2013/05/10

Post #810 デンパサールの笑顔の素敵なおばあさん

Denpasar,Bali,Indonesia
デンパサールの町に、タクシーで向かった俺達は、街の中心に位置する公園におろされた。
そうして、ぶらりと歩きだし、熱気むんむんの市場を見て回り、気負わず何枚も写真を撮ったりした。あてもなく歩くうち、あるおばあさんに出あった。
彼女は俺たちの歩いている側の歩道に、車の流れを縫うようにしてわたってきたんだ。どこだって、車は歩行者に優しくはない。危なっかしいったらない。
しかし、おばあさんはしっかりとした足取りで道行く車や狂ったように走り抜けるバイクをすり抜け、すたすた渡ってきた。
俺は、急ぐわけでもなく、かといってしっかりとした足取りのおばあさんを後ろからパチリと撮ったりしていたんだが、ふとおばあさんは足を止め、俺達に話しかけてきた。
『あんたがた、どっからきなすったね?』
『日本です』
『それはよくおいでなすった。うちに来てお茶でも飲んでいかないかね、遠慮することはないよ。』
俺とカミさんは、驚いた。こんな見も知らぬ異邦人に対して、いきなり話しかけて、なおかつ家に来てお茶をご馳走したいなんて、凄いおばあさんだ。
『いえいえ、お気持ちはありがたいんですが、それはいくらなんでもおばあさんに悪い気がするんで遠慮させてもらいます。ありがとう』
そうしたら、そうかそれは残念って顔をおばあさんするんだよ。
すると、うちのカミさんが『写真を撮らせてもらえませんか』ってインドネシア語で頼んでみたんだ。
すると、おばあさん、とびっきりの笑顔でポーズを取ってくれた。
それがこの写真だ。
おばあさんは、少し照れたようなはにかんだ笑顔を浮かべている。
サイコーの笑顔だ。
写真は被写体に素直に向い、被写体の放つ光とオーラを、あるがままに受けいれればイイ。サイコーの笑顔には、サイコーの写真が撮れる。
それだけだ。
俺は、日本でここまで素敵な笑顔を見たことが無い。
その笑顔の中に、おばあさんが今までの人生で、明るく前向きに、周囲の人々を信頼し、縁ある人々に愛されて生きてきたことが読み取れる。
今までの人生、いろんなことがあったことだろう。けれど、それで絶望したりすることなく、自分の人生だと受け入れて、乗り切ってきたに違いない。
しっかりと荷物を握りしめたその手で、平凡だけれど、意味のある人生を乗り切ってきたことがわかる。
よく日に焼けた足は、しっかりと地に足がついている。
その笑顔に、おばあさんの生き様が写っているのが俺には解かる。
解らない奴には、まぁ、きっとわからない。想像力と好奇心が不足しているんだろう。
それを補うようなサプリメントは、どこにも売っていない。
おばあさん、ありがとう。おばあさんは何度もこっちを振り返りながら、歩み去って行ったんだ。
この写真を焼いていて、俺はこのおばあさんの人柄に想いを馳せた。そして、おばあさんに失礼の無いように何度も焼きなおした。おばあさんを優しい光の中に包むように、仕上たかったんだ。
だって、俺は日本でこんな可愛らしい笑顔のおばあさんを、見たことが無かったんだからね。
おばあさんが今日も健やかにデンパサールの町で暮らしていることを想わずにはいられない。
しかし、俺達はいったいこのおばあさんと、何語で語り合っていたのかな?旅先ではそんなことがよくあるものさ。

読者諸君、失礼する。俺は写真を信じている。

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