2013/06/23

Post #854 不幸が続く

HomeTown,Nagoya
土曜の朝、久々にゆっくりと眠っていると、9:30に枕元の携帯が鳴った。俺の仕事のオファーはいつ来るともしれないので、俺は24時間電話に出られるように心掛けているんだ。
しかし、そいつは仕事の電話じゃなかった。弟からだ。
『どうした、誰か死んだか?』俺は冗談半分にいつもの決まり文句を言ってみた。寝起きでも反射的にこれくらいは言えるものさ。しかし、帰ってきた返事は『そうなんだって。ヨーイチおじさんが死んだ』
ヨーイチ叔父さんとは、もう30年前に死んだ俺の母親の弟である。正確には腹違いの弟だ。
俺の母は終戦の年に生まれたのだが、その母親つまり祖母は結核を病み、離婚して郷里の新潟県に戻り、ほどなくそこで死んだのだという。で、祖父が迎えた後妻さんの子が、そのヨーイチおじさんだという訳だ。

しかし、まいったなぁ・・・。この一週間で二人も親戚が死んじまうなんて、どうかしてるぜ。まったく冗談じゃないぜ。思わずへらへらと笑いだしてしまいそうだ。次は俺なんじゃないかって思えてくるぜ。

月曜日が通夜で、火曜日が葬儀だという。
母親が違う上に、母も祖父も死んじまってからもうずいぶん経つんで、すっかり疎遠な叔父さんとは言え、葬式くらい顔だして、香典を出して、葬式饅頭でも食ってこないわけにはいかないだろう。たとえ、葬儀が行われるのがヨコハマだとしてもだ。
気が重いぜ。もうすぐ旅行もいかなけりゃならんし、税金だって払わなけりゃならん。それに車の修理代もだ。印画紙とかをカードで買った支払いも、もうすぐガツンとやってくる。俺の会社はボーナスが出るような立派な会社じゃない。俺が一人で世の中を渡っていくために作ったまことに頼りない、大海原の小舟のような頼りない会社なんだ。
しかし、ここで行かなけりゃ男が廃る。いっちょう行かないわけにはいかないだろう。
なにしろ、俺が今日、モノクロ写真のプリントに没頭するようになったのは、祖父の死後、遺品を片付けに行ったついでに、このおじさんが若い頃に使っていた古い引伸機を譲り受けたことが、そもそものきっかけなんだからな。
このヨーイチおじさんがいなければ、今日のモノクロの求道者たる俺は存在していなかったにちげーねぇ。だから、行かねばならぬのよ。ついでに言えば、兄弟連名で花環とフルーツの籠盛も出さなけりゃならんわけよ。それが浮世の義理なわけさ。

そんなこんなで、久々にプリントしてみた。フィルム2本、36カット。
今の俺にとって、プリントくらい愉しいことはない。他のニンゲンなら、息が詰まるような狭くて暗い空間で、ひたすら自分の撮ったフィルムから、プリントを作る愉しみに勝るものは、うむ、そうそうは無いと思えるくらいさ。
そんな愉しみのきっかけを作ってくれた叔父さんだからな、いろいろともめたこともあったんだが、それはさておき、葬儀くらいは顔を出しておくか。やれやれだな。

読者諸君、失礼する。俺は人生50年と思ってるんだが、そうするとあと5年半ほどだ。今のうちから香典だけは受け付けておくとするかな。おいらその金でまた、印画紙を買って、しょうもないプリントをしこしこつくることにするぜ。俺がこの世にいたという証しとしてね。

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