2014/02/28

Post #1061

Essaouira,Morocco
雨上がりの道を、駅からとぼとぼ歩いて帰った。
昨日の雨で空気中の微細な汚れが洗い流されて、空気は清冽だ。
寒さは緩み、空気はほのかな温かさすら感じる。
歩きながらまじまじ見ていると、俺が住むこの町が、世界のケツの穴だと思えてくる。
つまらないところさ。
朝っぱらから、しけた面をした人たちが、働きに行くために、不景気な顔つきで歩いている。
家路をたどる俺は、ただ反対を向いて歩いているだけの不景気面だ。
ふと、見上げると、朝っぱらから飛行機が白い飛行機雲を曳きながら、飛んでいるのが電線の合間から見える。
結構なこった。
俺も、飛行機に乗って、どこかに出かけたいぜ。世界のケツの穴じゃないどこかに。

読者諸君、失礼する。いろんなところに行ったけど、どこだって実は世界のケツの穴だったさ。

2014/02/27

Post #1060

Istanbul,Turk
雨が降っている。春はもう近い。
雨のおかげで、光も差さないし、雨音以外は響いてこない。
おかげさんで、ぐっすり眠れるというもんだ。
取り立てて何か用事がなければ、雨も悪いもんじゃない。
読者諸君、失礼する。

2014/02/26

Post #1059

Paris
今日は休みだ。
何をして遊ぼうか?
電子レンジを買いに行かなけりゃな。昨日の夜壊れちまったらしいんだ。
仕方ない。形あるものはいつか壊れる。しかし、無いと仕事から帰って飯を食う時に、冷や飯を寂しく食う羽目になる。そいつは残念極まりないってものさ。
思えば、この電子レンジは17,8年使っていた。
当時、毎晩アルバイトに通っていた洋風居酒屋のマスターが、俺が仕事を辞めた時に呉れたんだったっけ。懐かしいな。
当時は昼間に土方仕事をし、仕事を終えるとドカジャンを着たままヴェスパに乗ってCD屋に行き、毎日のようにCDを買っていた。
そして、家に帰るとシャワーを浴びて、またまたヴェスパにのって夜のアルバイトに向かい、深夜まで厨房でピザを焼いたり、皿を洗ったりしていたっけ。

一年365日、まるっと休みの日なんてほとんどなかった。
朝の7時から夜の11時まで働いていた。働きすぎだ。
生きることに全力投球だったのだ。あんまり働き過ぎて、頭がおかしくなりそうになって、夜の仕事を辞めたんだ。
今でも、あの頃のことを思い出すと、ちょっとやそっとの苦労なんて屁でもないぜって思える。
残念なことに、若さはとっくに失われてしまったけれどな。
もっと残念なことは、懐具合も暮らしぶりも、さほど変わっていないってことさ。
さて、一眠りしよう。で、洗濯機を回してシャワーを浴び、あたらしい電子レンジを買いに行くのさ。
読者諸君、失礼する。俺はいつまでたっても、こんな素寒貧のままだ。うんざりしすぎて、笑えてくるぜ。

2014/02/25

Post #1058

Paris
我が国のお偉いさんたちは、道徳教育を国民に徹底したいらしい。
道徳ねぇ。あの節操のない利益第一主義、弱いものには強気に出て、金を持ってる大企業の皆さんには低姿勢なお偉いさんたちに、道徳を云々してほしくはないもんだぜ。しかも、それに点をつけて生徒を評価するって、本気かね?
今の政府のやり口を見てると、そのうち戦前の教科書みたいに、死んでも進軍ラッパを口から離さなかった木口小平の話が載ったりするんじゃないかと心配になるのを通り越して、滑稽な気持ちになる。
いや、新しい歴史教科書をつくる会の教科書には、木口小平はのっているらしい。冗談じゃないぜ。
俺の子供の頃にも、道徳の授業ってのはあったにはあったが、それに点をつけるなんて阿呆らしい。ますます、行いと心根の乖離した、偽善者が増えるだけさ。
形ばかり取り繕った、偽の厳粛さ。偽の正しさ。
あぁ、生理的には受け入れがたいぜ。まるで、昼間は謹厳実直な顔をして働き、仕事帰りに一杯ひっかければ、ところ構わずくだらないことを呂律の回らぬでかい声で喚き散らす、醜いおっさんのようだ。
正しいことを主張するときには、少し恥ずかしそうにした方がいいとは、俺の私淑する戦後思想の巨人・吉本隆明の言葉だ。まったくその通りだと思う。正しいことを大上段に振りかぶって主張する奴の嘘くささときたら、たまらないぜ。
健康で正しいということほど、人を非情にさせるものはないとは、俺の敬愛する金子光晴の詩の一節だ。
そもそも、頭のいい連中は、なんでも教科書に載せて教えれば、子供たちは学習してくれると思っているのだ。世間知らずも甚だしい。俺の中学高校の数学の先生は、教科書は丸めて生徒の頭を叩くものだと公言していたが、教科書なんてその程度のものさ。一流の教師は教科書なんか使って授業なんかしないものさ。この先生の生き方や、人との接し方に、俺は多くのことを学んだ。俺の先生は超一流だったってことだ。残念ながら、数学はモノにはならなかったがね。

俺は道徳の授業よりも、子供のころに見たアニメや特撮番組で、道徳というか倫理のようなものを身に着けたと思っている。

もっともシンプルに道徳について述べてみろと言われたら、即座にこう答えよう。
『自分がされて嫌なことは、人にしちゃいけないぜ。』
意外とこれは難しい。実はこの言葉は孔子の言葉の受け売りだ。『汝の欲せざるところ、人に施すなかれ』という奴だ。
これが出来たら、まぁ上出来だ。しかしまぁ、俺が嫌じゃないことも、他人には我慢できないってことも往々にあるんだけどな。難しいものさ。

読者諸君、失礼する。道徳とか倫理なんてものは、生きていく中で実地で身に着けるもので、学校で押し付けるようにして教えて、知識として得点化するなんてのは、愚の骨頂さ。まぁ、頭のいいだけの奴が思いつきそうなことだけどな。

2014/02/24

Post #1057

Dubrovnik,Croatia
ウクライナの情勢に注目しています。
ウクライナは、美人の産地として有名ですが、その秘密は長い歴史の間に、さまざまな民族が交錯混血してきたところにあるかもしれません。
紀元前にはスキタイ人が割拠し、古代にはバルト海沿岸からヴァリャークと呼ばれるバイキングが黒海へと抜ける交易路を開くために入植し、国を築きました。いわゆるルーシ国家です。その後にモンゴル人には蹂躙され、ポーランドの支配をうけたりもしました。
さまざまな民族がまじりあって、今日のウクライナ人を形作っていることでしょう。単に、親ロシアの東部と、親ヨーロッパの西部という図式だけでは割り切れないものがあると思います。
ウクライナの今後に興味津々です。
民主主義ってのは、フランス革命以来、騒乱暴動と表裏一体で勝ち取られてきたように思えます。共産圏の崩壊なんかは、中年の俺には生々しい記憶として残っています。もちろん、一面的な見方であるのは承知してますけどね。
俺がウクライナ人だったとしたら、きっとせっせと火炎瓶を投げたりしていたことでしょう。いや、ひょっとするとかなりの常識人のうちのカミさんにこっぴどく叱られて、しゅんとなっていたかもしれません。
権力を持った一握りの人たちが、その権力をそうやすやすと庶民大衆に投げ出すわけはありません。短絡的な見方であることは承知の上で言わせてもらえば、庶民大衆が、自ら立ち上がって、権力者を放逐するところに、民主主義のダイナミズムが発露するように、思います。民主主義の特異点であり、ビッグバンのようなものです。
さまざまな思惑を持った大衆の寄せ集めの民主主義ですから、そこから先はそう簡単には物事は進みませんが、それでも大衆は自らの手で選択することができるようになるわけです。もっとも、エジプトみたいになかなかうまく進まない例も多々あることでしょうが。
それでも、民主主義はろくでもない社会の仕組みの中では、最もマシなものだと思います。
だから、ウクライナの今後の情勢から、目が離せない俺なのさ。

国家のために国民が存在しているわけではありません。
国民のために、国家という契約が存在しているだけです。

読者諸君、失礼する。けれど、この日本では、決して革命は起きないだろうな。どんなに人々の間に社会に対する不満があっても。この日本じゃ、ピザに農薬を混ぜたり、繁華街に車を突っ込ませたりするだけで、何も変わらないのさ。

2014/02/23

Post #1056

馬のクソ!Budapest,Hungary
仕事でトラブル発生で、こんな気分さ。糞!
読者諸君、失礼させてもらうぜ。畜生!

2014/02/22

Post #1055

Paris
20歳の誕生日を過ぎたばかりで、俺はカルトな宗教にはまって家を出た。
時代は平成に移っていた。
以来五年間、山に籠って訳の判らない修行をしたり、日本刀を振り回したり、図書館に通っては、様々な宗教儀式を研究し、その教団のためにいろんな儀式を考案したりしていた。単なる信者ではなく、むしろ行者といった立ち位置だった。宗教的なテクノクラートだったといっても過言ではない。しばしば指導者に呼び出され、霊界から示されたキーワードについて調査するよう指示されたり、現実社会からはうかがい知ることができない、霊界での闘争について教えられ、その戦いの趨勢を決するような儀式を考案することが俺に求められた。

一般社会の常識では理解しがたいこともたくさん経験した。
霊媒を通じてもたらされる神霊界からの断片的な情報を基に、儀式を組立て、儀式に使う祝詞祭文を、文字通り憑りつかれたように書き散らしていた。
まだ家を出ずに通っていた頃、俺と同じ年の若者がついていけないと離脱した。彼はそのすぐ後に原付で事故って死んでしまった。そうして、その後、霊媒のもとに彼の霊と称する者が現れ、教団から離れ、それによって命を失い、なおかつ二度とその魂が救われる方途を亡くしてしまったことを悔やんでいた。
信者の方の子息が、仕事を辞め、精神を病んだ末に失踪し、行方不明になったこともあった。
俺は教団の指示によって、足止めの法という古神道の秘法をアレンジし、儀式を行った。
その儀式を行った頃、その信者の息子さんは遠く離れた湖のほとりで、焼身自殺していた。確かに足は止まったのだ。
癌で余命いくばくもない資産家の信者の方の家に出向き、半年間寿命を延ばす儀式を行った事もあった。驚くべきことに、実際にその人は半年間生き続けた。半年間の命の値段、六千万円。
そこは異常な世界だった。
そして、入口はあいているが、出口は閉じている世界だった。
そして、そんな閉じた社会がどこでもそうであるように、個を圧殺するような仕組みができていた。
俺は、そばアレルギーの仲間に、他の連中が精神の壁を取り払えば、アレルギーは起きないなどと無茶な事を言って、そばを無理やり食わせるのを見たことがある。当然、彼は呼吸困難に陥った。アナフィキラシーだ。
無謀で根拠不明な精神論で、すべてが片づけられていた。まるで、戦争中に竹槍や特攻攻撃で質量ともに日本の国力をはるかに凌駕するアメリカ軍を撃退できると信じていた日本人そのままだった。
人間の暗部を見せつけられるようなこともしばしばだった。
指導者の一人が、朝になったら女性行者の一人とともに行方をくらませていたことがあった。
そして、残された他の女性行者たちもみな、その指導者と性的にずぶずぶの関係にあったことが発覚し、女性たちは皆組織の中枢から追放されたこともあった。
人間の精神を開放するどころか、人間を抑圧し、神の名を借りた恐怖で洗脳し、組織の歯車と化すようになっていた。
そして、俺も組織の飼い犬の様に暮らすことを余儀なくされていた。
俺自身は、世界の裏側の真実の一端に触れる事が出来るということが、伝奇小説の登場人物になったようで、純粋に楽しかった。
しかし、組織は分裂を繰り返し、先鋭化していけば行くほど、俺のような変わり者の居場所はなくなって行った。ある晩、修行のレベルが一段上がる、これ以上は無理だと思うものは手を挙げろと言われたので、手を挙げると、お前はいろいろと知りすぎているから、許すわけにはいかないと指導者から首を絞められ、危うく殺されるところだった。一命を取り留めた俺は、組織の拠点に軟禁されることになった。
俺はある夜、行者たちが集団生活している建物の台所の窓からこっそりと抜け出し、夜逃げした。
そうして、今日に至るわけだ。
それからの人生は自分にとっては余生のようなものだと思っていたけれど、世の中はそんなに甘くなかった。
現実の世界で、悪戦苦闘する中で学んだことは多い。
そして、現実社会を学べば学ぶほど、あの閉鎖的で陰湿な宗教の閉じた世界は、あちら側だけの話ではなく、この現実社会にも、姿かたちや規模を変えて、明らかに存在していることを知った。

俺は、自分の無知蒙昧を深く恥じた。文化、歴史、宗教、社会、この世の中のさまざまな事象について、深く知りたいと思った。もう二度と、惑わされたくはないと誓ったのだ。
その一方で、小は零細企業から大は宗教、政党、国家に至るまで、個の自由を圧殺して、その隷属を礎にして存在しようとするものには、用心して、距離を置き、内心反発してきた。

しかし、この時期の経験が全く無駄だったとは思わない。この若いときの一見無駄な経験がなければ、今日の俺は存在しなかったはずだ。

読者諸君、失礼する。
たまたまふと思い出したので、書き記しておいた。どんな経験も、個人的なものは個人の経験にすぎず、他人にとって一つの人生譚以上の意味は持ちえないし、本人にとっても生活態度の根源を意味にするに過ぎない。しかし、その経験に対して、考え抜き、その中から何らかの普遍性を抽出獲得することができたとき、それは一つの思想となりうるんじゃないかとも思う。

2014/02/21

Post #1054

Little India,Singapore
せっかくの休みだというのに、ほぼ一日眠って過ごしてしまった。
なんてこった。部屋の隅では溜りに溜まったネガフィルムが、唸りをあげているというのに。
まいったなぁ・・。誰か俺の代わりに働いてくれないかなぁ・・。働くのって、あんまり好きじゃないんだよね。
読者諸君、失礼する。もっとも、この時期寒くてプリントするのもしんどいんだけどね。

2014/02/20

Post #1053

Denpasar,Bali,Indonesia
みろ。

みろ。

みろ。

塀のむかうの

そこひの罅間(すきま)

みだれとぶ流星。

だが、それは落座する星宿ではない。

ひたむきな闘争からのがれて

生活からそれて、

円空をさして、

さかんにおちてゆく人人の群なのだ。

金子光晴 詩集『鮫』より

読者諸君、失礼する。人が生きることは、何時だって残酷で、人生とは墜落の軌跡なのではないかと俺には思えるときがある。

2014/02/19

Post #1052

Bali,Indonesia
ヴェスパが好きだ。見かけるとついつい写真に撮ってしまう。
それも、旧車のいわゆるラージボディといわれる150㏄~180cc位のものが好きだ。
昔むかし、松田優作が探偵物語で乗っていた、角ばったデザインのものも70年代といった風情で素敵だが、俺はそれ以前の、より丸みのあるデザインのものが大好きだ。まったくもって、60年代のデザインのヴェスパは、完璧だ。混合ガソリンの匂いも香ばしい。
実は、俺の借りている倉庫には、2台のヴェスパが眠っている。
一台は50㏄のヴェスピーノ。もう一台は1965年製の180㏄(つまりラージボディだ。)のスーパースポーツ。
実は、このスーパースポーツで交通事故をしでかして、入院したことがある。
後ろにカミさんを乗せたまま、交差点の手前でギア抜けし、ギアが噛んだとたんに、ウィリーしてしまった。そうして、ウィリーしたまま交差点を突っ切り、角のガソリンスタンドに突っ込んだのだ。
俺は右足の大腿骨を骨折し2か月ほど入院した。カミさんは買ったばかりのヘルメットが割れ、頭を縫った。
入院し、折れて縮んだ腿を伸ばすため、膝に手回しドリルで穴をあけ、そこに錘がぶら下げられた。当然、ベッドから動くこともできない。
そんな状態で、隣のベッドの男が、自分の女に偉そうにいろいろ命令しているのが頭にきて、『おい、あんた。自分の女にそんな態度で命令するのは止めろ!』と、ついつい言ってしまった。どうしてそんなことをしてしまったのかと言えば、頭をはたかれながらそのろくでなしの世話をしている女が、どことなく高校生の頃に自分が付き合っていた娘に面影が似ていたからだ。
するとそのクズ野郎、誰に向かって口聞いてやがるとかいって凄みやがる。俺は『顔も見えないのにあんたが誰かなんて知るわけないだろう!思い上がるな!自分の女だったら、もっと大切に扱え!』と言ってやった。バカにははっきり言わないと伝わらないものだ。
もっとも、二人とも威勢のいいことをいくらいっても、足の骨が折れている者同士、口喧嘩するしかない。客観的に見れば、なかなかに滑稽だ。
後からそいつと一緒に事故って入院していたそいつの舎弟に聞いたのだが、奴は案の定ヤクザ者で、両足の骨が折れているにもかかわらず、タクシーで無断外出し、その女とホテルでやりまくっていたそうだ。こいつの愚かな行動には医者も匙を投げ、病院から放り出された。俺はこのクズ野郎から教訓を得た。
バカは死ななきゃ治らない。
俺は2度の手術をして、足は治ったんだが、以来ヴェスパを直して乗ることは禁じられた。そこで始めたのが写真道楽だ。人間には金の捨て所が必要なのだ。以来、驚いたことに18年が経った。相変わらずの貧乏暮らしだ。構うもんか。俺の人生だ。
けれど、今でもヴェトナムやインドネシア、台湾なんかにいって、古いデザインのヴェスパが元気に排ガスを撒き散らしながら走っているのを見ると、物欲しそうな目をして、つい写真を撮ってしまうのさ。
読者諸君、失礼する。古いものには古いものなりの味わいがあるのさ。だから、壊れたままのヴェスパがいまだに捨てられない。いろいろと未練たらしい俺なのさ。


2014/02/18

Post #1051

Budapest,Hungary
この手のものを見ると、必ず写真に撮ってしまう。
脚フェチなのではない。どちらかといえば、ストッキングに女性的なものを感じるのだ。
自分では、その性向は幼稚園の時の体験に根差しているように思える。
冬場にタイツをはかされるのが、とんでもなく嫌だった。あれは女のはくものだと思っていたからだ。泣いて嫌がった覚えがある。
今でも、女性のストッキングをはいた脚に、つい目が行ってしまう。生脚ではだめだ。
まぁ、フェチなんだろうな。どうでもいいことだけど。

さてと、今夜から仕事は激戦区に突入するんだ。
気が重いぜ。ここ一週間が山場だ。
たまらないぜ。
激戦に備えて、とっとと眠るとするかな。

読者諸君、失礼する。働いてばかりいると、世界が狭くなる。オリンピックも大雪も、俺にはどこ吹く風さ。
世界には、まだ俺たちの見たこともないような土地がたくさんある。
未だ見ぬ国の未知の人々を思って、眠らせてもらうぜ。

2014/02/17

Post #1050

Amsterdam
読者諸君、本日はこれだけ。
いろいろとやるべきことがたくさんあるのさ。

2014/02/16

Post #1049

Amsterdam
本日、日帰り温泉に行って、露天風呂なんかに入って、頭がボーっとしておるので、これだけ。
読者諸君、失礼する。温泉に入ると、日本人に生まれて良かったなぁと、心底思える。

2014/02/15

Post #1048

Zagreb,Croatia
憲法解釈に関する、安倍首相の発言が波紋を呼んでいる。

安倍首相は12日の衆院予算委で、憲法改正ではなく解釈変更により集団で気自衛権の行使を容認できるか問われ、『(憲法解釈の)最高の責任者は私だ。政府答弁に私が責任を持って、その上で私たちは選挙で国民の審判を受ける。審判を受けるのは内閣法制局長官ではない。私だ。』と答弁した。

この発言は、さすがに問題ありだろう。野党はもちろん、自民党内部からも批判されている。当然だろう。立憲主義に対する挑戦とも無理解ともとれうる発言だ。

選挙に勝ちさえすれば、首相の思うがままに憲法を解釈可能だというのだから、時の政府の思惑によって、国民の審判などお構いなしに、白いものでも黒っていうのが、まかり通りかねないってことだ。
それに、この内閣法制局長にも、安倍首相は自分と考え方の近い人物を送り込んでいる。
NHKの経営委員でもおなじみの手法だ。
この人は、果たして立憲民主主義ってのがわかっているんだろうか?
そもそも、この人たちはいったい何がしたいんだろう?俺にはよくわからない。
そのわからなさを、少し整理してみよう。

今の憲法は、アメリカをはじめとする太平洋戦争の戦勝国(つまり戦後レジームを打ち立てた国々ってことだ)から押し付けられた憲法だから、改正したい。

で、憲法を改正してどうしたいのかというと、我が国の国土国民を護るため、アメリカさんと一緒に戦争できる国にしたい。日米安保条約で、日本を護ることになってるアメリカ軍が、敵国から攻撃されたときに、日本が攻撃されたとみなして、アメリカの軍隊とともに中国だか北朝鮮と戦争できるようにしたい。

けれど、憲法の改正のハードルが高いので、なかなか好きなように憲法を改正できない。
つまり、早々簡単には、集団的自衛権を認める事ができるようにはできない。
当たり前だ。早々簡単に憲法を変えてもらっては困る。この憲法ってのは、国民から政府に対する命令なのだから、政府の意向で早々簡単に変えられちゃぁ、たまったもんじゃない。

さてそこで、集団的自衛権の行使に関してはっきりと禁じている憲法9条の『解釈』を変更して、アメリカさんの戦争に協力できるようにしたい。

それは、安倍首相が自らが『(憲法解釈に関する)最高責任者は私だ』って言っているのだ。

なんだか、おかしくないだろうか?

まず、この人は立憲主義ってのがよくわかっていないようだ。たとえば、強い野球チームが、試合に勝って、ファンの支持さえあれば、ルールの解釈は自分たち自身が行うことができると言って、自由にストライクゾーンを設定できるとしたら、ゲームそのものが成り立たないだろう。
道徳教育に力を入れるのはいいけれど、その前に社会の仕組み、政治の仕組みをしっかり学校で教えるようにしてもらいたいね。

で、現行憲法はアメリカからの押し付けだから改正すべきだという一方で、改正してアメリカの戦争に加担できるようにしたいという。なんだかどこか矛盾しているような気がするんだが・・・。
まぁ世間には、自分が言えば鶴の一声で、黒いもんでも白とか思ってるような手合いがごろごろいるが、そんなのを首相に選んでしまったのは、選挙の結果といえ、遺憾なことであるものよのぉ。

読者諸君、失礼する。そもそも日本国憲法って、そんなに解釈だのなんだのが必要なほど、難しくて持ってまわった文章じゃないはずなんだけどなぁ・・・。白いものを黒っていう為には、文章をひねり、行間を読むってことが必要なのか?まぁ、どっちにしろ白いものでも黒って手合いに、ロクな奴がいた例はないけどね。

2014/02/14

Post #1047

Essaouira,Morocco
雪がしんしんと降っているので、音がしない。
まるで深夜のような静けさだ。
ありがたく眠らせてもらうとするぜ。これで仕事が休みなら、最高なんだけどな。

読者諸君、失礼する。

2014/02/13

Post #1046

Paris
鮫のような非情な存在に、怖れとともに憧れを感じる。
ブリブリと肉が詰まった巨大な体躯。
黒光りする硬質なサメ肌。
獲物を引き千切る強靭なあぎと。
機械を思わせるような5対の鰓。
そして、次々生え変わる鋭い歯牙。
情けの欠片も見いだせない、小さな目。

子供の頃、近所に住んでいたおじさんは、『学研の科学と学習』を三輪自転車に積んで、子供たちのいる家に届けて暮らしていたが、そのおじさんは片腕だった。
いつも片腕で、三輪自転車を器用に操り、『学研の科学と学習』を、俺の友達の家に届けていた。
何でも聞いた話によれば、そのおじさんがまだ若い頃、海で泳いでいた時に、かすかに腕に痛みを感じ、その刹那クラゲにでも刺されたかと思ったそうだが、そのかすかな痛みは一瞬で、次の瞬間には腕がなくなっていたのに気が付いたそうだ。
すれ違いざまに鮫に食いちぎられたのだ。
そのびっしり並んだ鋭い歯で、すれ違いざま居合抜きの様に食切られたので、あまりに素早く見事に食切られたので、痛みを感じるいとまもなかったほどだった。
血の臭いに敏感な鮫が、腕一本で満足したのは、単なる戯れだったのか。それとも腹が満たされていたのか。
鮫の戯れが、そのおじさんの人生を変えてしまった。
子供心に、震え上がったものだった。
おじさんは、ワンピースに出てくる海賊のような人ではなかったので、子供に麦わら帽子を託して、伝説の海賊になることもなく、『白鯨』のエイハブ船長の様に、復讐に燃えて海をさまようこともなく、田舎町で『学研の科学と学習』をさばいてひっそり暮らしていた。
ときには『ムー』も届けていたかもしれないが。

ふと、今朝この写真を見ていたら、何十年ぶりにそのおじさんのことを思い出した。
きっともうこの世にはいないであろうそのおじさん。
あの世では、自分の片腕に再会することができただろうか。

読者諸君、失礼する。陸に上がった鮫は、どうしようもなく、ガラクタだらけのパリの骨董品屋の店先で、どこかの物好きに購われるのを待つよりほかに、することもない。そんなものさ。

2014/02/12

Post #1045

Bruxelles
本日、写真のみで失礼いたす。
例によって寝起きで頭が全然回っていないのだ。これといって、憤慨するようなこともなけりゃ、とやかく俺がいうべきこともない。そもそも、そんなことをしたってごまめの歯ぎしりだ。大勢に影響なしだ。
読者諸君、失礼するぜ。俺は自分の人生を無駄遣いしてるのさ。生きるためとはいえ、そんな生活、生きているという実感が薄いな。

2014/02/11

Post #1044

Essaouira,Morocco
今日は建国記念日だ。祝日だ。
今から2674年前に、九州の宮崎あたりから一族郎党を引き連れてきた神の子孫とされるカムヤマトイワレヒコなる人物が、瀬戸内海を渡り、紀伊半島を迂回し、熊野から吉野を通って、奈良盆地に入って異族を平定し、驚くほどの冒険と、先祖の神様の依怙贔屓に導かれ、国を建てた日だとされている。
そして、その人物からこの国の王統は脈々と続いているのだという。
日本書紀や古事記に書いてある。引用は面倒くさいので、やらない。読者諸君、興味があるなら各々で図書館でも行ってみてみておくれ。

俺は、日本人とは何かということを理解するためには、天皇制とはなにかということを知ることが必要だと思っている。盲目的に崇め奉るのではなく、天皇制とはそもそも一体なんなのか?それを自分なりに明らかにしたうえで、日本の社会の基底部に、がっちりと根を張っている何かを見定めるべきだと思ってきた。
俺たちは、たいそうすかして暮らしているけれど、つい25年ほど前に昭和天皇が崩御なさった際には、俺たちは天皇を無条件に崇拝する民草だと思い知らされた。
金子光晴の絶望の精神史という本を読めば、明治天皇が崩御なさった際も、同じようなものだったという。
一体、日本人にとって、天皇とはなんなのか?
その名のもとに、先の戦争では何百万人もの人間が、死に追いやられた。
一体、日本人にとって、天皇とはなんなのか?
日本人を45年やっているが、時に国民をして嬉々として命を捨てさせるほどの力(それを御稜威というべきか)を持つ天皇とは、一体なんなのか、未だに大きな謎だ。
それは、一種の生き神様信仰であるとともに、日本の文化の最深部にまでからみつき、天皇以前からある縄文的な文化にまで、多大な影響を及ぼしている。

俺は知りたい。天皇制とは一体なんなのか?知ったところで、腹が膨れる訳でもないがね。

読者諸君、失礼する。もちろん、こんな旗日に関係なく、俺は今夜も仕事だよ。そんなもんさ。


2014/02/10

Post #1043

Nagoya
本日、特に申し上げること無し。
眠っている部屋が、日差しのせいかいつになく暖かいので、このままいつまでも冬眠していたい俺なのさ。
読者諸君、失礼する。

2014/02/09

Post #1042

Budapest,Hungary
東京都知事、舛添かぁ・・・。
下馬評通りでつまらんな。また自民党が調子こくんだろうな。
まぁ、宇都宮さんも健闘したけどな。投票率も低かったし、仕方ないだろう。
お台場あたりに原発があったなら、違う結果になってたとも思うけれどね。

読者諸君、失礼する。

2014/02/08

Post #1041

jogjakarta,Indonesia
雪が降っている。俺の街では、今季初めての雪だ。
だからどうしたってんだ。この年じゃ雪合戦する相手もいないぜ。オリンピックも始まったらしいし、結構なことだ。
しかし、寒いからと言って雪景色の写真なんか撮ってきて、いそいそとUPするようになっちゃ、俺もごくふつーの男だと自白してるようなもんである。
風景に屈服してしまったようで、面白くない。俺はモノクロの、黒いところが好きなの。雪だとほれ、黒いところが少なくなっちゃうでしょう?山水画じゃないんだから。
で、ひねくれ者(英語で言うなら、Kinkyか。レイ・デイヴィスを思い出すぜ)の俺は、寒いさなかに常夏の写真をUPしてみたりしよう。
インドネシアの古都、ジョグジャカルタだ。
おっさんたちの乗ってるけったいな乗り物は、ベチャ。
前輪が2つの三輪自転車で、そのタイヤの間にたいてい薄汚れた二人掛けのシートが設けられている人力タクシーだ。
決して最近はやりのベロタクシーみたいにカッコいいものじゃない。
こいでるおっさんたちは、たいていガリガリに痩せこけた薄汚い爺さんたちだし。歩いていると、『べちゃ、べちゃ!』って執拗に勧められたりもする。
これがたいていよれたランニングのおとっつぁんだ。
俺は、このおとっつぁんたちが木陰にベチャを停めて、その客用シートで汗まみれで寝ていたりするのをしばしば目にしているので、積極的に乗りたいとは、おもわない。残念ながら。

しかし、暑さと疲労にげんなりしたときには、乗ってみるとええもんだな。
もちろん出来るだけ小奇麗そうなベチャをセレクトしてだ。ホテルのロゴのついてるようなのが、資本力があるので比較的清潔そうでお勧めだ。
個人タクシーならぬ個人ベチャは、ぼろっちいことこの上ない。ついでにおとっつぁんもぼろっちい。日銭仕事が身について、そこから脱却できなくなっているのが丸わかりだ。
このベチャ、客席のすぐ目の前がそのまま道路なんで、不思議な疾走感を感じさせてくれるだろう。まぁ、ぶつかったらかなりヤバそうな乗り物だってのは間違いないけれどね。あと、このおじさんたち、これで生活できるのかなぁってくらい、とんでもなく安いしな。
まぁ、どこだって庶民の暮らしは世知辛いってことさ。ただ、暖かいところはその辺で寝ても死ぬこたぁないってのがいいところだ。寒いところじゃ、命にかかわるからな。

読者諸君、失礼する。寒い寒いは財布の中身だけでたくさんだぜ。

2014/02/07

Post #1040

Paris
読者諸君、悪いが今日は寝かせてもらう。
オリンピックもどこ吹く風。俺は世間から取り残されたように、金が欲しくて働いて眠るだけ。
しかし、問題ない。
俺にとって、この世界で本当に重要なことは、俺の頭の中でおきてる。
というわけで、読者諸君、失礼させていただくぜ。

2014/02/06

Post #1039

Budapest,Hungary
なんだかとんでもなく寒い。
そんな寒さの中、今夜も徹夜で働かねばならぬとは。
しかも、今日はカミさんの誕生日だというのに。
まぁ、もっとも、その肝心のカミさんも、仕事で出張してて家には帰ってこないんだけどね。
世の中、そんなもんさ。
作曲家”佐村河内守の話はよくわかんないね。どうして長年にわたって、そんなふうに偽り続ける理由があったのか?
新聞の報道とか見ても、意味が分からないぜ。
まぁ、話題性のある虚像をつくって売り出したかったのか?
ゴーストライターがいたっってことは別にして、曲そのものの良しあしに関しては、不問にされているように見受けられる。それまで絶賛していた人々も、急に手のひらを返したように、それに関して口をつぐんだり、お詫びを新聞に掲載したりしている。
けれど、本当は誰がつくったかなんかよりも、曲そのものの良しあしこそが、重要な気がするんだけど。誰が作ろうが、良いものは良いじゃだめなのかしらん?要はモンキーズみたいなもんだろう?
読者諸君、失礼する。まぁしょせん俺にはどこ吹く風さ。

2014/02/05

Post #1038

Amsterdam
腰が痛い。
じじむさいことを言うようで悪いけど、先日の風邪の後遺症だと思うんだ。
せっかく今日は仕事が休みだってのに。

読者諸君、失礼する。

2014/02/04

Post #1037

HomeTown/Nagoya
これはずいぶん昔に撮った写真だ。

三日くらい寝食を忘れて、ひたすらプリントしたいなぁ・・・。

毎日がひどくつまらない。
俺が愉しいと心底思えることは、ひたすら歩きまわって写真を撮ることと、取ってきた写真を、暗くて狭い部屋に一人で引きこもってプリントすること。それだけだ。
金儲けが、労働が、楽しみだという人は幸いなるかな。
俺には、そういう素質が少々欠落している。
もっと大々的に欠落し、まっとうな社会生活に適合できないくらいだったら、もう少しモノになっていたかもしれない。残念だ。

写真を撮り、プリントするということは、俺にとっては自分の頭のなかに、自分が歩いて集めてきた欠片を使って、自分だけの世界を再構成する営みだ。
それができないのなら、恥知らずの愚か者が、無駄に飯を食って、のんべんだらりと生きているだけに過ぎないんだ。
生きるために生きているだけなんだ。
いや、それどころか、生まれちまったから、仕方なく生きてるだけってことになっちまうんだ。
土を喰らってクソを出す、あのミミズという生物と、大差ないと思えてくるぜ。

毎日がひどくつまらない。
君の暮らしぶりはどうだい?
俺は自分の生計を支えている日々の労働を、心のどこかでずっと憎悪しているんだ。もっとも、仕事がないと、不安に押しつぶされそうなんだがね。

読者諸君、失礼する。今年になってから、一度もプリントできてない。気が狂いそうだ。

2014/02/03

Post #1036

Istanbul,Turk
憮然とするような話を、同僚から聞いた。
働くことに対する不愉快さがつのる。

まぁ、契約が残ってるうちの辛抱だ。じじいになるまっでこいつらと顔つき合わせて仕事するわけじゃないしな。

読者諸君、失礼する。

2014/02/02

Post #1035

Kuta,Bali,Indonesia
ちょっと、ここんところ横位置の写真で攻めてみようかと思ったりしてみたんだが、どうだい?

特にいうこともない日曜の朝。
吉野家で豚焼肉定食をカッ喰らってから、家に帰って新聞を見てみれば、今度は大阪で市長選かよ。
日本は話題に事欠かないな。
民主主義といううのは、なかなか話の進まない、ある意味で非常にもどかしいシステムだからな、橋下市長のいらだちも分かる。わかるんだけれども、なんかもう彼のブームは去ったように感じているんだが、どんなもんだろうか。
大阪人の気性を考えてみると、面白そうやから一回やらせてみたろやないか、みたいなノリで市長にさせたんはええねんけど、誰もほんまにごろっと変わるとは思うてへんわ・・・なんてところがあるのではなかろうか?
まぁ、ご本人もこれでだめなら引退と言っているようだけど、本音じゃもううんざりして来るのかもしれないなぁなどと、それがし邪推、いや心中を慮ったりしとるわけです。政界再編を呼びかけてみても、笛吹けど踊らずって感じだし、どうして合流することになったのか、今となっては不明な石原慎太郎は、何かにつけて自分勝手なことを言ってるし、俺だったら俄然やる気喪失ってところだもんな。
まぁ、大阪市民でもないんで、正直どうでもイイといえばどうでもイイけどね。

読者諸君、失礼する。体力だけはうなぎのぼりで回復中だ。PVは逆に下降の一途だ。
そうそう、今日にもPVが88888行きそうなんだけど、なんか縁起が良さそうだ。
だからと言って、88888PVの人に何かプレゼントがあるわけでもないんだけどね。

2014/02/01

Post #1034

Singapore
十年ぶりくらいに、39度まで熱が上がって、ここ何日も苦しんでいた。
ブログの更新どころの騒ぎじゃなかったぜ。
服を着替えて、タクシーを呼び、医者に行くまでに2時間もかかる有様だったんだ。
俺の周りには、インフルエンザで斃れた奴も何人もいるから、てっきり俺もインフルエンザかと思ったんだが、残念ながらインフルエンザではなかった。どうなってるんだ?
いつまでも丸太の様に眠っていては、他の仕事仲間に迷惑なので、昨日の夜、這うようにして仕事に行ったんだが、案の定辛くて仕方がなかったぜ。
もちろん今夜も仕事に行かなけりゃならないんだが、億劫でたまらないぜ。
いっそ、インフルエンザだったら、熱が引いた後、家で静かにプリントとかして、人生を有意義に使うことができただろうに。

俺は今の仕事の契約を更新するのは止めることにした。熱にうなされた頭で考えたのさ。
もうやってられないぜ。自分の人生が誰かのために使い潰されちまう。これじゃ青春ていうのには年を食いすぎてるが、人生が台無しだ。何のために会社を辞めて、フリーで仕事をするようになったのか、分かりゃしないぜ。
俺は会社員をやってた時の口癖を思い出したよ。
『俺は奴隷じゃねぇ!』

安定よりも、自由だ。
俺は江戸時代の百姓じゃねぇんだよ。生かさぬように、殺さぬようにってか?
誰かの言うなりでクソ真面目に、毎晩12時間も13時間も働いてちゃ、そのうち本当に殺されちまうぜ。それでもドバドバ儲かってるんなら、まだっ辛抱もできそうだが、お生憎様、ちっとも儲からないんだぜ。
フリーで働いてる最大のポイントはここだ。
嫌な仕事からは、撤退できる。そのあとの稼ぎは自分の努力次第ってことだ。何にも心配ない。今までだっていつだって金には縁がなかったんだ。なるようになるさ。

読者諸君、失礼する。この仕事を止めたら、駅前で写真を並べて、『僕の写真、買ってください』とかやってみるか?その時は是非君も買ってくれたまえ。