2013/07/17

Post #878

Singapore
ファインダーも見ずに撮った写真が、ズバリと決まっていた時の手応え感ちゅうのは、どうにもたまらないものがある。
ただ、自分がズバリと決まってるぜと思っても、世間の皆さんがそれを見てキマッテルと思うかどうかは別のことだ。これが職業写真家だと、死活問題となるんだろうが、こちとら道楽でやってるだけの遊び人なんで、自分が良ければ何でもイイという訳さ。
このばあい、左側のおっさんの横顔がイイと思うんだけどな。

昨日の帰り、近所の行きつけの中華料理屋で油淋鶏定食780円を喰っていたら、向かいの席に座っていたおじいさんが、喰いさしのどんぶりを持ったまま、フラフラ外に出て行ってしまった。
俺は食い逃げか痴呆老人かと思い、店の人に『おじいさん、どんぶりもったままフラフラ出て言っちゃったけど、イイの?』と訊くと、おじいさんはお店のすぐ近所に一人で住んでいて、一人前のご飯が食べきれないんで、自分の飼ってる犬のえさにするために、いつもああして食事しながら出ていくんだそうだ。
しばらくするとじいさん、どんぶりを持って帰ってきて、時折せき込みながら食事を続けていた。

人生には、面白いことが結構あるものだなぁと思ったぜ。俺が自分の写真に感じる手応えなんてのも、しょせんはその程度の面白さみたいなものかもしれないな。

まぁ、どうでもイイと言えばどうでもイイことなんだけどね。
読者諸君、失礼する。働いて、飯を食い、年老いて、死んでいく。大方の人生はそんなもんさ。

2 件のコメント:

  1. お帰りなさいませ。
    旅行はいかがだったでしょうか?

    本日の写真は私も左の男性の表情と露出がいい感じと思いました。
    普段ノーファインダーで撮られているかと思いますが、画角と距離感が一致しているんでしょうね。
    うらやましいなあ。。。

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  2. Kentilfordさん、いつもありがとうございます。最近は精力的に更新してらっしゃるので、なんか気持ち的に吹っ切れたんだろうなぁって思いながら、kentilfordさんのブログを拝見しています。
    旅行はいろいろとよかったんですが、その中でも自分にとって一番大きな収穫は、チェコのプラハでVictor Kolářというチェコの寂びれた炭鉱都市に生きる人々の姿をライフワークにしている写真家の写真展と、チェコの社会の移り変わりを60年代末から捉え続けてきたJaroslav Kučeraという写真家の写真展を見ることが出来たことです。
    いずれも日本ではほとんど知られていない写真家なんですが、見るものに何か強い力で訴えかけてくる見ごたえのある写真展でした。もちろん、両方ともモノクロです。
    日本の写真家とは少し事情が異なるのが、プラハの春の挫折、共産主義全盛、体制崩壊、そしてそのあとの社会の混乱、そういった世界史に、写真家個人が否が応でも対峙しなければならなかったという重たい事実です。
    いずれも大判の写真集を買ってきては、毎日のように飽きずに見ています。写真の力ってのを感じますね。いずれ、ヒマを見てご紹介するつもりです。

    ノーファインダーってのは、ほんと横着なものです。以前、森山大道のドキュメンタリー映画『≒森山大道』を見ていた時、『とにかくまずは撮っちゃって、後から考えればイイんだ』みたいなことを言いながら、新宿歌舞伎町でスナップをしていました。で、そこで撮られたネガのコンタクトは彼の『新宿』という写真集におさめられている一枚だったのですが、トリミングとかされていないんで、ビミョウに見覚えのあるカットとは雰囲気が違う訳です。
    で、それを見た僕は、スナップ写真の奥儀に触れたような気がして、一皮むけたような気がします。だから、実はテキトーにその場の呼吸だけで撮ってるわけで、僕の写真は暗室のなかで完成するというカラクリなんです。

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