2014/02/13

Post #1046

Paris
鮫のような非情な存在に、怖れとともに憧れを感じる。
ブリブリと肉が詰まった巨大な体躯。
黒光りする硬質なサメ肌。
獲物を引き千切る強靭なあぎと。
機械を思わせるような5対の鰓。
そして、次々生え変わる鋭い歯牙。
情けの欠片も見いだせない、小さな目。

子供の頃、近所に住んでいたおじさんは、『学研の科学と学習』を三輪自転車に積んで、子供たちのいる家に届けて暮らしていたが、そのおじさんは片腕だった。
いつも片腕で、三輪自転車を器用に操り、『学研の科学と学習』を、俺の友達の家に届けていた。
何でも聞いた話によれば、そのおじさんがまだ若い頃、海で泳いでいた時に、かすかに腕に痛みを感じ、その刹那クラゲにでも刺されたかと思ったそうだが、そのかすかな痛みは一瞬で、次の瞬間には腕がなくなっていたのに気が付いたそうだ。
すれ違いざまに鮫に食いちぎられたのだ。
そのびっしり並んだ鋭い歯で、すれ違いざま居合抜きの様に食切られたので、あまりに素早く見事に食切られたので、痛みを感じるいとまもなかったほどだった。
血の臭いに敏感な鮫が、腕一本で満足したのは、単なる戯れだったのか。それとも腹が満たされていたのか。
鮫の戯れが、そのおじさんの人生を変えてしまった。
子供心に、震え上がったものだった。
おじさんは、ワンピースに出てくる海賊のような人ではなかったので、子供に麦わら帽子を託して、伝説の海賊になることもなく、『白鯨』のエイハブ船長の様に、復讐に燃えて海をさまようこともなく、田舎町で『学研の科学と学習』をさばいてひっそり暮らしていた。
ときには『ムー』も届けていたかもしれないが。

ふと、今朝この写真を見ていたら、何十年ぶりにそのおじさんのことを思い出した。
きっともうこの世にはいないであろうそのおじさん。
あの世では、自分の片腕に再会することができただろうか。

読者諸君、失礼する。陸に上がった鮫は、どうしようもなく、ガラクタだらけのパリの骨董品屋の店先で、どこかの物好きに購われるのを待つよりほかに、することもない。そんなものさ。

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