2014/05/10

Post #1131

香港
藤原新也の『全東洋街道』の下巻、上海の項をひも解けば、今から35年ほど前の中国人はどいつもこいつも人民服を着ていた。
人民服を着て、自分の髪をわざと不恰好に切りそろえ、中国人に変装した藤原新也が、その手にひっそりと握っていたカメラを、誰もかれもが目ざとく見つけ、何も言わず視線を注ぎ続けたそうだ。写真を見ると、煤けた街に、人民服のおっさんどもが、不景気そうな顔をして、こっちを見ている。
因みに、人民服を発案したのは、孫文の軍事顧問をしていた旧日本帝国軍人だそうだ。意外や意外。
うちのカミさんの話によれば、今となっては、人民服を着て歩いている上海人など見たことないという。彼女は仕事でしばしば上海に行くのだ。

太平洋戦争が終結した時、ルーズヴェルトやスターリンと並んでいたのは、蒋介石だった。国連の常任理事国も、当然国民党政府、つまり中華民国が担っていたはずだ。
しかし、国民党は共産党によって台湾へと追いやられ、何時の間にやら中国といえば、中華人民共和国ということになってしまった。イロイロな政治的な駆け引きがあったのであろうが、今日から見てみれば、なにやら不思議なことだ。
さしずめ、毛沢東なんかは中華人民共和国の初代皇帝って役どころだ。
国民党と共産党の争いなんぞ、『項羽と劉邦』だの『三国志演義』の世界の延長線上でしかないのかもしれない。それに旧日本軍が一枚かんでいたところで、役者がちょいと増えただけ、何ほどのことがあろうか?

さて、その中国という国。
そこには、中華民族という共同幻想によって纏められた、さまざまな民族の人々がひしめき合って暮らしている。
歴史をひも解いてみれば、かの地の王朝に勢いがあるときには、周辺民族を武力と文化力によって圧倒し併合していたのがわかるだろう。
また一方で、王朝の力が陰るとその豊かな富を求めて、周辺の異民族が流入を繰り返し、国を築いた。
そして、それら異民族もいずれは漢人=中華民族という共同幻想にからめ捕られ、人種のるつぼの中で自らのアイデンティティを喪失していく。
中国というのは、強大な磁力を持っている。
卑屈になる必要もないが、馬鹿にもできないもんだぜ。
たまたま、日本がすったもんだの末に開国し、富国強兵をスローガンにして世界の一等国を目指してがむしゃらになっていた時期、中国は清末のぐでぐでから民国樹立という、不安定な時期だったせいで、日本人は中国人を馬鹿にするようになってしまった。(もっとも、中国人だって日本人のことを、ここ2000年?!くらいのあいだ、倭人=チビ野郎といって小馬鹿にしてきたんだけどね。)
しかし末期には欧米列強及び日本からなめられっ放しだった清も、最盛期の乾隆帝の時代には、バリバリの覇権国家だった。
この皇帝の治世だけで、10回も対外遠征が行われたのだ。乾隆帝はこの功績を十全武功といって誇り、自ら十全老人と呼んだほどだ。覇権主義も極まった感がある。

昨今、我らが安倍首相はヨーロッパに出向いて、中国の脅威を喧伝しておいでのようだが、中国が覇権国家でなかった時代など、実はほとんどないのだ。

読者諸君、失礼する。いつか中国本土に行くときには、あえて人民服をあつらえて行ってみたいと思っているのさ。ちょっとした皮肉?いやいや、懐かしのYMOだよ。もちろん、もみあげはテクノカットさ。

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