2013/05/21

Post #821 Shrimp And Noodle

Singapore
ついさっき、仕事を終えて帰ってきた。
飯を喰らい、食器を片づけることもなく、ゴロリと床に横たわる。このまま、眠ってしまいたいが、そうもいかない。書類を作ったり、メールを送ったりしなけりゃならないんだ。
いや、少しくらい眠ってもイイんじゃないかなぁ・・・。
まぁ、どっちだっていいや。どっちにしろ、命まで取られるわけでもないしな。

可愛くもなく、キレイでもない、特別なことが写っているわけでもない。
ただ、自分の眼前にあるものを、フィルムにおさめ、暫くの間、撮ったことすら忘れるほどに放置して、自分のうちに沈潜させ、時を置いてモノクロプリントする。
俺はニンゲンに興味津々で、自分のまわりの世界の断片を拾い集める、映像的なクズ拾いなんだ。
白と黒からなるモノクロ写真にしてしまうことで、俺の私的な経験は、経験の持つ生々しさが脱色され、どこか抽象性を帯びるようにも思える。
抽象性を帯びることで、それはある種の最小公倍数的な普遍性を持つにいたりはしないかなと、夢想したりもする。
それを自分の写真の流儀とすることで、世の中のいわゆる写真の大潮流に、独り逆らってみたく思うのさ。

可愛いだけの猫の写真は、見飽きた。
あり得ないような彩度の、目にも鮮やかな風景写真は、見飽きた。
風呂屋の書き割りのような予定調和のとれた写真は、見飽きた。
誰かの食った昼飯の写真も、見飽きた。
自意識過剰な自分撮り写真も、見飽きた。

そして、読者諸君はどうだろう?
毎度まいど、意味の分からないようなモノクロ写真は見飽きただろうか?
OK、そういう人もいるだろう。
けどこう見えて、俺は自分じゃけっこう面白がってるんだぜ。どうせ人生にも写真にも、たいそうな意味なんてありゃしないんだよ。

読者諸君、失礼する。

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