2014/05/06

Post #1127

豊田市美術館にて
今日は、番外編だ。
先日、豊田市美術館で開催中の『荒木経惟 往生写集  顔・空景・道』に行ってきた。
会場に入ると、のっけから第一回太陽賞受賞の『さっちん』から始まる。
そのあとにも、近年『SUBWAY LOVE』で長年のお蔵入りから発掘された地下鉄内でのスナップ写真、そして銀座あたりで撮られていたと思しき電通社員時代の習作とかが続く。
また、当時勤務していた電通社内で、コピー機を無断借用し、女子事務員に和綴じさせ、当時の文化人たちに勝手に送りつけられていた伝説のゼロックス写真帳の現物が見られる。
それに続くのは、自らの写真へのマニフェストたる自序によっても名高い名作『センチメンタルな旅』だ。アラーキー自身が、妻陽子との京都への新婚旅行を撮影した、日本写真史上に残る傑作だ。
そいつに続くのは、陽子の入院から死までをドキュメントした『冬の旅』だ。
電通社員を辞め、独り貯金を食いつぶしながらアサヒペンタックスを担いで東京を撮りまわった『東京は、秋』からの写真もある。
陽子亡き後の心の空白を埋めるかのようにとりはじめられた『空景』はやはり圧巻だ。単なる空が写真として成立するのだ。
荒木経惟 『Aの愛人』
このほかにも、『Aの愛人』とかね。
近年のものでは、クルマドトウキョ―としてタクシーの車内から撮影された『東京夏物語』
妻陽子亡き後のアラーキーの伴侶だった愛猫チロの老衰死の一部始終を撮った『チロ愛死』
長年住んだ楽園のようなテラスを撮った『Aの楽園』
そして、その様々な作品を生み出した楽園のような家を離れ、新しく移った世田谷の新居から、日毎定点観測した『道』
荒木経惟 『道』
確かに、アラーキーの長年のキャリアをざらりと俯瞰する写真展であるということは間違いないだろう。しかし、正直言っていろいろと不満もある。

まず、物議をかもしそうなきわどいヌードは一切ない。
あっても2008年のヘアヌードの母親がすっぽんぽんの赤ちゃんを抱いて幸せいっぱいな笑顔を振りまいている『母子像』くらいだ。これは、ちっとも物議をかもしそうもない。いうならば、ほのぼの路線だ。
これは一体どういうことだろう?
かつて、ヨーロッパでの展示の際に、不道徳だとして美術館に火炎瓶が投げ込まれたり、脅迫状が届いたりもしたことすらある、荒木経惟のすべてのキャリアを俯瞰した時、それらきわどいヌード作品のすべてを、善男善女の目から覆い隠していてよいものか?

アンダーグラウンドな写真家であった荒木のぶよし(当社は名前が難読のため、ひらがなで投稿したりしていたのだ)が、電通のカマラマン(カメラとマラ=ペニスをかけてあるのだ)荒木経惟を経て、ひろく一般大衆に認知される写真家『天才アラーキー』になった裏には、それらのいかがわしく、きわどい作品を避けてとることはできないはずだ。
『東京ラッキーホール』などの80年代の写真時代での七面六臂の活躍や、長年にわたるSMスナイパー誌上での『緊縛』シリーズ、またヌード写真を脱構築してしまった感すらある『人妻エロス』、見たものすべてがなんだか生殖器に見えるような淫靡さを湛えた『エロトス』なんか、一切なし!
無かったことにという感じで、最初期と現在が無理やりくっついているような印象を受けるのだ。

良いんですよ、日頃写真に興味もなけりゃ、荒木と篠山の区別もつかんような皆様に見ていただくためには、致し方ないのかもしれません。
けれど、俺にはそれは太平洋をわかりやすくするために、25メートルプールに置き換えるような暴挙に思えます。

それから、どのモノクロ写真もポスターみたいなペラペラな用紙で、大判に引伸ばされているわけですが、「モノクロームプリント」の一言があるだけで、どうにもゼラチンシルバーつまり銀塩写真じゃないのね、バラ板でもRCでもないのよねといった風情なのだ。出力なのかしら?といった疑問が生じますね。それらはたいていそのまま壁にピン止めだしね。
複製メディアである写真について、そんなこと言うのは野暮かもしれませんが、学芸員の方、その辺はきっちりと押さえておいてほしいもんですな。
荒木経惟はあんまりプリントにこだわる系の写真家ではないし、写真弘社のプリンターがプリントしているというのも、かつてどこかで読んだ覚えがある。そりゃそうだ、あの膨大な撮影量、いちいちプリントしちゃいられないわな。そういうのは森山大道先生にお任せしよう。
とはいえ、そのあたりはきっちり謳って欲しい。世の中には、まだプリントという行為に興味を持っている人間もいるのだ。そして、モノクロ写真は、プリントという暗室での営みによってはじめて完結するものなのだと思っている人間が、この21世紀にもごく少数いるのだということを、知っておいていただきたい。

それと、あと一点。全体的に展示会場の照明が明るすぎる。
額装されているもの(おそらくこれが印画紙にプリントされているものだろう)は、あまりに明るすぎて、表面のガラスに光が写り込み、見にくいこと極まりない。美術館の設計上、明るくならざるを得ないのなら、せめて無反射ガラスを使うくらいの気は使って欲しかった。

とまぁ、苦言が多かったが、全体的には見ごたえがある写真展だというのは、間違いない。俺はミュージアムショップで、アラーキーの傑作『エロトス』と、セールで半額になっていたウィリアム・クラインのロンドンはテート・モダーン・ミュージアムでの回顧展の図録『ABC』を購入した。2冊で1万1千円ほど。お買い得だ。

読者諸君、失礼する。君も、機会があったら日本のモータウン、豊田市まで足を延ばして見てみるといいさ。6月29日までだ。

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