をはじめとする多くの人々から憎まれている。現実に対応していないという訳だ。
OK、俺が思うに理想とは、現実の闇路を照らす、小さな灯だ。灯りを捨ててはいけない。
しかし悪いことに、かつての友愛総理のおかげで、人々は理想ってものを胡散臭く感じている。大盤振る舞いの景気対策で、国民に銭を回してやれば、易々と憲法改正も出来そうな勢いだ。
だが、どうにも俺には立憲主義の根本もわきまえず、憲法を好き勝手に改変し、国民の自由と安全を脅かし、俺達国民を仕切ろうとする権力欲に取りつかれた歴史修正主義者が、大手を振って跋扈するこの国は、どうにもこうにも息苦しい。
奴らのいいようにさせていたなら、そのうちに、公の秩序を乱すと言って、言論も表現も取り締まられるようになるだろう。公おおやけって、奴らはお題目のように言うけれど、奴らの言う公ってのは、自分たちが真ん中に居座った統治機構、官僚のピラミッド、そして税を納め、消費する存在としての国民という、自分たちにまことにご都合のよろしい秩序なんじぁござんせんか?
こんなことを許していたら、そのうち政府の方針に異を唱えると、大杉栄のように拉致されて、惨殺されたりすることだって、ありえるんだぜ。それも、憲法の名のもとに。
まさかと思うかもしれないが、あり得ない話じゃない。あの事件は大正デモクラシーの真っただ中に起きたんだ。冗談じゃないぜ。
いやいや、そうなりゃこんな俺でも危ないかもしれないな。アメリカだかスェーデンに亡命することを考えておかなけりゃならないぜ。このおれが難民かよ。

憲法ってのは、この国家の根本原則であって、時の権力者の横暴を防ぐためのものだ。
それをやすやすと、時の権力者たちが数を恃んで、勉強不足の自分たちの気に入るように、都合よく改変するなんてことが、許されていいはずがない。

しかし、果たして俺達にその流れを食い止めることができるだろうか?
いいかい、権力という猛犬の鎖を一度でも緩めたら、それは飼い主たる国民にいつ牙をむくかわからないんだぜ。権力者を信用してはいけない。奴らはこの21世紀に巣食う貴族階級みたいな奴らだ。ガキの頃から、誰かに頭を下げたこともない奴らなんだ。みんな、分かってるのかよ?選挙で選ばれたっていっても、日本の選挙は、未だに地盤看板カバンと三拍子そろってないと当選できないんだぜ。世襲制の貴族じゃなけりゃ、当選できない仕組みなのさ。
不安だ。その辺のおっさんやおばさんですら、意味も分からずアベノミクスとやらに期待している。未だに何の利益も得ちゃいないくせにだ。まったく、自民党の勢いはとどまるところを知らないかのようだ。橋下市長さんの売買春奨励発言や、慰安婦しょうがない論のとんでもなさを以てしても、その勢いを止めることはできそうにない。
このままいったら、国籍問わず数百万人の軍人民間人の犠牲によって得ることのできた、我が国の憲法は、改悪されてしまうだろう。
そうなったら、先の大戦における数百万の犠牲者は、まったく犬死だったちゅうこった。それこそ、靖国の英霊の皆さんに申し訳がないってもんだ。

で、仕方なく俺も、水平線の終わりに思いを馳せるわけだ。

しかし、かつての先祖たちのように、水平線の終わりに広がる、まだ見ぬ異界を目指したところで、この21世紀、それぞれに問題を抱えた国に辿り着くしかない。一歩間違えれば、辿り着いた先はとんだ独裁国家だったりもするから要注意だ。
そして、どこに上陸するためにも、この日本の国のパスポートがなけりゃならないんだ。
世界には、もう見果てぬロマンなんか、どこにもないってことさ。
ブコウスキーも言っていたっけ。
『世の中には、悪い政府と、より悪い政府の二つしかない』ってね。
つまり、自分の今いるところを、死守するしかないってことさ。

読者諸君、失礼する。
俺は、今まで自民党に投票したことは、一度たりともない。もちろん、今度の夏の参院選も、まったく奴らに投票する気はないんだ。

2013/05/16

Post #816 けだるい女のふくらはぎ

Singapore
昨日は去年の正月に行ったモロッコの写真を38枚プリントしたんだが、どうにもこうにも仕事の電話が次々入ってくるので、思うように集中出来やしない。
まったく、困ったもんだ。
で、これは一昨日にプリントしたシンガポールでの一枚だ。
ネガを見ている時には、焼こうとは思ってなかったんだけど、何の気なしにキャリアに入れてみてみたら、どうにもおネーちゃんの気怠そうな表情と、むっちりしたふくらはぎがイイ感じというか、無性にそそるんでプリントしてみたという、気まぐれな一枚だ。
俺は気に入ってるんだがね。君はどうだい?もっとも、一般的な世間の写真のヒョーカ基準とは、随分ずれているからな。解る奴には解かる。解らない奴には、わからない。それでイイのだ。
わからない向きは、やたら色彩のけばけばしい写真を見て、キレイ!とかAmazing!とか言ってみたり、猫だか犬だかの写真を見て、カワイイ!とかCute!とか言っていればイイ。
俺の写真はその手の感性の方に向いているわけではないんでね。そんな風に俺の写真が皆さんに安っぽく評価されるのも、ゴメン蒙るよ。あくまでGoing My Wayだ。
なんてたって、俺は自分の写真こそ、ストリートスナップの正統派でモノクロ写真の自然主義者だと思ってるんだからな。
そう、俺は俺のスタイルに関して言えば、世界最高の道楽写真家なのさ。恐れ入ったかい?

そういえば、以前『あんまり足はキレーじゃないけど、私の写真撮ってくれますか?』って言ってた読者さんがおいでであったが、その後彼女はどうしていることだろう。以来、コメントもないしな。
結構忙しかったので、俺もサラリと流してしまったが、こうヒマになってくると、しっかり打ち合わせて写真撮らせてもらえばよかったかなぁ・・・なんて考えているんだが。どうしたもんだろうね。
まぁ、人生は一期一会で、ボールがキャッチャーミットに収まってからバットを振っても、どうにもこうにもなりゃしないってことか。この年になっていい勉強になったぜ。

さてと、今日も午後からプリントでもさせてもらうとするかな。
今日はインドネシアにしようか、モロッコのカサブランカにしようか?それとも、2010年の夏に行ったイスタンブールの忘れられたネガを焼いてみようか?まったくもって、より取り見取りだ。
読者諸君、失礼する。

2013/05/15

Post #815 男は軍隊、女は淫売!これで決まりだ!

Osaka
昨日は何だかんだ言って、42カットプリントした。まぁまぁだ。去年の夏のシンガポールだ。かつて日本軍がイギリスの植民地だったところに進攻して、統治したところだ。日本人の一部の人々は、それを解放と呼び、世界の人々は侵略と位置付ける。物事の見方は、自分自身の立ち位置で決まる。それを庶民の言葉で言えば、ご都合主義ということになる。我が国は資本主義国家である前に、ご都合主義国家というのは、世界の定説だ。

橋下市長さんの素晴らしい発言が続々と報道されている。いちいち彼のツイートをチェックするような暇人ではないのだが、新聞紙上で見かけて看過できない気がして、昨日に引き続いてネタにしてみよう。
本日5/15日付けの朝日新聞(俺は昔っから、試験に出る天声人語の朝日新聞だ。反日的新聞とバッシングされる朝日新聞だ)によれば、『貧困から風俗業で働かざるを得ないという女性はほぼ皆無。皆自由意思だ。だから積極活用すればいい』と、彼は強弁しているという。
本当にそうだろうか?
地方都市では、男は肉体労働、女は広い意味での風俗業しか働く場所がないという話を俺は聴いている。肉体労働の現場に立っている俺には、それがなんとなく実感できる。
シングルマザーで子持ちで、大企業やそこそこの中小企業でバリバリ働いて、子供を養って行ける女性が、どれほどの割合でいるというのか?そして、そういった能力の有る無しに関わらず、離婚するしかないっていう女性はいっぱいいるだろう。能力が無くても、人間は金を稼いで生きていかねばならない。持って生まれた器官が商売道具になるのなら、何の資本もいらない。それしか選択肢がないってことだ。
世間で見かける人妻ヘルスやデリヘルで働いている女性たちの中には、少なからずそういった境遇の女性もいるんじゃないだろうか?
そうでなくても、若者は仕事がない。
けれど、メディアによって煽りに煽られる欲望を満足させるためには、金が要る。
そう、大企業だって、しょせんは庶民の欲望を煽り、購買欲を刺激して、要らないモノにまで金を出させて、利益を生み出す仕組みになってるんだ。
俺達は、そんな社会の見えそうで見えないシステムのなかで、檻の中の鼠が滑車を回すように、金を稼いで、金を回し続けるしかない。
それが社会の仕組みだ、現実だ。
この素晴らしい現代社会では、金を多く持っている奴が英雄だ。
しかし、どいつもこいつももうすでに何でもかんでも持っている。
売れるモノは少ない。ましてや、もう何年も給料は下がり続けてきた。ジャンジャン物が売れる状況にはない。社会に金が回らなくなってきているのさ。
社会に金が回らないとなれば、マトモな働き口が潤沢にあるとは言えない状況だ。
だから若い女の子が、金を稼ぐ能力がなくたって、てっとり早く金を稼ぎたいとなったら、風俗業とかに足を踏み入れることになることを、止めることは出来ないだろう。俺は、自分には本当は〇〇になる夢があるんだけど・・・、という話を飲み屋の女の子から聞いたことは何度もある。

しかし、それは本当に自由意思なのか?
さまざまな社会的制度的な要因によって、エンクロージング、つまりそこに囲い込まれてしまっているだけじゃないのか?
そして、風俗業は日銭商売だ。
働き続けなければ、金は入ってこない。有給休暇も無けりゃ、雇用保険もない。そう、何の保証もない。一日に一人もお客が付かなくても、お金がもらえるってこともない。その代り、即金で金が手に入る。極端にキャッシュフローが悪い商売なのさ。つまり習慣性があるということだ。なかなか足抜けできない。
それは、一時期大流行した派遣業と同じだ。
俺も現場商売という商売柄、その世界のことはよく知っている。悪名高いグッドウィルに在籍していたこともある。社会の底辺で生きてきた。その頃、政治家は『若者が生き方を自由に選択できるようになった』と、派遣業を賛美していた。実際は、みんな見果てぬ夢を追いながら、生活のために昼夜を問わず働き、夢を見る余裕もないという有様だった。そして、もちろん自由意思の自己責任だ。
たった7500円の日銭のために、どいつもこいつも粉骨砕身していた。そして、その日の夕方に金を手にすると、飲み屋に行って、風俗に行って、有り金を使ってしまうような奴らだった。
よくできた仕組みだ。金は天下の回りものというが、下々の人間の稼いだ金は、社会の深層海洋水のように、底の方でぐるぐるとまわり続ける。よくできた仕組みだぜ、クソ!。
それは社会制度の問題が大きく関わっているはずなのに、自由意思だという言説がまかり通る。そして、自由意思であるからには、自己責任だと来るわけだ。自民党さんの大好きな国家は、その時人々を自己責任と無情に突き放す。大企業や大銀行には、ホイホイ経済支援してやるくせに。

俺はこの社会がユートピアだったとは端から思っちゃいないが、現実の人間に対する想像力を著しく欠いた政治家の発言は、ムカついて仕方ないんだ。悔しくて泣けてきそうだ。
アベノミクスだなんだっていっても、俺には朝三暮四で踊らされているようにしか見えないぜ。
政府の要人が靖国参拝したり、過去の侵略を否定するような発言を繰り返すのは、そういう社会の矛盾と不満から、自己責任の苛烈さから人々の目をそらしてるだけのように見えるのは、俺だけか?
それとも何かい、憲法を変えて、日陰者の自衛隊を軍隊にして、仕事の無い若い衆を兵士に仕立て上げるのかい?徴兵は国民の義務だとかいいだすんじゃないだろうな?
で、女の子は風俗業で、自由意思の慰安婦かよ?中国や韓国を挑発してナショナリズムを煽り、人びとの目をそらして行こうっていうのかい?
素晴らしい。素晴らしすぎて、笑いが止まらないぜ。笑わせんな、この野郎!
読者諸君、今日もプリントでもさせてもらうぜ。国に道無きときは巻懐孤高さ。 

2013/05/14

Post #814 下らねぇ雑事はとっとと終わらせて

Jogjakarta,Indonesia
今日は現場がない。朝から仕事の写真を送り、(そう、おれの写真のセンスは実は現場の工事写真によって日々磨き上げられているのだ。)、いくつか電話をしたならば、自由時間だ。
朝一で不燃ごみも出してきた。そうだ、今から布団も干してやろう。いろいろと雑事を片付けて、今日はプリントするんだ。
紙だって、先日200枚買ってきた。準備万端だ。
待ってろよ、この野郎!
それはそうと、橋下市長、『海兵隊は風俗をもっと活用すべき』って、いやぁ、床屋談義みたいなことを責任ある立場で言っちゃ、おしまいよ。たとえ誰もが内心そう思っていたとしても、行政の長が売買春を容認推奨するようなことを言ってちゃねぇ・・・。世も末だよ。ああいうのは、こっそりと行くのがイイんであって、御上に行けと言われて行くもんでもなかろうに・・・。
そもそも人気絶頂の自民党の皆さんが切望する、戦争のできるフツーの国の戦争ってもんには、女性を性的に蹂躙したり、無辜の民間人をぶっ殺したりするという、倫理とは相いれないものが、根源的に備わっているものだ。歴史を見れば解る。人間は、戦争になると、人のイイおっさんでも鬼畜野郎に成り下がることが証明されている。俺だって、そんな状況に置かれたら、鬼畜の振る舞いに及ばないとは、決して言い切れない。いやむしろ、強姦だとか殺人だとかやっちまいそうな気がする。俺は自分が一番信用ならない。自分だけはそんなことは絶対にやらないという、虫のイイ安全地帯に置きたくはない。
常識ある人間が、一度極限状態に置かれると、とんでもないことをしでかしてしまう。
それが、戦争だ。
としてもですねぇ、それを言っちゃお終まいよ。
まぁ、そこまで言うんなら伊丹空港を米軍に呉れてやって、大阪の風俗街にアメ公の兵隊をご招待しますくらい言ってのければイイじゃねぇかってことになるだろう?大阪には、宗右衛門通りとか、飛田とか、西中島だとか、十三だとか、楽しいところがてんこ盛りだしね。なんてたって、大阪のセックス産業のえげつなさと言ったら、ちょいとしたもんでございますからね。

読者諸君、失礼する。俺はどんな公職にもない、市井無頼の徒なんで、何でも好きにいっちまうのさ。

2013/05/13

Post #813

Bali,Indonesia
何だか右の肩が痛くって仕方がないってんで、近所の整形外科に行ったんだ。
ここんところ、一月ばかりなんとなく具合が悪くって、ちょいと痛いなぁってな具合だったんですがね、この昨日あたりからどうにも痛くっていけねぇ。服を着るのすら大儀だってんで、しぶしぶ医者に行ったわけですよ。
ボブ・マーリーみたいに骨肉腫とかだったら、マジで洒落にならねぇでしょう?
右手だから、仕事はもちろん、カメラも持てなけりゃ、プリントも出来ねぇってわけですよ。
前にあげても、右に振ってもどうにも痛いんで、近所の整形外科で見てもらったんですよ。
そしたら、五十肩かと思いきや肩の関節の滑膜炎とか診断されちまいまして、で、痛風の痛みどめとまったく同じ薬を処方されたって訳です。
半信半疑で薬を飲んだら、これが効いてくれまして、なんとかこうしてキーボードが打てるわけです。
やれやれ、ニンゲン44ともなると、いろいろと不具合が出てきて、気が滅入るもんでございますねぇ、いやなに、気持ちだけは若いつもりでいるんですがね、やる気はあっても体がついてこねぇってことですよ。とはいえ、そんな情けの無い有様でも、何とか騙し騙し労わったりしながら、働いて行かなけりゃならなぇんで、人生ってのは厳しいもんでござんすねぇ。

読者諸君、失礼する。こんな有様でも、これから夜の仕事の段取りをしなけりゃならないんでね。

2013/05/12

Post #812

Bali,Indonesia
30年も前に、癌で母親を失くしているので、母の日とかいっても、何ということはありません。
それどころか、世の中には色々な家庭の子がいるわけで、母親を失くした子供さんが、母の日とかいう言葉で、なんとなくやるせないような、さびしいような気分になってしまうんじゃないかと、思ってしまいます。だからせめて、そんな習慣なんか、自分にはカンケーないんだぜって顔をしています。

読者諸君、失礼する。

2013/05/11

Post #811 雨の中の釣り

Essaouira,Morocco
仕事の関係の懇親会で、降りしきる雨の中、三河湾の日間ヶ島に行って堤防で釣りをしてきたんだが、メバル一匹釣れなかった。カッパを着込んで、仕事で使う安全長靴を履いて臨んだのに、天気には勝てないぜ。釣れるのを待つより先に、身体の方がへばっちまうってもんだ。
残念だ、残念きわまる。
この写真のようなウツボでも釣れてくれたら、大盛り上がりだったんだろうが、人生はそんなに劇的にはできてないんだな、これが・・・。
ちなみに、ウツボが釣れたならご用心。奴らはとても強力な顎と鋭い牙を持った攻撃的な肉食魚だ。不用意に針を外そうとすると君の指に食らいついてくることだろう。写真のように、さっさと糸を切っちまって、放っておくのが良いそうだ。食べられないわけじゃないけれど、小骨が多くて料理しにくいそうだからな。そのまま海に帰すってのも手だろうよ。
まぁ、タコのしゃぶしゃぶとかたいそうなご馳走にありついて、しこたま笑い転げてきたから、まぁ良しとするかってことで。

読者諸君、失礼する。とにかく食い過ぎてとっとと眠りたいのさ。

2013/05/10

Post #810 デンパサールの笑顔の素敵なおばあさん

Denpasar,Bali,Indonesia
デンパサールの町に、タクシーで向かった俺達は、街の中心に位置する公園におろされた。
そうして、ぶらりと歩きだし、熱気むんむんの市場を見て回り、気負わず何枚も写真を撮ったりした。あてもなく歩くうち、あるおばあさんに出あった。
彼女は俺たちの歩いている側の歩道に、車の流れを縫うようにしてわたってきたんだ。どこだって、車は歩行者に優しくはない。危なっかしいったらない。
しかし、おばあさんはしっかりとした足取りで道行く車や狂ったように走り抜けるバイクをすり抜け、すたすた渡ってきた。
俺は、急ぐわけでもなく、かといってしっかりとした足取りのおばあさんを後ろからパチリと撮ったりしていたんだが、ふとおばあさんは足を止め、俺達に話しかけてきた。
『あんたがた、どっからきなすったね?』
『日本です』
『それはよくおいでなすった。うちに来てお茶でも飲んでいかないかね、遠慮することはないよ。』
俺とカミさんは、驚いた。こんな見も知らぬ異邦人に対して、いきなり話しかけて、なおかつ家に来てお茶をご馳走したいなんて、凄いおばあさんだ。
『いえいえ、お気持ちはありがたいんですが、それはいくらなんでもおばあさんに悪い気がするんで遠慮させてもらいます。ありがとう』
そうしたら、そうかそれは残念って顔をおばあさんするんだよ。
すると、うちのカミさんが『写真を撮らせてもらえませんか』ってインドネシア語で頼んでみたんだ。
すると、おばあさん、とびっきりの笑顔でポーズを取ってくれた。
それがこの写真だ。
おばあさんは、少し照れたようなはにかんだ笑顔を浮かべている。
サイコーの笑顔だ。
写真は被写体に素直に向い、被写体の放つ光とオーラを、あるがままに受けいれればイイ。サイコーの笑顔には、サイコーの写真が撮れる。
それだけだ。
俺は、日本でここまで素敵な笑顔を見たことが無い。
その笑顔の中に、おばあさんが今までの人生で、明るく前向きに、周囲の人々を信頼し、縁ある人々に愛されて生きてきたことが読み取れる。
今までの人生、いろんなことがあったことだろう。けれど、それで絶望したりすることなく、自分の人生だと受け入れて、乗り切ってきたに違いない。
しっかりと荷物を握りしめたその手で、平凡だけれど、意味のある人生を乗り切ってきたことがわかる。
よく日に焼けた足は、しっかりと地に足がついている。
その笑顔に、おばあさんの生き様が写っているのが俺には解かる。
解らない奴には、まぁ、きっとわからない。想像力と好奇心が不足しているんだろう。
それを補うようなサプリメントは、どこにも売っていない。
おばあさん、ありがとう。おばあさんは何度もこっちを振り返りながら、歩み去って行ったんだ。
この写真を焼いていて、俺はこのおばあさんの人柄に想いを馳せた。そして、おばあさんに失礼の無いように何度も焼きなおした。おばあさんを優しい光の中に包むように、仕上たかったんだ。
だって、俺は日本でこんな可愛らしい笑顔のおばあさんを、見たことが無かったんだからね。
おばあさんが今日も健やかにデンパサールの町で暮らしていることを想わずにはいられない。
しかし、俺達はいったいこのおばあさんと、何語で語り合っていたのかな?旅先ではそんなことがよくあるものさ。

読者諸君、失礼する。俺は写真を信じている。

2013/05/09

Post #809

Denpasar,Bali,Indonesia
読者諸君、まだまだ多忙を極めている俺なのさ。よって、これにて失礼いたす。

2013/05/08

Post #808

Jalan Malioboro,Jogjakarta,Indonesia
読者諸君、今日もまた多忙でござるので、これで失礼いたす。

2013/05/07

Post #807

Singapore
読者諸君、多忙につき今日はこれだけで失礼いたす。

2013/05/06

Post #806

Singapore
昨日、夕方からプリントをはじめ、33枚仕上げたんだけれど、そこで一旦作業を止めて、夕食を取ったんだ。折しも、昨日からうちのカミさんは出張しているので、自分でパスタをこしらえて、ウマウマ食ったんだが、案の定、食い過ぎてしまった。
俺は痩せているくせに、食い意地が張っているのだ。パスタが200gに、挽肉と玉葱のみじん切りがごっそり入ったソースだからな、かなりのヴォリュームだ。
そして、満腹になると眠くなるのが世の常だ。
そんなわけで、昨日はそれでプリント終了だ。残念だ、残念きわまる。
満腹感如きで断念せざるを得ないとは。しかし、一晩が経過した現時点でも、胃がもたれている。こんな状況では集中してプリントをすることはできないぜ。致し方ないか・・・。まぁ、現像液もほどほどに疲労困憊していたし、印画紙のストックも残り少なくなってきていた。良しとしよう。とはいえ、心残りだ。
なにしろ、今夜から怒涛の仕事ラッシュがまたまた始まるんだ。昼夜逆転のクレージーな日々がまた始まるんだよ。う~む、俺が再びプリントできる日が来るのは、いったいぜんたい、いつのことだろう。思えばまだ、何千枚とプリントしたいネガがあるというのに・・・。それに、そうこうしてるうちに、また次の旅行に出かけるときが来てしまうじゃないか?ヤバい。ずいぶん前のトルコ旅行のネガも、手つかずのものが山盛りだというのに。老後の楽しみに取っておくことなんか、俺には出来ないぜ。
いつも言うけど、デジタルではダメなんだ!君も実際にやってみれば、まったく別の体験だってわかるよ。
読者諸君、失礼する。

2013/05/05

Post #805 子供の日

Bali,Indnesia
今日5月5日は子供の日ってことで、子供の写真。
日本だと、おねーちゃんばかり撮ってしまう俺だが、国外、とりわけ途上国に行くと、何故だか子供をよく撮ってしまう。子供が活き活きしてるからだろうか。確かに、塾とか行ってるような奴はほとんど目にしないし、どいつもこいつも、小さなケモノのように、その辺を走り回り、転げまわって遊びまわっている。元気いっぱいだ。
そら、撮っちまうよな。こんな写真ばっかり撮ってると、善人になってしまいそうで、怖いぜ。もっと、オネーちゃんの脚とか、ざらりと荒れた雰囲気の夜の町とか撮りたいんだけどねぇ。
まぁ、今日は子供の日だから、これで良しとしようぜ。
こうしてみると、まるで荒木経惟の『さっちん』の時代のようなインドネシアだ。
日本の子供たちにも、そんな無邪気に遊べる時代が来るとイイんだけど・・・、今更もう無理だろうな。時計の針は元には戻らないんだ。日本は、どこか息苦しいな。
さて、身切れしてるのは、フツーはあり得ないと思うかもしれないが、俺の場合はこれがないと、俺の写真らしくないとよく言われる。少なくとも、永年にわたって俺の写真を見てくれている、カメラのキタムラ一宮中島通り店の安田嬢には、そういわれてるね。実に的確な評価だと思うよ。
読者諸君、失礼する。よい休日を過ごしてくれたまえ。 

2013/05/04

Post #804 再び、果物市場

Bali,Indonesia
久々に休みが続いてゆっくりしてまして、手持ち無沙汰なんで、もう一発行ってみようかな。かといって、毎日こんなことしていたって、たいした反響があるわけでもないんだけど。まぁ、やれる時にやっておくのは悪いことじゃないさ。どうせ、もうじきまた怒涛の仕事ラッシュがやってくるだろうし・・・。
最近、焼きがどんどん黒くなる一方の俺だ。男でも美白とかチョロイご時世になったものだが、俺のプリントはどんどん黒くなる一方だ。黒くないと、物足りないってカンジすらする。印画紙が白いままの部分があると、なんか損したような気すらするくらいだ。まぁ、俺以外にとっては、どうでもイイことかもしれないけどね。

読者諸君、失礼する。

Post #803 果物市場

Bali,Indnesia

自分で焼いた写真を見ているだけで、これを撮った時の蒸せ返るような果物の匂い、激しいコントラストを織り成す強い日差しを思い出す。

読者諸君、失礼する。

2013/05/03

Post #802 今日は憲法記念日

Bali,Indnesia
今日、アマゾンから一枚のCDが届いた。
40年以上前の、RCサクセションのライブをこっそり録音したカセットテープからつくられたオフィシャル・ブートレグ『悲しいことばっかり』だ。
重量感のある音と、悲壮感の漂う曲調にのせて、まだ、二十歳そこそこの清志郎が、叩き付けるように歌っている。清志郎の生涯のテーマは『魂の救済』だったという。どの曲にも、主に恋人を、そして時には母親や、子供時代の自分自身を失ってしまった事への喪失感が満ち溢れている。社会の欺瞞やいわゆる大人の横暴に対する、怒りに満ち溢れている。
うむ、二十歳そこそこで、これはスゲーな、思わずこっちまで情感が迸ってしまいそうになる。
ふと、哭きいさちる神、スサノオを思いおこす。亡き母であるイザナミを慕って、泣きわめき、その涙で山野を枯らしてしまったスサノオだ。俺にとっては、まぁ神様みたいな人だ。そう思わない人もたくさんいるだろうけど、こいつは生憎俺のブログだ、俺の想ったり感じたりしたことを書いてもイイだろう?
なにしろ昨日は、清志郎の命日だったからな。
清志郎の本を読んでいたら、憲法9条について書いた文章があったなぁと思いだし、読んでみた。
『・・・・・前略・・・・俺はまるで共産党員みたいだな。普通にロックをやってきただけなんだけど。そうだよ、売れない音楽をずっとやってきたんだ。何を学ぼうと思ったわけじゃない。好きな音楽をやっているだけだ。それを何かに利用しようなんて思わない。せこい奴らとは違う。民衆をだまして、民衆を利用していったい何になりたいんだ。予算はどーなってるんだ。予算をどう使うかってのはいったい誰が決めてるんだ。10万円のために人を殺す奴もいれば、10兆円とか100兆円とかを動かしている奴もいるんだ。いったいこの国は何なんだ。俺が生まれて育ったこの国のことだ。君が生まれて育ったこの国のことだよ。どーだろう、・・・・・・この国の憲法第9条はまるでジョン・レノンの考え方みたいじゃないか?戦争を放棄して世界の平和のためにがんばるって言ってるんだぜ。俺たちはジョン・レノンみたいじゃないか。戦争はやめよう。平和に生きよう。そして、みんな平等に暮らそう。きっと幸せになれるよ。』(瀕死の双六問屋 完全版 P225~226)

俺はいろんな国に行ってみて、名もない庶民のみなさんと接するなかで、日本がスゲー尊敬されてるってことを切実に感じている。
もちろん、歴史上のいろんなしがらみはある。
けれど、68年前に戦争が終わってから、俺達日本人は、日本国の名のもとに他の国と戦争して、他の国の庶民を殺したことがないからだって、俺は感じているよ。それはとても素晴らしいことだ。もちろん、経済や文化の面での影響力ってのもそりゃあるだろう。
だけど、どんなに魅力的な文化を持っていたって、どんなに金を持っていたって、なんかあったら他所の国に乗り込んで、ドンパチやって、政治のことなんかこれっぽっちもわからねぇ、俺や君と同じような庶民を、バッタバッタと撃ち殺したり、爆弾とかで吹っ飛ばしたり、ナパーム弾みたいなので焼き殺したりしていたら、尊敬なんて決してされないぜ。
そう、自民党のセンセー方や、維新の会の皆様が、醜悪な憲法だの、(アメリカに)押し付けられた憲法だとか、何かにつけて不満たらたらで、何とか国民を上手いこと丸め込んで、自分たちの好きなように変えてしまいたいと思ってる、我が国の憲法のおかげで、俺達は世界中の人々から尊敬されているんだ。
いったいぜんたい、憲法を変えて、軍隊を持ってどうしたいんだ?
中国や北朝鮮と戦争を始めたいのか?
それとも、俺の国は一丁前に戦争できるんだから、舐めた真似するんじゃないって凄んでいたいのか?
アメリカの戦争にお付き合いして、縁もゆかりもない国にイマドキの草食系の若者を送り込んで、自爆テロとかも辞さない連中と殺し合いをさせたいのか?
アメリカに押し付けられた憲法を変えて、アメリカに押し付けられる戦争をしたいのかい?
意味がわからないぜ。俺達日本人は、アメリカのポチじゃないんだぜ。
それが普通の国だっていうのかい?
おいおい、フツーってなんだよ?国家権力の名のもとに他所の国民をぶっ殺すことがフツーなのかよ。国際貢献?貧乏な国に行って、自爆するしかないような貧乏な連中を、ゴキブリを駆除するみたいに殺すことが、国際貢献のなのかよ?
よく考えてみようぜ、国の形の根幹にかかわることでも、同調圧力かよ?フツーなんて、そんなに素晴らしいモノじゃないぜ。俺はよその国に行って、この手で引き金を引いて、見も知らぬ人々を殺すのは、ぜったいにイヤだぜ。腰抜けだって笑われてもイイ。人殺しになるより、笑いものになる方が、きっと幸せさ。
戦争で問題を解決するよりも、外交によって国際問題を解決する国のほうが、断然素晴らしいんだぜ。君のまわりに、思い通りにならないと、相手をすぐにぶん殴るような奴がいたら、大人になりきれない未熟な奴と思うか、とりあえず被害届を出すだろう?自分たちの身近なレベルに引き寄せてみれば、よくわかるはずだ。
未来性を持ってる憲法を、骨抜きにしてわざわざフツーレベルの憲法に変える必要なんてないんだぜ。ジョン・レノンみたいな素敵な憲法なのさ。日本の平和を守ると信じた大日本帝国の兵士をはじめ、多くの人々が戦争の犠牲になり、その愚行の末にやっと手に入れた平和憲法なんだ。
愚行ってのが気に入らない人もいるかもしれない。しかし、太平洋戦争のお粗末さを見れば、愚行というしかないって思うだろうよ。俺の批判をする前に、自分でいろいろ調べてみればいいさ。多くの兵士や民間人が、戦闘ではなく、飢えや病気でバタバタ死んでいったんだ。とんでもなく無謀な戦いだったんだ。
いったい権力を持ってる連中は何がしたいのか、俺にはよくわからないぜ。
公益?そういう事を言う奴が、デカい家に住んで、偉そうにふんぞり返っているのを俺達はよく知ってる。奴らの言う公ってのは、自分たち権力者に都合のイイ秩序なんだ。
俺達庶民は、自分たちの暮らしのことで精いっぱいなのさ。
奴らは俺達国民を舐めているんだ。戦争になっても、奴らは安全なところで、公益とやらのうらで肥え太っている。死ぬのは何も知らない俺達庶民だ。不満を言えば、きっと公益を損なうとか言って、しょっ引かれるんだろう。戦前みたいだ。それが自民党の連中の言う美しい国さ。美しすぎて、反吐が出るぜ。
憲法は、俺達庶民が、権力を持っている奴らの気まぐれと横暴から、自分たちを護るための、唯一の武器なんだ。俺はそう思う。

読者諸君、失礼する。 

2013/05/02

Post #801 Children

Bali,Indonesia
昨日プリントした40枚の中の一枚。
バリ島では、子供はもちろん、大人も凧揚げをして遊んでいる姿をよく目にする。
ふと、空を見上げれば、そこかしこに鳥の形をしたような大きな凧が飛んでいるのを目にすることができるだろう。
私事だけど、今日は先ごろ亡くなった祖母の法事だった。形見分けを巡って、親族がブースカ言ってってうんざりしたよ。そういえば今日は忌野清志郎の命日だったっけ。RCサクセションでも聴くとするか。それとも、今日もまたプリントするか・・・。
読者諸君、失礼する。

2013/05/01

Post #800 Lip

Singapore
今日はただ今、洗濯機のカビ取り中。これが終わったらプリントするんで、とっとと終わらせようかな。
このプリントを焼いてる時、ヴァギナ・デンタータという言葉が浮かんできた。
歯のある膣だ。世界中の古い民俗譚や神話に出てくる。男性器を食いちぎり、死に至らしめるという歯のある女性器を持つという女。
南方熊楠によれば、アイヌの伝承に、「昔、最上徳内が探検し発見した、メノココタンという島の住民は、全員女性で、春から秋にかけて陰部に歯が生え、冬には落ちる。最上が「下の口」を検めたところ、刀の鞘に歯形がつく程度の咬力があった」というものがあるという。
ふと、暗室のなかで思い出して、独りでクスクス笑っていただけのことさ。俺の人生、そんな女性に出あうことは、きっとないだろうな。それはそれで面白そうだけど。
性の快楽は、どこか死の境界線へと通じているような気がする話だ。

読者諸君、失礼する。そもそも人間の世界は、猥雑でもっと面白いもののはずだ。