2013/05/03

Post #802 今日は憲法記念日

Bali,Indnesia
今日、アマゾンから一枚のCDが届いた。
40年以上前の、RCサクセションのライブをこっそり録音したカセットテープからつくられたオフィシャル・ブートレグ『悲しいことばっかり』だ。
重量感のある音と、悲壮感の漂う曲調にのせて、まだ、二十歳そこそこの清志郎が、叩き付けるように歌っている。清志郎の生涯のテーマは『魂の救済』だったという。どの曲にも、主に恋人を、そして時には母親や、子供時代の自分自身を失ってしまった事への喪失感が満ち溢れている。社会の欺瞞やいわゆる大人の横暴に対する、怒りに満ち溢れている。
うむ、二十歳そこそこで、これはスゲーな、思わずこっちまで情感が迸ってしまいそうになる。
ふと、哭きいさちる神、スサノオを思いおこす。亡き母であるイザナミを慕って、泣きわめき、その涙で山野を枯らしてしまったスサノオだ。俺にとっては、まぁ神様みたいな人だ。そう思わない人もたくさんいるだろうけど、こいつは生憎俺のブログだ、俺の想ったり感じたりしたことを書いてもイイだろう?
なにしろ昨日は、清志郎の命日だったからな。
清志郎の本を読んでいたら、憲法9条について書いた文章があったなぁと思いだし、読んでみた。
『・・・・・前略・・・・俺はまるで共産党員みたいだな。普通にロックをやってきただけなんだけど。そうだよ、売れない音楽をずっとやってきたんだ。何を学ぼうと思ったわけじゃない。好きな音楽をやっているだけだ。それを何かに利用しようなんて思わない。せこい奴らとは違う。民衆をだまして、民衆を利用していったい何になりたいんだ。予算はどーなってるんだ。予算をどう使うかってのはいったい誰が決めてるんだ。10万円のために人を殺す奴もいれば、10兆円とか100兆円とかを動かしている奴もいるんだ。いったいこの国は何なんだ。俺が生まれて育ったこの国のことだ。君が生まれて育ったこの国のことだよ。どーだろう、・・・・・・この国の憲法第9条はまるでジョン・レノンの考え方みたいじゃないか?戦争を放棄して世界の平和のためにがんばるって言ってるんだぜ。俺たちはジョン・レノンみたいじゃないか。戦争はやめよう。平和に生きよう。そして、みんな平等に暮らそう。きっと幸せになれるよ。』(瀕死の双六問屋 完全版 P225~226)

俺はいろんな国に行ってみて、名もない庶民のみなさんと接するなかで、日本がスゲー尊敬されてるってことを切実に感じている。
もちろん、歴史上のいろんなしがらみはある。
けれど、68年前に戦争が終わってから、俺達日本人は、日本国の名のもとに他の国と戦争して、他の国の庶民を殺したことがないからだって、俺は感じているよ。それはとても素晴らしいことだ。もちろん、経済や文化の面での影響力ってのもそりゃあるだろう。
だけど、どんなに魅力的な文化を持っていたって、どんなに金を持っていたって、なんかあったら他所の国に乗り込んで、ドンパチやって、政治のことなんかこれっぽっちもわからねぇ、俺や君と同じような庶民を、バッタバッタと撃ち殺したり、爆弾とかで吹っ飛ばしたり、ナパーム弾みたいなので焼き殺したりしていたら、尊敬なんて決してされないぜ。
そう、自民党のセンセー方や、維新の会の皆様が、醜悪な憲法だの、(アメリカに)押し付けられた憲法だとか、何かにつけて不満たらたらで、何とか国民を上手いこと丸め込んで、自分たちの好きなように変えてしまいたいと思ってる、我が国の憲法のおかげで、俺達は世界中の人々から尊敬されているんだ。
いったいぜんたい、憲法を変えて、軍隊を持ってどうしたいんだ?
中国や北朝鮮と戦争を始めたいのか?
それとも、俺の国は一丁前に戦争できるんだから、舐めた真似するんじゃないって凄んでいたいのか?
アメリカの戦争にお付き合いして、縁もゆかりもない国にイマドキの草食系の若者を送り込んで、自爆テロとかも辞さない連中と殺し合いをさせたいのか?
アメリカに押し付けられた憲法を変えて、アメリカに押し付けられる戦争をしたいのかい?
意味がわからないぜ。俺達日本人は、アメリカのポチじゃないんだぜ。
それが普通の国だっていうのかい?
おいおい、フツーってなんだよ?国家権力の名のもとに他所の国民をぶっ殺すことがフツーなのかよ。国際貢献?貧乏な国に行って、自爆するしかないような貧乏な連中を、ゴキブリを駆除するみたいに殺すことが、国際貢献のなのかよ?
よく考えてみようぜ、国の形の根幹にかかわることでも、同調圧力かよ?フツーなんて、そんなに素晴らしいモノじゃないぜ。俺はよその国に行って、この手で引き金を引いて、見も知らぬ人々を殺すのは、ぜったいにイヤだぜ。腰抜けだって笑われてもイイ。人殺しになるより、笑いものになる方が、きっと幸せさ。
戦争で問題を解決するよりも、外交によって国際問題を解決する国のほうが、断然素晴らしいんだぜ。君のまわりに、思い通りにならないと、相手をすぐにぶん殴るような奴がいたら、大人になりきれない未熟な奴と思うか、とりあえず被害届を出すだろう?自分たちの身近なレベルに引き寄せてみれば、よくわかるはずだ。
未来性を持ってる憲法を、骨抜きにしてわざわざフツーレベルの憲法に変える必要なんてないんだぜ。ジョン・レノンみたいな素敵な憲法なのさ。日本の平和を守ると信じた大日本帝国の兵士をはじめ、多くの人々が戦争の犠牲になり、その愚行の末にやっと手に入れた平和憲法なんだ。
愚行ってのが気に入らない人もいるかもしれない。しかし、太平洋戦争のお粗末さを見れば、愚行というしかないって思うだろうよ。俺の批判をする前に、自分でいろいろ調べてみればいいさ。多くの兵士や民間人が、戦闘ではなく、飢えや病気でバタバタ死んでいったんだ。とんでもなく無謀な戦いだったんだ。
いったい権力を持ってる連中は何がしたいのか、俺にはよくわからないぜ。
公益?そういう事を言う奴が、デカい家に住んで、偉そうにふんぞり返っているのを俺達はよく知ってる。奴らの言う公ってのは、自分たち権力者に都合のイイ秩序なんだ。
俺達庶民は、自分たちの暮らしのことで精いっぱいなのさ。
奴らは俺達国民を舐めているんだ。戦争になっても、奴らは安全なところで、公益とやらのうらで肥え太っている。死ぬのは何も知らない俺達庶民だ。不満を言えば、きっと公益を損なうとか言って、しょっ引かれるんだろう。戦前みたいだ。それが自民党の連中の言う美しい国さ。美しすぎて、反吐が出るぜ。
憲法は、俺達庶民が、権力を持っている奴らの気まぐれと横暴から、自分たちを護るための、唯一の武器なんだ。俺はそう思う。

読者諸君、失礼する。 

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