2013/11/28

Post #990

Budapest,Hungary
都合の悪いことは、秘密にするんだ。
何が秘密かは言えないけれど、秘密を知った奴は、豚箱に放り込めるのさ。
自分がどんな秘密を知っているのか、そいつが知らなくてもイイ。
民主主義の皮をかぶった、独裁国家だから。
アメリカの属国だから、もうすぐ憲法も変えるぜ。
世界中に武器を売りつけて、アメリカ様の番犬になって、世界中で戦争するのさ。

冗談じゃないぜ。
だから俺はいつも自民党はやめておけって言ってたのに。

ふん、だからどうしたっていうんだ。
権力や法律で俺をビビらせることができるなんて思ってるんじゃないだろうな。
バカバカしい、しょせんどんな法律だって、人間どもがそれぞれに、頭の中に思い描いた幻想の産物じゃないか。

読者諸君、失礼する。世の中が悪くなっている。これもみな国民の皆さんが選んだ自民党の先生方のお陰様だ。先生と呼ばれるような下衆野郎になるよりも、マザーファッカーとか呼ばれていたいぜ。

2013/11/26

Post #989

Rabat,Morocco
いい年をして、こんなことを言うのもなんだけど、真面目に働いていると、至極つまらぬ奴になってしまったように感じられてくる。
世間様一般で言うところのまじめに働くというのは、大きなシステムの中の歯車の一つに落ち着くことのようにも思える。
だとしたら、つまらなくて当然だろう。
そこにはどこか自己疎外の風が吹く。打ち込めば打ち込むほどに、自分とは関係のないシステムの中に、没入してゆく羽目になるのだ。
つまらなくて当然だろう。

女の子のけつでも追っかけまわしてる方が、よっぽど面白いぜ。
年甲斐もないって?
勝手に地球が太陽の周りをまわってくれただけさ。

読者諸君、失礼する。出来ることなら、放蕩無頼の徒に堕ちてしまいたい俺なのさ。

2013/11/25

Post #988

Singapore
雨が吹き荒れている。もう少し寒ければ、これが雪になるのだろう。

俺は常夏の国への旅を思い出す。

まったくの偶然で、この日本に生まれて、ここで生計を立てて生きている。
選んで望んでここに生まれてき訳でもないので、日本人が良いの悪いのととやかく言う筋合いでもない。たまたまさ。

時折、日本の社会の息苦しさにうんざりしては、ふらりと旅に出る。
旅に出れば、それは自分の生活にも自分の社会に対しても、ある意味で無責任な状態なので、無重力状態のように、気楽に過ごすことができるし、言葉も通じぬ見知らぬ街を気に入ったりもする。
けれど、そこを自分の安住の地とすることができるかというと、なかなかそうもいかないのさ。

そうなったとたんに、社会と自分の生活に対する責任が強力な重力でもって、俺を捕らえにかかることだろう。無責任な旅人の目には見えなかったあれやこれやが、目をつぶっても見えるくらいになってくることだろう。それできっと、その街も人々も、嫌になってしまうことだろう。

だとすると、ジプシーのように、一所に定住することなく、漂泊し続けるしかないのかもしれないが、それとて苛烈な営みで、日々の糧を得るのにも、日毎夜毎の骨折り損のくたびれもうけだ。

自由になるのに簡単な道なんて、どこにもないのさ。

読者諸君、失礼する。今年の年末にはちょっと台湾に行ってこようかと思ってるんだ。決して儲かっているわけではないがね。

2013/11/24

Post #987

Rabat,Morocco 
日本の政治のくだらなさには、もうずっとうんざりしているはずなのに、秘密保護法案をめぐる与野党の駆け引きとも言えないような猿芝居には、心底うんざりだ。

読者諸君、失礼する。人間に必要な秘密なんて、男と女の間の秘密で充分だろう?ちがうかい?

2013/11/20

Post #986

Dubrovnik,Croatia
国民の皆さんが大好きな大好きな、自民党の皆さんは、現代民主主義の大原則ともいうべき、三権分立ということがまるで分っていない。
国民の皆さんが、景気を良くしてくれるってんで、大好きな大好きな大好きな自民党の皆さんは、憲法は主権者たる国民から為政者、官僚、公務員、そして天皇に対する命令だということを解かってはいない。
この文章の中の自民党を、中国共産党に変えたって、さほど違和感はないだろう?
今やこの国は自民党独裁なのさ。
奴らにとって民主主義なんて、合法的に権力を掌握するための方法にすぎないんだ。
その程度のもんさ、皆さんが絶大に支持している自民党ってのは。
で、皆の衆、自民党さんのおかげで、たいそう潤ったって話じゃないか?本当かい?

戦争したり、武器を海外に売りさばいたりしたくてうずうずしてるくせに、都合の悪いことは国民に未来永劫秘密にしておきたいくせに、それを平和を守るためと抜けしゃあしゃあと言い放つ恥じらいのなさ。
正直に、武器や原発を海外に売りさばいて、大儲けしたいと言えばいいじゃないか。

どうしてみんなおかしいと思わないんだろう?
お金さえあれば、どれほど道義から外れたことでも、自分たちの自由を脅かすようなことでも、支持してしまうのだろうか?
俺たちは家畜じゃないんだぜ。自分たちで自分たち国民自身の生きてゆく道を選ぶことができるはずなのに、どうしていつもこんな奴らばかりが選ばれるのか?
ウンコ食ったら40万円、って歌を大昔のパンクバンドが歌っていたが、私ども日本人は金さえもうかりゃ、クソを食べるようなことになってもいいっていうんですかねぇ。俺はそういう趣味の人じゃないんで、御免蒙るぜ。

俺は、憲法改正にも秘密保護法にも絶対に反対だ。
国民の皆さんが、大好きで大好きで、自分たちの代表につい選んじゃう自民党の皆さんは、俺に言わせたら、世襲貴族だ。見てみろよ、二世議員、三世議員ばかりじゃないか。満員電車に揺られたことも、重い荷物も背負ったこともないような奴らに、人が生きることのブルースを、そしてそれが故の自由(セルフィッシュではないよ)の大切さを、噛みしめたこともないような奴らを、俺は自分たちの代表にしたいとは思わない。
このクソみたいな世界の中で、一番きれいなもの、それは俺の、あんたの、それぞれの自由。
自由民主党のいう自由ではない。ヴォルテールやルソーからやり直せって言いたいぜ。

読者諸君、失礼する。自分の頭で考えてみよう。

2013/11/19

Post #985

Praha,Czech
本日、なんだか腹が減ったので、写真だけでご勘弁を。

読者諸君、失礼する。人生の意義はどの辺にあるものか、日々思案中。

2013/11/18

Post #984

Praha,Czech
俺はご存じのとおり、昼夜逆転の生活を送っている。不健康極まりない。
くだらない仕事をして、朝一番の電車で家に帰り、飯を食って眠る。
昼過ぎに目を覚ますと、雑事を片付けてるうちに、出撃の時間がやってくる。
くだらない人生だ。しかし、大方の人間はくだらない人生を送っている。俺はこれでも好き放題やってるところもあるので、まだましな方さ。君はどうだい?君の人生は充実してるかい?

そんなわけで、少し中身のある文章を書こうと思うと、なかなかまとまった時間がないとできないんだ。わかるだろう?
それで、ここんとこ、ブログの更新が滞っているわけさ。
まぁ、イイだろう。どこからも苦情も来てないし、続きを待ちわびる声もない。期待されてないのはさみしいことだが、気楽な事でもあるってことさ。
Praha,Czech
どこまで話したっけ。そう、プラハ王宮でヤロスラフ・クセラのポスターを見かけたところだ。
俺は探し回って王宮内のギャラリーを見つけたんだ。
俺は、イジー大聖堂が見られなくても問題ないけれど、これが見られなかったら一生の不覚だと思って、カミさんとチケットを買って、ギャラリーに飛び込むように入っていった。
そのエキシビションのタイトルは“Jak jsem potkal lidi”、英語にすれば“How I met People”だ。
どうやって僕は人々と出会ったか?なかなかいいぞ。2013年の4月26日から8月18日まで開催しているようだ。俺は運がいい。写真の神様に愛されているのさ。

そこはかつて、王宮の建物と建物をつなぐ回廊だった場所をギャラリーに改装したような、ずいぶんと細長いギャラリーだった。その細長い空間の両サイドに、ヤロスラフ・クセラのモノクロ写真が、時代とテーマごとに分けられて、ずらりと並べられている。
どれもモノクロだ。俺好みだ。写真はやっぱりモノクロがいい。

1946年生まれのヤロスラフ・クセラはプラハ技術大学を卒業し、キャパやブレッソンあるいはウィリアム・クラインやアントニオーニの映画“欲望”なんかの影響を受けていたようだ。
いいねぇ。やはり俺好みか。

写真は1970年代のものから始まる。プラハの春の直後からだ。
共産主義体制の中で生きる人々の生活、その多くは街角でのスナップショットだ。どこか荒み、重苦しい雰囲気をたたえている写真が多い。まぁ、それは多分に俺の偏見かもしれないが、実際に女性たちはつかれた顔をしているし、男たちは倦み疲れたような表情で、ジョッキになみなみ注がれたビールを飲んでいる。
ジムの更衣室や女子寮なんかで撮られたとおぼしきヌード写真は、生々しい人間の存在感を感じさせてくれる。
共産主義をたたえるパレードの写真はどこか嘘くさい雰囲気をしっかりととらえている。誰も共産主義に満足していないのに、参加して、愉しそうにしていないといけないのだという雰囲気が、写真の中からにおってくる。
そして、そのにおいは89年の革命の写真に繋がっていく。
人々は熱狂し、街に繰り出す。ろうそくを灯す人々。チェコの国旗を振りかざすひげ面の老人。かつて、プラハの春の時には、ソビエトの戦車隊によって蹂躙されたヴァーツラフ広場に、再び集まる何万人もの人々。国旗を掲げる少女は、新しい時代の到来を告げる女神のようにも見える。
しかし、社会の価値観が根底から覆されたそのあとに待っていたのは、混乱と退廃だった。
街中で胸や尻をあらわにして客を求める売春婦。
一日中酒を飲み煙草を吹かしている年若いホームレス。
乞食へと落ちぶれてしまった人々。パブでは、トップレスの、あるいは裸の女性が現実に打ちのめされた男たちに、様々な性的なサービスを提供している。そこには愉楽の姿が見て取れるが、底なしの虚無と退廃が口をあけているようにも見える。
俺は、坂口安吾の堕落論の一節を思い出す。
しかし、写真家はそんな現実を前にして、たじろいだりしてはいけないのだ。
目の前の出来事に、レンズを向け、シャッターを切る。
何を思うかは見る人次第だ。

俺は、クセラの写真を見て、自分の中で何かが震えるような感覚を覚える。
カメラ一つを武器にして、世界そのものとわたりあうこと。
写真を撮るということの困難さと、それを不断に積み重ねてきた者の不撓不屈さを。
君にもぜひ、ヤロスラフ・クセラの写真を見てほしい。いや、見るべきだ。

http://www.jaroslavkucera.com

このサイトはチェコ語だけれど、そこで見ることのできる写真は、君にも何かを伝えてくれるだろう。
伝わってこないような奴は、どうでもイイ。面白い顔の猫の写真でも見てるがいいさ。

俺は、とても重たいクセラの写真集を買ってホテルに戻った。重たくてホテルに戻るまで、何度もうんざりしたくらいだ。しかし、一人の写真家の長年にわたる軌跡を収めた写真集だ。重くて当然さ。その前にも、ヴィクトル・コラーのこれまた重たい写真集を買っていたので、飛行機の重量制限に引っかかるんじゃないかって不安だったけれど、何とかどちらも持って帰ってくることができた。


その表紙は、70年ごろのある夜、彼が自分のカメラに残っていたフィルムの、最後の一コマで撮ったという、売春婦とホテルに向かう男の写真だ。背徳の香りが漂っている。とりわけ女性のお尻のあたりに。
そんなものを撮ったからって、世界がどうこうなるわけじゃない。
もちろんそうだ。
けれど、自分の目の前に展開している世界を切り取ること、それしか写真家にはできはしないし、それ以上に写真家にとって素晴らしいこともないようにも思える。
写真と撮る者の一人として、俺でも撮っちゃうだろうなって思うよ。
読者諸君、失礼する。やっと、クセラについて書くことができた。
どうしてこんな素敵な写真家のことを、日本では誰も知らないのか、俺には全く腑に落ちないぜ。ぬるい写真が大流行りだからか?クソ喰らえってんだ。

2013/11/11

Post #983

Praha,Czech
久々の更新だ。
体調を崩していたんだ。北海道からはるばる読者さんも来てくれた。俺は2日ほど仕事をさぼって、彼を方々に連れまわしたんだ。名古屋の街の中では一緒に写真を撮り歩き、手羽先を食い、熟女キャバクラに行って楽しいひと時を過ごしたんだ。次の日は、高速を飛ばして馬籠妻籠あたりまで足を延ばした。充実していたんだ。
しかし、そのあとがいけなかった。久々にひどい風邪だったんだ。仕事はこれ以上休めないしな。
頭がくらくらしてた。緑色のグミみたいな痰が口から飛び出してきやがった。
冗談じゃない。俺は自分が痰製造機になったように感じていたよ。
で、しばらくブログも休んでみた。PVはウナギくだりだ。予想通りのことさ。
飽きられちゃいけない。飽きられる前に、もっと刺激の強いのを供給していかないと、忘れ去られてしまうのさ。何しろ情報化社会だ。スゲー勢いでくだらない情報が地球を駆け巡って、君の所に殺到している。しかし、本当に重要なものはほとんど見ることはできない。
君にとって、本当に重要な情報は、そう、俺のこのブログの更新だけだといっても過言じゃないだろう。
なにしろ、この文章の中には、リアルな存在そのままの俺が封じ込められているんだからな。
こんなバカはそうはいない。楽しんで行ってくれ。

ヤロスラフ・クセラの話だ。
チェコには四泊五日滞在していた。五日目はほとんど朝一番で空港に向かったし、1日目は昼ごろに到着したんで、賞味三日半の滞在だ。
その初日に先日のヴィクトル・コラーを見ることができた。これはラッキーだった。しかし、ヤロスラフ・クセラはどこに行ったんだ?その展覧会は、一体全体どこでやってるんだ?
二日目は電車に乗ってクトナーホラに行き、三日目にはツアーバスでチェスキー・クロムロフに行くことになっていた。
チェスキー・クロムロフでは、ヤン・ステグの写真展がやっていたんだが、これは帰りのバスの時間が迫っていたんで、見ることはできなかった。
今思えば、見ておけばよかったと後悔することしきりだ。小さな町の広場には、写真クラブや写真館があったりする。なんというか、チェコ人の写真への関心の深さが伝わってくる。
で、問題のヤロスラフ・クセラはどこでやってるんだ?
あの、カッコいい写真を、俺は見たいのさ。

しかし、やみくもに歩き回ってみても、見つけることはできない。
俺たちは、やたら高圧的で共産主義の香りを漂わせるアテンダントのおねーさんが乗っているバスに揺られ、プラハに帰ってきた。トイレに行きたいといっても、NO!と拒否される。驚くぜ。洩らしちまったらどうしてくれるんだよ?
しかし、明日一日見つけることができなかったなら、もうこの道の写真家について、深く知る機会はないように思われた。
Praha,Czech
で、四日目。俺とカミさんは朝からユダヤ人街をぶらつき、午後からプラハ王宮に行ってみることにした。まぁ、お約束だ。プラハに行って王宮に行かないのは、パリに行ってルーブル美術館とかエッフェル塔とかに行かないのと同じようなもんだろう。
俺たちが行ったときには、少し時間が遅かったんで、王宮だの教会だの拷問博物館だのなんだかんだをパックにしてみるチケットは、買わないほうがいいと言われたんだ。時間が足らなくて無駄になっちゃうだろうってことさ。仕方ない、俺とカミさんは、王宮だの教会だの大聖堂だのを、外から見るだけにとどめておいたんだ。
で、そうこうしているうちに、ふと気になる写真が目に入った。

こ、これは・・・。もしやこいつはヤロセラフ・クセラ?
俺が探し求めていたものは、すぐそばにあるってことだ!
いったいどこにあるんだ?俺はプラハ王宮を駆け回った。

読者諸君、次回に続く。