2014/02/25

Post #1058

Paris
我が国のお偉いさんたちは、道徳教育を国民に徹底したいらしい。
道徳ねぇ。あの節操のない利益第一主義、弱いものには強気に出て、金を持ってる大企業の皆さんには低姿勢なお偉いさんたちに、道徳を云々してほしくはないもんだぜ。しかも、それに点をつけて生徒を評価するって、本気かね?
今の政府のやり口を見てると、そのうち戦前の教科書みたいに、死んでも進軍ラッパを口から離さなかった木口小平の話が載ったりするんじゃないかと心配になるのを通り越して、滑稽な気持ちになる。
いや、新しい歴史教科書をつくる会の教科書には、木口小平はのっているらしい。冗談じゃないぜ。
俺の子供の頃にも、道徳の授業ってのはあったにはあったが、それに点をつけるなんて阿呆らしい。ますます、行いと心根の乖離した、偽善者が増えるだけさ。
形ばかり取り繕った、偽の厳粛さ。偽の正しさ。
あぁ、生理的には受け入れがたいぜ。まるで、昼間は謹厳実直な顔をして働き、仕事帰りに一杯ひっかければ、ところ構わずくだらないことを呂律の回らぬでかい声で喚き散らす、醜いおっさんのようだ。
正しいことを主張するときには、少し恥ずかしそうにした方がいいとは、俺の私淑する戦後思想の巨人・吉本隆明の言葉だ。まったくその通りだと思う。正しいことを大上段に振りかぶって主張する奴の嘘くささときたら、たまらないぜ。
健康で正しいということほど、人を非情にさせるものはないとは、俺の敬愛する金子光晴の詩の一節だ。
そもそも、頭のいい連中は、なんでも教科書に載せて教えれば、子供たちは学習してくれると思っているのだ。世間知らずも甚だしい。俺の中学高校の数学の先生は、教科書は丸めて生徒の頭を叩くものだと公言していたが、教科書なんてその程度のものさ。一流の教師は教科書なんか使って授業なんかしないものさ。この先生の生き方や、人との接し方に、俺は多くのことを学んだ。俺の先生は超一流だったってことだ。残念ながら、数学はモノにはならなかったがね。

俺は道徳の授業よりも、子供のころに見たアニメや特撮番組で、道徳というか倫理のようなものを身に着けたと思っている。

もっともシンプルに道徳について述べてみろと言われたら、即座にこう答えよう。
『自分がされて嫌なことは、人にしちゃいけないぜ。』
意外とこれは難しい。実はこの言葉は孔子の言葉の受け売りだ。『汝の欲せざるところ、人に施すなかれ』という奴だ。
これが出来たら、まぁ上出来だ。しかしまぁ、俺が嫌じゃないことも、他人には我慢できないってことも往々にあるんだけどな。難しいものさ。

読者諸君、失礼する。道徳とか倫理なんてものは、生きていく中で実地で身に着けるもので、学校で押し付けるようにして教えて、知識として得点化するなんてのは、愚の骨頂さ。まぁ、頭のいいだけの奴が思いつきそうなことだけどな。

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