2014/04/02

Post #1093

Goa Gajah,Bali,Indonesia
ゴアガジャは、『象の洞窟』を意味する。そこではバリヒンズーの主神たる、ブラフマン、ヴィシュヌ、シヴァの三柱の神が、オドロオドロシイ洞窟の中祀られている。それも、生命力を象徴するリンガ、つまり男性器を象った三本の石柱として、祀られている。

シヴァとヴィシュヌとブラフマン
ちなみに、この手のものは日本でも、縄文時代には盛んに祀られていたようである。信州諏訪大社の御柱なんかも、その系譜にあると解釈してる。
また、奈良の飛鳥坐神社には、境内いっぱいにそんな男性器を象った石が林立している。

さて、その洞窟の入り口は岩盤を彫り、魔女ランダが目を見開き、口を開けた形に造形されているんだ。
そいつはイカにも観光客にウケそうだ。
そんな観光写真然とした写真を、俺が撮るはずもない。探してみたが、やはりなかった。
しかし、今にして思えば、やっぱり撮っておけばよかったか・・・。まぁ、いい。今更悔いても仕方ない。人生はそんなことの連続だ。
このゴアガジャで、俺を驚かせたのは、そんなものではない。そんなものはしょせんこけおどしだ。

俺が驚いたのは、その洞窟の脇に祀られている社、まさに社だ。
日本のそこいらの路地の片隅にある鎮守の社やお稲荷さんの社とそっくりな小さな社に、俺は驚いたのだ。
その刹那、俺の住む日本と、数千キロも離れたバリ島とが、文化的に一つの血脈にあるんだって直感したわけだ。
そうしてみてみると、このゴアガジャを包む森が、熊野の森のようにも感じられる。

目を凝らす。
風の音に耳をそばだてる。
植物の放つむせるようなにおいに満ちた空気を嗅ぐ。

よく似た感覚だ。

精霊のような神の棲む森。
そして、その森のほとりに住み、神を祀り、人々に果物やコカコーラなんかを売って生活を営む人々。
俺は、俄然写真を撮る気が湧いてきたんだ。
精霊は、写真には写らない。
そんなものが写ったら、それこそ心霊写真だ。
けれど、そこに息づくスピリットの幾分でも受容できたなら・・・。
神は細部に宿るというぜ。
俺の経験では、こういうところに来ると、たいてい神の使いのような人間が現れて、何かを俺に示してくれるはずだ。

読者諸君、失礼する。しばらく、このシリーズをお送りする。

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