2014/05/31

Post #1152

Zagreb,Croatia
仕事と称して暇潰し。
仕事の合間に携帯からUPしようか。
ザグレブの街角で、弾き語るオジサン。しかし、弾き語るというよりは、シャウトしてるんだな、これが。
日本では、街角でギターを弾いてるのは、若者と相場がきまっている。こんなオジサンが路上でシャウトしてるのは、日本ではちょいとお目にかかれないぜ。わが国ではオジサンがそんなことしてたら、早速家族から『いい年して、恥ずかしい』と言われたり、周囲から胡散臭い人だと思われてしまう。まぁ、本人が本当にやりたいのなら、周囲の皆さんの健全かつ、つまらない意見など、まったくもって聞く必要なんかないのだが。
なにせ人生は一回こっきりだ。やりたいことをやりたいようにやるのが、イイんだ。世間とかいう得体のしれない空気のようなものに、微塵も遠慮することはないのさ。
だから、街角でギターを鳴らして、シャウトするおっちゃんの姿は、実にいいもんだ。
しかし、よく見るとおっちゃんの前にはギターケースが口を開けている。なかには小銭が光ってる。
そう、きっとこのオッチャンにとって、その営みは、生業なのだ。
やりたくない仕事にすらありつけず、致し方なく真っ昼間から、ギターを鳴らしてシャウトしているに違いない。
人生は甘くないってこった。
だからこそ、駅前でギターを弾き語ってる坊っちゃん嬢ちゃんと違って、その姿にグッと惹かれるわけなんだか。
何を歌っていたのか。さっぱり覚えちゃいないけど、その姿からはブルースが滲み出ているのさ。ブルースのない人生は、ヤニのないタバコのようなものさ。

読者諸君、失礼する。明日からはまたあたらしいシリーズをお送りしよう。刮目して待て!

2014/05/30

Post #1151

Praha,Czech
今日は思うところあって写真だけ。
ダチョウの話はもう終わりだ。いつまでもひょうきんな顔したダチョウに付き合っているわけにはいかないんだ。
そろそろ君たちも、訳の判らん風景とかダチョウとかといったとぼけたもんばかりじゃ、あきあきしちまうことだろう。
そこで今日は、プラハのヴァーツラフ広場あたりで生け捕った、買い物帰りのお嬢さんの写真をお送りしよう。
読者諸君、失礼する。6月になったら、新しい重苦しいシリーズをお送りしよう。今日明日は、箸休めってこった。

2014/05/29

Post #1150

奥伊勢
さて、どうしてまた伊勢の山のなかにこんなダチョウがいるのか、ねちこく考察してみることにする。
ダチョウは伊勢はもちろん、我が国には生息していない外来種である。
ということは、このダチョウを柵に囲った人物が、何らかの意図をもってここに飼育しているものと考えるのが、妥当だ。
ではなぜ、田舎で土地があるからってダチョウなんぞを飼わねばならないのか?

①ペットとして

しかし、ペットなら一羽いれば十分だろうとも思うがいかがなものか?

②農耕に供するとして

飼い主はダチョウ農法なるものを考案し、合鴨農法みたいに普及を企んでいるという、ロマンある推理。しかし、そんな話は、きいたことないよね。

③乗り物として

ほら、ナウシカでクイとカイって出て来たでしょ、馬の代わりにナウシカとかユパ様とかが乗ってるやつ。トリウマって言ったっけ?しかし、ダチョウって乗れるのかねぇ。

④いろいろ考えるふりをしてみたが、やはり食う為

たまに、ゲテモノ料理の店に行くとワニの肉とかダチョウの肉とかあるでしょう。あれがどこから供給されるのか、考えてみたこともなかったが、やはりこういうところから供給されているのだろう。
ということは、どこかにワニを飼育して、程よく育ったところでさばいてゲテモノ料理屋に卸してるところもあるはずだ。

まぁ、結果どっちでもいいんだけど、いつか車で走り回ってて、思わぬところでワニの養殖池なんかに出くわしたら、また写真撮っちまうんだろうな。楽しみなこった。

読者諸君、失礼する。国会ではくだらない、議論とも言えないような議論が続いている。扱っているテーマは重要なのに、理論的な議論はどこにもない。くだらないったらないぜ。

2014/05/28

Post #1149

奥伊勢
この写真を友人に見せたところ、友人は高村光太郎の詩を教えてくれた。
『ぼろぼろの駝鳥』という詩だそうだ。
こんな詩だ。

何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。
動物園の四坪半のぬかるみの中では、
脚が大股過ぎるぢやないか。
頸があんまり長過ぎるぢやないか。
雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢやないか。
腹がへるから堅パンも食ふだらうが、
駝鳥の眼は遠くばかり見てゐるぢやないか。
身も世もない様に燃えてゐるぢやないか。
瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへてゐるぢやないか。
あの小さな素朴な頭が無辺代の夢で逆まいてゐるぢやないか。
これはもう駝鳥ぢやないぢやないか。
人間よ、
もう止せ、こんな事は。

読者諸君、失礼する。しかし、どうしていったいこんな三重県の山のなかに、ダチョウがひょこひょこ歩いていたのか。俺には、今でも謎だ。

2014/05/27

Post #1148

奥伊勢
かったるい夜勤を終え、飯食って倒れ込むように眠って、かばりと起きたらもうこんな時間だ。
今日は印画紙を1パケか2パケ買いに行きたいから、早めに出かけようと思っていたのに。
昨日、仕事の前に25枚ほどプリントしたんだ。5年ほど前に行った香港の写真だ。
出来はイマイチだ。時間に追われるとイイのもんはできない。
で、気が付くと印画紙が残り少なだ。
仕方ない。無いものは買わなけりゃならないのさ。

というわけで、読者諸君、今日は失礼させていただくぜ。

2014/05/26

Post #1147

奥伊勢
ずいぶん昔、仕事で三重県の山の中を走り回っていた時期があった。
その時も、俺は若い衆と一緒に山間の県道を走っていた。一仕事終わって、もう夕暮れ時だった。
そいつらは、突然現れた。
ダチョウだ。
山間の寒村にダチョウとは、珍しい組み合わせだ。ダチョウって、アフリカとかにいるのが相場だからな。
面白がって車を停めた俺たちに、ダチョウどもは好奇心満々で歩み寄ってきた。

読者諸君、失礼する。これから夕方仕事に出るまでに、少しプリントするつもりなんでね。次回、お楽しみに。

2014/05/25

Post #1146

熊野にて
今日は写真のみお送りしよう。さんまの丸干しだ。熊野地方の名物だ。
ご飯をしこたまカッ喰らったばかりで、どうにもやる気にならないんだ。

そういえば、秋刀魚の歌で有名な佐藤春夫も熊野の出身だったっけ。
なに、秋刀魚の歌を御存じない?

  あはれ秋風よ
  情あらば伝へてよ
  男ありて今日の
  夕餉に ひとり
  さんまを食らひて
  思ひにふける と

というあれだよ、あれ。まぁ、どうでもいいか。

読者諸君、失礼する。写真は悪くないと思うよ、俺は。こいつを見ながらだと、きっとご飯も進むさ。

2014/05/24

Post #1145

Praha,Czech
駅の改札を抜け、とりあえず、トラムの乗り場を探してコンコースを出てみると、そこはどこか白けたような殺風景だった。しかし、俺はまぁ旧共産圏なんてそんなもんだろうくらいにおもっていたのさ。何処に行っても日本の流儀が通る訳ではないんだ。だから、面白いのさ。
そこには、キオスクくらいの大きさの店が何件か並んでいる。
間延びしたような風景で、とても一国の首都で、国際列車が停まるような場所には見えないな。

そして、旅はPost #979http://fragment-sparks.blogspot.jp/2013/10/post-979.htmlへとつながっていくのだよ。

読者諸君、失礼する。明日から新シリーズでお送りしよう。括目して待て!

2014/05/23

Post #1144

Praha,Czech
今日も世界の車窓からだ。
プラハ・ホレショヴィスに着いたんで、さっきまでそわそわして落ち着いていなかったインド人一家は、ニコニコして降りて行った。俺はトランクやらなんやらをまとめるんだけど、ふと目に入った窓の外の景色には驚いた。驚いて、シャッターを切ったよ。
それがこれだ。
飛行機と電車を乗り継いで、初めてやってきた国際都市の駅のホームが、これだぜ。どんがん工事をやってるようなんだげけど、作業員の姿も見えない。近づいたりしないように制止する虎模様の柵もない。
工事中というよりも、むしろ爆撃か爆弾テロかなんかに遭って、そのまま放置されているみたいな趣だ。なかなかに趣深いじゃないかね。しかも、午後の強い日差しが、この荒れ放題ぶりを一層引き立てている。それがなんとも美しいのさ。
俺は何だか嬉しくなっちまった。ワクワクするぜ。
プラハは素敵なところだって、この時確信したよ。
読者諸君、失礼する。予期しない風景に出くわし、日本の中での常識が、決して世界のジョーシキではないと思い知ること。それこそ旅の醍醐味だろ。

2014/05/22

Post #1143

Praha,Czech
今日も世界の車窓から。
列車はほどなく止まった。ふと、窓の外に目をやると、列車のすぐ横に、ヘルメットをかぶった男が立っている。
作業員だ。この駅では何か作業をしているようだ。保線作業だろうか?
因みに、世界的に用いられている作業用ヘルメットであるが、これを工事現場などで初めてかぶったのは、20世紀を代表する作家、プラハのユダヤ人フランツ・カフカだ。
彼は、当時プラハで半官半民の『労働者傷害保険協会』で働いており、現場視察の際に、軍隊のヘルメットをかぶるようにしていたという。
これを彼は労働者の事故抑制と、それに伴う保険金支払いの圧縮に利用したのが、現在の作業用ヘルメットのそもそもの始まりらしい。
まぁ、俺に言わせるとこのおじさん、半そでだし、肝心のヘルメットもあごひもしてないし、日本なら即退場だよ。
読者諸君、失礼する。何事も安全第一だ。忘れないでくれ。

2014/05/21

Post #1142

Praha,Czech
今日も世界の車窓からだ。
長々と走り続けてきた列車は、ついにプラハの中央駅プラハ・フラヴニー・ナードラジーに着いたのだが、カミサン曰くこの駅ではないという。確かにチケットを見ると、プラハ・ホレショヴィツ行とある。
しかし、人々は次々と降りてゆく。
降りてゆかないのは、タブレットが水浸しになってイライラかつ落胆している俺に、ニコニコと愛想を振りまいてきたインド人のおじさんとその奥さん、娘さんくらいのものだ。
そうこうしているうちに、列車は進行方向をかえ、来た道を戻り始めた。
うちのカミサンは、このままハンガリーに逆戻りなんてないよねぇといった不安がありありと表情に出ている。さすがに、笑顔を絶やさなかったインド人のおじさんの表情にも困惑の色が浮かんでいる。
俺は、そんなこともあるさといった感じで平気の平左さ。同じ線路を走っているようでいて、転轍器が動いて、先ほどとは少しづつ風景が変わっているのがわかるからだ。
目的地は近い。もう少しでプラハ・ホレショヴィツ駅だ。

読者諸君、失礼する。困惑するような事態が起こった時、おたおたしたって状況は変わらない。むしろ、主観的な状況は悪化するだけだ。どっしりと構えていた方がイイ。どうせ、人生はなるようになるしかないものさ。

2014/05/20

Post #1141

Czech
本日、というか既に昨日、仕事の前にせっせとプリント。
39カット。
おかけさまで、仕事に遅れるんじゃないかってくらい、時間がなくなっちまって、そりゃ往生こいたぜ。

読者諸君、失礼する。仕事よりも、道楽優先な俺なのさ。

2014/05/19

Post #1140

Czech
本日、何も言うこと無し。
ただ、安穏として一日が過ぎた。
よって、『世界の車窓から』をお送りしよう。

読者諸君、失礼する。ふと、自分が一昔前ならば、初老と言ってよい年齢だと気が付き、唖然とした。

2014/05/18

Post #1139

Czech
今日も懲りずに『世界の車窓から』だ。
実を言うと、この列車の移動のとき、カバンの中に入れていおいたPETボトルの水が漏れ、地図代わりに持って行ったタブレットが浸水してしまい、大変なことになってしまっていた。
タブレットだけじゃなく、デジカメもだ。
うちのカミサンときたら、いつも水を俺に持たせるんだが、いつも必ず、絶対と言っていいほど、ペットボトルのキャップをしっかりと締めない。いつもゆるいのだ。
しかも、海外のミネラルウォーターなんかのPETボトルは、素材が日本のものと比べて薄いようで、意識してしっかり締めないと、どうもダメなようだ。
思い返せば、2012年にシンガポールに行った際にも、カバンの中で俺のコンタックスT3がびしょ濡れになり、デジカメともども、もう一歩でお陀仏さんだった。その時も、もちろんうちのカミサンが、これ持っててというので俺はカバンにPETボトルを無造作に放り込んだのだった。
俺は何かを手に持つのが嫌いなのだ。
この時は、なんとか修理できたのだが、もう手に入らないものなんで、俺の怒りは凄まじかった。しばらくカミサンとは口も利かなかったほどだ。

そしてまた、このヨーロッパでもその悲劇は繰り返されたわけだ。
いい加減学習しろって感じだ。
もしくは、堅忍不抜にPETのキャップを締めることのできる握力を養ってほしいものだ。

タブレットに到っては、防水機能がついていたはずなのに、日本に帰ってから修理に出したら、限界以上に浸水しており、修理不能ということで、保険対応で新品に交換だった。
ホテルや飛行機のバウチャーもみな水びたし。
窓ガラスに張り付けて、乾かしながら旅をしていた。
で、俺は帰国後、近所のホームセンターで、ペットボトルホルダーを速攻購入した。
カラビナにペットボトルのネックを挟み込む金物のついたアレだよ。以来俺は、ペットボトルをカバンに入れることはやめにした。俺の意思は固いのだ。いつだって、腰のあたりでペットボトルが揺れているのさ。

読者諸君、失礼する。カメラには水は大敵だ。しかし、写真にはどこか水気がないといけない。

2014/05/17

Post #1138

Brno,Czech
この国の根本が、溶解している。
合理的だの、国民の生命財産を守るとの美名のもとに、国の根幹が揺らいでいる。
冗談じゃないぜ。
誰も行ったことのない島を守るために、どうしてアメリカの戦争に加担するような真似をしなけりゃならないんだ?
話し合いで解決するってことが現代外交の基本だろう。
相手の国民感情を逆なでするようなことをしておいて、自国民を護るために憲法の解釈を変えるってのは、マッチポンプみたいなもんだぜ。
いろんな意見や考え方があるのは承知しているが、俺の考え方は明白だ。
冗談じゃねぇ。憲法は国民から政府、官僚に対しての命令だ。それを政府が勝手に捻じ曲げるなんてことは、立憲主義をないがしろにするのも甚だしいぜ。

読者諸君、失礼する。しょせんこの世は無法の世界か。

2014/05/16

Post #1137

Czech


今夜も飽きずに、世界の車窓から中央ヨーロッパ篇だ。
マンネリでも飽きなきゃいいとは、天才アラーキーこと荒木経惟のお言葉だか、まさにその通りだ。
旅は河の流れのように続くのさ。
さて、先日来、古いネガを見直している。モノクロという獣道に踏み込んで以来のネガだ。毎日、ライトボックスとパソコンばかり見ていて、ドライアイが心配だ。
レファレンスするためなんだが、昔の写真の下手くそさにはなんだかやるせない気持ちになってくる。
しかし、しかしですよ、今ならもっと上手く焼ける、このお蔵入りシリーズをなんとしても残したい、そんなやる気がムラムラとヘソのした辺り(いわゆる丹田というやつだ)から湧き上がってくる!
そんなわけで、本日も仕事前に一丁ぶちかましてやったぜ。35カットだよ!大漁だ!
技術はともかく、やる気だけはある!やる気がなければ、人生はなにも起こらないのだ。
読者諸君、失礼させて頂く。俺が飽きなくても、君たちが飽き飽きしてる可能性は否定できないが、構いやしないさ。俺は俺の道を行くぜ。

2014/05/15

Post #1136

Czech
本日も世界の車窓からお送りしよう。
ここはどこだか正直よくわからない。ハンガリーは既に出たのは間違いないけど、もうすでにチェコに入ってるのか、まだスロヴァキアなのか、全くわかりませんね。
およそ70日ぶりに髪を切りに行ってきた。
仕事が休みだったので、仕事をしているうちは、休みにはあれもこれもいろいろとやってしまおうと思っていたにも関わらず、ほとんど何もできず、怠惰に過ごしてしまった。
そんなもんさ。
読者諸君、失礼する。

2014/05/14

Post #1135

Hungary
小手先口先の憲法解釈で国の在り方が問われている我が日本はさておき、今日も世界の車窓からお送りしよう。
列車はハンガリーの国境に向けて走り続けてる。
のどかな田園風景が広がっている。
まさにTrain kept rolling だ。
読者諸君、失礼する。俺たちには、立憲主義をきちんと理解した、まともな政治家が必要だ。経済も安全保障も、まずはそれからの問題だ。冗談じゃないよ。

2014/05/13

Post #1134

Keleti pu,Budapest,Hongary
今夜も昨日に引き続いて、世界の車窓からだ。
列車はブダペスト東駅を発車すらしていないのだが。
この列車に乗って、プラハに向かう。およそ6時間。おつなもんさ。

読者諸君、失礼する。

2014/05/12

Post #1133

Budapest,Hungary
世界の車窓から。
今日は早朝のブダペスト東駅(Keleti pu)から国際列車に乗って、プラハに向かいます。
ヨーロッパ特有の、かまぼこ型の駅舎のなかにモダンなデザインの電車が出発を待っています。
これに乗るのかと思ったんですがね・・・。

読者諸君、失礼する。しばらく、このシリーズでダラダラ行くことにするよ。

2014/05/11

Post #1132

Budapest,Hungary
忙しさにかまけて、プリントできていなかったネガが、なんとたくさんあることだろう。

最近、一念発起し、そんなネガの発掘をはじめた。このブログを始めるころまでは、自分の写真の整理をしっかりしていなかったのだ。焼いた奴から箱に放り込んで、いい気になっていた。
だから、手に取った一枚の写真が、どのネガの何枚目のカットかなんて、まず分からないのだ。焼き増しだってままならない。ずっと気になっていたんだが、ついにその気になったのさ。
その気になるのも能力のうちだ。
40越えて、ようやくそれが実感できてきた。

そうすると、出るわ出るわ、これが石油や徳川埋蔵金なら、一生遊んで暮らせそうだ。
いや、この調子なら一生とは言わなくても、数年は没頭することができるんじゃないかと思えるくらいだ。
なにしろ、およそ10年ほど前、モノクロ写真をはじめたころから見返しているんだ。
旅行で撮りため、それを消化し切るまえに、次の旅行に突入してしまい、有耶無耶になっていたものもある。
イマイチその気になれなくて、さっさとネガアルバムに放り込んでしまい、すっかり忘れていた奴もある。
それに加えて、すでにプリントしたはずのネガでも、その当時には、ぜんぜん引っかかってこなかったのに、今見れば、なぜこのカットを焼いていないのか?なぜこのトリミングでこの構図なんだと頭をひねることだらけだ。

しかし、それがこれからの楽しみだ。サルのせんずりのように、いつまでも楽しめるぜ。

時間と印画紙、それから薬品が欲しくて仕方ないんだ。
血反吐を吐くほど、プリントがしたいのさ。
デジカメには、その手間がないから、俺には物足りないんだぜ。

読者諸君、失礼する。まぁ、10年経ってもしょせんは我流だから、向上するのもたかが知れてるけどね。

2014/05/10

Post #1131

香港
藤原新也の『全東洋街道』の下巻、上海の項をひも解けば、今から35年ほど前の中国人はどいつもこいつも人民服を着ていた。
人民服を着て、自分の髪をわざと不恰好に切りそろえ、中国人に変装した藤原新也が、その手にひっそりと握っていたカメラを、誰もかれもが目ざとく見つけ、何も言わず視線を注ぎ続けたそうだ。写真を見ると、煤けた街に、人民服のおっさんどもが、不景気そうな顔をして、こっちを見ている。
因みに、人民服を発案したのは、孫文の軍事顧問をしていた旧日本帝国軍人だそうだ。意外や意外。
うちのカミさんの話によれば、今となっては、人民服を着て歩いている上海人など見たことないという。彼女は仕事でしばしば上海に行くのだ。

太平洋戦争が終結した時、ルーズヴェルトやスターリンと並んでいたのは、蒋介石だった。国連の常任理事国も、当然国民党政府、つまり中華民国が担っていたはずだ。
しかし、国民党は共産党によって台湾へと追いやられ、何時の間にやら中国といえば、中華人民共和国ということになってしまった。イロイロな政治的な駆け引きがあったのであろうが、今日から見てみれば、なにやら不思議なことだ。
さしずめ、毛沢東なんかは中華人民共和国の初代皇帝って役どころだ。
国民党と共産党の争いなんぞ、『項羽と劉邦』だの『三国志演義』の世界の延長線上でしかないのかもしれない。それに旧日本軍が一枚かんでいたところで、役者がちょいと増えただけ、何ほどのことがあろうか?

さて、その中国という国。
そこには、中華民族という共同幻想によって纏められた、さまざまな民族の人々がひしめき合って暮らしている。
歴史をひも解いてみれば、かの地の王朝に勢いがあるときには、周辺民族を武力と文化力によって圧倒し併合していたのがわかるだろう。
また一方で、王朝の力が陰るとその豊かな富を求めて、周辺の異民族が流入を繰り返し、国を築いた。
そして、それら異民族もいずれは漢人=中華民族という共同幻想にからめ捕られ、人種のるつぼの中で自らのアイデンティティを喪失していく。
中国というのは、強大な磁力を持っている。
卑屈になる必要もないが、馬鹿にもできないもんだぜ。
たまたま、日本がすったもんだの末に開国し、富国強兵をスローガンにして世界の一等国を目指してがむしゃらになっていた時期、中国は清末のぐでぐでから民国樹立という、不安定な時期だったせいで、日本人は中国人を馬鹿にするようになってしまった。(もっとも、中国人だって日本人のことを、ここ2000年?!くらいのあいだ、倭人=チビ野郎といって小馬鹿にしてきたんだけどね。)
しかし末期には欧米列強及び日本からなめられっ放しだった清も、最盛期の乾隆帝の時代には、バリバリの覇権国家だった。
この皇帝の治世だけで、10回も対外遠征が行われたのだ。乾隆帝はこの功績を十全武功といって誇り、自ら十全老人と呼んだほどだ。覇権主義も極まった感がある。

昨今、我らが安倍首相はヨーロッパに出向いて、中国の脅威を喧伝しておいでのようだが、中国が覇権国家でなかった時代など、実はほとんどないのだ。

読者諸君、失礼する。いつか中国本土に行くときには、あえて人民服をあつらえて行ってみたいと思っているのさ。ちょっとした皮肉?いやいや、懐かしのYMOだよ。もちろん、もみあげはテクノカットさ。

2014/05/09

Post #1130

Budapest,Hungary
憲法裁判所とやらで、首相が罷免される国と、首相の信念によって、憲法の解釈が変えられてしまう国。どちらがマトモな民主国家なのか?
考えさせられる事態が、日々起こってはいるが、しょせんは俺は庶民、何ができる訳でもないさ。
とはいえ、きちんと見届けさせてはもらうがね。

閑話休題

昨日、とはいえまだ俺の感覚では今日のことだが、日付はとうに変わっているので昨日は昨日さ、性懲りもなくプリント三昧。
フィルム2本分、39カット。クロアチアの首都ザグレブと、チェコの首都プラハで各一本だ。
身体から現像液の臭いがしてくるぜ。とはいえ、もう風呂に入ったから問題ないさ。にんにく臭いのも加齢臭も御免蒙るが、現像液臭いのもかなり厳しいと思うが、君はどう思う?少なくとも、デートの前にはプリントはしない方がいいぜ。

読者諸君、失礼する。明日の夜、いやいや今日の夜から性懲りもなく仕事三昧だ。やってられないぜ。

2014/05/08

Post #1129

Budapest,Hungary
結局、昨日はあの後フィルム2本、23カットくらいプリントしたんだ。
ブダペストのフィルムだけは、これでどうにか片づける事が出来た。
今日はどこを片付けるか?
ザグレブか、ドブロブニクか。ザグレブはあと2本やっつければ完了だ。
それともプラハか、ヘルシンキか。プラハの道のりは遠いな。
意外なところでモロッコのフェスか。まだあるのかってカンジだな。
それとも台湾か。
どこだっていいや。
かんがえようによっちゃ、こいつは贅沢な悩みだな。
読者諸君、失礼する。こんな下らない道楽に足を踏み入れなけりゃ、もっと豊かに暮らせたはずなのにな。

2014/05/07

Post #1128

Budapest,Hungary
仕事が休みなのをいいことに、本日プリント中。
今までに、フィルム2本25カットくらいプリントし、ただ今水洗中だ。
もう少し、やり続けたいもんだ。
やらないと、何時まで経っても終わらないんだから。
あとどれほど、プリントしたらいいのか考えると、ぞっとする。人生がそれだけで終わってしまいそうだ。
読者諸君、失礼する。どうせ、くだらない写真ばかりだ。心配するほどのことはないさ。たまに、カッコいいのがあるから、困るんだよね。

2014/05/06

Post #1127

豊田市美術館にて
今日は、番外編だ。
先日、豊田市美術館で開催中の『荒木経惟 往生写集  顔・空景・道』に行ってきた。
会場に入ると、のっけから第一回太陽賞受賞の『さっちん』から始まる。
そのあとにも、近年『SUBWAY LOVE』で長年のお蔵入りから発掘された地下鉄内でのスナップ写真、そして銀座あたりで撮られていたと思しき電通社員時代の習作とかが続く。
また、当時勤務していた電通社内で、コピー機を無断借用し、女子事務員に和綴じさせ、当時の文化人たちに勝手に送りつけられていた伝説のゼロックス写真帳の現物が見られる。
それに続くのは、自らの写真へのマニフェストたる自序によっても名高い名作『センチメンタルな旅』だ。アラーキー自身が、妻陽子との京都への新婚旅行を撮影した、日本写真史上に残る傑作だ。
そいつに続くのは、陽子の入院から死までをドキュメントした『冬の旅』だ。
電通社員を辞め、独り貯金を食いつぶしながらアサヒペンタックスを担いで東京を撮りまわった『東京は、秋』からの写真もある。
陽子亡き後の心の空白を埋めるかのようにとりはじめられた『空景』はやはり圧巻だ。単なる空が写真として成立するのだ。
荒木経惟 『Aの愛人』
このほかにも、『Aの愛人』とかね。
近年のものでは、クルマドトウキョ―としてタクシーの車内から撮影された『東京夏物語』
妻陽子亡き後のアラーキーの伴侶だった愛猫チロの老衰死の一部始終を撮った『チロ愛死』
長年住んだ楽園のようなテラスを撮った『Aの楽園』
そして、その様々な作品を生み出した楽園のような家を離れ、新しく移った世田谷の新居から、日毎定点観測した『道』
荒木経惟 『道』
確かに、アラーキーの長年のキャリアをざらりと俯瞰する写真展であるということは間違いないだろう。しかし、正直言っていろいろと不満もある。

まず、物議をかもしそうなきわどいヌードは一切ない。
あっても2008年のヘアヌードの母親がすっぽんぽんの赤ちゃんを抱いて幸せいっぱいな笑顔を振りまいている『母子像』くらいだ。これは、ちっとも物議をかもしそうもない。いうならば、ほのぼの路線だ。
これは一体どういうことだろう?
かつて、ヨーロッパでの展示の際に、不道徳だとして美術館に火炎瓶が投げ込まれたり、脅迫状が届いたりもしたことすらある、荒木経惟のすべてのキャリアを俯瞰した時、それらきわどいヌード作品のすべてを、善男善女の目から覆い隠していてよいものか?

アンダーグラウンドな写真家であった荒木のぶよし(当社は名前が難読のため、ひらがなで投稿したりしていたのだ)が、電通のカマラマン(カメラとマラ=ペニスをかけてあるのだ)荒木経惟を経て、ひろく一般大衆に認知される写真家『天才アラーキー』になった裏には、それらのいかがわしく、きわどい作品を避けてとることはできないはずだ。
『東京ラッキーホール』などの80年代の写真時代での七面六臂の活躍や、長年にわたるSMスナイパー誌上での『緊縛』シリーズ、またヌード写真を脱構築してしまった感すらある『人妻エロス』、見たものすべてがなんだか生殖器に見えるような淫靡さを湛えた『エロトス』なんか、一切なし!
無かったことにという感じで、最初期と現在が無理やりくっついているような印象を受けるのだ。

良いんですよ、日頃写真に興味もなけりゃ、荒木と篠山の区別もつかんような皆様に見ていただくためには、致し方ないのかもしれません。
けれど、俺にはそれは太平洋をわかりやすくするために、25メートルプールに置き換えるような暴挙に思えます。

それから、どのモノクロ写真もポスターみたいなペラペラな用紙で、大判に引伸ばされているわけですが、「モノクロームプリント」の一言があるだけで、どうにもゼラチンシルバーつまり銀塩写真じゃないのね、バラ板でもRCでもないのよねといった風情なのだ。出力なのかしら?といった疑問が生じますね。それらはたいていそのまま壁にピン止めだしね。
複製メディアである写真について、そんなこと言うのは野暮かもしれませんが、学芸員の方、その辺はきっちりと押さえておいてほしいもんですな。
荒木経惟はあんまりプリントにこだわる系の写真家ではないし、写真弘社のプリンターがプリントしているというのも、かつてどこかで読んだ覚えがある。そりゃそうだ、あの膨大な撮影量、いちいちプリントしちゃいられないわな。そういうのは森山大道先生にお任せしよう。
とはいえ、そのあたりはきっちり謳って欲しい。世の中には、まだプリントという行為に興味を持っている人間もいるのだ。そして、モノクロ写真は、プリントという暗室での営みによってはじめて完結するものなのだと思っている人間が、この21世紀にもごく少数いるのだということを、知っておいていただきたい。

それと、あと一点。全体的に展示会場の照明が明るすぎる。
額装されているもの(おそらくこれが印画紙にプリントされているものだろう)は、あまりに明るすぎて、表面のガラスに光が写り込み、見にくいこと極まりない。美術館の設計上、明るくならざるを得ないのなら、せめて無反射ガラスを使うくらいの気は使って欲しかった。

とまぁ、苦言が多かったが、全体的には見ごたえがある写真展だというのは、間違いない。俺はミュージアムショップで、アラーキーの傑作『エロトス』と、セールで半額になっていたウィリアム・クラインのロンドンはテート・モダーン・ミュージアムでの回顧展の図録『ABC』を購入した。2冊で1万1千円ほど。お買い得だ。

読者諸君、失礼する。君も、機会があったら日本のモータウン、豊田市まで足を延ばして見てみるといいさ。6月29日までだ。

2014/05/05

Post #1126

Zagreb,Croatia
現在、私生活においていささか問題が発生しております。
自分の播いた種とはいえ、面倒なものです。
そのうち、落ち着いたらお話しすることになるかもしれません。

読者諸君、失礼する。生きるってのは、何かと面倒なことです。

2014/05/04

Post #1125

Bruxelles
本日、写真のみ。
読者諸君、失礼する。フィルムがなくなったら、写真なんてきっぱりやめようと思う。

2014/05/03

Post #1124

Praha,Czech
今日は、憲法記念日。
さっきまで、アマゾンから届いたばかりの『七人の侍』を見ていた。最高だ。素晴らしい。
折しも、集団的自衛権がどうしたこうしたって揉めている今日この頃だ。
野武士の群から百姓たちが、七人の侍の力を借りて自分たちの村を守るという『七人の侍』のストーリーは、60年前の映画ながら、現在の日本が抱える課題と、どこか響きあっているようにも思える。
そうさ、俺たちは皆、百姓なのさ。

憲法が時代に合わなくなってきたといわれる。
しかし、我が国の戦後の政治家はもちろん、国民全般も、日本国憲法によって標榜された様々な先進的で普遍的な理念を、単なる理想として棚上げしてきたんではなかろうか?
そもそも、憲法ってのは一為政者の信念とやらで、恣意的に解釈を変更して良いようなものでは、断じてないはずだ。そんなことを許せば、その国はもはや立憲国家ではなく、単なる独裁国家でしかない。こんな日本の状況が、世界の皆さんに対して、とても恥ずかしいぜ。

読者諸君、失礼する。俺からすれば、民族や、それを単位とした国家間で、ドンパチやるという発想が、そもそもくだらないぜ。だって、俺たちはみんな同じ人間だろう?違うのかい?

2014/05/02

Post #1123

Zagreb,Croatia
自分自身の私的な営みである写真を、単なる自己満足で終わらせないために、社会に対して投げかけていくこと。それが、重要なんだ。つまり、君にこうして写真をお送りし続けるということだね。
これによって、撮影、選択、プリントといった手間と時間がかかる営みが、初めて意味を持つわけだ。写される人、写す人、そして見る人がいて、初めて写真は写真として成立するものなんだ。
読者諸君、失礼する。また今日も、賃仕事に出かけなくちゃならないんだ。クソ!死ぬまでこれかよ。

2014/05/01

Post #1122

Dubrovnik,Croatia
本日、何も申し上げるべきこと無し。
よって、写真のみお送りしよう。気の滅入った時には、女性を見るのが一番だ。
読者諸君、失礼する。