2014/01/25

Post #1030

HongKong
ダボス会議での安倍ちゃんの発言に、世界が腰を抜かしている。
今日の日中関係は、百年前の第一次世界大戦に突入するころの英独関係に似ているので、不測の事態が起こらないようにするせねばならないということだ。
不測の事態がいつ起こってもおかしくないと言っているわけで、それは第三者が言うならともかく、一方の当事者がぬけぬけと言っているわけで、その点が不気味というか、なんというか、欧米のメディアや政治家でなくても、驚愕し、かつ憂慮する発言だよ。
岸田外相は、核兵器の使用はどうしても避けえない場合に限定すべきだとのたまった。
限定的なら、核攻撃はアリだということか・・・。
自民党の言う積極的平和主義というのは、こういうことを言うのか・・・。

平和ということに関する概念が、俺や君と、自民党の皆さんではずいぶん違うようだ。

イルカ漁に関するケネディー駐日大使の発言が波紋を呼んでいる。
これに対して、単に伝統の問題で乗り切ろうとしても難しい。
この問題をクリアするためには、保守政治家の大好きな日本の伝統という奴を、もっともっと掘り下げて、縄文時代くらいまでさかのぼって考え、人類普遍の倫理という堅固な岩盤にたどり着いたところから、現代を照射して考えねばなるまいと、俺は思う。

人類は、自らが生きるために、他の命を奪って生きざるを得ないという、ジレンマを何万年も前から抱いてきた。
そして、その罪障感と命に対する感謝、さらなる収穫への祈りから、現生人類は抽象的な思考を発達させ、目に見える世界の奥に潜む不可視の霊妙な世界を考えだし、自然との血なまぐさいかかわりを、ある意味正当化してきたのだ。
その一端を、縄文的な文化を色濃く残すとされるアイヌ文化などに見ることができるだろう。
また、宮沢賢治の童話なんかをよんでも、そういった古い文化の気配を感じる。嘘だと思うなら、なめとこ山の熊を読んでみるがいい。
あるいは中沢新一の『カイエソヴァージュ(野生の思想)』や吉本隆明の『アフリカ的段階について』などを読んでみるのも、君の知見を広げるのに役に立つだろう。

人類の歩んできた長い道のりの、大半を切り捨てて、倫理的だのなんだの言う論議は、俺には正直浅墓で、近視眼的であり、決定的ではない気がする。

自分の手を汚さないでも、何不自由なく生きることのできるものが、自分の手を血で汚さねば生きてゆけないものを、今日的な倫理観だけで裁くのは、一方的だと俺には思えるのだ。

読者諸君、失礼する。億の巨匠が並んで生まれ、しかも互いに相侵さない、そんな世界は必ず来ると、信じていたい俺なのさ。

0 件のコメント:

コメントを投稿